Episode.1-7

    ◇昼間◇


 リンデトーラの全力は大したものだった。先程よりも一回り速い剣の振り、身のこなし。どの動作にも全くの無駄がない、ディクストーラに限りなく近い剣。真っ向から攻撃を仕掛け、立ち回りと剣戟から相手の防御を崩した上で隙を作り、一撃必殺の剣を叩きこむ。俺たちの代でも切り込み隊長と呼ばれた所以ゆえん


 一度目と異なり、全力を以てしてこれだけの剣技を持ち合わせているのなら、俺が言うことは何もないのかもしれない。しかしそれは『剣士』としてだ。だからこそリンデトーラには、ディクストーラの弟としてではなく、真のクルーエルアの『騎士』としての矜持きょうじを示さなければならない。


 剣を振るうリンデトーラの瞳は歪みなく真っ直ぐに俺を捉えている。感情にぶれがないからか、無駄な動作が一切なく呼吸も安定している。だがそのせいで焦りが生じる。それはディクストーラの剣ゆえ


『立ち回りと剣戟けんげきから相手の防御を崩した上で隙を作る』。言葉にするのは簡単だが実際にそれを行うのは容易なことではない。長期戦になればなるほど隙とは生まれやすくなるが、それは自分も同じだ。相手に隙ができても自身に隙ができれば意味がない。そのためディクストーラの剣とは、隙を作らせた上で一撃のもと決着をつける、所謂いわゆる、短期決戦を得意とする剣なのだ。


 痺れを切らしたのか、リンデトーラが上段へ大きく振りかぶる。俺は一歩踏み込み、に模造剣を逆手に持ち替え、その柄頭つかがしらをリンデトーラの手首目掛け打ち込んだ。




 ……大したものだ。


 鈍い音が響き渡る。俺は、心の声と同じ言葉が口から零れそうになった。リンデトーラは、俺が打ち込んだ一撃を、自身の剣の柄頭で抑え込み見事に防いでみせた。腕に込めていた力を抜き数歩下がる。リンデトーラも肩で大きく呼吸をし、模造剣を垂れた。


「素晴らしい機転の早さだな」


 率直な感想を述べる。


 真剣と異なり、訓練で使用している模造剣は柄頭に処理を施していない。そのため日々使用する者が握り続けることで少しずつ丸みを帯びていく。今のように柄頭を柄頭で受け切ろうとした場合、相手の力と拮抗を保つため支点を抑えなければならない。それをリンデトーラは当然のようにやってのけた。


 俺としてはその機転の早さ、一瞬で支点を見抜いた慧眼けいがんを褒めたつもりだった。しかしリンデトーラは不服そうに顔をしかめ口を開いた。


「あそこまで露骨に誘導されて仕掛けてくる一撃まで同じなのに、それを防げなかったら兄上に顔向けできないよ」


 その言葉に、リンデトーラは最後の一撃のことは存外どうでもよくて、そこに至るまでの過程が不服なのだと言っていることが分かった。


「別の軌道、違う軌跡を意識すればするほど、剣筋になるように修正されていく。いくら未熟な俺でも気付いたよ」


 一世代に一人いるかいないかと言ったところだろうか。多少自惚うぬぼれるのも納得がいく。それに気付いたからこその先程の対応なのだろう。俺の代に特段優秀な奴らが揃っていただけで、俺がリンデトーラと同世代だったなら手も足も出なかったと思う。


 顔を逸らし教官へ視線を送る。俺の視線に教官は頷いてみせた。


「それがクルーエルアの剣だ」


 俺はリンデトーラに視線を戻し説明する。そして、この場にいる候補生全員へ聞こえるように、声を上げ話した。


「今きみたちが見た光景こそが、決闘の儀第二幕『攻』にて行われる本来のやり取りだ」


 周囲がざわつきだす。リンデトーラも驚愕の表情で俺を見ている。


「まだきみたちには早いことかもしれない。しかし近い将来必ず学ぶことになる。だから心して聞いてほしい」


 俺の言葉に、ざわついていた候補生たちが一斉に口を閉じ、俺へと視線を向けた。


「既に今日俺と稽古を付けた者の中には気付いた者もいるかもしれない。そう、俺は今日相手をした全員を、彼と同じ動きになるように誘導していた」


 リンデトーラも候補生たちも、驚きのあまり完全に固まっていた。


「これからきみたちに二つ説明する。一つはクルーエルアの剣について。もう一つは騎士として認められる条件だ」


    ◇騎士校下級上期(約三年前)◇


「ライオデール。クルーエルアの剣について、事前に調べてきたことを答えてみろ」


 座学担当の講師の声が室内に響き渡る。呼ばれているのは、俺の隣に座り居眠りをしている貴族、ライオデール=ガーネだ。頬杖ほおづえを突き目を閉じているだけなので、誰からも起きているように見えるのだが、隣にいないと気付けないほど巧妙こうみょうに居眠りをする。それも度々。


 聞こえているのかいないのか、考えているのかいないのか周囲から判断が付かない。俺は机の下から手を伸ばし、こっそりとライオデールを起こしてやろうと思った。だが、ライオデールはいつものように機敏に立ち上がり、教官からの問いに答えた。


「クルーエルアの剣とは……」




「あーよく寝た」


 座学の講義が終わり、ライオデールは隣で伸びをし大きな欠伸あくびをする。机の上には何も置かれておらずやる気を感じさせない。だがそんなことはお構いなしと、特に気にしていない様子だった。


「ん? どうかした?」


 俺の視線に気付いたのかライオデールは俺に顔を向ける。伸びや欠伸あくびをしていた割には視線に迷いがなく、眠さの欠片かけらも感じさせない。


「いや、ライオデールさ。いつも居眠りしているのに、当てられたらすぐ答えられるし、訓練でも常に上位にいるし、凄いなと思って」


「へぇ。ねぇ」


 俺の言葉に、ライオデールは瞬きを数回繰り返し驚いた表情をして見せた。


「俺が居眠りしているのにいつから気付いてた?」


 斜め上の質問が返ってきて返答に困る。特に意味はないだろうと思い正直に答えた。


「二回目の講義……かな」


 寝ているように見せて、実は寝ていない可能性もあったけど、多分という可能性も含めるなら二回目からだと思った。


「すげぇな」


 ライオデールは俺へと向き直り、真面目な顔をして言葉を続ける。


「初日の居眠りに気付いたのはシグムントだけだったのに、隣とはいえ二回目で見破るなんて大した洞察力だよお前」


 何故か褒められた。しかし、驚くべきことは隣の俺が二回目だったのに、何席も離れたシグムント様は、ライオデールが居眠りをしていたことを初日に気付かれたというのだから信じられない。後に講師が、「ライオデールは傍目はためから見て寝ているようには見えないし、当ててもすぐに回答できるから見て見ぬふりをしている」と言っていた。


「それでなんだっけ。あぁ、居眠りしているのにすぐ答えられるし、訓練でも常に上位にいるってやつか。講義なんてそもそも、眠りながら聞いて、答えるときだけ起きて答えればいいだけだからなぁ」


 何を言っているんだこの男は。


「さすがに訓練で居眠りすることはないな。そっちは真剣にしないと成績に響くし」


「成績?」


 戦績のことかな?


「あれ、知らなかった?」


「何を?」


 ライオデールは「言ってなかったっけ?」という顔をして俺を見ている。


「俺、別に騎士志望じゃないぜ」


「えっ」


「俺、将来は役者になりたいんだ」


 ライオデールの唐突の言葉に、俺は開いた口が塞がらなかった。ライオデールは朗らかに語る。


「まだ俺が小さかった頃、父上と母上と俺、家族三人で劇場に行ったんだ。そこで俺は芝居に魅せられてな。それから俺は役者になりたいと思ったんだ。だけどそれを父上に言ったら……想像はつくだろうが、勘当かんどうされるんじゃないかってくらい叱られてな。あ、母上は喜んでくれたぜ? それで仕方なく騎士校に来たってわけ」


 どんな反応をすればいいんだろうか。俺みたいに、騎士になりたくてようやくその第一歩を踏み出せた者もいるというのに、目の前の男は望んで来たわけじゃないと言ってのけた。そんな俺の表情を察してか、ライオデールは罰が悪そうに言葉の一部を訂正した。


「いや、さっきの言い方だと誤解を招くか。悪い。忘れて忘れて。騎士になりたいって気持ちも中途半端なものじゃないんだ。一言で表せば、俺はやりたいことがありすぎるんだよ。その中で一番上にあるのが役者ってだけ」


 少しだけライオデールの言いたいことが理解できた。


「父上も若い頃は騎士をやっていた。うちの家系は代々クルーエルア王国に仕える騎士の家系なんだ。俺もその責務を果たしたいなって。だから俺は騎士校に来たんだ」


 先程少しだけ抱いたライオデールに対しての疑念を申し訳なく思う。ライオデールはライオデールで、自分の責務を全うした上で自らの望みも叶えたいと考えているんだ。


「つまり今は騎士になることが一番で、役者を目指すのはその後って意味?」


 俺の疑問に、ライオデールは人差し指を俺に向け答える。


「そうそう、それそれ。あ、でも役者になるのは騎士を引退した後の話だぜ? 騎士らしくないことをしてたら父上に叱られちゃうからな」


 なるほど。だからこそ学問も訓練も常に上位にいるわけか。……って、あれ?


「その割にはいつも居眠りしているような……」


 ライオデールは口を開けたまま目を逸らし遠くを眺めている。「気付くなよ」と顔に書いてある。


 前言撤回するべきだろうか……。そもそも、


「そもそもちゃんと寝てるの?」


 率直に、元々もともと気になっていた一番の核心を突いてみる。


「寝てないぞ。夜は勉強しないといけないからな」


 今度は俺が口を開けたまま唖然あぜんとさせられた。


「時間は限られているんだ。わずかでも無駄にできない。騎士校では睡眠を取りつつ騎士としての心得を学び、訓練もしっかりと行う。家では騎士としての心得や一人でできる訓練は勿論、芝居の知識や役者になるために必要なことを勉強する。黙って自分のやりたいことを勝手にやっているんだ。文武両道はできて当然だろ」


 こいつには敵わない。心からそう思った。だけどそれは当然かもしれない。ライオデールは将来の自分の姿を明確に描ききっている。それに辿り着くためには今自分が何をしなければいけないのか、それをしっかりと把握している。騎士の家系という自分の運命すら受け入れて、それも乗り越えた上で自分の夢を持っている。


「って、お前。なんだよこれ。こんなやり方で覚えられるわけないだろ」


 考え事をしていた俺を余所よそに、ライオデールは俺の手許にある講義内容を記した紙の束を見て、呆れたように溜息を吐く。


「お前、頭固すぎるだろ。教わったことを全部覚える必要なんてないんだよ。むしろ全部覚えられる奴なんていないんだ。それは全部捨てちまえ。俺が改めて教えてやる」


 頼んでもいないのに何故か勉強を教えてもらう流れになった、それも急に。


「教えてくれるのは有難いけど。いいの? 時間は限られてるんでしょ?」


 ライオデールは眉をへの字にして大きく溜息を吐く。おかしなことを言ったつもりはないのに、何故か俺が変人みたいな目で見られた。


「いいか。これは勉学だけじゃない、当然剣だけでもない。他人に教えられるようになって、初めて自分はそれを覚えたっていうんだよ。いいか、クルーエルアの剣とは……」


    ◇


「「クルーエルアの剣とは、即ち、体格も力の差も関係ない、技量によってのみ左右される剣だ」」


 記憶の中のライオデールの声と被る。リンデトーラや候補生たちは、当時俺がライオデールから学んだ時のように、真剣な顔付きで俺の話を聞いていた。


「言い換えれば経験が物を言う剣。相手が攻めて来ることが分かっているのなら、その行動を把握し自らの型へ落とし込むように誘導する。そして隙が生じたところを見逃さず、相手にとって最も致命的となる一撃を加える。先程俺がやってみせたのがそれだ」


 リンデトーラは何かに気付いたのか自分の手首を抑える。


 そう。先程の稽古において、リンデトーラにとって最も致命的なのは剣を失うことだった。事実、彼は一度戦意を失った。


「第二幕『攻』では、先程のような切り返しは行わない。その代わりに第三幕『守』に移行する。ここで一つきみたちに問いたい。第二幕『攻』では、何故挑む側が攻勢こうせいを、挑まれる側が守勢しゅせいを行うか分かるか?」


 皆顔を見合わせるばかりで誰一人声を上げようとしない。まだ座学についてはそこまで進んでいないだろうから当然と言えば当然なのかもしれない。


「本来騎士は自ら戦いを挑むことはしないからだ。騎士の役割はこの国、クルーエルアを守護することだからだ。そのため騎士は挑まれることを前提としている。だからこそ決闘の儀もそのように構成されている」


 声高に説明していたところで、聞いていた候補生の一人がおずおずと手を上げる。俺はその子に微笑みかけ、手で合図し言葉を促した。


「あ、あの、ではどうして騎士同士が戦う場合は決闘の儀でのみと決められているのでしょうか」


「良い質問だ」


 俺も昔同じ疑問を抱いた。俺は再び全員へ聞こえるよう、声を上げ説明を続けた。

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