Episode.1-3

    ◇現代◇


 クルーエルア城より光が発せられたという話は、一夜のうちにクルーエルア全土だけでなく各国へ知れ渡った。


 クルーエルア王国において行われた騎士就任の儀にて、十二人の王国騎士のうち十一人が突如として姿を消した。原因は分かっていない。クルーエルア王国における王国騎士とは、国の存亡に関わる危機的状況において重要な役割を担うことが期待された存在である。故にこの損失は非常に大きいものであった。


 ここ数年世界は大きく変化しつつある。世界全土において、殺意を持ち無差別に暴れ回る野生動物が脅威的な早さで増えている。その動物は、同じ種類の動物よりも一回り以上身体が大きいのが特徴だ。主に小さな町や村で被害報告が相次いでいる。


 また、脅威となっているのは動物だけではない。おおよそ十年前より、覆面や被り物で顔を隠し、悪事を働く謎の集団が各国に出没するようになった。多くの国が被害を受け、滅びた町や村がいくつもある。生き残った者の証言によると、火を操った、雷を発した、風を起こしたなど、現代においては各国でも数えるほどの者しか行使できない自然の力を当たり前のように行使するという。集団が去った後にはその地に暮らしていたはずの人々の姿が一切残らない。彼らは自らについて語らず、何かを要求する訳でもないため、その目的は分かっていない。また、動物と異なり、彼らは顔を隠している以外は何の変哲もない生身のヒトである。どこに潜伏していてもどこに現れてもおかしくはない。


 この状況に対して、各国は後手に回るしかなく、人々は謎の集団の脅威に日々怯えていた。


    ◇???◇


「あの強烈な光は、やはりクルーエルア城から発せられたもので間違いないとのことです」


 男は、膝を突き深く頭を下げ、震えながら前方の暗闇へと話し掛ける。怯えているのか、平静を装うよう努めているが、突いた膝の軸がぶれ体制を崩しそうになっている。男が言葉を発したのち、暗闇の中に透紫色とうししょくの光が走り二つの眼が浮かんだ。


「誰によって、どのように、は分からないのか?」


 眼球が男へと焦点を定め静止する。男はその言葉に肩を震わせ、「申し訳御座いません、そこまでは」とさらに頭を伏せ答える。暗闇の中から「そうか」と聞こえ、眼が閉じられたかと思うと、「下がってよい」と声が掛けられた。男は驚いたような、しかし安心したような表情をした後、短く返事をした。そして、恭しくその場を去っていった。


 男が去った後、暗闇に向けるように別の声が響く。


「生かして帰してあげるとは珍しいですね。どういった風の吹き回しですか」


 その言葉に、再び暗闇の中に眼が浮かび上がる。眼は、声が聞こえた方へ眼球を動かしその問いに答えた。


「恩赦だよ。所謂いわゆる慈悲というやつだ」


「恩赦……?」


 言っている意味が理解できなかったのか、暗闇より発せられた言葉を反芻する。そのまたすぐ隣から、別の影が動く。その影は、暗闇の前まで歩み寄り膝を突いた。


「どうした、――――」


 眼球は滑らかに動き、目の前の膝を突いた人物へと向けられる。その人物は口を開くことはなかったが、何を言いたいのかは眼球の主に伝わったようだった。


「駄目だ。確かにお前ならクルーエルアを滅ぼせるだろうが、今はそれよりも優先すべきことがある。勝手な行動は慎め」


 暗闇の中の眼が闇に溶け、膝を突いた人物は頭を下げる。そして立ち上がり、先程いた元の位置へと戻っていった。


 紫の閃光が走り眼の主は考えを巡らす。


「一瞬ではあったが何だったんだあの光は。クルーエルア城より発せられたということは、天災ではなく人為的なものとみて間違いない。しかし緑ではなく、黄金……?」


 偶然か、はたまた虫の知らせかは分からない。その時は外の空気を吸いたくなった、程度の感覚で外に出ていた。それが、あんなものを目にすることになろうとは。しかし、偶然とはいえ予想に反した収穫とでもいうべきだろうか。己の知らない不安材料が未だに存在するという事実、それを知れたことがこの上ない悦びだった。


「不安材料は多い方が面白いなど、我ながら笑ってしまうな」


 口許が緩むのを抑えられない。これほど嬉しいのはいつ以来か。計画的に物事が進むのは良いものだ。しかし障壁がないのもそれはそれで面白くない。溜息が出る。だがこれは安堵の溜息。未知なる存在、己の理解を超えたものの存在が、俺をより高みへと導いてくれる。


 現時点で懸念材料と成り得るものは三つ。その内二つは向こうから姿を現さぬ限り対処のしようがない。先程の光がうち一つと関係している可能性は高い。しかし確定付ける証拠は何一つない。そして残る一つは……。


 現時点では天と地が逆転することがあっても勝機はない。だからこそ十年以上もの時間を掛け準備してきた。この計画を思い付いてから恐怖や不安を感じなかったことは一日たりともない。だがそれももうまもなく終わる。


「ふふ、ははは」


 暗闇の中の笑い声に呼応するように、声の主の周囲を透紫色の光が跳梁ちょうりょうする。


 そうだ。もはや何者であっても止められはしない。五国によって滅ぼされた伝説の民――――。存在そのものが500年前を最後に確認されていない――――。その二種族が滅んだ今、敵などいない。そして愚かにも他国との協和を断ってなお、それだけの力を持ちながら仕掛けようとしない――――。


 透紫色の光が周囲に反射し暗闇を払う。その際、暗闇の奥にある、暗闇よりも深い、見るだけで心を魅了されるような、深淵よりも更に深い黒色を放つ水晶体が一瞬映る。


 たとえ何者が俺の前に立ちはだかることがあってももう遅いのだ。既に災厄は……。


 黒い水晶体へ手を伸ばす。そしてその手を握り締め叫んだ。


「俺の手の中に!」


    ◇

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