Prologue.2
◇500年前◇
500年前、世界を終焉へ誘う大きな災厄が訪れた。それは突然現れた。
その巨躯は国一つを喰らうほどに大きく、その爪は大地を抉り、その咆哮は大気を軋ませ、その羽ばたきは豪風を巻き起こした。災厄は世界各地を暴れまわり、あらゆる命、あらゆる文明を消し去った。一人また一人と災厄に挑んでは死にゆく者達を目の当たりにし、人々は抗うことを諦めた。そしていつしか人々は罪の意識を覚えるようになり、災厄を見てこう言った。
「災厄は、ヒトの業が生み出したものだ」
災厄が現れたのは世界各国の争いが最も激しくなった時の事だった。かつて各国では、その地域特有の自然の力を利用することで生活を送っていた。
火山に近い地域では火を祀り、烈火の如き激情を身に付けることで火を使役することができた。
海に囲まれた地域では水を祀り、清流の如き穏やかな清心を身に付けることで水を使役することができた。
天に近い高原の地域では風を祀り、渡り鳥の如き空への渇望を身に付けることで風を使役することができた。
人々は互いに交流を重ね文明を築いていった。しかしいつしか文明が進むにつれ、その力をより効果的に活用しようと模索する者が現れた。その者が作り出そうとしたもの。それは、人を介さず、直接自然から永久的に力を吸い出そうというものだった。これを各国で共有し合い更なる発展を促そうとした。
当時存在した七つの国のうち五国がその案に同意した。地域によっては生き辛い環境の国もある。そういった国は率先してその案に同意した。それに対し同意しなかった二国は他国から協力するよう何度も迫られた。
同意しなかった一国の長はこう言った。
「一つの地域にのみ与えられた大きな力を世界全土で共有するなど、世界にどんな影響をもたらすか分からない」
同意しなかった一国の城主はこう言った。
「私は世界のためではなく、我が一族の存亡の為にそなたらと最低限の交流を取り合っていただけにすぎん。我が一族の秘を共有する気はない」
これを聞き各国の王たちは怒りの声を上げた。そして幾度もの話し合いの末、交渉は決裂し、協力せぬ二国を排除する決定が下された。中には排除まで行う必要はないと主張する国もあった。
排除の方法は至って単純であった。各国指折りの猛者を集わせ、協力せぬ二国へ進軍を行う。その国に生きる者全てを抹殺する。事前に亡命などの人道的呼びかけは行っていたが、二国の誰一人応じる者はいなかった。
二国ともに規模は小さく、他の五国と比較して人口も少ない。これに参加することになった者は誰しも過剰戦力だと思った。この勅令を下した王ですらそう思った。実際のところ過剰戦力ではあった。一国との戦においては。
その国は、当時内陸に位置する小さな国だった。青々と茂る草原と、周囲に大きく広がる森のある、国と呼ぶにはそれらしい建物も存在しない、云わば小さな村であった。しかしこの村には他国にはない、この村を国たらしめる大きな理由があった。
『光射す国』
その呼び名の通りこの地域は絶えず光に溢れていた。人々は光を祀り世界を愛し日々希望を持ち生きていた。争いなど一度もなかった。
故に、滅ぼされるのも一瞬の出来事だった。
協力を拒んだ国の速やかな排除に、一部の国の王は歓喜した。だがそれ以外の王たちは疑念を持つようになった。もし相手が必死の抵抗を行いこちらにも被害が出ていれば、そんな疑念も抱かなかったのかもしれない。しかし事実、相手は無抵抗に死んでいった。この事実が一部の国の王たちに疑念を抱かせてしまった。だが、一度進みだしてしまった以上後には引けなかった。同意しなかったもう一国への進軍も開始された。疑念を抱いた王たちも、「これで終わりだから」と苦悩していた。しかしその苦悩は全く別の形で思い知らされることとなった。
その国は、樹齢何千年にも及ぶ木々が生い茂る森の奥に、ひっそりと城を構えていた。時間の殆どが闇に包まれ、夜の短い時間にだけ月の光が射し込む。『光射す国』とは対照的な『闇に象徴される国』であった。この国に住まう城主、その民について、他国は一切の情報を持ち合わせていなかった。先の一国を滅ぼしたこともあり、五国の王たちは戦いの早期終結に何の疑念も抱かなかった。
しかし、結果は王たちの想定とは逆であった。
後に、かろうじて生き残った者たちからの証言によると、「唯の一人に全員がやられた」という。唯一の功績は相手の居城を陥落させたことだけ。抵抗がなくなったことから全滅とみて帰還した、と。
その報告を受け、有能な猛者を失った各国の王たちは、その失態と責任の所在について互いに糾弾しあうことになった。
十分な戦力を寄越さなかった国が悪い。正確な情報を把握せず攻め入ろうと提案した国が悪い。そもそも戦う必要などなかった、戦わなければこんな犠牲が出ることもなかった。など、各国の言い分は決して交わることはなかった。そしてそれがきっかけとなり、世界全土を巻き込んだ大戦争が勃発することとなる。
この戦争に勝利した国こそが世界の覇者となる。故に、どの国も戦力を惜しむことなく、女子供問わず力のある者は全て戦場に駆り出された。中には戦いに無関係な小さな集落や村などもあったが、それらも例外ではなく、戦いの渦中に飲み込まれていった。日々、世界全土で赤黒い血が大地を染めたという。人々は苦難の声を上げたが王たちは聞きはしなかった。
そんな時だった。災厄が現れたのは。
その巨体は
災厄の誕生により各国で争われていた覇権は事実上消滅した。この機会を利用しようと思う者が現れぬほど、災厄の力は人智を超えたものであった。幾人もの強者が災厄に挑むも全て返り討ち。各国の領土はおろか居城も消し飛ばされ、大地は隆起し原型を留めず、世界は崩壊という一つの色で統一された。
荒れ狂う災厄は勢いを落とすことはなく、人は以前のわずか100分の1にも満たない数に減少した。残った人々はどこにも逃げ場のないこの世界に絶望し恐怖した。抵抗も生きることも諦めかけたその時、災厄に挑む一人の男が現れた。
その男は真っ向から災厄と対峙し大いに奮闘した。各国の強者が束になっても敵わない災厄に傷を負わせ、天変地異の勢いを弱らせるまでに至った。災厄と戦う男の姿を生き残った多くの者たちが見たという。たった一人で戦うその姿に、人々は再び立ち上がる決意をした。しかし人々の決意虚しく力の差は歴然だった。傷を負わせるに至ったとはいえ、致命傷を与える手段を持ち合わせていなかった。いくら全力でぶつかっても、進行を遅らせる程度の足止めにしかならない。男もそれをわかっていた。
どれだけの時間を戦い続けたのだろう。限界と感じながらも耐え、限界と感じながらも歯を食い縛り、限界と感じながらも一歩も引かなかった。男は負けられなかった。負けるわけにはいかなかった。この想いだけでいつまでも災厄と戦い続けられる、そう思っていた。だが想いとは裏腹に、身体は限界を迎えていた。
前へ、前へと進もうと、足を前へ進めようとして初めて手を突いた。最初は何が起きたのか分からなかった。しかし今の自分の状態を見て、ようやくそれに気が付いた。膝から下がもげ落ちていた。男はそこで正気に戻った。よく見ると、地面を突いている腕も有り得ない方向に曲がっている。
災厄が尾を払い男は吹き飛ばされる。かろうじて繋がっていた腕ももげ、男はなす術なく地面に落ちる。戦意で全てを忘れ戦い続けていたが、正気に戻り、既に戦える状態ではないことに気付いてしまった。
災厄が雄叫びを上げ巨大な腕を振り下ろす。もはや反撃も避けることも叶わない。だが男は、災厄にも負けぬ雄叫びを上げ、その腕が振り下ろされる最後の瞬間まで、強く生きることを願った。
光が
男は目を疑った。一瞬夢でも見ているのかと錯覚した。それとも、自分は既に死んでしまったのかとさえ思った。それだけ目の前で起きた出来事が信じられないものだったからだ。
災厄が小さく呻き声を上げ倒れる。その巨体が倒れたことで地表が大きく揺れる。男は揺れによる痛みに耐えながらも、災厄が倒れたという事実、そして自分を守るように立っている目の前の背中に圧倒されていた。
茫然自失とはこういう状況を指すのだろう、男は声を出せなかった。
「遅れてすまない、友よ」
目の前の背中が語る。男に心当たりはなかった。だが何故か心から安堵してしまった。生まれてこの方、同族以外を信じたことなどなかったというのに。
目の前の背中が振り返る。その瞳が真っ直ぐに男を見据え、微笑んだ。
この者が、後に災厄を倒した『名も無き英雄』として、後世に語り継がれることになる。
◇
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