四十八話 魔術的思考
今日も雨が降っていた。
ざーざーと無機質な音が聞こえる。まるでなにかを覆い隠すかのようだったが俺にはそれがなにかわからなかった。
「魔術的思考って知っている?」
そんな言葉が遥の今日の言葉の最初だった。
「知らん」
俺は『月刊ムー』から目も離さず言った。よくあるオカルト雑誌だ。こんなものに魔法の使い方が書いてあるなんか思ってはいなかったが、オカルト初心者の俺にとってはオカルトといえばこれだったので仕方ない。
「ええとね……理性と観察では因果関係が正当化できない事に原因を求める思考のことなんだけど……どうかな?」
「はあ……、まあ……?」
遥は『錬金術と近代科学』という分厚い本を手に持っている。俺にはさっぱりわからないであろう人文科学系の本だ。
「えっと……ごめん。どういう意味?」
「うーんとねー……魔法は神秘と合理性からできているの」
「ほうほう」
「そしてその魔法はどのような思考方法で生み出されたかって話だよー」
「ああーすまん遥」
楽しそうに話しているところに腰を折るようで申し訳ない。
「さっぱり話が見えてこない」
「ええー。残念」
口をすぼめてすねる様な仕草をする。目は笑っているのでただのポーズだろう。遥はその後にこうやって続けた。
「えとね。えとね。昔は祈ったり生贄を捧げたり、契約をすることで魔法を使ってきたの」
「そうだな」
「これは魔法を使うことで何かしらの事象が発生することを期待した結果なの。不明な因果関係を神秘と合理性で隠すための情報そのものが魔法で、その情報を作成する方法が魔術的思考なの!」
「は、はあ……」
どんどんヒートアップしていく遥についていくことが正直できない。なんかすごい難しいことを言っている気がする。
「この思考方法って今の私たちに似ていると思わない?」
「……ええと、すなわち?」
「人工冬眠がうまくいったていう結果がある。蝶が出来たっていう結果がある。ただこれらは客観的に正当化できるものではないってとこ、とかかな?」
「ああー……それの原因を調べている俺たちがってことか」
「そういうこと」
ようやく理解してきた。どうやら、俺たちの『明らかにおかしな事象に理由を求める姿』を言っているらしい。
「じゃあ俺たちは『魔術的思考』ってやつをやっているのか」
「そういうことそういうこと」
遥がうれしそうに首を縦に大きく振る。
「んで、その魔術的思考で何ができるんだ?」
「なにができるって言うものでも無いんだけどね……ただこの思考方法から生み出されたものが魔法なの! その情報は一定の普遍性を保ちながら世界に働きかけるの!」
「ふーん……」
雨乞いという儀式がある。
これはみんなで焚火を囲い、踊って祈祷することで雨を降らすというよくある意味の儀式の一つだ。こんな行動で神が祈りを受け取り雨を降らす科学的根拠はない。
だが、それでも実際に雨が降ったという実例だって存在するのだ。
原因は一説によると焚火にあると言われている。
火を起こしたときに発生した上昇気流で雲ができて雨が降ったとされているのだ。山火事の後に雨が降るのと同じ原理だ。
別に神が願いを叶えなくてもいい。儀式をして、そして期待されるだけの効果があった。それだけでいい。彼らの中では正しく魔法だった。
「じゃあ、こじつけでもいいから因果関係を見つければうまくいくかもしれないということか……」
「そういうことだね!」
「……それってやること変わらなくね?」
「……そうかも?」
「だよなぁ」
結局のところやることは変わらないのだ。どうにか普遍性を見つけて運用できるまで世界の仕組みを切り取って、それからそれを実践する。それを神秘で蓋をしようが合理性で解明しようが俺には割とどうでもいい。
「でもまぁ……小難しい言葉で補強されると何となく間違ってない気がするな……。この調子でどうにか生きる方法を見つければ……」
生きられる、かもしれない。
生きていることが許されるかもしれない。
別に難しい話なんかじゃない。あと一年で沈むとか言っているインチキな運命を終わらせることができるのだ。そこには普通の人生、普通の未来があるはずなんだ。
「ねえねえ。彼方くん。彼方くん」
「あ?」
「彼方くんは長く生きて何をしたいの?」
遥がそんなことをぽつりと言った。その瞳は単純な疑問に染められている。
「俺かぁ……」
少し考える。
「……何がしたいんだろうなぁ」
俺は少しでも長く生きて何がしたいのだろうか?
俺みたいなゴミが多少長く生きたところで何が起きるっていうんだろうか?わからないし、知らない。いつもならば考えるだけ無駄だと切り捨てるようなノイズだ。
だが、俺はこの問題について思考停止しすぎてきたのかもしれない。生きている限りこの問題はクリティカルな問題なはずなのだ。
「結局わからないんだよなぁ……」
「彼方くんもわからないの?」
「『も』ってことは遥もか?」
「そうね。私もよ」
遥はそういうと本を横に置き、帽子のつばを指でいじり始めた。
「私もね。生きる意味とか、何がしたいとか考えてみたんだけど結局よくわからないの……」
「そうだなぁ……」
「そうなの。意味のある人生はなんなのか一緒に考えるって約束したからね! 私なりにもいろいろ考えているの!」
そう言いながら威張るように胸をはる。
「まあ、俺は正直生き延びる手段を見つけてから悩んでもいいと思うけどな」
「そう? でも最期はこの問題は避けられないんじゃないの?」
意味のある人生。
俺は生きるための手段として最善手を選ぼうと常にしてきたのだが、これはただの逃避行動に過ぎないのではないのだろうか?
最期、海に沈もうが棺桶に行儀よく入ろうが関係ない。その最期に意味が分からなかったのならば結局俺の人生は無駄に終わるのではないのだろうか?
「……かもな」
「でもなにがいいんだろうね? 一応調べたりもしたのよ?」
そう言いながら遥は『ポジティブに生きる人生のすすめ!』とか、『占星術まるわかり! ~意味のある人生とは~』、『あなたのオーラと命運大全』を引っ張り出してきた。
「いや。それはさすがに関係ないだろ」
「ええー関係あるもん! 彼方くんも占いやんない?」
「はいはい。バーナムバーナム」
「もー……。夢が無いのね」
それでも俺は。
俺は、もうこの問題から逃げてはいけないのかもしれない。
「でもねでもね。彼方くん彼方くん。いいことも書いてあったのよ?」
「ほう。どんな?」
「ええとね、ええとね『この占いは運命を見るものですが定めるものではありません。この占いがあなたの生活の支えになることを信じています』……だったと思うよ!」
「……うさんくせえな」
いまいち信用のおけない言葉だ。というかただの責任逃れにしか聞こえない。自分の言葉に自信が無いからそんな注意書きをしているんだろ。
「そう? 私は元気出たけど?」
「絶対適当なこと書いてるだけだって」
「えー……でもねでもね。私に書かれている占いが良くても悪くてもポジティブな気持ちになれそうでしょ?」
「……そんなものか?」
「そんなものよ!」
占いだって魔法の一つだ。人生のゆくえ、人の本質、物事の真偽。そんなものをみんな神秘の蓋でまとめて隠して使っている。そして遥のようにポジティブになる人が存在する。
「でもそれってアレでは? なに書かれていても嬉しいならもう意味が無いのでは?」
「別に意味が無くてもいいんだよ? 私が楽しいだけだし」
「まあ、それもそうか……」
こうやって全く無価値に見える情報でも誰かを幸せにする魔法になっているのかもしれない。
『幸せ』
考えても考えてもわからない言葉だ。手のひらの上にあるようで気が付いた時には指の間から抜けていた。
別に不思議なことじゃない。
家族もろとも交通事故で亡くなり、預けられた親戚の家でも上手く馴染めなかっただけだ。上手く馴染めないの中でも最上級になじめなかったので気が付いた時には傷害事件にまで発展していた。それから、また違う遠い親戚の家に預けられた。それだけだ。そんな中でも必死に生きて生きて生き延びただけだ。
ただ、必死に人生を追っかけているうちに息継ぎの仕方をわすれてしまった。本当にただ、それだけの話なんだ。
遥を見る。
幸せそうに占いの本を手にしていた。黒い瞳には希望が映ってキラキラと輝いている。人の目にハイライトは比喩抜きで入るものなんだな。俺もこんな風に軽率に『幸せ』を手に入れることができるのだろうか?
「……なあ、遥?」
「なぁに?」
「俺に……なんかその、おすすめの占いの本とかある?」
「……え! 彼方くんも読んでくれるの!」
「別に信じたわけじゃないぞ。ただ、占いも魔法の一種だからな。ただ興味がわいただけだ」
「またまたー。一緒に本を読もうね!」
そう言いながら本の山の前に向かう。そうしながら「ああーこの本いいかも……でも、これリサちゃんにすすめて嫌がられちゃったしなぁ……」などとブツブツ言っていた。
「リサさんにすすめたのか?」
「そうだよー。占いなら好きになってくれるかもしれないって思って……でも結局好きになってくれなかったけどね」
リサさんを思い出す。
『リサさんの人生は無意味じゃないんですか?』
リサさんに俺が言って傷つけた言葉が脳裏をよぎった。あれから彼女は何をしているのだろうか?
『それでも良かったら、今度までに考えてきてあげるよー』
リサさんはそんなことも言っていた。もう結論は出たのだろうか? 人生の意味が、幸せが、最期に胸を張って言える結論が。そんな途方もないものを探しているのだろうか?
「リサさんかぁ……」
雨はやまない。占いを好きになれなかったということは俺のように占いの魔法は効かなかったのだろう。無邪気に信じて希望を手に入れることなんてできなかった。はたしてリサさんは今、『幸せ』なのだろうか?
「そうそう。最近は外にも結構出ているみたいだからもしかしたらわかってくれるかなって思ったんだけど……」
「え。リサさんが?」
「うん」
基本的にインドアなのに珍しい。たまに出かけている様子は見かけていたが俺よりもリサさんをよく知っている遥がいうのだからきっとそうなのだろう。
「今日も出かけていたよ?」
「え。雨だぜ?」
「うん。傘持って出かけていたよ」
雨。わざわざ外に出かけるのに雨を降らすなんて普通なら考えられない。そんなにもリサさんは雨が好きなんだろうか? 何か別に理由があるのだろうか? そんな中でリサさんがどこに行っているのか? 俺はどうしたらよいのか?
「ちょっと会いに行ってみようかな」
「彼方くん?」
答えなんて見つかるはずがない。
俺一人の人生の意味も幸せの形もわからないのだ。人のことなんてわからないに決まっている。
それでも、それでも俺はリサさんにもう一度会うべきなんだと思った。
リサさんがどうかは知らないが、俺にとって意味のある人生なんて言葉はまだ存在していない。足元がグラついていて何も納得のいく言葉なんてかけられないかもしれない。今、必要なのはやまない雨の中にいるリサさんと向き合うことだ。
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