六話 常識
閑話休題。
叫んで、懇願して、恥じらって、どうにか服をもう一度着させた。今はお互い正座をして向かい合っている。俺ばっかりが疲れているのがむかついて睨んでやったが、小首をひねられた。
かわいい。
腹立つ。
「まずさあ…。服を脱ぐなよ……」
「えー。でも脱がないと濡れて気持ち悪いよ?」
「海に入るのは確定事項なのか……」
「だって、海に来たのだもの」
海に入るから服を脱いだ、と。それだけだと言っている。
確かにわかりやすい話ではあるけど、それが年頃の女の子が柔肌を男に晒す理由になるのだろうか?
ただ、そこであることに思い当たる。そもそもこいつは人前で服を脱ぐことがダメということもわかって無いのはないのだろうか? 一週間の未来人ライフのうちにこの程度の予想はつくようになっていた。
「ああー。そうだなあ。服を脱がないと濡れるもんなぁ。悪かったよ。じゃ、なんで俺の……、一応俺も男なんだけど……の前で服を脱ぎだしたんだ?」
「さっきから服が濡れるからだっていってるじゃん」
「ええと……。聞き方が悪かったな。えっと……じゃ。お、男の前で、服を脱ぐこととかにためらいはないのか?」
「え? 別に」
なんかとんでもなく変態なことを聞いている気がする。
罪悪感と羞恥心で死にそうだ。これが無知シチュか。というかためらいはないのか。脱げと命令したら脱ぐのか? お? マジ?
さっきの光景がフラッシュバックする。最高じゃん。
——最低……。
しまった。違うんだ。男ならば誰でもこうなる。弁明をしたいが聞き届けてくれることは無い。一方的に言ってくるだけだ。
「あの……。水着とかこの時代には無いんですか?」
「ん? あるよ別に」
「あるのかよ!」
水着はあるようだ。もしや未来では水着がなくなりヌーディストビーチしかないのかとも思ったが、そうでもないようだ。
「じゃあ、水着とか着てください……もういいから……ね?」
「ええー。持ってくるの面倒だし、結局アレも濡れるじゃない」
「あれは濡れてもいいやつなんだよ」
水着が濡れることを問題にしているのが笑える。
確かに俺らの着る服は、経年劣化による『液化』に浸食される前であれば汚れることもほつれることもない。実際俺も着替え用に複数の服を出力しておいたのだが、着替えのメリットがわからずずっと同じものを着ている。
この状況であれば、もはや服という観念そのものが揺らいでいてもおかしくはない。
「だいたい水着自体は着たことはあるのか?」
「あるよ。司君に連れてきてもらった時には、ちゃんと水着を着たし。けっこう前のこと前のことだけど」
「司さん……。あなたって人は……」
どうやら遥の父である司さんはちゃんと水着を着させてくれていたようだ。さんきゅーお前の父さん。
「でも司君がいなくなってからは、もう着るのやめちゃった」
「リサさんは……そうか。海まではついてきてくれないんだもんな」
「うん」
「水着じゃない注意……とかはそもそもいないからできないか」
「そうだねえ。あ。でもたまには来たんだよ?」
「え、じゃあ……」
「でも、気持ちよさそうだからいんじゃない? とか言ってたよ」
「まったく……あの人は……」
どうやら遥の母が原因のようだ。リサさん許さねえ。
「というか濡れるとか言ってるけど、どうせ体が濡れたら後に着る服も濡れるだろ!」
「ん? 乾くまで待つよ」
「え。待つ?」
「うん」
「じゃ、海からあがって待つということ?」
「うん。海の中にいたらずっと濡れるもんね。適当に散歩してるよ」
「全裸で?」
「全裸で」
つまり、この子は海で遊んだあとは全裸で海辺にいるのが常だというのだ。13歳とは言っても、外見年齢はもう高校生なのだ。え。犯罪じゃん。というか13歳でもアウトだ。このご時世ある意味もっとアウトだ。……あ。未来だからこのご時世ではないのか。
彼女は俺が変なことでも言っているかのように首をかしげている。
その首から肩にかけての血管が彼女の半裸を想起させた。そして、全裸で海辺散歩の発言を思い出す。ほう……これはけしからんな……別の話にしないとまずい。そうしないと、恥ずかしくてここから逃げ出してしまいそうだ。なにか話題をふらないと……。
「ああー。じゃあいつもちゃんと服を着ている理由は?」
「ええとね。リサちゃんが服を着てるのが普通だよって言ってたし、気にしたこと無かった!」
「ああ……良かったぁ……」
「もしかしていつも脱いでる方が良いの?」
「滅相もございません!」
リサさんのおかげで、遥が常時全裸というレベルの高い痴女にならないで済んだようだ。さんきゅーリサさん。司さんよりもずっと功労者だ。
「ねーねーお客さん。どうして服を脱いではいけないの?」
遥と目が合った。その目は相変わらず青を取り込んでいるが、それ以上に好奇心の色を宿していた。
あ。やばい。面倒になことになった。と俺は思う。
「服を脱ぐのがいけないのではないよ。人前で、特に異性の前で服を脱ぐのがいけないんだ」
「んーなんで?」
彼女は知識に飢えている。
理由は単純だ。文字通り彼女は『何も知らない』のだ。
彼女に限らず未来人はケースの中で体外受精をおこなうことで受精している。そのケースは胎児を幼児にするまでの機能を持っているのだ。
赤子はそこで六歳児程度の見た目になるまで培養され、同時に最低限の知的行動ができるように基準教育がおこなわれる。基準教育のイメージとしては電極を脳に突き刺して洗脳をおこなうかんじだった。
彼女は人生の内訳は、ケースで約三年とケースからでて約十年だ。それで十三歳なのだ。
しかも、割とまともそうな司さんがいたのはその十年のうち初めの一年だけだ。リサさんに教育ができるわけがない。
「人前で服を脱ぐことは恥ずかしいことだからだよ……」
「恥ずかしいの? 私は別に恥ずかしくないけど?」
「ああーそうくるかー。じゃ危ないからだ」
「どうして危ないの?」
「悪い人がお前を……お、おそ……悪さをするかもしれないからだ」
「お客さんは私に悪さをするの?」
「いや、しないが……」
「じゃあ! 大丈夫ね!」
「大丈夫じゃねえよ!」
襲う……と言いかけたがためらって、悪さをするという言い方をした。
こいつに『若い異性の体に劣情を催し、婦女暴行をおこなう』といって理解してくれるのだろうか? というかそもそも性欲はあるのか? 聞いてみようかとも思ったが、本格的に変態の道を進みそうなのでやめた。
「ん。わかった。だったら、こうしよう! 俺が恥ずかしい! いい⁉」
「えー恥ずかしがり屋さんだなぁ」
「ああ、恥ずかしがり屋で結構!」
「でも、めんどくさいし……」
「お前がこれからも俺の前で服を脱ぐというならば、お前ともう遊んでやらないぞ!」
「え。それは困る」
「だろう? じゃあ我慢するんだ」
「えーわかったぁ……」
少し嘘をついたようだが、俺が恥ずかしいのは事実なのだから嘘ではない。6000年前の価値観で未来人を強制することに正義があるかは疑問だが、俺のできることは少しでもやっておきたい。
「でもそっかぁ……。海入れないかぁ。」
悲しそうな顔をして海を見る。なんだか俺の無理を通したせいでこんな顔になったかと思うと多少罪悪感があった。
「あ。そっかこのまま入ればいいんだ!」
「ストップ! ストップ! 待って!」
「え?」
言うが早いかワンピース姿のまま海に入ろうとする。
やべえやつだ。というか透けた下着で結局俺は死にかねない。罪悪感なんて飛んでいった。こいつはやはりバカだ。
「えー」
「あー……わかった、少し待ってて」
おれは靴とTシャツを脱いで海に入る。冷たいことを覚悟して入ったのだが思った以上に温かい。
中央には3Dプリンターが半分だけ顔を水中から出しているのがわかる。3Dプリンターのあるところはそこそこの水深があるが、そこまで泳ぎ、女性用の水着とタオルを何枚か出力して帰ってきた。
そこにはジト目をした遥がいた。
「お客さん……人前で服を脱いで、海に服のまま入ってる……」
「えっと……ごめん?」
「ずるい」
確かに矛盾したなと思いながら、手に持っている水着を手渡す。
「これは?」
「水着。サイズがわからなかったから何枚か作ってみた。俺から見えないところで着替えて」
「えー」
「せっかく作ったんだから使え」
「えー」
そういいながら、水着片手に通路の角へ消えていった。ちゃんと見えないところに行ったのを確認してからタオルで体をふく。一応水に濡れないように努力はしたのだが、タオルは結構濡れてしまっていた。あまり意味がない。遥の水遊びが終わるころには乾くように乾かしておこう。
「しょっぱ……」
タオルで顔をふくと、水が口の中にも入った。しょっぱい。海水なのだからしょっぱいのは普通だと思ったが違和感を感じた。その違和感が何なのか考えたがよくわからなかった。
暇つぶしに、遠くの景色をぼんやりとみる。
そうしてなんとなく考え事をしていたのだが、さっきは彼女のことをバカ扱いしてしまったが、ひょっとしたらアレがこの時代の常識なのかもしれないことに気がついた。
そもそも服の種類は自分の欲求を満たすためだけでは無く、己の存在を他者に受容を求めるためでもあるのだ。例えば制服はその団体の一員を示すものであるし、ドレスコードも同じようなものだ。
そして、それは制服のような特別な服だけではない。
ファッションの種類でも自分の個性を他者に認めさせようとしている。年相応の服装があり、性格に合った服や色の組み合わせがある。服装とは一番外側の人の内面なのだ。
リサさんはしろいワイシャツと黒のスラックスが主だがたまに服が変わっていのを確認している。それに対して、遥は常に白のワンピースだ。3Dプリンターには他の種類の服があるのも確認している。
彼女はあの服で何を伝えようとしているのだろうか?
それとも伝えることも無いのだろうか?
ふいに、世界の色を容易に取り込むあの瞳を思い出す。
急にあれが鏡やガラスのような無機質なものに感じて、背筋がゾッとした。
「ねーねー着たよー」
「おー。おかえりー」
そんなくだらないことを考えていると水着に着替えた彼女が廊下からやってきた。瞳を確認する。その時の彼女の瞳は元の光彩の黒色だった。やはり、ただの考えすぎなのかもしれない。
「あのさ……一応着替えたんだけど、そんなに違いあるかな? そんなに変わっている気がしないんだけど……」
「いや……十分だよ」
「そう?」
3Dプリンターではいくつかの種類の水着があったが、その中でも露出が少なくてかわいいのを選んだつもりだ。そして、考えていた条件で選んだ結果、結局ワンピース型の水着になってしまった。
パレオや水にぬれても良いTシャツのようなものはあったのだが、明らかに泳ぐ気の彼女に渡すと外される可能性がある。
ビキニは論外だ。露出が多すぎるし、彼女の服のサイズなんて知らない。下手に渡してぴちぴちだったり、ぶかぶかだったりしたらとんでもないことになる。
競泳水着やスクール水着のようなぴっちりとした露出の少ないものもあったが、なんかあえてこれを選ぶのは変態のようでためらわれた。
総合的に考えるとワンピース型になった。彼女は変わっていないというが十分違いはある。前面は布に覆われているが背中は紐だけで布がない。スカートも短くなった。袖もノースリーブになっている。
いやー健康的ですねえ……。
これぐらいの刺激なら俺もギリギリ耐えられそうだ。鼻に熱い思いがこみ上げてくるが、興奮で鼻血がでるのは嘘らしいので気のせいだろう。興奮してない。本当だ。
その後は、彼女が納得するまで遊んだ。
あまりに楽しそうに遊んでいたので、途中からは俺も水着を作って一緒に泳いだ。途中でサンドイッチを食べたりなんかもしたのだが、運動したせいもあってか格別においしかった。
それと遥は水着を気にいったらしく、水着で生活しようかな? とか言っていたが全力で止めた。
海では清楚な方の格好でも、あの格好を普通にしているのは痴女だ。
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