脳ストライク2ボールおじいちゃんと一緒【改正ロング編】ら、!

ひーちゃん

第1話



  脳ストライク2ボール

     おじいちゃんと一緒

 

     

   一 大事な家族 

 

 操縦席の中、手は汗ばみ、プロペラの音が胸の鼓動を高ぶらせる。

 震えを抑えながら右手にハンドル、左手には妻の写真が入った御守り。

 目の前から黒い固まりの航空母艦が近ずく。

 サヨナラ…家族、友よ。

 激突した時、赤い光と爆風を肌と目で感じた。

 

 一九三五年、大阪に今で言うプロ野球チーム 日本職業野球、大阪野球クラブが発足し一九三七年に私(高橋和則)はプロ野球の道を歩み出した。

 ピッチャーとしては自信はあったが、ある人物を、この目で見るまでは…

 東京巨人軍、沢村栄治だ。

 とにかく球が速い!

 才能と身体能力が私とあまりにも違い過ぎる。

 私も、そこそこは、プロ野球で活躍したが目立った成績は残せないまま過ごしていた。

 翌年には、妻(春江)と結婚し長男(義男)が生まれた。

「春江…よく頑張りましたなぁ…

 元気な男の子だ。大きくなれよ!

 将来は野球選手かな…?」

 

 しかし、家族が増え、私は迷った。

 このまま大好きな野球を続けるか、生活を守る為に田舎の故郷の長崎に帰るか…

 春江は野球をしてる私を応援してくれた。

「あなたが出来る事は野球しかありませんよ。

 この子が大きくなって、お父さんが野球をやってる姿を見せてあげて下さい。」

 

 俺の姿を息子に…

 

 私は才能が無くても努力と野球の情熱で自分の生きる道を選んだ。

 

 しかし、ある日、家に赤紙が来た。

 召集令状だ。

 春江から、「和則さん…必ず、帰って来て下さいね…」と三人で撮った写真が入った御守りを渡され、涙ながらに送り出してくれた。

 一九四三年九月、兵役によりチームを離れ海軍航空隊に入営、軍隊生活が始まった。

 しかし、私には仲間がいる、親友もいる、近くに家族はいないが家族が私の帰りを待っている。

 しかし、戦争の状況は日に日に厳しくなっていった。

 私の配属された部隊は特別に構成されていた攻撃部隊だった。

 最初は志願者のみだったが状況が厳しくなり、周りにも声が掛かり始めた。

 戦友だった仲間もしだいに特攻隊に行き帰らぬ人となった。

 我が日本国の為なら命を捧げる気持ちは有ったが心の何処かで妻子持ちは免除が有り多少は安心しているところはあった。

 しかし、私にも特別特攻隊の任務が訪れた。

 私は家族の写真が入った御守りを握りしめ、戦闘機に乗り込んだ。

 

 一九四四年一一月二日、太平洋沖 神風特攻隊にて命を絶つ。(高橋和則、二四歳 没) 

 

  

   二 奇跡

 

 二〇〇〇年

 福岡県久山町

 高橋陸(一六歳)父親、義男と母親、小百合に一人息子の為か過保護に育てられダメ息子に成長。

 何をやっても長続きせず、高校に入っても、部活にも入らず帰宅部。

 取り敢えず高校だけは親からのお願いで仕方なく行っていた。

 陸の高校は野球やスポーツで名門校だが誰でも入れる大明学園だった。

 しかし、陸は学校の運動会や体育の授業で適当にやっていたが身体能力が凄まじく周りのサッカーや野球などの特待生組を寄せ付けない位の存在だった。

 部活の誘いはあったが全てお断り!

 学校が終われば親から、おねだりして買ってもらった四〇〇ccのバイクを乗り回す日々だった。

 唯一の陸の理解者はバイクで一人旅のツーリングで出会った、加藤明美(一七歳)陸より一つ年上のボーイッシュな彼女。

 七五〇ccで陸より大きい排気量のバイクを乗っている。

 大型自動二輪の免許からバイク代まで自分でバイトし稼いでいる。

 学校とバイトの忙しい時間を過ごしても友達に会ったり、陸と会ったりと充実した、学生生活を満喫していた。

 陸は明美から毎回、人生の説教ばかりされウンザリだが、しかし明美ならどんな、馬鹿な事でも話せる。

 決まって、その後は説教が待っているが…

 明美は隣の街の高校に通っていて友達も多くリーダー的な存在だ。

 陸とは全く性格が違うが陸の気持ち、淋しさを明美は、なんとなく感じていた。

 陸は彼女とバイクだけがあればいい。 

 友達なんて必要ない!が陸の口癖だ。   

 両親は陸の育て方を間違えていたと思いつつも友達のいない陸を心配し過保護が辞められない。

 だから明美の存在に両親は助けられていた。

 義男は物心ついた時から父親が戦争で他界した為、親の姿や愛情が解らないでいた。

 そして、ある日、警察から電話があった。

 

「高橋陸君の御両親ですか? バイクで転倒して大倉病院に運ばれてます。

 現在、意識も無く危ない状態です。」

 慌てて義男と小百合はタクシーを呼び大倉病院に向かった。

 明美はICUの前に立っていた。

「すみません…私、陸君と一緒にいました。」

 小百合は、「あなたが付いていながら…」

 と目をそらした。

 陸はICUに入ったまま意識が戻らず、医師からは、

 「どうにか命の危機は脱しましたが、意識が戻る可能性は、解りません…。」 と言われた。

 三人は無言のまま時間が過ぎ、沈黙が続いた。

 すると、小百合が明美に、

「何で明美さんは陸が好きなの?…いい加減でやる気もないし、親の私達でも理解不能なのに…」

「確かに陸は、チャランポランだけど、誰の悪口も言わない素直な所が好きなんです。 すみません…」

「私ね、ずっと共働きで、五年前に亡くなった、おばあちゃんに陸の事を任せてね、おばあちゃんには大変、助けられたわ…私達は陸が欲しい物があれば、何でも、

 お金で解決してた気がする。」

 三人はずっと陸の意識が戻る事を信じて待ち続けた。

 陸は集中治療室で病状を監視しながら一週間が過ぎ、

 そして、一一月二日…

 小百合は窓の外を覗き、秋の寂しさで看病疲れでを感じていた。

 その時、窓の外で、激しい強風が吹きあれ小鳥が一斉に飛びたった。

 窓ガラスも揺れ爆風を感じる感覚で、陸の体が揺れ始めた。

 陸の横に座っていた明美が慌ててナースコールを呼んで、小百合が陸の手を強く握った。

 陸は小百合に応えるように、弱い力だったが握り返して来た。

 強風は止み窓から赤い光が陸に差し込んだ。

 陸の目が徐々に開いて周りを、ゆっくりと見回した。

「陸、お母さんだよ。お父さんも明美さんも居るよ!」

 義男と小百合は喜びを抑えきれず、陸を抱きしめた。

 担当医の鬼塚先生がやって来て、脈を測り、

「陸君、意識が戻りましたよ。もう、大丈夫です。」

 と信じられない感じで喜びを伝えた。

 明美も溢れ出る涙を拭きながら奇跡を喜びあった。

 

 

   三 僕の体におじいちゃん?

 その時、陸は意識が戻り周りを見渡し始めて喋った。 

  

「こ…こは、何処ですか?貴方は誰…?」

 陸は回りを見渡しながら、強く握りしめた両手が緩み、自分の頬と頭を触った。

 陸は変な状況に気がついた。

 

 義男は小百合と目を合わせ、

「目が覚めて、いきなり敬語か…初めて聞いたぞ、陸の敬語、あははっ…

 お前がバイクで転倒して頭を強く打って、この一週間、意識が戻らなかったんだぞ。」

 陸は、ぼーとした顔で今、自分が喋った言葉を疑った。

 何故なら自分の思った事じゃなく勝手に口から出てきた言葉だった。

「そう言えば、あの時、バイクが転倒してその後…」

「私は戦闘機に乗り込み…何故、何故…、私は生きている!…ここは、いったい何処ですか?」

 周りも意味が解らなかったが意識が戻ったばかりで夢でも思い出したんだろう…としか思わなかった。

 しかし、一番、呆然してるのは陸であった。

 俺の体の中に誰かがいる。

 勝手に自分の口から誰かが喋っている。

 陸は、布団に潜り込み

「すみません。今は喋らないで下さい。」

 

 陸の体に入り込んだのは、私、高橋和則だった。

 私自身も全く理解出来なかったが、陸に従った。

 その日は家族と明美が帰るまで私は喋らず我慢した。

 その夜、陸と私は自分の事を、ゆっくりと話し合った。

 恐らく、はたから見ていたら、滑稽な感じだろう。

 まずは陸の生い立ちを聞いた。

 しかし、歯切れの悪い喋りだ。

 こいつは、軍隊に入っていないのか?

 こんな、人間は初めてだ。

 話も、なかなか前に進まない。ただ一つ、解った事は父親の名前は、義男だと言う事。

 私の息子と同じ名前だ。

 しかも高橋とは…偶然とはあるものだ。

 さっきまで居た、友達は誰だ?

「あーっ、俺の彼女だよ。」

 彼女??恋仲て事か?お前は男が好きなのか?

「あの子は、ちゃんとした女の子だよ。少し気は強いけど。」

 信じられん!あれが女?ズボンも履いていたし、髪は短い、どう見ても男にしか見えん!  

「そして、俺、高橋陸。

  あんたの話も聞いてあげるよ。」

 私は、陸のタメ口にイライラの限界を超えていた。

「お前は国民学校で何を学んだ!立派な兵隊になりたくたいのか?」

 陸はキョトンとして、

「んっ…意味わからん!」

 私はイラ立ちを感じながらも、自分の生い立ちを話した。

 私が職業野球をしていた話から結婚して子供が生まれ入隊したまでを陸に話した。

 陸は笑い転げた。

「今は二〇〇〇年だよ。SF映画じゃあるまいし…あんた、頭おかしいよ。急に怒り出すし…」

 私は唖然とした。

「私は一九四四年一一月二日、特攻隊として航空母艦に激突する瞬間に春江と義男の名前を叫んだんだ。

 その後…私はお前の体に入ったのか?」

 陸も信じれない表情に変わった。

「義男は父、そして、おばあちゃんの名前が春江だよ。五年前に七五歳で亡くなったけど…

 俺も、バイクが転倒して気付いたら、俺の中に誰かが…もしかして…

 おじいちゃん…?」

 

 陸と私は、何となく、今の現実を少しずつ理解してきた。

「我が日本国は勝ったのか?」

「負けたよ。かなり昔にね。」

 すなわち、私は時空を超え五六年後の未来に来たってことか…信じられない。

 そして最愛なる妻は、もう、この世には居ない。

 苦労を掛けたな…春江。

 そして、さっき、ここに居た、お前の親が義男か…?

 赤ん坊だった、あの子が父親に…

    

   

 陸は回復に向かっていたが義男と小百合は連日のように病院に行っていた。

 

 お前の事を心配して、毎日、来てくれて良い親をしてるじゃないか…。

  しかし… 

 

 「私は陸にまだ、付き添ってるから、家に帰ったら、洗濯物、回して干しといてね!

 あなた、明日まで休み貰ってるんでしょ。

 食器も洗ってね!」

 

「わかってるよ。

 今日は帰りは遅くなるのか?

 晩御飯も作ろうか?」

 

「作らなくていいわよ!あなたの作った料理、塩っぱいだけで美味しくないし。」

 

「すまん…」

 

 いたたまれない、おじいちゃんの気持ちを察して、陸は、その場を離れた。

「陸、何処に行くの?」

「トイレだよ。」 

「一人で大丈夫なの?」

「大丈夫さ!もう、歩けるし…」

 

 どう言う事だ!

 男が洗濯物を干す?嫁の下着もか!

 食器も洗わせている?

 なんて嫁だ!信じられん…

 俺の息子になんて事をさせる悪妻だ!許せん!

 それに義男も義男だ。

 男としてのプライドはないのか…

 見ていられない…。

 

「そんな事、うちでは毎回だよ。

 でも、何処の家庭も旦那が家事を手伝ってるみたい。

 何処の家も共働きだから仕方がないんだって!」

 共働き?嫁も仕事をしてるのか?

「うん。母さんも働いてるよ。」

 家の家事は、どうするんだ!

「掃除機や自動洗濯機があるから大丈夫だよ。」

 なんだ…それは???

 今、この時代はどうなってるんだ…。

 

「もう、いちいち説明するのが面倒くさいよ!」

 

 そして、私と陸との奇妙で摩訶不思議な生活が始まった。

 

 

   四 二人三脚

 

 意識が戻ってからの間、私と陸は周りにバレずにどうにか、やっていた。

 て、言うのも、私は喋らずにいたからだ。

 結構、喋らない生活はしんどい。

 唯一の楽しみは病院の食事。

 こんな美味しい食事が出来るなんて本当に有り難い。

 私の時代、毎日が玄米や里芋ばかりだったが、それでも、お腹に入るだけでも幸せであった。

 陸は大事していたバイクが事故で廃車し、もんもんと日々を過ごしていた。


 そんな、ある日、病院でCT検査が行われた。

 陸を担当していた、鬼塚担当医はCT検査の結果を見て驚くしかなかった。

 何故なら陸の脳が二つあるのだ。

 鬼塚は意味が解らないまま、陸が回復し問題ないと感じた為、退院を認めた。

「陸君、これから毎月、通院に来て下さいね。いろいろな検査を行いますので!」

 鬼塚は、ニヤッと笑った。

 

 陸の学校生活が始まった。…と言っても仕方なくの学校生活だったが…

 教室に入り、陸を心配して待っていた生徒は誰もいない。

 普段通りの日常での学校生活だ。

 私は思った。

 あまりにも寂し過ぎる。

 何故、この子には心配してくれる友達や仲間が居ないのか?

 私は孫の陸に聞く勇気が無かった。

 

 陸はバイクが無くなった為、「あ〜っ、バイク乗りて〜ぇ」

 が口癖になった。

 学校が終わり、バイトが休みだった、明美が陸の学校の校門で待っていた。

「陸、元気にしていた?バイク全然、乗ってないし、久しぶりに二ケツして海岸、ぶっ飛ばしに行かない? それとも、もう、バイクは怖い?」

 私は、思わず、

「女が運転するバイクなんて乗れるか!」

 と私は言ってしまった。

 明美は、少し驚いて笑った。

 陸からそんな言葉が出てくるとは思わなかったからだ。

 陸は、

「うそ うそ、明美、海、見に行こう!」

 陸はヘルメットの中で

「じいちゃん、黙れって!」

 と小声でつぶやいた。

  明美のバイクの後ろににまたがり、海岸沿いをぶっ飛ばした。

 小雪が降る中、寒さを堪えて明美にしがみ付いた。

  「ひぇーっ…寒い!怖い!助けてー」

 明美は運転しながら笑い転げた。

 海辺に着き陸と明美は浜辺を歩き出した。

 明美が陸に、

「最近どう?学校馴染んでる?」

 陸は、

 「馴染んでなんかないけど、最近、何か寂しくないんだ。バイクは無いけど…明美も居るし、そして…」

 陸は言葉を止めた。

 海岸に着きバイクを止め明美は、

「陸は、おばあちゃんに育てられたの…?陸が入院してた時、お母さんに聞いたの…もしかして、おばあちゃん子だった?」

「うん…おばあちゃんには何でも話せた。

 今の明美と同じさ。

 悪い事すれば怒ってくれて、そんな、おばあちゃんが大好きだった。

 でも、病気で亡くなって、その日、以来、俺は頼れる人が居なくなった。

 父さん、母さんは優しいけど俺の気持ちを理解してくれない。

 父さんは、父親が早く亡くなって育て方が解らないって俺の前でも平気で言ってるし…」

 私は思った。

 陸は明美さんに言っているけど私にも伝えていると感じた。

 

  翌日より私は陸にイタズラぽい、おせっかいを実行した。

 家では、大きな声で、

「おはよう!おやすみ!」

 学校でも、誰でも、「おはよう!」と陸から怒られつつも会う人、皆んなに声掛けを行なった。

「おじいちゃん、頼む!辞めてくれ!」

 しかし、私は辞めなかった。

 クラスメイトは最初、あいつ頭、打っておかしくなったんじゃないの…?とか言ってたが、だんだん周りから陸に、おはよう!元気?とか話し掛けてくれるようになった。

 陸も悪い気はしない。

 しだいに自分の気持ちで、「おはよう!」が言えるようになった。

 

 

  五. 友情

  

 そんなある日、学校帰りにグランドで野球部が練習試合をしているのを目にした。

 あの投げてるピッチャーは誰だ。

 凄まじく球が速ねい。

 私のいた職業野球でも、十分通用すると思う。

 しかも、見た事の無い、落ちるボールを投げる。

 後から陸に聞いたらフォークボールと言う魔球だそうだ。

 私の時代には、そんな魔球を投げる投手はいなかった。

 身長もあり物が違う。

 打ち取ったあたりはサードゴロ、しかし、 をサードがエラー。

 まだ、一年生なのに気にせず、グローブを投げて怒鳴ってる。

 あの子は誰だと陸に尋ねた。

「福田龍馬て言う奴だよ。いつも俺と一緒でクラスでは浮いた存在でいつも一人で居る、自分とはタイプが全く違うけどね。」

 龍馬とは、また、偉い名前やの!

 福田龍馬は野球部でプロから早くも注目を浴びていて、よくスカウトがやって来る人物だ。

 

    ー一年前ー

   

 中学三年の全国大会

 決勝戦、

 龍馬は、中学日本一をかけて、マウンドに立っていた。

 相手は三連覇中の静岡東中学校。

 七回最終回、得点は一対〇。

 龍馬がいる、古賀中学がリードしていたが、突然、ストライクが入らず、三者連続のファーボール。

 ナインが集まり、龍馬に声を掛けたが龍馬は、「キャッチャーが、ちゃんと取ってくれないから、仕方なくコースを狙わないといけないんだよ!

 しっかり取ってくれよな!

 後ろに逸らされるのが怖くて、変化球なんて投げれないよ!」

 

「……。」

 

 続くバッターは、ボール玉に手を出してくれて試合は、龍馬がいる古賀中学が、どうにか全国優勝を果たしたが、ナインは全員で勝ち取った喜びはなかった。

 

 龍馬は多くの有名校から特待で誘われてはいたが、自宅から近い大明学園を選んだ。

 

 古賀中学の野球部で四番で主砲だった牟田は、「福田が野球部に入るんだったら俺、野球辞めるわ!」と特待で入った大明学園の野球部には入らず帰宅部になっていた。

 

 優勝ピッチャーで、大明学園に入学して陸と同じクラスだが、常に一人の力で全て勝ったと思い込むワンマンな性格は変わらず、今では、二年生や三年生からも嫌われて、相手にされてない。

 実力があるから試合には出てるけど、周りからの風当たりは強い。

 私は彼に興味が湧いた。

 陸が彼の机を横切ろうとした時、彼に私は話し掛けた。

「おい!龍馬、俺と友達にならないか…」

 陸もたまげたが龍馬も、唖然とした。

「バカじゃないの?何で、お前と友達?

 意味が分からん!

 俺は、友達なんか要らないんだよ!

 ましては、お前と友達?勘弁してくれよ。

 もう、いいだろ!

 あっちへ行けよ!」

 

    「ごめん…。」

 

 陸は、また、おじいちゃんの無謀な発言に嫌気がさした。

「何で、俺が、あんなヤツに謝らないといけないんだよ!

 それに友達?…勘弁してくれ!」

 

 翌日、授業が終わり、龍馬の方から陸に近づいて来た。

「昨日は、すまなかった。

 ちょっと、びっくりして…

 よく、考えたら、お前と俺、似てるよなぁ…

 友達もいないし…

 

 友達になってもいいぞ!

 陸て呼んでもいいか!俺は、お前から呼び捨てにされたけどね!」

 

  「あぁ…っ」

 

 

 なんか、アイツ、上から目線だったよなぁ…

 友達なんて面倒くさいなぁ…

 

 龍馬は今まで一度も、どんなスポーツも負けた事がないが一年の体育会の紅白リレーのアンカーで陸に抜かされた思いが忘れられなかった。

 しかも部活に入らず、特待生でもないヤツに負けるとは…龍馬も以前から陸に興味津々だった。

 

 陸は最初は戸惑っていたが、徐々に似た環境だった事で親しくなっていった。

 

 話す会話は、ほとんどなく私はこんなんで友達…?と思ったが…

 龍馬と居る時も、私は仲間に声掛けを行なった。

 しだいに、龍馬にも、みんなが寄って来た。

 しかし、もともとは龍馬は学校でも有名生徒だ。

 今までは近寄りがたい存在だったが、女の子からも話し掛けてくれるようになって、少しずつ距離が縮まってるように感じた。

 陸にとって、高校生活、初めての友達で龍馬にとっても同じ気持ちで笑顔が出てきた。

 周りも陸と一緒に居る龍馬にも、おはよう!て声を掛けてくれた。

 龍馬は陸に、

「友達って良いかも…今から、陸、体育館まで駆けっこで競争しないか?」

 

 小百合は義男に、

「最近、陸、妙に挨拶したり変よね…明るくなったて言うか?」

「ん…陸も変わろうとしてるんじゃないか?俺達も、ちゃんと向き合わないとな…

 今度、旅行でも行くか?」

「家族の旅行て、無かったよね…」

「今度、ゆっくり、三人でプランを立てよう。」

 

 陸は家でプレステ2なる不思議なゲームをしてる。

 テレビ?ていう物に向かいあって。

 他のゲームも好きだったが、私が喜ぶと思って野球ゲームをしてるかも知れない。

 だからゲームの中で私は陸と楽しんでる。

 しかし、この現在、不自由なく何でも手の入る時代で毎日が驚きの連続だ。

 電化製品、持ち運び出来る電話。…

 だから、今の世の中、苦労や忍耐を忘れているのではないか?。

 しかし、今は人を殺す兵器を作らず、心が豊かになる便利な物を作る技術は素晴らしい。過去と現在が上手く調和し噛み合えば、この世の中、捨てたもんじゃない。

 

 私は陸に将棋を教えた。

 将棋は、きっと、周りから見て、一人将棋と思うだろう。

 相手がいる勝負に陸は、はまった。

 陸は、おじいちゃんが教えてくれる事が、何より嬉しかった。

 昔、陸が小さい頃、お手玉、折り紙を、おばあちゃんから教えて貰った日を思い出し、あの日と重ね合わせた。

 今度は、おじいちゃん、無茶苦茶な事ばかりしてくるけど、おじいちゃんと居れば暖かい。

 

 学校の休み時間、陸は龍馬を誘った。

「龍馬、将棋しない?」

 陸から、してみれば初めての友達に話し掛けた。

 龍馬は「将棋は、解らないけど、花札なら出来るよ。」

 陸は龍馬に、

 「花札は、誰から教わった?」

 と問いかけた。

「今は居ないけどお父さんだよ。」

 私は思った。

 私は、義男に何も教えてあげられなかった。

 だから、義男も陸に…

 

 翌日より休み時間、花札を龍馬とした。

 最初は私がやったが、陸もルールを理解して、そのうち、数人が寄って来て、花札ブームがやって来た。

 練習が休みの日、龍馬が陸を誘って昨年、オープンした久山のコストコに行った。

 龍馬は母と一緒に作ったコストコのカードで中に入り店内を物色した。

「でっかい商品がたくさんあるな!

 ホットドッグと、ドリンク飲み放題で一八〇円で玉ねぎなんか、入れ放題で試食も至る所であるんだってよ。」

「本当かぁ〜!行こう!」

 二人は、まずはホットドッグと入れ放題のドリンクを買った。

「お腹、空いてないから後で食べようぜ。」

 と龍馬が言った。

 どうも、この二人、主導権は気の強い龍馬が握った模様だ。

 

 二人は店内を見回していたら、肉売り場の試食に牟田が並んでいた。

 陸は、「あれ、うちの学校の牟田じゃないか?」

 龍馬は、牟田が野球を辞めた理由をなんとなく解っていた。

 

 俺のせいで野球を辞めたんだ。

 俺のワガママのせいで、こんな楽しい野球を奪ってしまった。

 きっと、こんな気持ちになったのは牟田だけじゃないはず…  

 本当に申し訳ない事をしてしまった…


 龍馬は、自分が買ったホットドッグを牟田に差し出し、

 「良かったら食べてよ!」

「いいのか?」

 三人は飲食出来る所に戻って、新たに龍馬はホットドッグとドリンクを注文した。

 三人はホットドッグに大量の具材を入れケチャップを大量に付けテーブルに座り溢れんばかりに口一杯にほおばりった。

「美味いな!」

 三人は食べながら龍馬が突然に、

「牟田、悪かったな!俺のワガママで皆んなに迷惑かけて…

 牟田、また、一緒に野球やらないか…。

 今度は、大明学園で全員の力で全国制覇しないか?

 俺、牟田お陰でずいぶん助けられた事があったよ。

 でも、あの時は、自分の事しか見えてなかった。

 中学の全国制覇は皆んなの力で勝ち取った事を俺は気づかなかったんだ。

 すまん。許してくれ…」

「……俺、この前、野球部のグランド土手からみてたんだぁ…

 お前、変わったな…。

 なんかさぁ〜野球離れたら、急に寂しくなって…

 俺は野球しか無いのかなぁ…。

 もう、特待じゃないけど、戻れるかなぁ…」

「戻れるさ!

 俺から皆んなに紹介するから!」

「ありがとう!でも、ホットドッグで気持ちが動いたんじゃないんだからな!」

「わかってるよ!」

 陸とおじいちゃんは二人の様子を見ているだけだった。

「おじいちゃん、友情て良いかもね!」

 そうだな!ホットドッグの力もあったかも知れないな…

 

 その後、牟田は高校を代表するバッターに成長するのであった。

 


 

 二月に学校でクラス対抗の音楽発表会が行われる。

 龍馬と陸は全く、興味なし。

 しかし、クラスは優勝目指して熱くなっていた。

「一年二組のテーマ曲、何にする?」

 洋楽や、今、流行の曲があげられたが、なかなかまとまらない。

 クラスの中心的な櫻井律子が、発言しない龍馬と陸に問いかけた。

 「福田君は、どんな曲が好き?」

   「ん…っ」

 「じゃ、どんな、音楽を聴いてるの?」

   「中島みゆき」

 周りは、

「中島みゆきって、曲いいよねー」

「私、大好き!」

 続いて、櫻井律子は陸に聞いた。

「高橋君は中島みゆきの曲の中で何が好き?」

 陸は、

  「時代…かな?」

「いいねー!」

「時代にしようよ。」

 龍馬と陸は、上手く乗せられた感じだったが翌日より、クラスは昼休みに猛練習を重ねて、二人は少しずつ皆んなとの距離を縮めていった。

 音楽発表会、当日、クラスは一つになり、時代を熱唱した。

 (♪ そんな時代もあったねと、いつか話る日が来るわ…)

 結果は全クラス、五位で入賞した。

 優勝は逃したが陸や龍馬にとって最高の一日になった。

 私は陸に、「時代という曲いいな、いい曲は、今も昔も変わらない!」

 そしてこの曲は皆んなの思い出に残るだろう。

 

 私は陸に龍馬が練習しているグランドに誘った。

 陸は仕方なくグランドに足を運んだ。

 その時、練習試合で龍馬が投げていた。

 その姿に以前とは違う雰囲気を感じ、笑顔が出て、周りにも声掛けを行なっていた。

 余裕が出て、一回り大きく感じられた。

 

 

  六.お父さん?

  

「おじいちゃん、戦争って、怖くなかった?

 国の為に命を落として…どうかしてるよ!国が何かしてくれたの?

 奪う物だけ奪って家族まで…」

 私は陸の問いかけに返す言葉が無かった。

 この住みやすい世の中、贅沢で疑問があったが、ここには自由がある。

 誰にも、邪魔されずに、自分の道を進んでいける。

 私は義男と話したい。

 我が息子と…

「おじいちゃんが話したいなら構わないよ。

 お父さんに、話してみたら? お父さんだって、最初は信じないと思うけど…。」

 

 今日は、病院の通院日、両親と一緒に大倉病院に行った。

 再度、CT検査とレントゲン撮影が行われ、鬼塚先生の診断を待っていた。

 先生も陸の来る日を待ち望んでいた。

 何故なら、その後の陸の経過が早く知りたかったのと、やはり、両親に、はっきり伝えないといけない義務があると感じた為だ。

 順番待ちしてる時、私も陸も先生から、どんな事を言われるか不安はあったが現実を詳しく理解したい気持ちでいっぱいだった。

 陸が呼ばれた。

 鬼塚先生は、「すみません。報告が遅れました。

 実は…陸君には二つの脳が存在してます。

 信じがたい事です。

 この様な事例は全くありません。

 報告が遅れたのは、陸君の事が世間に知れて話題になるのと…それも有りますが、私の勝手で陸君の、これから先の状況を学会に発表したかった為です。

 申し訳ございません。

 これが陸君のMRの脳の断面図です。右が二カ月前、意識が戻った時の断面図です。

 見てもわかる通り、陸君の脳の中に二つの脳が有ります。

 陸君は、本来の脳は約四0%新たな脳は六0%でした。

 しかし、今日、撮影した、左の断面図は多少、陸君の脳が四五%で新しい脳が五五%

 すなわち、陸君の脳が元に戻るかも知れません。

 今後の観察が必要です。

 もし、宜しければ、内密で陸君を任せてくれませんか?

 勝手ですが、学会の発表は絶対、名前を出しません。お願いします。」

 

  鬼塚先生は一方的に話し続けた。

 話を聞いた私と陸は、何となく理解出来たが、義男と小百合は何が何だか理解不能だった。

 唖然とするばかりで先生の話しを聞くだけだった。

 先生は陸君に質問をした。

「意識が戻って、変化は有る?」

 

「僕の中におじいちゃんがいるんです。」

  陸は、全てを先生と親に話した。

 

 そして、私は話し出した。

 私が特攻隊でぶつかる瞬間から今までの事を洗いざらい話した。

 義男と小百合は、お互いの目を合わせ、呆然としている。

 確かに先生の言う通り、六割方、私は陸より話してたと思った。

 その日の夜、私は義男の部屋に行き、義男と話した。

 小百合にも隣に来て貰った。

「すみません。

 義男さん、小百合さん、私は、あなたの父、和則です。少し、話しをさせて下さい。」

 何とも不思議な感じだ。

 体は陸で、喋っているのは、私、和則で声は陸。

 そして、私は二四歳、義男は五六歳、小百合は五〇歳だ。

 自然と息子でも敬語で話してしまう。

 何だか訳が解らない。

「私が、生まれたばかりの義男と妻、春江を残し戦場に行った。

 毎日、家族の写真を見て忘れる事は無かった。

 もう、つかまり立ちは出来ただろうか?

 もう、おしゃべりしてるだろうか?

 遅れて届く妻からの手紙が待ち遠しいかった。

 特攻隊に任命された時、義男との会話が出来ないまま、私は死んでしまうんだ。

 涙が止まらなかった。

 本当に迷惑を掛けましたね。義男さん…

 父親らしい事すら出来ないで申し訳無かったです。

 春江にも迷惑掛けたて…一人で義男さんを立派に育ってあげて…お母さんは優しかったですか?生活は苦しく無かったですか?

 兄弟が欲しかっただろうに…

 何も教えてあげれなくて申し訳有りません。」

 義男は、目をつむり

 「お父さん、敬語はやめて下さい。

 お母さんは優しかったですよ。

 でも生活は苦しかったけど… よく、言われました。自分は、父親にそっくりだって。顔も覚えてないけど、凄く誇りに思ってました。」

 陸の目から涙が溢れて落ちた。

 私の感情から出た涙だか、陸の感情も私は感じた。

 義男は引き続き話し続けた。

「あれから、母の田舎、ここ福岡県、久山町で暮らしました。

 贅沢じゃなかったけど、田んぼと畑があるからどうにか生活出来てね。周りにも助けて貰いました。

 そして、高校卒業後は近くの工場と田んぼを守って小百合と結婚したんだ。

 結婚が遅かったのもあるけど、陸は四〇過ぎての子で、どう接したらいいか解らないでね…。」

 小百合も続いて話しだした。

「初めまして、お父さん。

 小百合と申します。

 お母さんには、大変、お世話になりました。

 陸の面倒から全て助けて貰って…共働きで家の事は、お母さんがやってくれてました。私よりも、お母さんの方が陸に詳しくて、本当に恥ずかしい限りです。」

 私は、感じた。

 義男や小百合さんは陸の内気な性格は自分達に有ると…

「二人共、自信を持って下さい。

 陸は優しい子です。

 今はまだ青いけど、必ず、解ってくれます。

 絶対に弱さを見せないで下さい。陸が見てますよ…」

 陸は黙って、下をうつむいているだけだった。

 私はこれから先、陸の体に私が居る事を忘れて今まで通り、陸として接して下さい。とお願いした。

 

 

  七 自分の道は?

  

 あの日以来、家族は冷静さを演じ両親も、ぎこちなさを感じたが、陸には強い気持ちで積極的に接している。

 明美には、どうしても、この事は言えなかった。

 何故なら二人でデートしていても私が居ると思えば、二人は気を使うだろうし…

 明美と会う時は私は寝た。

 陸は私のイビキを確認し明美との楽しい時間を過ごしていた。

 今日も明美と会った。

「何か最近、陸、明るくなった気がする。学校の友達、龍馬て子、有名だよね!プロ野球に行くかなぁ〜

 プロに行ったら契約金、一億て噂だよ。凄いね!」

「一億?? あいつ、そんな凄い奴?

 俺と龍馬、何処が違うんだろう。

 全てにアイツに勝ってるんだけど…』

「馬鹿じゃない?努力の差だよ!陸は遊んでばかりだし努力、全然してないし!笑える〜」

「なるほど!納得」

 翌日、学校の教室で陸は龍馬に話し掛けた。

「龍馬、飯時間にキャッチボールしないか?」

 龍馬は唖然としながら、

「いいよ!でも、俺の球取れる?」

「馬鹿にするな!」

 昼時間、龍馬はグローブを陸に渡した。

 私はワクワクした。

 最初は龍馬が軽く投げてくれた。

 陸もぎこちない捕り方だか、何なく取れたが、投げ方が変。

 全くの素人投法だ。

 私は陸に伝えた。しっかり腕を振って相手の顔を見れ!

 指先にボールを引っ掛けろ!

 私は久しぶりに熱くなった。

 しかし、陸は体と考えてる事が、なかなか上手くいかない。

 キャッチボールでも暴投ばかりだが、私も龍馬も気付いた。球質が違う。この球の回転は…それとキャッチングだ。

 龍馬はだんだん、スピードを上げて来たが陸はなんなく取った。

 龍馬は面白がってフォークボールも投げてみた。

 陸は、最初は驚いたが平然とキャッチした。

 龍馬は唖然とした。

 チームのキャッチャーでも俺のフォークボールを取るのに時間が掛かったのに…しかも、サインなしに投げて楽に取るなんて…

 陸としたキャッチボールは凄く楽しかったが龍馬は、あえて陸を野球部には誘わなかった。

 何故なら、陸の意思を尊重して待つ事にした。

 「陸と一緒に野球がしたい。」

 

 陸もよっぽど、楽しかったんだろう。

 陸は、私に

「じいちゃん、近くにバッティングセンターが有るんだけど行かない?俺にバッティング教えてよ。」

「バッティングセンター?何だそれ?」

「機械がボールを投げてくれるんだよ。

 凄い早いボールも投げる見たいだし…自分は行った事は無いけど。」

「へぇーっ、凄いな、じいちゃんが教えてあげるよ。」

 私は初めて、自分で、じいちゃんと言った。

 何故だろう。

 おそらく、私は陸に強い愛情を感じたから出た言葉だろう。

「脇をしめろ!最後まで球を見れ!当たる時だけ力をいれろ!」

 私は野球の血が騒ぎ、熱くなった。

 陸も私の指導に答えたが、なかなかバットにボールが当たらない。

 陸は悔しがってる。

 だいたいの競技は直ぐに体が反応出来るはずだったが、陸はイラ立っていた。

 私は、陸に笑いながら言った。

「なかなか、上手く行かないから野球は楽しいんだよ。

 じいちゃんだって、結局、上手くなれなかった。

 打てる時もあるし、打てなくてエラーしたり、じいちゃんはピッチャーだったけど、よく打たれたよ。」

「でも、おじいちゃんはプロ野球に入ったんだよね。」

 「でも、じいちゃんは背が小さかったから、いくら努力しても限界があったのかなぁ… でも、陸には、じいちゃんには無い、高い身体能力がある。背も高いし…身長はどれ位ある?

「187㎝」

「立派な身体だ。」

 帰り道、よっぽど悔しかったのか、二人の会話はその後、無かった。

 

 翌日、義男が新聞を見てると、広告に福岡大丸にて、【プロ野球の歴史展】の開催が載っていた。

 義男達、家族は、日曜日、福岡大丸に出掛けた。

 私は、戦前、戦後のプロ野球の歴史に何故か懐かしさと未来の歴史に目を奪われた。

 沢村栄治や歴史に名を連ねた名選手の写真が飾られていた。

 その中で、私が目に付いたのは、メジャーで活躍していた野茂英雄の写真だった。

 義男、今、アメリカとは上手くやっているのか?

「戦争後、アメリカとの関係は良好ですよ。

 自分は野球、あまり詳しくないですが、大魔神て呼ばれてる佐々木とかメジャーで活躍してるし、今年はイチローもメジャーに行くみたいですよ。」

 

 そうか、日本人もアメリカで活躍出来る時代が来たのか…

 その中に、大阪野球クラブの選手達の写真があった。

「おじいちゃん、この中に写ってる?」

 

 あぁ、写ってるよ、

 あっ…。これが、俺だ。

 と陸の手を借り指さした。

「おじいちゃん、本当に野球選手だったんだね!

 でも、背は高くないね…」

 皆んなも、そんなに高くないけど、私は、どちらかと言うと小さい方だったなぁ…。

 

「お父さんって結構、男前ですね。

 あなたとあまり似てないわ!」と小百合は義男の顔と見比べた。

「……。」

 

 義男は、家の棚にあったアルバムの写真を思い出した。

「そう言えば、これと一緒の写真、見覚えがあるぞ!

 他にも、二、三枚、お父さんが写った写真があった気がする…。」

 

 義男、今ごろ、思い出すのか…

 

 陸は、野球をしていた、おじいちゃんの姿に憧れを感じた。

 

 翌日、明美と逢って聞いてみた。

「明美、一億円欲しい??」

「何言ってるの?欲しいに決まってるでしょ!

 でも、ちゃんと働かないと、お金は貰えないんだよ。馬鹿じゃない!」

 

 八、恩師との出会い

 

 

 陸は野球部の門を叩いて、部室には厳つい人物がいた。

 

 その人物こそ、陸の人生を左右する事になる青柳監督だった。

 

 大明学園は、青柳監督、就任以来、全国大会の常連校になっていた。

 しかし、全国大会では、優勝経験がなく二回戦突破がやっとの状態が続いていた。

 

「監督ですか?自分を野球部に入れて下さい。」

 私はホッとした。ちゃんと敬語で話せたと。

 青柳は陸に聞いた。

「何処の中学で野球をやっていた?」

「中学で野球なんてしてないですよ。

 プレステなら高校から、」

 青柳監督は目が点になった。

 野球部員は、ほとんどが特待生、まして、野球経験がプレステとは大笑いした。

 私は終わったと思った。

 青柳監督は、来る物、拒まず!誰でも何か良い物を持っている!

 これが青柳監督のモットーだ。

「今日からおいで!」

 龍馬が近づいて来た。

「待ってたぞ、陸!」

 

 二〇〇一年三月、陸の野球人生のスタートが始まった。

 まだまだ龍馬も二年生から相手にされていない。

 イジメではないが完全なる無視だ。

 秋季地区大会では、一人のエラーで龍馬がペースを乱し甲子園の道は無くなった。

 陸と友達になり龍馬は距離を縮めてるけど、先輩からは受け入れて貰えない。

 私は思った。

 まぁ〜仕方ない事だ。スポーツは上下関係の世界。崩れた関係は、難しいが野球は一つになれる。きっと大丈夫!

 監督が来て、陸の自己紹介をしてくれた。

「高橋陸君、野球経験はプレステだ!」

 笑いを取ってくれたつもりが、やたら周りは冷めていた。

 きっと、素人の遊びに付き合っていられないと思ってる。

 キャッチボールの相手を龍馬がしてくれた。

 暴投連発、

 「あいつ、本当の素人やん!」

 しかし、監督も直ぐに見抜いた。ただ者じゃない!

「陸を呼び、明日から電車通学は禁止!家から学校まで、何キロだ!」

「エ〜ッ…一〇キロです。」

「行き帰り走りだ!」

 陸は練習をやめて早々、退部を決めた。

「じいちゃん、今の聞いた?、アイツ、鬼だよ!」

 私は、陸に効く怒り方を一瞬考えた。

「お前は一億円欲しくないのか?」

「欲しい!解ったよ。走る。」

 翌日から龍馬も一緒に走って学校に行った。龍馬は陸より二つ先の駅からだから一五キロはあった。

 馬鹿だな!あいつ…

 そして、陸には特別メニューが追加された。

 部室の裏で島崎副部長とのシャドウピッチングと徹底的に素振り千回。

 もちろん、皆んなとは別メニュー…

 周りからは、いろんな、言葉が飛んでいた。

「あいつ、邪魔になるから特別メニューだっってさ!」

 「キャッチボールも出来ないから投げ方の練習だってさ!笑える〜」

 私は、監督の考えを解っていた。

 先ずは、走りこんで身体作り。

 ボールを投げる正しいフォーム

 ボールを確実に捕らえるバッティングフォーム。

 副部長と、そして私の二人で徹底的にに野球の体に作りあげた。

 副部長は、ある動作で何かを感じた。

「陸、左で腕を振ってみろ!」

 だいたい陸は右投げ、そして私は左投げ、ついつい陸に教える時、左手で投げる癖で教えた。陸は、その動きに合わせて左手の腕を振っていたのだ。

 陸は左手で腕を振った。

 右も左も、アンバランスだが左の方が体が馴染んでいる。

 私は思った。そりゃそうだ。

 左の方が投げ方が頭に残ってる!

 陸は嫌気がさしていた。

「早く、ボールに触りたい!何で俺だけ?」

 私は、ダダをこねる孫を、

 「頑張れ!頑張れ!」しか言えなかった。

 桜の花が校庭にも咲き始め、新入部員が一〇〇人近く入って来た。ほとんどが特待生だ。

 新入部員にとって龍馬は、憧れのスターだ。

 龍馬が投げる。ブルペンで食い入るように見ている。

 その隣、部室の裏には陸の姿…

 「何、あの人?変な投げ方してる。

 あははっ…」

 

 今日は二カ月ぶりの通院日、レントゲンとCT検査の後、鬼塚先生の診断だ。

 両親と共に、大倉病院に行った。

 結果は2つの脳の大きさが、五〇%.五〇%になっていた。

 陸は思った。

 いずれ、自分の脳が大きくなり、おじいちゃんが居なくなる事を…

 おばあちゃんとの別れ、今度は、おじいちゃん?

 まだ、俺、おじいちゃんから、いろいろ教えて貰っているけど、自分は何一つ出来ていない。

 鬼塚先生は、私に話しだした。

「お爺さん、いや、和則さん、何か変化は?これから先、おそらく、和則さんの脳は消滅するでしょう。残念ですが…でも、それが、陸君にとって本来の姿であり、陸君が完全に健康な身体に戻る事なんです。

 早くて二年…

 前例が無いから何とも言えませんが…」

 私は答えた。

「私は怖くはありません。一度は死んだ身、しかし、最後まで見届けたい事があるんです。

 陸が自分の力で自信を持って生きて行けるまで…それと、義男さん、小百合さんも…」

 両親は下を向き、うなずいた。

 

 学校では友達も出来、笑顔が溢れるようになった。

 龍馬はだいたい学校じゃ有名人でイケメン!性格が良かったらモテないはずがない。

 龍馬のファンクラブなるものが発足たれた。

 しかし、龍馬は浮かれる事なく陸、そして友達に囲まれて楽しい学園生活が送れる様になった。

 明美とも、ぼちぼち逢ったり携帯電話で話したり字を送ったりしている。

 明美は陸の変化に、いかさか疑問を感じた。

 何か変?事故後、陸は少しずつ変わってる。私と居る時も、時々、一人言を言ってるし、さては、女?

 新しい、陸の調教師が出来たのか?

 不安で一杯になった。

 尾行だ!

 朝から明美は学校を休み、陸の家の前で隠れてた。

 陸が玄関から出て来ると向こうから龍馬が、走ってやって来た。

 「行こうかぁ!」

 明美は、唖然とした。

 男??

 陸に、そんな趣味があるなんて!

 陸に問い詰め、誤解は直ぐに溶けたが、陸の変化には疑問が残っていた。

 

 

   九.マネジメント

 

 ようやく一年生も慣れ、三年生にとっては最後の夏の大会が七月から始まる。

 今年こそ、先輩を甲子園に連れて行きたい。

 最後は先輩から認めて貰いたい。

 その気持ちで龍馬はキャッチャーの構えるミットに魂のこもったボールをぶつけた。

 陸は、一年生から遅れてる事、一カ月、やっとボールを握らせて貰った。

 見違えるほど、投げるフォームは美しくなりバットスイングも力強かった。

 何より、両投げ両打ちだ。

 龍馬が久しぶりにキャッチボールの相手をしてくれた。

 しかし、ボールを握って投げたら、感覚を掴めずキャッチボールでも暴投ばかり…

 でも、龍馬は陸の進化を目の当たりにした。

 球はさほど、早くないが、この球の回転、地面から這い上がってくる球道。

 前、キャッチボールした時より確実に進化してる。

 周りも驚きを目にした。

 青柳監督と島崎副部長は、目を合わせ、ニャッと笑った。

 そして、夏の大会の予選でメンバーの発表が行われた。

 三年生にとっては最後の夏、三年生だけでも四〇人、メンバーに選ばれたい。三年間の集大成だ。

 緊張と共に監督の発表に耳を傾けていた。

「登録メンバーは一六人、番号で発表する。まず、一番、…」

 一番は基本、エースピッチャーで九番まではレギュラー候補だ。

「一番、福田龍馬。二番、糸田茂雄…」

 次々と呼ばれた。

 レギュラー候補に選ばれなかった先輩は、仕方なくメンバー入りに気持ちを切り替えていた。

 ベンチ入りから外れたら、スタンドからの応援、先輩達にしてみれば、この地獄の様な練習に耐えても結局、最後はスタンド応援、

これが勝負の世界である。

 残りの一枠…

  「高橋陸。」 

 周りは、ざわめいた。

「高橋て二年生の…?

 部室の裏で投げ方の練習してた、素人?」

 青柳監督は言葉を続けた。

「高橋については、マネージャーとしての登録だ。」

 なるほど、私は青柳監督の意図としてる事が解った。

 陸、自身は納得して無かったけど、

「俺は野球したくて入ったのに、マネージャーてどう言う事だよ!」

 しかし、二年生でベンチ入りしたのは、龍馬と陸の二人だけだった。

 家に帰ると、直ぐに親に報告した。

「お父さん、お母さん、ベンチ入りしたよ。」

 二人共、びっくりしてた。

 義男は、

「二百人いる中からベンチ入りしたのか?凄いな!絶対、応援に行くぞ!

 お父さん、ありがとう!」

 龍馬は陸に、

「絶対、甲子園に行こうな!」

「うん!」

 

 翌日から予想以上の陸にとっては過酷な日々が待っていた。

 マネージャーは女子は三人、森郁子さん(三年生)佐藤里奈(二年生)大場桜子(二年生)

 三人とも可愛いので、好かれようとして、皆んな、ご機嫌をとっている。

 しかし、キツい仕事や面倒な仕事は陸ばかり…。

 まず監督から言われたのは、選手の管理とスコアーブックの記入、相手の癖や一球ごとの球種を記入し、選手の皆に伝える。

 今の陸には無理だ。

 ルールも、ろくすっぽ解ってないのだから、…

 しかし、私はあえて教えなかった。

 これから先、陸の成長の為に…

 陸は不思議と頑張った。

 龍馬の声援で陸は変わったか?

 

 

 二〇〇一年六月、陸(二年生)の夏の大会予選が始まった。

 

 地方大会一回戦 

  大明学園✖️福岡総合学園

 

 力的には、陸の学校、大明学園が圧倒的に強いが青柳監督は、絶対に隙を見せない。

 どんな、時でも気を抜いたら負けと練習時から言っている。

「陸、このピッチャーの球種は?」

「ストレートとカーブだけだと…思います。」

「思いますだと!狙い球は?追い込まれたら決め球で何が来る?」

「えっ〜と…」

 楽勝に勝った試合だったが陸は悔しくて、その日は寝れなかった。

 予選は、地区予選を勝ち抜き県大会に進んだ。

 陸は試合ごとに成長し、少しずつ信頼を得ていた。

 次のバッター、佐々木(三年生)は、

「陸、この、ピッチャーの決め球は?」

「必ず、追い込んだら、カーブで来ます。絶対!」

「何で、そんな強気で言える?」

「感です。」

 監督の指示通り、黒か白か二通りしかないのだ。

 佐々木は、追い込まれた。

 カーブだな!陸、ありがとよ!

 しかし、ストレートだった。

 空振り三振…

 「こらっ…陸!」

 「ごめんなさい…感が外れてしまいました。次は任せて下さい。」

「次は信じん!うそ、うそ」

 特な性格なんだろうか?失敗しても、めげなくなった事で先輩達から可愛いがられていた。

 

   一〇、 県大会決勝

 

 順調に勝ち進み、大明学園は決勝へと駒を進めた。

 決勝戦

  大明学園✖️小倉学園

 全試合、連投している龍馬は疲労が目に見えて解る。

 この日はプロ注目の小倉学園、吉永と龍馬そして打者として今年一番の注目打者、二年生の新井が、出ている事でスカウト陣が、この一戦に注目をしている。

 夏の日差しが陸を襲って見えた。  

「龍馬、ちゃんと、水分取ったか?

 無理なら、青ボス(青柳監督、野球部の中では皆、陰で言っる)に言えよ。」

「ありがとう。陸、俺、でも先輩の為に投げきる。」

 暑さの中、龍馬と小倉学園の吉永の息詰まる、投手戦となった。

 二人は三振の山を築き、一球、一打にスタンドはゆれた。

 三年生にとっては最後の大会。悔いを残さない最高のプレーをした。

 チームが一つになっている。

「龍馬、落ち着け!もう、お前しかいない。俺達を甲子園に連れていってくれ!」

「はい。解りました。」

 龍馬は、自分勝手にしていた自分を思い出し、涙を袖で拭いた。

 八回裏、小倉学園は二アウト一、二塁、初めて、得点圏にランナーを進めた。

 続くは四番、こちらもプロ注目の新井、監督は敬遠も頭に入れたが、龍馬と同じ二年生、勝負をさせてやりたかった、満塁策は避けた。

 陸はストレートが甘くなったのに気付き監督に告げた。

 監督は、タイムをかけ、陸にマウンドに行かせた。

「ストレートが甘くなり始めた。

 この新井だけは、フォーク中心で行こう。四球でも構わないから!甘く入らないで」

 カーブでカウントを稼ぎ新井を追い込んだ。

 決め球はフォーク…しかし、フォークは甘く入ったら打たれる。


 ストライクからボールになるコースにいけば、カウントは2ストライク3ボール。

 もう、ボールは許されない。しかし、甘く入れば…

 新井は、もうフォークは来ないと読んだ。

 龍馬は、満塁覚悟で腕を強く振った。

 ストライクからボールになる最高の球だ。新井のバットは宙を切った。

 三振!バッターアウト!

 

 九回表、すでにツーアウト…

 バッター、佐々木。

「陸、狙い球は?」

「もちろん、ストレート!待ち。」

 佐々木は、追い込まれた。

 ストレートが来ない。

 陸に、また、やられたか?

 いや、ストレートを待つ!

 吉永の投げたボールはストレート!佐々木はフルスイング。白球は、スタンドに吸い込まれた。

 後続は倒れたが大明学園が先制した。

 九回裏、1対0

 小倉学園の攻撃

 龍馬は疲れからか、球威も落ちコントロールもバラツキ始めた。

 先頭打者に四球を出してしまった。

 青柳監督は、交代も考えたが、龍馬に代わってこの場面をしのげる、ピッチャーはいなかった。

 龍馬は一呼吸、おいてキャッチャーのサインを覗きこみ渾身の力で打ち取った。ショートゴロ、ゲッツーと思った時、ショートがエラー…

 ノーアウト一、三塁になった。

 龍馬は、

「ドンマイ!ドンマイ!元気出して行きましょう!」

 龍馬は笑顔でセンター方向を向き野手に両手を上げ手を振った。

 陸は、

「じいちゃん、龍馬変わったね!」

「ほんと、変わったな!」

 龍馬は続けて二人を三振にした。

 2アウト一、三塁、

 続くバッターは四番、新井

 青柳監督は敬遠のサインを出した。

 マウンドにナインが集まり、監督がタイムをかけ陸に龍馬の体調を聞きに行かせた。

 陸は、「龍馬、大丈夫か?」

 

 ナインは集まり、「すまない!新井との勝負を見たかったけど」

 

 陸は最大の嘘を言った。

「監督は勝負だってよ。思い切り行けって」

 私は、びっくりした。

 「陸…それはまずいぞ!」

「いいの、いいの!」

 青柳監督は、ベンチに戻って来た陸に、

 「陸…俺の指示を無視して、龍馬に勝負と言っただろう…明日から素振り五〇〇回を追加して一五〇〇回だからな!」

「はい…」

 龍馬は、残された力で新井との勝負にでた。

 先程のストレートではない。魂がボールに伝わっている。

 新井も必死についてくる。

 龍馬は追い込んだ。

 最後は決め球のフォークと思ったが、キャッチャーの本田(三年生)はあえて、龍馬の最高の球、ストレートを要求した。

 龍馬は渾身の力で新井の胸元に最高の球が来た。

 新井は退け取らず脇をしめフルスイングし白球はセンターバックスクリーンに消えた。


  ゲームセット!

 その夜、残念会が行われ、監督から、

 「私は最後の最後で迷ってしまった。

 勝負に勝ちたいばかりに、敬遠を送った。

 もしかしたら、この試合、勝っていたかも知れないが、勝負に勝っても、成長出来ない試合は、負け試合だ。

 一人で投げ抜いていたら龍馬は甲子園で、おそらく故障してただろう。

 それを陸から教わった。

 勝負は白か黒、迷ったら負け。

 監督としてまだまだだ。

 三年生、甲子園に連れて行けなかったけど、この三年間、みんな成長出来たと思う。付き合ってくれてありがとう。」

 

 続いて、主将の橋本が、

 「監督、三年間、ありがとうございました。そして、一人で投げ抜いた龍馬にはほんとうに感謝です。

 そして、陰で支えてくれたマネージャー四人、ありがとうございました。」

 周りで拍手が起きた。

 

 

   一一. 過去を求めて

  

 三年生も去り、二年生、主体の新チームが正式ではないが、練習試合に合わせて主力十六人の発表がされた。

 しかし陸は引き続き、背番号一六番のマネージャーだった。

 どうにか投げ方、取り方、打ち方は素人に毛が生えてきた位にはなってはきたが、素質だけでは周りの特待生と実力の差はかなり有りレギュラーナンバーを貰うなんて失礼だ。

 このまま、最後までマネージャーなのか?

 

 他校は夏休みなく練習に明け暮れるが大明高校は三日間の休みがあった。

 寮に入っている子は親元に帰ったりとリラックス出来る三日間だ。

 陸は、おじいちゃんの生まれ育った長崎に行きたいと親に言った。

 二泊三日の始めての旅行が始まった。

 義男が車を運転し車内で、私は幼児期の話や思い出話をした。

「長崎の田舎で生活していた私達、家族は家で取れる野菜や海で取れる魚で贅沢じゃなかったが普通の生活をして国民学校に行かして貰った。そこで、野球を始め甲子園に出場して職業野球、今のプロ野球に声がかかったんだよ。

 親は反対だったけど…畑を継いで貰いたかったと思う。

 卒業を期に大阪に行った。

 甲子園で投げていたんだぞ!まぁ、そこそこは活躍したけどね。

 遠征で列車に乗り込んだ時、隣に座っていた人が春江だった」

「じいちゃん、ナンパしたの?」

「ナンパ?」

 小百合が横から、

 「声を掛けたて事ですよ。おじいちゃん。」

 私は、「そう、そうナンパした。」

 車内は爆笑になった。

 長崎に着き、私の住んでいた家は無く小さなビルが建っていた。

 近くに私の先祖が眠る墓に行った。

 私の両親も入っている。

「ごめんな!親より先に死んで」

 陸や家族は不思議な感じだった。

 続いて、長崎の原爆資料館や平和公園に行った。

 私が死んだ翌年、広島と長崎に原爆が…日本の勝利を確信していた国民は、こんな悲惨な事に…私達は騙されていたのか?

 ホテルに着き豪華な夕食がテーブルに並んだ。

「こんな食事、戦時中じゃ考えられない!幸せな世の中だ。」

 しかし、家族に言えない事があった。

「お酒が呑みたい!」

 陸、早く成人になれ!

 義男が

「そう言えば、お父さん、言い忘れてた事があった。

 おふくろが亡くなって四年前にお父さんとおふくろが入る墓を建てたんだよ。

 のちのちは自分達も入る予定だけどね!」家の近くだから帰る前に行きませんか?」

「義男、小百合さん、ありがとう。墓まで建ててくれて…」

 

 しかし、言うの遅すぎるんじゃないかな?

 もう、半年以上経ってるよ…。とは言えなかった。

 旅行の帰りに、自分と春江が眠る墓参りに行った。

 不思議な気分だったが、涙が溢れてきた。

「春江、すまなかっね…良い息子に育ててくれて、俺は早く死んだ分、今を生きてるよ。…」

 私は知っている。

 義男も小百合も、毎朝、仏壇で、お供えを

し、手を合わせ、朝の線香の香りが私を落ち着かせてくれる。

 陸も時々、春江に話し掛けてる。

 いい家族だ。

 

 夏休み最後の一日は診察日だ。

 いつもの検査と診断テストが行われ、文章を書いたりした。

 私の文章の中に、ゑ、ゐ、など昔のひらがなが書かれていた。

 鬼塚先生は、考えて言葉に出るだけじゃなく体でも、動ける事に気付いた。

 だから左で投げた方が無理なく投げられるのか…。

 しかし、脳の大きさは陸が六〇%私の脳は四〇%と確実に小さくなっている。

 

 

   一二. スカウトの眼


 高校三年生の明美は、キャビンアテンダントを目指して専門学校に決めた。

 専門学校は家から通える距離なので、陸も

安心した。

 いくら、友達が出来たと言っても、一番、信頼出来る人は、明美だ。

 部活が終わって、逢えない時は携帯から長電話。

 義男は始めて真剣に怒った。

「携帯代、いくらかかってると思ってるんだ!」

 おそらく、私に良い親の姿を見せたかったと思うが、これが一歩前進のキッカケになればと思った。

 陸は「契約金、入れば倍にして返すよ!」

 義男の気持ちが陸に届くには、まだまだ時間がかかりそうだ…

 

 春の選抜高校野球、地方予選が始まった。その中に龍馬の姿はいない。

 夏の県大会の疲労で右肩に違和感を感じていた。

 青柳監督はピッチャーを二人は作って龍馬に負担をかけない作戦に出た。

 結局、三回戦予選で敗退したが、どうにか試合を作れるピッチャー(岡山努二年生)が誕生した。

 陸は、相変わらず、マネージャーで勉強中だ…。

 青柳監督は始めから夏の大会にかけていた。

 二〇〇二年 四月、陸達は三年生になり新一年生を迎えた。

 今年も特待生で有望な選手が入って来た。

 中でも、稲生一正だ。

 全国中学で準優勝投手だ。

 

 グランドにプロ野球の各球団のスカウトが数名、大明グラウンドに来ていた。

「福田龍馬は終わったか?」

「肩を壊したそうだぞ。」

「せっかく、ドラ一候補だったのに…」

 いろいろな声が渦巻いた。

 部室の裏で、龍馬と陸がキャッチボールをしていた。

 他のスカウトは見向きもしなかったが、一人の男が龍馬達を観ていた。

 四国ゴージャス(毎年、お荷物最下位球団)

 菊池又三スカウト本部長(五六歳)見る目は有るが、原石ばかりを追い求めて、ほとんど戦力にはならない。

 確かに球団名はゴージャスだか、貧乏球団だから仕方がない。

 安物買いの銭失いで、球団も菊池には、呆れ果ている。

 菊池スカウトが龍馬は終わっていない。

 肩も、もう大丈夫だ。

 しっかり腕が振れているぞ…

 それより、一緒にキャッチボールしている奴は誰だ。

 柔らかい、腕の振り方。コントロールは、バラツキがあるが龍馬より、エンジンがでっかいかもしれない。

 菊池は球団事務所に戻り、球団に報告した。 

「凄い原石を発見した。

 キャッチボールだけだけど。」

「キャッチボールだけだと?ふざけるな!」


 陸は、朝の通学ランニング、素振り一日千回、欠かさず行っていた。

 左投げの練習は辞め右投げに集中した。

 私は陸に、

「自分、本来の投げ方で練習しなさいと…」

 陸の身体は、次第にがっしりとしてきた。

  

 陸達にとって高校野球、最後の予選メンバー発表がされた。

 エースナンバー 一番は福田龍馬、次々と名前が呼ばれた。

 一年生では、随一、稲生一正が一一番、そして陸の名前も…背番号一五番、そしてマネージャーは卒業出来た。

 私は思った。

 陸はチームに貢献出来るのか?

 陸より実力がある子は沢山いるのに…

 そして、青柳監督から、

「新キャプテンは、福田龍馬」

 私は陸と龍馬の成長を監督も認めてると感じた。

 最後の夏に向け学校での合宿が始まった。

 大明学園は、立花山のふもとにある高校だ。

 最高の標高、三六七.一メートルで初心者向けで片道五キロの割と楽な登山コースである。

 しかし、青柳監督は、一日三回の登山ダッシュを義務付けた。

 地獄の合宿だったが、後半は、体が慣れ、立花山から見える、福岡市や博多湾、玄界灘の大パノラマを感じる余裕まで出てきた。

「頂上は、気持ちいいなぁ!」

「本当、最高!」

 

 そして合宿の中盤を迎え、陸に捕手の練習をさせていた。

 キャッチングは、さすがだった。

 龍馬が全力で投げた球も平然と取り、磨きが掛かったフォークボールも難無く取る。

 しかし、問題はスローイングだ。

 取ってからが遅いし慌ててボールを投げるので悪送球ばかり…

 捕手はすぐに出来るポジションではない。

 後、一年あれば、陸なら出来ると私は思ったが、もう時間がない。

 龍馬は昨年以上にフォークのキレが良くなり、ワンバウンドした球は正捕手(青井岳三年生)でも、なかなか取れずにはじいてしまう。

 だから龍馬は、思い切り、腕を振って投げる事は出来なかった。

 キャッチングだけなら陸の方が上手い。

 きつい練習に耐えてナインの体は一回り大きく感じた。

 

 そして地獄の合宿は終了した。

 

 チームメイトの吉井、早田、田中、中山を含む八人は県外からの野球留学生だ。

 周りでは地元の主力メンバーは半分くらいしかいないと批判はあるが、青柳監督は暇さえあれば、全国を車で回り中学生の試合や練習を観て大明学園に似合う生徒をスカウトするのが青柳監督の趣味かも知れない。

 上手い選手を集めて勝とうとは思っていない。

 才能があって伸び代のある子を探すのが好きなだけだ。

 大明学園に入ってくれたら、後は自分が育てる。

 野球留学生は寮で生活していて青柳夫婦が世話をしてくれている。

 早田、

「俺達、最後の大会だね!

 青柳監督が誘ってくれたから大明を選んだけど、俺、中学の時は、そんなに目立った成績を残してないのに…拾ってくれたのは大明だけ。

 だから、青柳監督に恩返しがしたい!」

 吉井、

「俺も同じだ!

 だから、俺は陸を応援したいんだ!

 素人だけど才能のある奴を俺もこの目で観てみたい。」

 中山、

「俺は、未だにプレッシャーに弱いで大事な試合は下痢、中学は全国大会に行ったんだけど、二回戦で試合前に下痢でトイレに二時間こもって…結局は試合には出れなくて試合は負け…

 でも、青柳監督は、ちゃんと、前の試合から自分を見てくれてた。」

 田中、

「青柳監督て、そんな人なんだよ…

 だから皆んな付いてくるし、いつの間にかチームが一つになるんだよ。」

 亀井、

「そうそう、最初の龍馬の態度は許せなかったけどね!今は一番チームの事を考えててくれてる。」

 星、

「皆んなも最初は好き勝手だったよ。

 こんなチームで三年間も一緒に生活するのかと思ったら、地獄が始まると思っていた。」

 

「お前達!いつまで起きてるか! 早く寝なさい!」

  階段の下で青柳監督の怒鳴り声が聞こえた。

 

 

 

   一三. 最後の夏

  

 最後の夏、地区予選が始まり、高校野球の熱い戦いが幕を明けた。

   地方大会一回戦

  櫛田高校✖️大明学園   

 一回戦の先発は龍馬ではなく二年生の岡山だった。

 球場には一回戦だと言うのに龍馬、観たさに多くの人が集まった。

 もちろん、スカウト陣もだ。

「今回も福田の出番は無しか…」

 試合前、円陣を組み、福田キャプテンが

「試合、楽しんで行きましょう!」

「オゥ!」

 試合は大明学園の楽勝ムードで試合は進んだ。

 スカウト陣は龍馬の登板がないので足早に球場を後にしたが菊池スカウトだけは陸の出番を待っていた。

 試合は一五対三で五回大明学園がリード。

 青柳監督が陸を呼び、この回、代打で行くぞ!しっかり、バットを振っとけよ!」

「は…いっ」

 私も胸が踊った。

 孫が、やっと打席に立てる。

 努力が実ったな…でも、これからが始まりだよ。陸…

 スタンドには、義男と小百合の姿が…

 アナウンスが流れた。

「選手交代のお知らせを行います。

 吉田剛君に代わりまして代打、高橋陸君が入ります。」

 陸がバッターボックスに入った。

 小百合は、

「陸が打席に立ってる…信じられない。」

 義男も、

「これだけでも、陸を育てた甲斐があったな!」

 しかし、陸は未だかって練習でも、生きた球を打った事がない。

 バッティングセンターくらいなものだ。

 初球、一球目、大きく外れた球を陸は、思わず振った。

 スタンドはざわめいた。

「アイツ、素人じゃない?」

「あんなの大明学園に居た?ほとんどが特待生なのに…?」

 菊池スカウトは、ますます陸に興味が出てきた。

 二球目、甘く入った球を空振り…

 三球目、ピッチャーは余裕を持って投げた。

球を陸はフルスイング!

 

 ボールはスタンドを超え球場の外に消えていった…

 審判、「ファール、ファール」

 レフトのポールをわずかに外れた。

 菊池は唖然とした。

「何だ!あの桁外れのパワーは…」

 そして、四球目もフルスイング…空振り三振に倒れた。

 試合は五回コールドで大明学園が圧勝した。

 大明は順調に勝ち進み、ベスト4まで龍馬は投げず岡山と一年生の稲生で勝ち進んだ。

 陸は、代打で出場するが三振の山で貢献度0だった。

 ベスト4の相手は昨年、決勝で負けた相手、高校通算本塁打八五本の新井がいる優勝候補の小倉学園である。

 

  大明学園×小倉学園

 アナウンスよりスターティングメンバーが発表された。

「…九番ピッチャー、福田龍馬」

 球場が沸いた。

 スカウト陣はそろって、

「新井と福田のドラ一勝負が見られるぞ!」

「福田の肩は大丈夫か?」

 龍馬は初球、うなるような球を投げ込んだ。

 スカウトが、持って来てたスピードガンは158キロを測定した。

 進化している…しかも化け物に…

 小倉学園も昨年のエース、吉永が引退しても、技巧派で変化球が多彩な葛西秀樹(二年生)が先発し、昨年同様、八回まで0が続いた。

 龍馬は昨年と違い夏の暑さでもバテる事なく九回を迎えたが、唯一、気掛かりなのが、相手もストレートに慣れてきている。

 フォークボールを投げたいがキャッチャーを気にして腕が振れない。

 仲間を信頼してないんじゃない。

 龍馬のフォークボールは化け物級なのだ。

 どうにか、ストレート、カーブ、チェンジアップで押さえてきた。

 しかし、龍馬のストレートを狙われてセンター前ヒット、続くバッターは味方のエラーを誘い、ノーアウト一、三塁…

 続くバッターは、今日、一安打している、超高校級バッター新井。

 青柳監督は満塁策は考えなかった。

 審判に交代を告げた。

 アナウンス、

「キャッチャー青井に代わりまして、高橋陸。」

 菊池スカウトは興奮した。

 「最高の場面、そしてキャッチャーは高橋…こいつは面白くなってきた。」

 龍馬は、もう一段、ギアーをあげた。

 初球ストレート。

 新井は強振し空振り。

 スピードガン155キロ測定。

 スカウト陣も、龍馬に熱い視線が集中していた。

 続く二球目、陸はフォークのサインを出した。

 龍馬はうなずき、微笑んだ。

 腕を強く振り抜き、ボールはベースの地面に落ちた。

 新井は空振り、「ボールが消えた。」

 陸はワンバウンドしたボールを平然とキャッチした。

 続く三球目、陸はまたしてもフォークを要求した。

 龍馬は振りかぶりた時、一塁ランナーがスタート…ボールは新井のバットを通り過ぎた。空振り三振!

 陸は二塁には、送球しなかった。

 私は思った。正解である。

 必ず、悪送球になってたと…

 続くバッターもストレートとフォークで連続三振…

 九回裏、大明学園の攻撃もツーアウト。

 そして、バッターは陸。

 私は、陸に助言をした。

「脇を締めて、しっかり最後まで球をみれ

 葛西のカウントを稼ぐ球は何だ?」

「おじいちゃん、確か、スライダーだった。」

「じゃ、スライダーを狙え!」

「うん!」

 初球、ストレート、二球、カーブでボール、その後もスライダーが来ない…カウントは2ストライク3ボール。

 葛西も渾身の力で投げ込んだ。

 スライダーだ!

 陸は、私の助言通りに脇を締めて、しっかりボールを見て、フルスイングをした!

 ボールはセンターバックスクリーンに入った。

 サヨナラホームラン!

 ゲームセット!

 初ヒットが…

「陸!すげー」「陸、ありがとう」

 大明ナインから熱い祝福を浴びた。

 私も熱くなった。

 あれだけの孤独な練習して諦めない姿は、一年前の陸には考えられない。

 スタンドにいた、小百合は義男に、

「初めて、陸から最高のプレゼント貰ったね。」

 「子供の成長て、いいな!…こんな、感動ずいぶん忘れていた。」

 陸は、人から喜ばれ、感動を与えた。

 この胸の高鳴り、こんな気持ちは初めてだ。

「じいちゃん、ありがとう!」

「陸のスタートは始まったばかりだよ。」


 陸は、一年前、夢も希望もない、人生だったが、一つの目標を決め自分の思う道を突き進んでいた。

 

 

   一四. 名将と呼ばれない名将

   

 青柳監督と菊池スカウトは、同じ大学でバッテリーを組んだ間柄だ。

 菊池スカウトは青柳監督に、

「福田、温存作戦か?ピッチャー三人作ったのは、正解だったな!甲子園を考えての作戦か?」

「馬鹿いえ…プロは、勝ち負けの世界だが、ここは、高校で学ぶ場、子供達に経験と自信を持たせるのが自分の仕事なんだよ。

 福田は、これから野球界にとって宝になれる素材だ。

 今、無理をさせたら彼の人生が台無しになる。

 俺は福田が二年生の時、無理をさせて連投させた事を今も後悔している。

 しかし、勝負に勝ちたい気持ちは、もちろんある。

 難しいな…でも、子供達も私に教えてくれるんだよ!」

 「青柳、お前は変わってるよ。だからOB達はお前を頼って、いっぱいやって来るんだろうな!

 ところで、高橋て、どんな子だ…」

 「気付いたか? 福田以上になる素材だ。」

 

 準決勝、決勝と龍馬の出番は無く、圧勝で甲子園の切符を手にした。

 小倉学園が事実上、決勝戦だったかも知れない。

 陸は代打で出場。ボテボテのゴロを自慢の足でヒット!予選、通算、七打数二安打。

 

 翌日、学校に行き、龍馬と陸は、時の存在になっていた。

 陸の活躍は学園中に知れ渡り、サヨナラホームランは皆んなの印象に残った。

 「高橋、お前、野球部だったんだぁ…」

 

 龍馬には、早くもサインをねだる女子生徒の長蛇の列だ。

 学校も街も甲子園出場に湧いていた。

 

 今日は、検診の日だ。

 いつもの、CR検査を行い、鬼塚先生から、脳の断面図を見せられた。

 「陸君の活躍、観ましたよ。甲子園出場おめでとう!

 事故から一年半経って陸の脳は六五%おじいちゃんの脳は三五%です。

 おじいちゃんに質問していいですか?

 最近、前と比べて眠くなりますか?」

 私は思った…

 「そういえば、夜以外も陸の授業中、昼寝してます。 前より眠くなる感じで…」

 鬼塚先生は、

 「これから段々と眠くなる事が多くなると思います。」

 

 それは、私の脳が時に小さくなるって事か…

 

 全国高等学校野球選手権大会の抽選会が行われた。

 優勝候補は、大阪代表の華川学園、エース猿渡は龍馬と同じく注目度が高い大会屈指のドラフト候補と野手は他のチームに居たら全員、四番のパワフルチームだ。

 他にも、甲子園常連校が名を揃える。

 龍馬が引き当てた一回戦の相手は横浜付属大高校だ。

 昨年の準優勝校で甲子園常連校だ。

 一番から九番まで好打者揃いでピッチャーも本格派、佐々木順(三年生)技巧派、吉田徹(三年生)がいる、まとまりのあるチームだ。

 陸は、今までのマネージャーの経験を生かし、データー作業にも参加した。

「監督、横浜付属はピッチャーに球数投げさせて小技を使うチームで、僅差だと龍馬は球数が多くなると思います。」

 私は陸の成長に、びっくりするばかりだ。

 私が陸を変えたのではなく、監督や龍馬、仲間が陸を成長させてくれてる。

 大明学園は甲子園に出場する常連校だが、龍馬の年代から二年、甲子園から遠ざかっていた。

 大明学園のナインが甲子園の中に入った時、球場の雰囲気に圧倒された。

「おじいちゃん、大阪タイガースでプレーしていた時、ここで試合してたの?」

「もちろんだよ!あのマウンドで投げていたよ。」

「凄い…おじいちゃん。」

 

 第八四回、全国高等学校野球選手権大会

  夏の大会

    一回戦

    大明学園×横浜付属大

 甲子園、大観衆の中、球場からアナウンスよりスターティングメンバーが紹介された。

「大明学園のメンバーの紹介を行います。」

 一番 セカンド  田中泰 

 二番 ショート  中山輝斗

 三番 センター  早田順也

 四番 レフト   牟田蓮

 五番 ファースト 入江治

 六番 キャッチャー青井岳

 七番 サード   吉井和正

 八番 ピッチャー 岡山努

 九番 ライト   高橋陸

 

 陸は初スタメンでライトで出場だったが、龍馬の名前は無かった。

 球場の観衆は福田龍馬、観たさに来たのに名前があがらずブーイングの嵐だ。

 スカウト陣もショックを隠し切れなかった。

 プレーボール!

 ピッチャー岡山が順調な仕上がりで三回まで0を並べた。

 しかし、横浜付属大の佐々木も順調で走者も許さず、お互い0が並ぶ。

 四回表、ツーアウト、ランナー二塁、で横浜付属大の三番、狩野康がライトフライ…誰もがチェンジと思った時、完全なイージーフライを陸は落としてしまいランナーは帰り一点を入れられた。

 陸はライトの練習もしていたが、スタンドの観客や雰囲気にのまれてしまった。

 横浜付属大の監督は、

「ライトを狙え!」

 次の打者もライトに狙い打ちだ。

 又しても簡単なフライを取れず、スタンドからも、

「あのライト、素人?」

「ライトを変えろ!」

 など、ヤジが飛んだ。

 ツーアウト一、二塁、

 エラーした事もあり足は震え心臓が飛び出しそうだ!

 陸は、小心者だった事を、私は思いだした。

「陸、落ち着け!大きく深呼吸だ!」

「うん!わかった、おじいちゃん」

 次の打者もライト狙いでライト前に落ちた。

「落ち着いて、しっかりボールを握ってバックホームだ!」

 二塁ランナーは三塁を蹴り本塁へ…

 陸は、ダッシュでボールを取りバックホーム…ボールは地をはう糸のような球道でキャッチャーのミットに収まった。

 タッチアウト!

 球場は一瞬、静まりかえった。

 そのうち大声援と変わった。

「見たか!今のプレイ…」

「凄い肩、しかもキャッチャーのミットにストライク…」

 試合は陸のエラーで失った一点で回は進み六回を終わり1対0

 岡山も相手打線の粘りの攻撃で球数が多くなり疲れが出始めている。

 七回、ノーアウト、二者続けて四球を出した。

 青柳監督は、ピッチャー岡山から稲生に交代を告げた。

 ナインから、

「ナイスピッチング!俺達が必ず、逆転するから!」

 ベンチに戻り青柳監督から、

「岡山、よく試合を作ってくれた。ゆっくり、肩を冷やしとけよ!」

 スタンドは、

「福田じゃないの?」「大丈夫?」

 監督の考えを疑問視する声が聞こえてくる。

 続く打者は、今日、二安打の四番、坂田。

 稲生は初球、力が入り真ん中に甘い球が行った。

 坂田は見逃す事なくフルスイング!

 打球は、センター、ライト間を抜ける当たり。

 陸は、打ったと同時に球の方向に向かい、ダイビングキャッチ。

 誰もが抜けた当たりと思った。

 ランナーは二走者ともスタートをきっていた。

 陸は、起き上がりざま、素早くセカンドに投げ、セカンドを守る田中も素早くファーストに投げ、二走者共帰れず、トリプルプレーが成立した。

 又しても球場が沸いた。

「何だ!あのライト…上手いのか、下手なのか分からん!しかし、動きは半端ない!」

 八回裏、二番、中山がヒットで出塁。

 横浜付属大のエース、佐々木も疲れが出始めているが、交代する様子はない。

 この試合、佐々木に任せるつもりのようだ。

 三番、早田は甘い球を打ち損じレフトフライ…

 続く打者は、牟田…大明の頼れる四番だ。

 陸は打席に入る牟田を呼び、

「ストレートが甘くなってる。狙い目だよ!」

「陸、ありがとう!」

 牟田は、ストレート一本に絞り、フルスイング。

 打球はレフトスタンドに消えた。

 2対1逆転

 その後、稲生がしっかり抑えて、大明学園は初戦突破した。

 チーム全員で掴んだ勝利だった。

 

 

   一五、 戦略

 

 翌朝、新聞を見たら、陸の記事が載っていた。

 チームを救った謎のライト、高橋陸。

 野球経験二年で名門、大明学園のレギュラーに成長。チームに新しい風を吹き込んでいる。

 

 何処で調べて来たのだろうか?

 義男は、新聞を切って、作ったばかりの陸のアルバムに貼った。

 現在、県大会のサヨナラホームランと今回の記事、二ページしかないが両親にとって楽しみが増えた。

「陸ー、元気。陸の活躍観たよ!凄いね!前の陸とは想像がつかない。

 ちょっと寂しい気がするけどね!」

 明美からの電話だった。

「俺、明美を思う気持ちは変わらないよ。今は野球に集中してるけど、明美や皆んなが支えてくれてるから頑張れる。」

「なかなか甲子園まで応援に行けないけど、決勝に進出したら必ず、観に行くね!」

 

 二回戦は稲生が先発し相手から先制されるも、稲生の粘り強いピッチングと打線の援護で逆転し終わってみれば、8対4で勝利した。

 陸はライトで出場し四打数0安打、ライトフライを落とすなど良いところは無く終わった。

 

 三回戦、前日、青柳監督から先発予告があった。

 ピッチャーは福田龍馬。そして、キャッチャーら高橋陸。

 相手は初出場ね滋賀代表、琵琶湖学園だ。

 初出場でデーターは少ないが勢いで甲子園まで這い上がって来たチーム。

 油断は出来ない。

  三回戦

  琵琶湖学園×大明学園

 アナウンスより、

「ピッチャー、福田龍馬。」

 が呼ばれると球場が沸いた。

「やっと福田が観られる!」

「高校野球なのに、ローテーションを守るて監督の考えも凄いよな!」

 そして、キャッチャー陸も、一部の観客から、

「前の試合でライト守っていた奴じゃないか?今度はキャッチャーか?」

 青柳監督は、龍馬に、

「観客に、のまれるな。コントロール重視だ!」

「はい!監督。陸、サイン任せたぞ!」

「了解!」

 

 審判の「プレーボール」 と同時に甲子園にサイレンが鳴り響いた。

 真っさらなマウンドに龍馬は立った。

「おじいちゃん、まず、初球はストレートだよね!胸元に!」

「そうだな!」

 龍馬は陸のサインに任せて投げこんだ。

 スピードガンは138キロ。

 観衆は、

「スピード抑えてるの?」

「もっと出るんじゃない?」

 しかし、龍馬の球はスピード以上にスピンが効き球がうねりをあげた。

「決め球はフォークだよね。」

 陸は私と配球を考え楽しんだ。

 まるで二人で将棋をしているみたいだ。

 龍馬は陸のミットをめがけ数センチの誤差もなく投げ分けた。

 龍馬も陸も、そして私も胸が踊った。

 スタンドにいた菊池スカウトは、

「さすがだ!大人のピッチングでまず高校生には打たれんな!

 それに、この完璧な配球…キャッチャーがサインを出してるのか?

 高橋陸…不思議な子だ…」

 試合は大明がリードし、 陸もサードゴロを自慢の足で甲子園初ヒットで三盗塁。

 その後も牟田のホームランなどで追加し、

龍馬は一人のランナーも許さず、甲子園でのパーフェクト試合を達成した。

 試合は7対0で圧勝。

 観客は龍馬のピッチングに酔いしれた。

 スカウト陣も、

「140キロ前後で軽く抑えたぜ…」

「たいしたもんだ!今年のドラフトの目玉は間違いないね!華川学園の猿渡との勝負も観たいもんだ。」

 華川学園も順調に大差で勝ち進んでいる。

 

 宿舎ではミーティングが開かれていた。

 青柳監督から、

「ピッチャーはローテーションで回すが、相手が、華川学園だったら、福田で行く。抽選次第だ。」

 私は青柳監督の考えに迷いがあると感じた。

 確かに華川学園を抑えきれるのは龍馬しかいないが連投になる可能性がある。

 龍馬を壊したくない…

  青柳監督は、苦渋の決断をした。

 準決勝の抽選で相手は華川学園では無かったが強力打線の福島水産高校だった。

 

 夜、食事が終わり私と陸は散歩に出た。

 暗闇の中、一人の部員が稲生を連れ人目を避けてワンバウンドの練習をしていた。

 青井岳だ。

 龍馬以外は常にキャッチャーだが、龍馬が投げる時は、陸に代わるのが、よほど悔しかったみたいだ。

 それは、陸より劣っていると本人が解っているから必死に練習する。

 だから、このチームは進歩しチーム一丸となって闘っている。

 いいチームだ…

 陸は、今、何を感じただろう…

 

 準々決勝

   大明学園✖︎福島水産

 先発は岡本、陸はベンチスタートで試合は始まった。

 岡本の打たせて取るピッチングで序盤は、お互い0が並んだ。

 福島水産打線が岡本に慣れ始め、六回に捕まった。

 ヒットと四球で続くバッター三番、井上に痛恨のホームランを浴びた。

 その後、後続を抑えベンチに戻った。

「ドンマイ ドンマイ!」

「俺達が必ず点を返すから、お前は自分のピッチングをしてくれ!」

 ナインの声で岡本は冷静さを取り戻した。

 チームが一つになっているから監督の采配は楽だ。

 青柳監督は、うなずくだけだった。

 しかし、焦りからか、ヒットは出るが続かない…

 七回の裏、大明の攻撃、田中が際どい球をカットしてカウントは、2ストライク3ボール。田中だけで一八球は投げている。

 加藤が投げた球は大きく外れた。

 ファーボール!

 炎天下の中、加藤は、この試合で百二十球は投げていて肩で息をしている。

 青柳監督は、すまんな。加藤君、いかせてもらいよ。…

 ランナーに出た田中はリードを広くとり加藤を揺さぶる。

 続く中山にも粘られたが最後は空振りの三振。

 三番、早田も粘り、甘く入った球をセンター前に落とした。

 ランナー二、三塁。

 福島水産の安藤監督は、タイムをかけ伝令をマウンドに向かわせた。

「大丈夫か?球威も落ちてるぞ!」

「大丈夫!と監督に伝えて!」

  加藤に代わるピッチャーはいないと判断し続投を命じた。

 しかし、四番、牟田が球威の落ちたストレートをレフトスタンドに大会二号ホームラン。頼れる四番だ。

 その後、加藤は打ち込まれ、終わってみれば8対4で大明が勝利した。

 

 

   一六、 優勝旗目指して

   

 翌日、青柳監督から呼ばれた。

「高橋、うちには、もう一枚、ピッチャーが足りない。

 出番は無いかも知れないがピッチャーとして急務だがピッチング練習してくれ!

 練習相手は私から青井に伝えておく。」

「はい…」

 思いもよらない監督からの話しだった。

「じいちゃん、俺、もしかして甲子園で投げれるの?」

「まず無いな!今のままではな!」

 試合の無い日は、青井とピッチング練習を行った。

「何だ…この球は…」

 

 夜は又、青井はキャッチング練習。

 相手は龍馬が付き合っている。

 陸も夜、私の指導で右肘の出し方。下半身の使い方など教えシャドーピッチングで感覚を確認していた。

 

 義男と小百合も甲子園近くのホテルに宿泊し、陸の活躍を期待した。

 小百合が、「陸、この前は試合出ませんでしたね…」

「そりゃそうだろ。この前、野球覚えた奴が試合に出るなんて悪いよ。

 皆んな、甲子園を夢見て練習して来たんだし。

 でも、陸は変わった。そして強くなった。」

 「おじいちゃんの力かしら…」

「それもあるけど、監督やチームのみんなが支えているから陸は、頑張れると思うよ。」

「ほんと、ありがたいわね…前の陸だったら、と思うと…あの時は心配だった。」

 

 青柳監督が、「明日は準決勝だ。

 先発は稲生で行く。リリーフは岡本、二人共、最後の試合と思って全力で投げてくれ!渋谷商業は手強いぞ。うちと同じでピッチャーが三人いる。

 みんな、タイプが違って、バッターが慣れてきたら、ピッチャーを代えてくる。

 今までの試合、予選を含めて、全てが一試合、三点以内に抑えられている。打線もピッチャーの配球を読みデータ野球をしてくる。岡本も稲生も自分のクセに注意しろ。」

「はい!」

 決勝は龍馬、一本で行く作戦か?準決勝、苦しい展開になるかも… 

 準決勝

   大明学園✖︎渋谷商業

 先発は稲生、陸は九番、ライトで出場した。

 相手ピッチャー林は、打たせて取るピッチングで大明学園の打線のクセや苦手なコースや変化球を巧みに投げ分けてくる。

 ナインは、

「打てない球じゃないのに、全て裏をかかれる。」

 その中、一人、気を吐いたのが陸だった。

 一打席目から初球をセンター前ヒット、その後、盗塁、田中がバントで送りランナー三塁。中山が、どうにかレフトに犠牲フライを打ち三回に大明打線が先取点を取った。

 青柳監督は、陸をスタメンで使った意味が私は解った。

 陸は、ほとんどデータがなく感性だけで打つから相手にしたら厄介だ。

 青柳監督は、「自分の苦手な配球とコースを読め!そして、その球を打て!」

 しかし、苦手な事は、そう簡単に打てない。

 続く陸の二打席目、林のスライダーを完璧に捕らえた。

 ボールはレフトスタンドに…

 レフトは一歩もうごけず呆然とボールが消えたスタンドを見るだけだった。

 陸の高校通算二本目のホームランだった。

「陸、凄いぞ!何で簡単に打てるんだ?」

 「結構、打ちやすいピッチャーだよ!」

 渋谷商業は林に代え二番手、永井に代えた。

 左のサイドから投げる曲者のピッチャーで

球はクロスに入り苦戦した。

 四回を終わり2対0で大明学園がリードしていた。

 五回の裏、岡本がヒットを打たれ続くバッターはバントで送りランナー二塁。

 キャッチャー青井は岡本に得意のカーブをインコース低めにサインを出した。

 打者は打席の位置を変え岡本のカーブを完璧に捕らえレフトフェンス直撃の二塁打。

 一点を返された。

 続くバッターも岡本のスライダーをセンター前に落として、同点にされた。

 青柳監督は、審判に何かを言っている。

「二塁のランナーがサインを盗みバッターに伝えている。

 確認して下さい。

 スポーツマンシップに反する行為です。」

 審判は集まり、確認し渋谷商業の監督に注意を行った。

 六回よりピッチャー岡本に代わり稲生がマウンドに立った。

 稲生は六回を三者凡退に抑え、試合は七回の表、大明学園の攻撃、三番、早田がファーボールで歩き、今大会、絶好調の牟田を迎える。

 牟田は陸に、

「どうしたら、打てる?」

「何も考えず、牟田の苦手はインコースだよね!打席を離れて打てば?」

「なるほど…ありがとう陸」

 林は困ったが、外角いっぱいに投げたら、さすがの牟田でも打たれこない!

 永井は外角にストレートを投げ込んだ。

 牟田はフルスイング、ライトのポールを巻いた。

 牟田は外角が大好きで腕が長く追いつけていった。

 ホームラン!球場が湧き上がった。

 その後も各打者、打席の立つ位置を変え、林、そして三番手、森尾も打ち、終わってみれば8対3で快勝した。

 試合後、渋谷商業の監督から青柳監督に、「誠に申し訳ございませんでした。

 勝たせたい一心で…選手達にも、恥をかかしてしまいました。」

「勝たせたい気持ちは一緒ですよ。

 しかし、よく研究して素晴らしいチームでした。」

 大明学園、決勝進出。

 決勝相手は大阪代表 華川学園だ。

 

 菊池スカウトは青柳監督に電話をした。

「青柳!高橋をこれ以上、使うな!

 俺の隠し球、他の球団に持って行かれたら、お前のせいだぞ…」

 青柳監督の心境は、それどころじゃなかった。

 青柳監督、自身、初めての決勝進出で震えが止まらず、ナインに激励をした。

「お・お・前達の力は本物だ〜

 私に夢を与えてくれた。あ・あ・明日は三年生最後の▲✖︎○*◾️??」

 涙と緊張で、日頃は冷静沈着な監督が舞い上がっていた。

 部員は笑いを抑えるのに必死だった。

「んんんっ…明日のスタメンを発表する。

 一番 セカンド  田中奏

 二番 ショート  中山輝斗

 三番 センター  早田順也

 四番 レフト   牟田蓮

 五番 ファースト 入江治

 六番 キャッチャー青井岳 

 七番 サード   吉井和正

 八番 ライト   益田海斗

 九番 ピッチャー 福田龍馬

 以上」

 陸の名前は無かった…キャッチャーは青井岳が入った。

 監督は青井の努力を気づいていたのだろう。

 

 

  一七、 死闘

   

 決勝当日。

「夜行バスで来たから、腰が痛いし、疲れたー!

 陸、応援に来たよ。しかし、暑いね!

 ちゃんと水分を摂りなよ!忘れ物はない?」

 明美だった。

 明美からしてみたら、陸は、今だに子供扱いだ。

「俺、スタメンに入ってないから大丈夫。」

「えっ…出ないの?…」

 

 一塁側のアルプススタンドは大明学園の応援で埋まった。

 しかし、球場全体は地元、大阪代表の華川学園の応援一色に染まっていた。

「猿渡!頼むぞ!」

 もちろん、義男と小百合も大明学園の名前が入った赤いTシャツを着て陸の応援に来ていた。

「明美ちゃん、陸、試合に出ないんだって?せっかく決勝なのに…」

「いやいや、出てエラーでもしたら…心臓に悪いぞ。良かった!」

 

 陸は華川学園のベンチを覗いて龍馬に話しかけた。

「みんな、デカいぞ…プロ注目選手が四人はいるんだってよ。そしてピッチャーは猿渡」

 

「監督、下痢でトイレ行っていいですか?」 

 プレッシャーに弱い中山だった。

「早く行ってこい!」

 みんなが初めての決勝、緊張と、これから起こる死闘を待っていた。

   決勝戦

  大明学園✖︎華川学園

   

 龍馬が真っさらなマウンドに立って、青井が近づく。

「岳、フォーク思い切り投げるから絶対、後ろに逸らすなよ!」

 と龍馬は笑いながら話した。

「任せとけ!」

  開始のサイレンが鳴った。

  「プレーボール」

 一回の表、華川学園の攻撃。

 一番らしからぬ背は高く体格もごっつい北条。

 一番から九番まで、そんな選手が並ぶ。

 龍馬は、腕を振り上げ、第一球を投げ込んだ。

 155キロをスピードガンで計測。

 球場全体がどよめいた。

「前回は、抑えて投げてたけど、今回は本気の福田だ!」

 スカウト陣は、これから始まる福田と猿渡劇場を目の当たりにする。

 龍馬は、力強いストレートとフォークを武器に三振の山を築く。

 青井も龍馬のフォークを体でしっかりと受け止めていた。

 しかし、華川打線も、ひるむ事無くフルスイングをしてくる。

 一回の表、龍馬は華川打線を0に抑えて順調な立ち上がりを見せた。

 続いて、一回の裏、マウンドに猿渡が上がった。

 スタンドは猿渡フィーバーだ。

 投球練習するたびに球場から黄色い声援が飛んでくる。

 猿渡は第一球を投げた。

 龍馬を上回る156キロを測定。

 大明打線は当てるだけで必死で前には飛ばない。

「早すぎる!こんなピッチャー初めてだ。」

 練習で龍馬の球を打ってるが、猿渡の球は龍馬とまた、球質が違っていた。

 スカウト陣は二人のピッチャーの投球に驚きを感じた。

「二人共、即プロに行っても一軍で活躍するぞ!」

「福田も猿渡も高校生じゃ打てないよ。」

「華川学園はパワーバッターが揃ってるから出合頭の一発に福田は気をつけないとな!」

「華川には役者が揃ってるからな!」


 青柳監督から、「しっかり球を当てていけ。」

 と指示がありバットを短く持ち、コンパクトに振って行った。

 しかし、大明打線も凡打の嵐。

 五回を終わって両者パーフェクトの試合。

 六回の表、華川学園の攻撃は七番、桐生からの攻撃。

 下位からの攻撃で油断をしたのか、甘い球が真ん中高めに入った。

 桐生は迷わず、フルスイング…

 桐生の打球はレフトスタンドに消えた。

 龍馬が甲子園で初めて打たれたヒットがホームランだった。

 マウンドに野手が揃った。

「龍馬、大丈夫!俺達が打って絶対に逆転するから!」

 後続は抑えたが1対0で大明リードを許す。

 迎える六回の裏、これまで大明打線は凡打の山を築いているが猿渡の球数は、すでに百球を超えていた。

 さらに決勝に進むまで猿渡は一人で投げ抜いている。

 疲れてないはずは無い。さすがの猿渡でも。

 青柳監督は、バント攻撃で猿渡に揺さぶりを掛けようと思ったが、龍馬と同じ将来を期待されてる選手。

 潰す訳にはいかない。これが青柳監督の思う、高校野球道。

 自分達はいつも通りの野球をするだけ。

 六回の裏、一番、田中からの攻撃。

 初球、猿渡が投げた球を打ち損じてサードゴロ。

 しかし、サードがエラー…

 猿渡もパーフェクトは崩れた。

 猿渡は、グローブを投げ捨て、サードに何かを言っている。

 少し前の龍馬を観ているようだ。

 スタンドからも猿渡の態度に騒ついた。

「なんか、態度悪いね…」「スポーツマンらしくない!」 

 しかし、続くバッターは中山、バントで送りたいが、試合前の下痢と緊張でポップフライ、ゲッツー最悪だ。

 早田も倒れ、この回も0点。

 そして八回の表、龍馬も一〇〇球を超えて肩で息をしている。

 青柳監督から陸に、

「ブルペンで投球練習を始めろ。」

 と指示が出た。

 陸はファールゾーンにあるブルペンへと向かった。

 明美が、

「あれっ…陸がいる。陸〜!」

 大明学園のアルプススタンドからは、

「あれは、誰だ?背番号一五?」

「予選でホームランを打った奴だ!」

「でも、大明にはピッチャー三人しかいないはずでは…それも、福田の後に投げるの?」

 華川打線は七回の時点で15三

 振で相変わらず龍馬に手こずっていたが八回に四番、プロ注目の柏崎からフルスイングでライトスタンドに一発を食らった。

 大明学園からすると、致命的な一発で2対0と点差を広げられた。

 しかし、八回の裏、大明打線の反撃が待っていた。一アウトでバッターは中山。

 下痢も収まり、打席に集中した。

 猿渡の快速球に必死についていった。

 猿渡の球数はすでに一三〇球、球威も多少は落ちているがスピードガンは、今だに150キロを測定している。

 カウントは2ストライク2ボール。

 甘く入った球をセンター前に弾き返した。

 打った中山は何故か、お尻を押さえている。

 続く三番、早田は粘ったが三振に倒れ、大明の頼れる四番、甲子園、三本のホームランの牟田が打席に立った。

「龍馬、必ず俺は打つ!」

 猿渡も牟田だけは細心の注意で押さえに行った。

 初球、猿渡に自己初の160キロのストレートを投げ込んだ。

 牟田は迷いなく、猿渡のストレートを完璧に捉えた。

 打球はレフトスタンドに…

 同点2ラン

 球場は悲鳴と声援で沸いた。

 九回の表、マウンドに向かう龍馬を青柳監督は引き止めた。

「福田は、もう一二〇球を超えている。

 この回までだ。

 悔いの残らないように思い切り投げて来い!」

「はい!」

 以前の龍馬だったら反抗してでも投げ抜くと言ったに違いない。

 しかし、今は、チームを信じ、又これから出てくる陸に期待していたのだろう。

 龍馬も猿渡に負けじと自己最速の160キロを連発した。

 三者連続三振でこの日、21個の三振を奪った。

 九回裏も猿渡の力投に大明打線は三者凡退で延長戦に突入した。

 青柳監督は審判に交代を告げた。

 交代のアナウンスが流れた。

「大明学園の選手交代をお知らせします。九番、ピッチャー福田龍馬君に代わりまして高橋陸君が入ります。」

 スタンドはどよめきが起きた。

「何故、福田を代えるんだ!」

「大明は試合を捨てるのか?」

 大明のアルプススタンドからも罵声が飛んだ。

「青柳らしいな…選手を大事にして勝負にこだわらない名将監督、青柳か…

 しかし、青柳はこの勝負、勝算を感じているはず!

 しかし、高橋には、これ以上活躍はやばいぞ…」

 菊池スカウトは発掘した原石が世間に知られる事を恐れた。

 スタンド全体から龍馬に惜しみ無い拍手が巻き起こった。

 華川学園のアルプススタンドからもだ。

「頼むぞ!陸。」

 短い言葉だったが龍馬から熱いエールで送り出された。

 マウンドに陸は向かった。

「おじいちゃん、俺、甲子園のマウンドに立ってるよ!」

「さすが、俺の孫だ。甲子園は凄いだろう。」

「うん、なんか、鳥肌が立ってるよ」

 陸はマウンドで投球練習を始めた。

 ボールはバックネットに突き刺さった。

「何だ、あいつ?しかも変な投げ方。少し素人ぽいぞ!」

「大丈夫か?あんなのに任せて?

 延長一〇回

 バッターは九番河合。

 陸は振りかぶり第一球を投げ込んだ。

 ボールはバッター河合の背後にそれるクソボール。

 怖いなぁ…結構、早いぞ…福田以上かも…

 スピードガン表示はコースを外れ、測定不能。

 河合は腰が引けていた。

 続くボールも大きく外れた。

 華川学園の森監督からバッターに指示を出した。

「ピッチャーはストライクが取れないぞ!振るな!」

 陸は緊張からかバランスが崩れストライクどころがキャッチャー青井も取れない。

 ストライクが一つも入らずファーボール。

 ナインはマウンドに集まった。

「今まで、シャドーピッチングしてた感じで投げてみろ!お前が部室の裏での練習を俺達は知ってるぜ!」

「うん。解った。」

「おじいちゃん、俺を助けて!」

「キャッチャーのミットだけをみろ!左足が地面に着いたらしっかり腕を振れ!力は八分だ。」

「うん。」

 バッターは一番、北条

 陸はセットポジションで、わたしの指示通りに楽に投げ込んだ。

 ど真ん中のストレート。

 スピードガン表示は138キロ

 北条は、唖然とした。

 なんて球だ!138キロ?そんなはずはない!福田より絶対に速い!

 続く二球目もど真ん中に決まった。

 北条はフルスイング、空振り。

 三球目は大きく外れ北条の顔付近を通過…キャッチャー青井は取れず一塁ランナーは二塁に進んだ。

 四球目ボールは外角いっぱいに入り北条は腰が引け空振り三振。

 華川学園の森監督は、

「こらっ!何であんな球が打てんのか!

 全てストレートだぞ!」

「しかし、あのピッチャー…」

 二番、森野

 初球、ボールは外角に大きく外れ二球目も内角を鋭くつくボール。

 三球目は、ど真ん中のストライク。怖さの為か手が出ない。

 しかし、四球、五球と外れファーボール。

 スタンドから溜息が漏れた。

「大丈夫か?やばいぞ…」

 三番、服部

 華川学園の森監督は動いた。

 服部にバントの指示。二アウト二三塁になれば、四番、龍馬からホームランを打った柏崎が必ず決めてくれる。

 服部はバントの構えをした。

 しかし、陸の投げたボールは大きく外れた。

「陸、バントをさせてアウトを取って、次の四番と勝負だ。

 キャッチャーのミットだけを見て投げな。」

「うん。おじいちゃん。」

 服部は陸の投げた球をビビりながらも一塁側に転がし、華川学園の作戦通り二アウト二三塁に進んだ。

 そして、バッターは四番、柏崎。

 龍馬、「陸、頼むぞ!」

 明美、「もう、観ていられない…」

 義男、「お父さん、助けてあげて下さい。お願いします。」

 小百合も、ただただ手を合わせて祈るばかりだ。

 もう、パスボールも許されない。

 陸はランナーを気にせず、セットポジションをやめてワインドアップで、大きく構えて青井のミットめがけて投げ込んだ。

 しかし、ボールは柏崎の顔面近くに大きく外れた。

 柏崎も陸のボールの球威と顔面近くに来た恐怖心を感じた。

 スピードガンは143キロに跳ね上がったが体感スピードは福田以上…速い。

 二球目、陸の投げ込んだ球はど真ん中に、柏崎は他のバッターと違い、ボールに恐れずにフルスイング…空振り。

 三球目もど真ん中、さすがに柏崎は辛うじてバットに当ててきた。

「陸、もう、ど真ん中はまずいぞ!最初に投げたボールが頭に残ってるはず

 外角低めに思い切り投げ込め!」

「うん。解った。おじいちゃん。」

 青井の構えたミットに首を振り外角低めに要求した。

 四球目、陸の指に引っかかったボールは、息をしてるかのように、うねりをあげ青井のミットに吸い込まれた。

 ストライク!バッターアウト!

 柏崎は、全く手が出ず反応が出来なかった。

 スタンドは一瞬、静まり、やがて歓声と悲鳴に変わった。

 華川の森監督は、

「何故、あんな簡単な球が打てん!情けない!」

 おそらく、この試合を観ている観客やスカウトまでがそう思っているが、菊池スカウトだけは陸のピッチングに理解していた。

 ストレート一本でバント以外、前に当てられない、火の玉ストレート。藤川球児並みだ。

 延長一〇回裏

 六番、青井

 猿渡は、すでに一五〇球を超えている。

 夏の炎天下、気温は三五度を超えて額から汗が流れ、肩で息をしていた。

 青井は二ストライクと追い込まれるも、ライト前に詰まりながらもヒットで出た。

 この試合、猿渡から四本目のヒット。

 華川の森監督からの指示でナインがマウンドに集まった。

「猿渡、大丈夫か?」

「大丈夫も何も俺に代わるピッチャーはいるのか?いるなら直ぐに代わるよ。」

 

 ナインは何も言えず自分のポジションに戻った。

 七番、吉井

 監督の指示はバント。

 バントの達人、吉井は、難なく青井を二塁に送ってベンチに戻り全員からハイタッチ!

 チームは一つになっている。

 八番、増田

 アルプススタンドから益田コール。

 益田は猿渡の球を必死に食いついたが最後に猿渡の大きく割れるカーブで空振り三振。

 二アウト二塁

 九番、高橋

 陸はゆっくり、右のバッターボックスに入った。

「陸、ヒットゾーンを確認しろよ。」

「うん。おじいちゃん、セカンドがベースに寄ってるから、一、二塁が空いてる」

「外角を狙って流し打ちだ!陸。」

「うん」

 あそこを抜ければ、ヒットでサヨナラの可能性はある。

「内角は手を出さず、追い込まれるまで外角を待て!」

「解ってるよ。おじいちゃん。」

 初球、ストレートが内角に決まりストライク。

 二球目、カーブが外れボール。

 三球目、ストレートが内角に決まりストライク。

 猿渡は、「俺の決め球、カーブ待ちか…」

 猿渡は、キャッチャーのサインに首を振った。

 四球目、猿渡の球は外角低めに最高のコースにボールが来た。

 陸は強振せずライト方向に流し打ち、打球は夏の青空に舞い上がった。

 

 

   一八、反響

   

 わたしは陸が打った後、何も覚えていない。

 何日、経ったのだろう。

 福岡県長知事に大明ナインは呼ばれていた。

 県知事は、

「本当にご苦労様、福岡県に優勝旗を持ってこれたのは大明学園のチームワークと監督の愛情溢れる采配で福岡県民に感動と元気を貰いました。」

 えっ…優勝?

 陸に、さっそく聞きたいが、なかなか一人になれない。

 県知事の話は続き、

「福田君、ナイスピッチングでしたね。

 疲れはありませんか?

 それに、岡本君に稲生君達、三人が高校野球では珍しくローテーションを守っての勝利は、これからの高校野球を変えるかも知れません。

 それに打つ方では、牟田君の甲子園、四ホームラン頼れる四番バッターでした。

 そして、高橋君、最後に、でっかい仕事しましたね!

 福田君の後を継いでピンチは背負いましたが、0点に抑えて、バットでは、ライトに高く上がった打球がスタンドに入った時は、ここ、県職員、仕事忘れて総立ちで拍手の嵐でしたよ。一躍、スターですね!」

 あの打球…スタンドに入ったのか?

 陸、おめでとう。

 福岡県庁を出る時、職員から大きな拍手と、

 「福田君!牟田君!」そして「高橋君!」の声援まであった。

 そして、久山役場にも優勝報告を行い、テレビ出演などで忙しい一日が終了したが、今、大明ナインの中で一番、注目を浴びているのは、陸だった。

 サヨナラホームランの強烈なインパクトは福岡県民のハートを掴んでいた。

 それも、野球経験二年で話題性十分で、マスコミの報道や福岡の地方テレビは翌日も義男と小百合までインタビューされる始末。

「高橋陸君の育て方を教えて下さい。」

「自由にのびのびと育ってただけです。」

 わたしも陸も笑った。

 義男が作った陸のアルバムも決勝ホームランの新聞の切り抜きと自分のインタビューされた記事まで貼っていた。

 

 菊池スカウトは陸の活躍を喜べないでいた。

 他のスカウト達も陸の存在能力に気付き始めて、地元、ダイエーホークスも陸の調査に出始めた。

 しかし、高校通算二本の選手。話題性だけで獲得は球団が許さない。

 菊池スカウトも同じである。

 四国ゴージャス球団も菊池スカウトの報告を何度も受けているが、貧乏球団。首を縦に振らない。

 荒川球団社長は、

「訳の分からん奴を取ったら、今いる選手が戦力外になるんだぞ!

 お前はそいつに責任取れるんだろうな!」

「そ、それは…しかし、福田と高橋を両取りしたら話題性は十分ですよ!

 福田は競合は免れないですが、高橋は他球団も指名は無いと思います。

 現在、神戸クラッシャーズの動きが気になりますが。

 野球経験、高校一年まで無かった少年が二年で名門、大明のレギュラーになり甲子園で大活躍。

 そして、プロ野球の門を叩く。

 顔も悪くないし、マスコミ、テレビに出演させて高橋のグッズ売ったら、それだけで元は取れると思いますよ」

「んっ…客寄せパンダかぁ…まぁ、悪くないな」

 菊池スカウトは、こうでも言わないと荒川球団社長を納得しないと思い、とっさに儲け話を出したが、陸の存在能力でこれから先、想像するだけで胸が高ぶり、毎日、夢で三年後の陸の姿を見ていた。

 

 二〇〇一年九月 健診日

 鬼塚先生から、

「陸君、甲子園の活動、観てましたよ。

 もし、この事が世間に知れたら大変な騒ぎになるでしょう。

 私は必ず、陸君を守るんで安心して下さい。

 今日のCT検査では、陸君、七五%おじいちゃんは二五%です。

 おじいちゃんに質問です。

 陸君が生活してる時は、どの様な状態なんですか?」

「んっ…ぼっーとなって、睡魔がさし意識が無くなるんです。何日も。

 しかし、大事な時は意識もしっかりしてます。

 陸の決勝のホームランを打つまでは、その後は疲れからか二〜三日は寝てる状態でした。」

「おじいちゃん、これから先は眠くなる時間が増えてくると思います。

 起きてる時は、陸君を二人三脚で助けてあげて下さい。

 私も高橋陸君のファンとしてお願いします。」

 

 家に明美がやって来た。

「なんか、私だけの陸じゃない感じ…。

 前は、駄目な陸を育てていた感じなのに

 今の私はアイドル目線で陸を見てる。不思議…。

 でも、これから先も主導権は私が握るんだからね!そこら辺、解ってるでしょ。」

「育ててるて俺、明美のペットみたいだね…」

「解ったらいいわ!今からバイクでツーリングに行くわよ!」

「大丈夫…?フォーカスされないかなぁ…」

 

 陸と龍馬は部活引退後も自宅から学校まで走りと青柳監督の指示通りさ毎日、素振り一五〇回を欠かさず行っていた。

 

   

   一九、将来の夢

   

 下級生達が練習しているグランドの片隅に龍馬と陸は座って話をしていた。

「龍馬、お前、プロに行くのか?

 プロ表明したら、何球団が指名するんだろう。

 契約金だって一億円を超えるて噂だし。

 俺も龍馬の契約金、夢見て野球を始めたのに、全然、叶わなかった。

 お前は、凄すぎる、俺のヒーローだよ。」

「うん…来月、志望届出するつもり…

 俺、プロを目指していたからね!どうせ行くなら早くプロになりたいし、活躍出来るまで何年かかるか分からないけど…陸は、これから先、どうするんだ?」

「俺も何年かかっても構わないからプロに行きたい。

 行きたいて言うより龍馬に追いつきたい!

 でも、今の実力じゃ、何処の球団も相手にしてくれないし、勉強は嫌いだから大学じゃなく社会人野球に進もうかな?

 これも社会人野球から話が来たら、だけどね!」

「そうか…まぁ、追いつけないと思うけど…

 陸、ちょっと、変な事、聞いていいか?

 前から思ってたんだけど、陸て、多重人格かと思った。

 初めて、誰からも相手してくれなかった俺に話をしてくれた時、凄く嬉しかった。

 でも、陸も人見知りで友達なんか要らないて感じだっただろ…

 そのくせ、最初は、お互い会話無し。

 お前の性格が分からなかった。

 行動派なのか、臆病なのか、でも今は、お前は強いけど」

  陸は龍馬に言い出せなかった…

「龍馬とクラスの仲間達と野球部のみんながいたから強くなれたんだよ。」

 

 そして、スカウト合戦も解禁された。

 菊池スカウトが大明学園を訪ね両親(義男 小百合)が呼ばれた。

 進路室では担任、西田と青柳監督がいた。

 菊池スカウトは、

「私は高橋君を甲子園に出る前から追い続けていました。

 彼には抜群の素質とセンスがあります。

 たった二年で、これだけの活躍が出来る事を私は確信してました。

 将来、球界を代表する選手になる存在です。

 今度のドラフトで必ず指名します。

 何位指名かは確約できませんが…」

 

 そして翌日、神戸クラッシャーズからもスカウト部長、(林田誠)が大明学園に訪れた。

 大明学園の担任、西田と青柳監督がいる、進路室に家族と陸が呼ばれた。

 林田から、

「高橋君、我が神戸クラッシャーズの球団職員にならないですか?

 君の甲子園でのバッティングは凄かった。

 球団職員をしながら、定時制高校に通い、我がクラッシャーズの選手と同じ練習をし、そして来年のドラフトで隠し球として高橋君をドラフト一位で指名します。

 契約金一億円も夢じゃないです。」

 青柳監督は呆れた。

 我が大明学園を中退させ定時制高校?

 それも、高橋は打者?何も解っていない…

 しかし、決めるのは本人…

 陸は迷った。

 直ぐにプロに行くか、一年待って期待されてプロに行くか…

 今、プロに行っても、期待されず契約金も少ない貧乏球団、四国ゴージャス…

 一年待てば一億円!しかし、実力が付いての話である。

「おじいちゃん、俺、どうしたらいい?」

「お前の人生だよ。自分で決めなさい。

 お金なんか活躍して貰ったら良いじゃないか。」

「俺、…おじいちゃんが居るうちに、プロで活躍して、おじいちゃんに観て貰いたい。」

 そして夜、義男と小百合を呼び家族会議をした。

「お父さん、お母さん、俺は四国ゴージャスに行く。

 まだ、力不足だけど、おじいちゃんにプロのユニホーム見て貰いたいし…活躍出来るように頑張ってみる。」

 義男は、

 「そうか…解った。頑張れ!陸。」

 小百合も、

「お父さん、これからも陸を宜しくお願いします。」

 翌日、陸は青柳監督に話し神戸クラッシャーズに断りの電話を入れた。

 そして、龍馬、陸、牟田がプロ志望届出を出した。

 新聞報道で知った話だが、華川学園の猿渡は、甲子園での投げ過ぎで肘を壊しプロ志望届出を出さず手術に踏み切るそうだ。

 万全の状態ならドラフトで龍馬と人気を二分する有望選手なのに…

 その他に小倉学園の新井も志望届出を出した。

 

    ー福田家ー

    

「龍馬、今日、お母さん、仕事で遅くなるから、冷蔵庫の中の食材で何か作るか、テーブルに千円を置いてあるから弁当でも買って真美と食べて!」

 

 龍馬の家は母(福田久美)一人の母子家庭で龍馬と中学三年生の真美の三人家族。

 五年前から父親と離婚し母はパートで生活を切り盛りしている。

 決して生活は楽では無いはずだ。

 確かに龍馬のグローブはボロボロになっている。

「中学、全国制覇した時に母からプレゼントして貰ったんだ。俺の宝物!」

 それから、四年、一つのグローブを使い続けていた。

 高校は特待生で授業料免除だから、家から近くの大明学園を選んだろう。

 龍馬は頭も良いし有名進学校や県外の学校推薦だって来ていたはずだ。

 交通費も節約して陸とランニングして学校に通っていたのも理解出来る。

 両親の離婚で龍馬も心の動揺があり、親友を作らず、野球でもワンマンになっていたのかも知れない。

 これ以上、お母さんに苦労をかけたくない龍馬は、家族を守るため、早くからプロ野球を目指していたのだろう。


 

   二〇、ドラフト会議

   

 ドラフト会議前日、義男はドラフトに関する情報誌を全て買い漁った。

 龍馬は、文句無しの一番人気の◎

 陸は、ほとんどの新聞、雑誌でも獲得微妙か、名前すら載ってない情報誌さえある。

 それも、そのはずである。

 実績がほとんど無く印象やインパクトだけが一人歩きして評価する記者が少な過ぎるからだ。

「小百合、陸は四国ゴージャスに本当に入れるかな?」

「大丈夫と思うよ…でも、菊池スカウトて何となく人が良すぎて言うか、球団に押しが弱そうな感じ…大丈夫かしら…」

 龍馬と陸は、夕陽が傾くグランドで陸は、

「いよいよ明日だな!龍馬は何処の球団に行きたいの?」

「俺は地元のダイエーホークスかな?友人や家族も近いから直ぐに来れるし。

 行きたくないのは、四国ゴージャスかな?お金も無いし、一軍に上がった若手は、球団営業の手伝いがあるみたいだよ。」

「何それ…」

「陸も何球団か指名挨拶に来てるそうじゃないか。おめでとう。」

「俺は一球団だけ…それでも指名されるかも分からない、四国ゴージャス…」

 

 龍馬、「ごめん…」

 

 ドラフト会議当日

 二〇〇二年一一月一九日、グランドプリンスホテル新高輪で開催されるドラフト会議に四国ゴージャスから荒川球団社長、三嶋監督、そして菊池スカウト本部長がテーブルに着いた。

 三嶋監督は、

「もちろん、一位は福田龍馬ですよね。」

 荒川球団社長は、

「競合するが仕方ない!人気、実力は福田しかいない!決まりだ。」

 荒川球団社長の一言で、ほとんどが決まる。

 

 大明学園には、体育館を報道陣が集まり慌ただしくなり、壇上に迫田校長と青柳監督そして龍馬がテーブルに着いた。

 陸と牟田は指名が微妙なため、教室で待機していた。

「いよいよね!あの高橋君がプロに指名されるかも知れないなんて!」

「俺達のクラスで二人がプロだせ!そして隣のクラスは牟田だし、俺、他校の友達に自慢出来るし、今のうちにサイン貰っておかないと。」

「高橋陸君、今の心境は?」

「まだ、指名された訳じゃないし、でも、ドキドキだよ…」

 龍馬には多くの報道陣でドラフトの開催を待っていた。

 体育館にドラフト会議の中継が映された。

 

 司会者のアナウンスが流れ、

「これより二〇〇二年ドラフト会議を行います。」

 各球団が一位指名選手を提出した。

 一四球団のうち、福田龍馬を指名したのは九球団、残り五球団は大学、社会人だけ認められる、自由獲得制度(ドラフト上位候補選手が希望した球団に入団出来る制度)で決定権を獲得した。

 透明のガラスの箱の前に九球団の抽選を引く人が集まった。

 四国ゴージャスは、荒川球団社長は三嶋監督に抽選をさせた。

 おそらく、責任を押し付けている。

「解ってるな!外したら…」

 次々に抽選箱に手を入れ、抽選券を取り始めた。

 三嶋監督は、震えながら抽選券を取った。

「それでは抽選券を開けて下さい。」

 三嶋監督は震えて開ける事すら出来ない。

 見かねた女性スタッフが手伝い抽選券を開けた。

「当たった!当たった!当たりました。」

 龍馬を引き当てたより、荒川球団社長の脅しのプレッシャーから脱出した開放感に満ち溢れた表情だ。

 場内から響めきが起きた。

「四国ゴージャスかぁ…育てられるの?」

 大明学園の体育館では、龍馬は椅子からズレ落ちそうになった。

 そして、多くのフラッシュが焚かれ、龍馬に報道陣から質問された。

「おめでとうございます。今の心境は?」

「頑張るだけです…」

 第一回選択希望選手が出揃った。

 小倉学園の新井は地元の福岡ダイエーホークスに指名された。

 二巡目、三巡目も陸と牟田の名前は挙がらなかった。

 そして四巡目、読売巨人から牟田の名前が挙がった。

 牟田は、直ぐに体育館に呼ばれた。

「人気球団からの指名にビビってます。

 自分は一年生の時、野球部を辞めました。

 そこで励ましてくれたのは、福田君でありこれから指名される高橋でした。

 自分が復帰してもチームの皆や青柳監督が普通通りに接してくれました。

 今の自分があるのは皆様のお陰です。皆んなに恩返して、巨人の主砲になりたいです。」

 龍馬は牟田と目を合わし微笑んだ。

 

 そして、龍馬と牟田は、陸の名前を待つだけだった。

 頼む!陸、一緒にプロに行こう!

 陸もクラスで、次々と呼ばれる名前に不安を感じていた。

 なんなの?菊池スカウトさん…信じていいですよね…

 ドラフト会場では、菊池スカウトは、

「もう高橋陸に行っていいですか?」

「本当に行くの?やっぱり福田取れたし、契約金一億円は払わないといけないでしょ。お金がないのよ。」

 えっ…この場に及んで…「絶対、福田と合わせてグッズで儲かりますて!」

「じゃ…取っても良いけど、副業して貰うし契約金二〇〇万でいい?」

 

「副業?」

 

 他球団は指名を辞めて最終指名。

 四国ゴージャス第六回選択希望選手

 大明学園、ピッチャー高橋陸。

 場内は、

「あの夏の甲子園で決勝ホームランを打った高橋か。

 しかも、バッターじゃなくピッチャーかよ。」

「確か福田の後、投げたよな!しかし、ファーボールばかりで0点には抑えたが、球も早くなかったし、印象に残ってないけど…」

 

 大明学園では、陸も呼ばれた。

 体育館の壇上に上がり、龍馬と牟田が陸を見て微笑んだ。

「じいちゃん、俺、あんな多くの報道陣の前で喋れないよ…今回だけ助けて!」

「仕方ないな!」

 報道陣から、

「福田君と同じ四国ゴージャスの指名おめでとうございます。今の気持ちは?」

「んっ…最後の最後でしたが嬉しいです。

 福田君とは一緒の立場とは思ってません。 

 何倍も練習して、早く福田君と一緒の土俵に立ちたいです。」

「ピッチャーでの指名でしたけど…」

「ピッチャーで評価してくれた事、感謝してます。」

 完璧な受け答えで報道陣からも拍手が起きた。

「じいちゃん、ありがとう。」

「陸、おめでとう。勝負はこれからだぞ。」

「分かってるよ!おじいちゃん。」

 

 本当に分かってるんだろうか?

 プロは厳しいところだぞ…

 

「三人の祝杯を兼ねて、牧野うどんに行かないか!

 二年前のホットドッグの借りもあるし、今日は、おごらせてくれよ。

 龍馬の契約金には、遠く及ばないけど、うどんなら、ご馳走できるしな!」

「祝杯場所が牧野うどん?」陸は笑ったが、龍馬は、「牧野うどんって、麺にコシが無くって麺にスープが染み込んで、食べても、なかなか減らない魔法のうどんなんだよね!

 俺、大好きだよ!」

「よっしゃ!牧野うどんに行こう!」

 

 その日は、知らない遠い親戚やらメールや電話で義男も小百合も、大忙しだった。

 翌日、義男は陸のアルバムに貼るスポーツ新聞を買い漁った。

 しかし、大きく載っているのは九球団指名の龍馬と地元、ダイエーホークス一位指名の新井がトップ記事で陸は片隅に最後の最後で指名の大明学園の甲子園のスター高橋陸を四国ゴージャスが獲得と書かれた記事だけだった。

 加藤明美宅、

「明美、お前の彼氏は四国ゴージャスにドラフトされた、あの子か?

 つい二年前、家に連れて来て、挨拶一つ出来なかった、あの子がね…

 昨日の指名後の受け答えは、しっかりしていたぞ!

 でも、ワシはまだ、認めてないがね。

 付き合う相手は公務員に限る。

 ワシを見てみろ!公務員生活三〇年、何不自由なく来れただろう。」

「何、言ってるの?お父さん!

 決めるのは明美ですよ。

 それに、まだ、付き合ってるだけで結婚話もしてないのに。」

 明美も確かに、あの陸の受け答えに疑問を持った。

 陸て、結構、ちゃんとした事言えるようになったんだぁ…私のおかげ?

 まぁ、何処の家庭にでもある普通の家族だが、いささか頑固な父親みたいだ。



   二一、四国ゴージャスの実態

   

 ドラフト会議が明けて五日後、菊池スカウト本部長が家に挨拶に来た。

 ちなみにドラフト一位の龍馬はドラフト会議翌日の朝一番で荒川球団社長が龍馬の家に訪れた。

 契約金一億円を用意して年俸千二百万を提示されたそうだ。

 

 菊池スカウトは、高橋家に指名挨拶に訪れた。

「やっと、高橋君を指名する事が出来ました。

 高橋君は私の希望です。

 こんな原石は滅多に掘り当てられません。

 素晴らしいセンスの固まりです。

 絶対、一流選手になる素材です。 

 ピッチャーで。」

 陸は、一番知りたかった事を聞いた。

「契約金と年俸は、どれくらい貰えるんですか?」

 義男と小百合は陸の言葉に恥ずかしくなった。

「陸…お金じゃないでしょ」

 菊池スカウトは、少し困った様子で

 「契約金は、支度金二百万。年俸は四百万でいかがでしょう。

 その代わりに来年度より動物を飼育して、その世話を高橋君に手伝って貰おうと思ってるんですよ。

 将来的にも野球を辞めても保証されてると思います。」

 陸も義男も小百合も私も菊池スカウトの言ってる事の意味が理解出来なかった。

 

 翌日、テレビや報道でニュースが流れた。

 四国ゴージャスがサーカス団買収。

 試合終了後にサーカスを観せ、集客アップ計画の計画だ。

 人員削減の為、サーカスの司会と世話は球団職員や選手が行う。

 スタジアムの隣はサーカス小屋を建てる計画だ。

 メインの売りはライオン。

 外野のフェンスをライオンの檻にする考えだ。

「じいちゃん、俺、ライオンの飼育係になるの?」

「そうかも知れない?まぁ…野球をしなが、だと思うがな…」

 ちなみに昨年は、球団でアイドルユニット【ゴージャスガールズ】を作ったが、全て荒川球団社長の面接により、少し年増な女性ユニットで人気は上がらず、挙げ句の果てには、荒川球団社長のお気に入りの子とベテラン選手が駆け落ち不倫、ゴージャスガールズは解散、ベテラン選手は解雇。

 一番怒っているのは荒川球団社長である。

 いまだに、ゴージャスガールズのお気に入りの子のグッズとアイドル生写真を机の上に置いてある。

 散々な結果で終わったが、荒川球団社長は集客を図るために四国ゴージャスの企業努力は頑張っているが、来年も赤字経営なら球団身売りの噂も出ているのでサーカスと龍馬で一発逆転を狙っている。

 陸はさほど期待はされてはいないが…

 周囲は、今回もライオンが檻を壊し、ライオンがスタンドに逃げないか不安の声が出ている…。

 次々と契約が進む中、龍馬も陸も渋々、契約書にサインをした。

 陸は誰にも契約金の金額は言わなかった。

 陸の多少のプライドだろうか…

 翌日、スポーツ新聞に神戸クラッシャーズが華川学園の猿渡を球団職員にして定時制高校に編入との記事があった。

 球団は肘の手術を全面的にサポートして来年、何処の球団にも手を出させないように囲み来年のドラフト一位指名を目指しているのだろう。

 

 

   二二、キャンプイン

 

 本格的な冬の訪れとともに陸達にも慌ただしい日々が、訪れようとしていた。

 一二月六日、四国ゴージャスの入団会見が行われた。

 四国の松山にある四国ゴージャスの本拠地、松山ゴージャススタジアムを訪れ、まずは案内された。

 そこには、外野フェンスのラッキーゾーンを檻にする工事が行われていた。

 レフトからライトまでライオンがラッキーゾーンを駆けまくる構想のようだ。

 スタジアム隣にはサーカス小屋が建設中。

 試合を観たら、半額でサーカスが観られる計画だそうだ。

 ゴージャスサーカス団は昨年まではロシアでトミーを連れてドサ回りで各地を転々としていたが四国ゴージャスに今年、買収された。

 そしてスタジアム近くのホテルの会場で入団会見が行われ、まずは龍馬が紹介された。

 会場はフラッシュの嵐、龍馬人気は凄かった。

 ドラフト一位、福田龍馬(一八歳投手、高卒)

 背番号十八エース番号だ。

 続いて、ドラフト二位の小林隼人(二二歳捕手、大卒)背番号二二。

 ドラフト三位、伊川透(二二歳内野手、大卒)背番号三二。

 ドラフト四位、門倉博之(二四歳投手、社会人)背番号三六。

 ドラフト五位、坂本剛(一八歳捕手、高卒)背番号五六

 そして、

 ドラフト六位、高橋陸(一八歳投手、高卒)背番号六八。

 新人選手紹介が行われたが背番号は期待の表れか陸は一人重たい背番号…

 しかし、プロに入れば横一線、みんなが同じスタートラインと、その時は思っていた。

 二月一日よりキャンプインの為、陸と龍馬、牟田にとっては残り少ない高校生活だった。

「陸、龍馬、私達、仕方ないからホークスファン辞めてゴージャスファンになるね!」

「知ってる選手少ないけどね!」

「ゴージャスは貧乏球団だから活躍して有名になったら、みんな、FAで他の球団に行くからなぁ〜」

「それで球団は、お金が入ってるみたいだよ。」

「陸や龍馬が活躍したら他の球団に行っちゃうんだ!そしたらゴージャスファン辞めなきゃね!」

 クラスは龍馬と陸の話題で盛り上がって、

 いつしか、陸と龍馬は名字じゃなく下の名前で呼ばれていた。

 学校の屋上に陸と龍馬はいつものように二人弁当を広げ食べていたが、今では仲間も加わり三〇人で弁当を食べて、その後はドッチボールしたりバドミントンしたりと自由な時間を過ごしていた。

 ドッチボールをしている仲間達を見ながら、陸は龍馬に、

「俺、この高校に入って良かった。

 最初ね、龍馬に友達にならないか?…て言ったけど、本当は俺の本当の気持ちじゃ無かったんだよ…。

 でも、今は俺、幸せ!」

「んっ…陸?言ってる意味解らないし…

 でも、俺もあの陸の言葉、今でも鮮明に覚えてる。」

 

 一二月二五日、クリスマスの日、四国ゴージャスにサーカス団(ゴージャスサーカス団)がロシアから三〇名が来日した。

 そしてメインのライオンが届いた。

 名前はトミー五歳、飼育員として小畑晴夫(五六歳)が担当と新聞の記事に載っていた。

 小畑氏は四国ゴージャスのOBで一軍経験なく球団職員として働いていたが、半年前からトミーの飼育の勉強のためロシアに渡っていた。

 陸は、その話はどこ吹く風、クリスマスを明美と過ごしてした。

「おじいちゃん、今日だけは、ゆっくり寝て下さい。お願いします。」

 

 そして、新しい年を迎え家族と太宰府天満宮に初詣に出掛けた。

 義男と小百合は最近、御朱印にハマりいろいろな神社に二人で足を運ぶ。

 同じ趣味を持ち以前とは違う夫婦の会話がそこにはあった。

 太宰府天満宮で、お願い事をした。

 義男と小百合は口には出さなかったが、願いは同じだ。

 陸がプロ野球の世界で飛躍出来ますように…と

 陸は両親に勧められて絵馬を書いた。

 (立派な大人になりたい。)

 親との思いは多少違っていたが、将来を考える孫に私は成長を感じた。

 正月から大明学園のグランドで自主トレを大明ナインで行なった。

 大学でプレーする者や社会人でプレーする者、もう野球を辞める者もいるが三年間、このグランドで汗を流した仲間達は一生の思い出。

 ここのOBは道に迷った時や人生の報告をする時は、皆んな青柳監督を頼って来る。

 時には厳しく常に一人一人に愛情を掛けてくれる名将は、私にとっても尊敬できる監督だ。(生まれた年代は私の方が年上だが…)

  

 そして二月一日、キャンプが鹿児島で行われた。

 龍馬と陸、そして坂本の高卒ルーキーは二軍からのスタートで龍馬の人気からか一軍キャンプ地より二軍キャンプ地の方が観客が多いい不思議現象が起こった。

 球場に向かう途中、報道陣は龍馬の周りを囲み身動きが取れない。

 陸は龍馬をかばいながら先導して球場に着いた。

 自己紹介しプロへの第一歩がスタートした。

「陸、クラスメイトが応援に来てるぞ。でも、手は振るなよ。初日だからな!」

「本当だ。でも、解ってるよ!おじいちゃん。」

「ほほっ」

「ありがとう!皆んな。」

 走り込み中心の練習で、新人選手は付いて行くのが精一杯だが龍馬と陸はベテラン達と肩を並べて平然と付いて行った。

 二年間、学校から家までの行き帰りの一五キロが役に立ってるかも知れない。

 キャンプインから三日目、体力テストが行われた。

 持久力、腕力、腹筋、脚力、全てのテストで龍馬は平均以上の数値をはじき出した。

 しかし、陸はチームトップクラスのアスリート並みの数値をはじき出したのだ。

 トレーナーから、

「高橋の身体能力は半端ないですよ。監督…」

「しかし、荒川球団社長から高橋は無理して練習させないでトミーの世話役に重点を置け!と言われてるしなぁ…」

 何度も荒川球団社長の顔色を伺いながら、いつも自信の無い三嶋監督であった…

 翌日よりブルペンで陸も投球練習を始めた。

 捕手は高卒の同期、坂本が務めた。

「しっかり投げろよ!取れる所に投げないと取らないぞ!」

 威張ってるなぁ…こいつ、と思いつつも、

「はーい」

 陸は軽く坂本を立たせ六分程度で軽くなげた。

 なんだ、こいつの球、取りにくい。

「最初なんだから軽く投げれよ!びっくりしたじゃないか!」

「軽くだよ!六分程度」

「嘘つけ!」

 二〇球投げた位から坂本は腰を落として陸は少しずつギァを上げた。

 荒々しいフォームから乱れた球が右や左に散らばった。

 坂本は取るのに必死で余裕すら無かった。

 隣では龍馬がピッチング練習を始めて報道陣が詰めかけた。

 龍馬は刻み良く軽く投げ始めた。

 陸は隣で八分位で投げていたが坂本はポロポロと球をこぼし、なんて球だ!球がホップし球が揺れ、そして重たい。

 龍馬を観ていた報道陣は、「ヘタなキャッチャーだな!まともに取れないぞ。」

 と笑われた。

「坂本て奴だよ。高校通算三九本、ホームランを打ったスラッガーだぜ。」

「キャッチャーじゃ無理じゃない?」

 陸のせいで坂本の野球人生が狂いかけた。  

 

 

   二三、卒業式

   

 キャンプも中盤に入り龍馬は一軍のキャンプに参加していた。

 現場は一年間、じっくり育てる計画をしていたが荒川球団社長は、金の成る木をみすみす見逃すはずがない。

 一軍のキャンプも観客が増え二軍も、やっと静かに練習が出来るようになった。

 陸はと言うとコーチからフォームの修正を徹底的に指導を受けていたが、キャンプを観に来た野球解説者などが独自の考えを陸に押し付けてる為、陸も自分を見失ってた。

「おじいちゃん、最近、寝てばかりやん。おじいちゃんの考えが一番、しっくり来るのに…」

「すまん!すまん!陸は投げる時、硬さが取れたら大丈夫!」

「硬さ?」

 キャンプも終了し四国に戻りオープン戦が始まった。

 

 大明学園の卒業式が三月一日に行われるため龍馬と陸は一時、四国を外れて地元、福岡に帰って来た。

 陸は卒業式の前日、久しぶりに家に帰った。

「陸、プロの生活はどうだ。

 周りと上手くやってるか?」

 義男は知りたい事がいっぱいあるが少し我慢をした。

 小百合も、

「意地悪する人いない?」

 なんて、くだらない一言で終わった。

 お互い、久しぶりの陸に気を使ってる感じだ。

 陸はどこ吹く風で、

「皆んなとは上手くやってるよ。

 ただ、一人、同期の坂本が早くもプロの壁にぶち当たって悩んでる…」

 

 卒業式、当日

 教室には、三年間を過ごしたクラスメイトが揃った。

 「陸、龍馬、久しぶり!

 プロの練習きつくない?

 この前、皆んなで鹿児島のキャンプ行ったんだよ!でも、人が多くて気が付かなかったでしょ!大きな声で陸と龍馬を応援したんだけどなぁ…」

 陸は、

「解ってたよ!俺は龍馬と違いファンや報道陣もいないし、応援の声がちゃんと届いたよ。

 でも、ごめん!手を振れなくて。」

 (最初に気付いたのは私だけどね。)

 龍馬、「ごめん…気付かなくて…」

 

「仕方ないよ!龍馬はスターだよ。

 しかし、最初の高校一年の頃、龍馬は、ぶっきらぼうで全然、愛想が無くて嫌な奴だったよね!」

 

「そうそう、自分勝手だったし協調性もないし最悪だった。」

 龍馬は、

「ぼろっカスに言うなよ。

 でも、本当ごめん。クラスの雰囲気悪くさせて!でも、陸が変えてくれたんだよ。」

 

「そうそう、存在感のない陸が、急に、おはよう!とか言って来るし。

 こいつ、頭がいかれたかと思ったよ。」


「でも、あれでクラスの雰囲気が少しずつ変わったよね。」

 

「あれってなんだったの?陸…今だから聞くけど」

「んっ…友達が欲しかったんだよ!」

 私がとっさに喋った。

 陸が引き続き話しだした。

「前の自分は闘わないで闘ってる奴を笑っていた。 何で、一生懸命になるんだろうて…

 でもね、グランドで龍馬を見た時、自分とは違うけど、自分に似た不器用な奴だと…

 何処かで、友達を求めていた。

 ありがとう!皆んな!」

 

「龍馬も陸も体力テストの結果凄かったね、新聞でみたよ。

 龍馬は平均以上だし、陸はアスリート並みの数値だったってね!

 前から運動会やクラスでやる気無いふりしても常に目立っていたしね陸は。」

 

「陸は、野球じゃなくても、どんなスポーツつでも一流になれるんじゃない?」

 

 

「クラスで、もう一回、発表会の時に歌った、時代を歌わない?」

「いいね〜」

 中島みゆき (時代)

♪ …そんな、時代もあったねと、いつか話せる日が来るわ…♪

 櫻井律子は、「絶対、皆んな揃って、同窓会しょうね!

 私、幹事するから!約束だよ。」

 涙でクラスは一つになった。

 卒業式が終わり、野球部の卒業生達は部室に行った。

 そこには新キャプテン岡本ら後輩が待っていた。

「今年は先輩達がいないでも、春の選抜から全国制覇します。安心して見守って下さい。」

 青柳監督から、

「初めて、お前達の力で全国制覇の夢を叶えてくれてありがとう。

 皆んな、進む道は違うけど、この三年間で培った経験はきっと、何処でも役に立つはずです。

 何事にも、チャレンジして、いっぱい失敗して成長して下さい…」

 

 今も昔も心の温まる仲間がいて正面から向き合ってくれる人がいるから人間は成長出来る。 

 

 そして、病院の定期検査で私の脳は二〇%を切っていた。

 

 

   二四、本格始動、

 

 ライオン(トミー)が球場に到着した。

 見守る球団職員や報道陣、そして楽しみにしていたファンや子供達。

 球場のラッキーゾーンの檻も完成して中には火の輪っかが四ヶ所設置されている。

 おそらく、トミーが火の付いた輪っかを潜ってレフトからライトまで駆け抜ける演出なんだろう。

 しかし、飼育係の小畑晴夫はトミーをラッキーゾーンに入れてもトミーは動こうともしない。

 サーカス団のトミーの調教師、ミハイルは、

「トミー、ゲンキナイネ…チョット、セマイヨ…」

 距離はあるが横幅が限られてる。

 半年一緒に訓練した、小畑はトミーの寂しい表情に悲しみを覚えた。

「申し訳ないな…

 本来なら、自由に生きれるのに、人間の勝手でこんな檻に入れられて…」

 

 二軍の五十嵐コーチと松田二軍監督が話をしていた。

「高橋なんですが、ブルペンに入るキャッチャー皆んなが高橋の球が取りにくいと…確かに球は荒れてるけどストレートしか投げれないのに、皆んなボヤいていまして、私も高橋の球を取りましたが、球が生きてと言うか、球が舞い上がると言うか…スピードは140キロそこそこなのに…」

「舞い上がる? 高橋か…来週にも、トミーの世話役に一軍に上がる命令が荒川球団社長から来てるしなぁ…」

「結果出してないのに一軍ですか?」

「福田と高橋の大明優勝コンビで人気取りもあるがトミーの世話役、小畑さん一人じゃ大変らしくてな!

 今週の何処かで高橋を紅白戦に登板させてみるか…」

 五十嵐コーチから陸に、

「高橋、明後日の紅白戦、投げる準備をしとけ!」

「は、はい!」

 紅白戦、四対五と一点リードの七回の表、陸がマウンドに上がった。

 話題性と大明優勝立役者で球場は陸に注目が集まった。

「甲子園の決勝のホームラン凄かったけどピッチャーとしてはどうなの?」

 疑問の声が聞こえる中、菊池スカウト部長もスタンドで観戦していた。

「ひと回り大きくなったみたいだな!」

 投球練習を終え、躍動感のあるフォームから第一球を投げた。

 ボールは大きく外れた。

 なかなかストライクが入らない。

 甲子園の決勝と同じである。

 力を抜き、七分の力でストライクを取りに行ったが、さすがにプロ、簡単に弾きかいされた。

 甲子園では通用出来てもプロは甘くない。

 この日の結果は三死球の四安打、一つのアウトも取れずノックアウト…

 菊池スカウトは、

「投げ方はピッチャーらしくなったが、腕も振れてない、ストライクを取ろうとして球が棒球になってる。」

 陸はプロの厳しさを肌で感じた。

 翌日の新聞に陸の事はほとんど載ってなかった。

 それほど注目されてないし当たり前の結果なんだろう。

 龍馬も翌日、一軍のオープン戦に登板し二回を四失点でメッタ打ちされスポーツ新聞一面に掲載されていた。

 プロは想像した以上に厳しい所なんだと改めて感じた。

 しかし翌日、松田二軍監督から呼ばれて一軍行きを伝えられた。

 何故?

 開幕戦一週間前、陸は一軍に登録された。

 と言っても午前中は練習、午後からは小畑さんとトミーの飼育。

「陸、一軍昇格おめでとう。」

「龍馬、それ、嫌み?二軍でも活躍してないし、ただの飼育係で呼ばれただけだから!」

「ごめん、ごめん。」

 トミーの飼育と火の輪っかをくぐる訓練はサーカス団のミハイルが行うため、直接には触れる事は無かったがトミーとコミニュケーションをとりトミーが指示通りに動かす訓練も兼ねてだ。

 何故、陸が飼育係に選手として指名されたかと言うと荒川球団社長が話題性があって実力が伴わない選手。

 すなわち陸であった。

 トミーと陸のTシャツを一〇万枚発注した。

 陸は試合終了後のトミーのサーカスのアナウンスまで練習させられた。

「じいちゃん、俺てプロ野球選手だよね…

 ピエロじゃないよね…」

「陸、取り敢えず、今は頑張れ!」

 としか言え無かった。


 元気の無いトミーに陸は話掛けても動こうとしない。

 小畑さんは、「高橋君のピッチング、ブルペンで見させて貰ったよ。

 躍動感があって震えた。トミーが餌を狙ってる時みたいに。

 しかし、トミーは、ほとんどが静なんだよ。

 走って餌を狙って走る以外は。

 でも、高橋君は常に、動、トミーみたいに静もあってもいいんじゃないか?

 一呼吸が大事なんだよ。

 よく、トミーの動きを観てごらん。

 きっと、何かが解るはずだよ。」

 その日からトミーの観察を始めた。

 何故だか、陸が語り掛けても、小畑さんが語り掛けても動こうとしないトミーは、私が語り掛けると何故だか言う事を聞いてくれる。

「凄いじゃないか!高橋君、トミーがレフトからライトまで走り抜けてくれた。」

 

 実は私だけど…

 トミーも火の輪っかを潜れるようになり開幕戦を待つだけだった。

 四国ゴージャスはパ・リーグでダイエーホークス戦になれば、地元に帰れる。

 待っているのは家族や友人、しかし、今の現状で帰っても誰も喜ばれない。

 開幕戦は大阪近鉄バファローズ戦。

 しかし、陸は一軍登録を外れトミーの飼育で四国に残った。

 龍馬はオープン戦、不調ながら龍馬がいたら客が入るため、一軍に残していたがフォームが少しずつ崩れ、もがき苦しんでいた。

 三嶋監督が、「コーチと話し合った結果ですが、福田は、ゆっくり二軍で経験させた方がいいと思いまして…」

 荒川球団社長、

「つまらん!福田は絶対に一軍で育てろ!」

 

「は、はい…」

 

  昨年は四国ゴージャスはダントツの最下位…スター選手もいない。

 活躍したらFAで他球団に出て行ってしまう。

 選手に高額な年俸を払うよりFAで他球団から金銭補償で莫大なお金が入ってくる。

 しかし、金の成る木を育てていても球団は強くならないしファンも離れていた。

 荒川球団社長は目先の利益だけに、こだわりワンマン経営をしていた。

 周りは荒川球団社長を誰も止めれない。

 止めれば、首が飛ぶ…

 しかしスター選手がいないが、つなぐ野球で小粒ながら走攻守揃った打線だった。

 残すはピッチャーが足りないのが三嶋監督の頭を悩ます原因だった。

 

 

   二五、開幕

   

 二〇〇三年、プロ野球が開幕した。

 開幕戦の相手は大阪近鉄バファローズ、四国ゴージャスのエース吉田が打ち込まれ一二対五で敗れた。

 その後も三連戦、ほとんどいい所無しで三連敗…

 

 陸は練習の合間はトミーの動きを、ずっと観察していた。

 小畑さんがトミーに肉を投げ入れた時、トミーは、ゆっくりと肉に近づいてくる。

 本能なのか自然の中で育ったライオンは周囲を見渡して、ゆっくり近く、そして、すかさず、かぶりつく。

 自分に足りない物。

 静…力を入れる瞬間だけを動にし、力を抜く時は静になる。

 小畑さんは、

「投げる時や打つ時も一緒だよ。

 力を抜く時は抜く、力を入れる時は入れるだよ。トミーを観てたら勉強になるだろう。」

「なるほどね…ありがとう!トミー」

 地元、四国に戻り相手は日本ハムファイターズ。

 地元開催のセレモニーはサーカス団によるトミーのレフトからライトまで駆け抜けて火の輪っかを飛び込むストーリーだ。

 司会は陸が務める。

「ドラフト六位で四国ゴージャスに入団しました高橋陸です。

 それではトミー挨拶を…」

「ウオオッ!!」と激しく吠え、球場はどよめきかえった。

 陸の司会で

 「3.2.1.0スタート!」トミーはレフトからライトまでの間にある火の輪っかを飛び越え駆け抜けた。

 凄い迫力で球場が湧き子供達は大喜びだ。

 球場に訪れていた荒川球団社長は、してやったりの表情だ。

 これから、試合終了後、ゴージャスが勝てば、トミーの勝利の駆け抜けが観られる計画だ。

 しかし、地元開催の二試合も負け五連敗…

 トミーの出番も無くファンは、やきもきしていた。

 荒川球団社長は、

「仕方ない!七回、ゴージャスの攻撃前にトミーを走らせるか…」

「了解です。」

 そして、地元開催の三日目、予告先発で龍馬が先発する。

 球場には多くのファンが集まった。

 ほとんどが龍馬観たさと子供達はトミー観たさで球場は球団初の超満員になった。

「福田は、結構、打たれてるよなぁ…」

「大丈夫か!」

 周りからは疑問の声が上がったが龍馬はマウンドに向かった。

 アナウンスで、

「ピッチャー、福田」が呼ばれると球場は、黄色い声援と球団応援団の太鼓や旗振りで球場は揺れた。

 しかし、投球練習の時から相変わらず、投球動作のバランスがよくないと本人も自覚していた。

 試合開始後も球はばらつき、球威も無く日本ハム打線に打ち込まれた。

 おそらく、龍馬もいろいろな指導者からフォームをいじくられて本来のフォームを見失ってしまったかも知れない。

 ファンからはブーイングの嵐…

 勝てばチヤホヤされ、負ければ、けなされ残酷だが、これが勝負の世界だ。

 三回持たずに龍馬は交代された。

 次なるピッチャーも次々に打たれ、代わるピッチャーがいなくなった。

 三嶋監督が、

「ピッチャーは居ないのか!仕方ない…高橋、ブルペンで肩を作れ!次の八回から行くぞ!」

 八回の裏、一五対二で陸はマウンドに上がった。

「大明コンビか、こいつもボロカスに打たれるんだろうな!」

 しかし、トミーと陸が写ってるTシャツを着た子供達は陸を応援してくれていた。

「トミーのお兄ちゃん!頑張れ!」

 陸は、マウンドに向かう前に、大きく深呼吸してマウンドに立った。

「おじいちゃん、起きてる?俺、今までで一番、落ち着いてるけどドキドキしてるよ。

 でも、何故か気持ちがいい。」

「見てるぞ!公式戦のマウンドは気持ちがいいだろう。」

「うん!」

 陸はマウンドで投球練習を始めた。

 吸い込まれるようにキャッチャーのミットに…

 試合開始。

 ゆっくりした動作から指に引っかかった球はうなりをあげキャッチャーのミットに収まった。

 キャッチャーの栗原は、「何て球だ!構えたところに来たから取れたが少し外れていたら…」

 球速は160キロを測定した。

 全てストレートで三者連続三振でデビュー戦を飾った。

 スタンドで観ていた菊池スカウト部長は陸の早過ぎる成長に目を疑った。

「早くて三年はかかると思っていたが、もう出て来たか…」

 試合終了後、三嶋監督は菊池スカウト部長に、

「高橋は無限の可能性がある選手。

 菊池さんが見つけて来た原石、後は私が育てる番です。

 そして、もちろん、福田もです。

 私に任せて下さい。」

 

 三嶋監督は独断で龍馬の二軍行きを決断する。

 翌朝、義男はスポーツ新聞を買いあさった。

 義男が住んでる福岡はダイエーホークスの記事ばかりで四国ゴージャスの記事は、ごくわずか…しかも敗戦処理での好投ではと義男は期待していなかった。

 しかし、一面を飾ってあるスポーツ新聞があった。

 【大明コンビ、明暗くっきり

 期待のドラ一、福田龍馬、めった打ち、二軍行き決定 ドラ六、高橋陸、敗戦処理ながら日ハム打線を三者連続三振、火の玉ボール炸裂】

 義男は龍馬には悪いと思いつつ、陸のアルバムに、その記事を貼った。

 

 そして、陸は一軍に同行して次の対戦相手、福岡ダイエーホークスで地元に凱旋した。 

 陸は龍馬と二人で地元に帰って来たかった。

 何故、自分より常に先を進んでいた龍馬がここに居ないのか…必ず龍馬は帰って来る。

 今は人の事を心配してる時ではない。

 プロは厳しい世界。

 龍馬は親友でもライバルでもある。自分が不調になれば龍馬と入れ替わる事だってある。

 

 世間では三嶋監督が荒川球団社長に逆らい龍馬を二軍行き決定した事が話題になっていた。

 何故なら荒川球団社長の傲慢さは有名で、それに逆らった三嶋監督の株が急上昇中だ。

 荒川球団社長は自分に逆らった三嶋監督の処分を考えたが世間からの批判も恐れ、今回の処分は見送られた。

 トミーは、いまだに陸には懐かないが私が喋るとトミーは喜ぶ。

「何で、じいちゃんトミーが懐くの?」

「何故だろうなぁ…?

 トミー、陸が福岡に遠征に行くから当分、お別れだ。」

 トミーは、「クゥ〜ン…」と寂しい声で鳴いた。

 

 福岡に戻り、大倉病院へと向かった。

 鬼塚先生から、今の現状を聞かれる前に、陸の活躍を解っている鬼塚先生は、

「陸君、すごい勢いだね!おじいちゃんの助けもあるかも知れないけど、今は陸君の努力だと思うよ…

 だって、おじいちゃんは、もう陸君の脳には一〇%しか居ないんだから…

 これから先は陸君が一人で歩いて行かなければならない。

 でも、今の陸君だったら大丈夫!

 それと、お父さん、お母さん、お願いがあるんですが…

 和則さんの生前の髪の毛かDNAで判る物があれば持って来て貰いませんか?」

「は、はい。」

 家に帰って蔵の奥を探していたら血の付いたグローブと野球帽が出てきた。

 義男は陸に電話した。

「陸、お父さんは起きてるか?」

 「起きてるよ。

 おじいちゃんと代わるね!」

「あれは、いつの試合か忘れたが爪が割れて血がグローブに付いたんだよ」

 義男は翌日、グローブと野球帽を鬼塚先生に渡した。

   

   

   二六、地元の仲間

   

 三嶋監督とヘッドコーチ(石田真司)らが集まり監督ミーティングが行われ、陸のこれからの使い方が話し合われた。

 石田ヘッドは、

「ストレート一本だから慣れて来るとやられますが高橋のストレートは短い回だったら十分に通用します。」

 三嶋監督は、

「確かに先発向きじゃないな…

 慣れるまで敗戦処理で経験させ、高橋を見守って行こう。

 ところで福田は二軍でどうですか?」

 投手コーチ 相馬聡は、「二軍からの話ですが、まだフォームが崩れていて手塚コーチの元、フォームの確認からやってます。」

 三嶋監督は、「皆さんも、そうですが外部から選手を指導する人がいます。

 選手は素直に聞くので、選手を迷わせる事はやめて選手にも外部からのアドバイス等は、耳を傾けないように伝えて下さい。

 選手を伸ばす事を一番に考えましょう。」

 

 福岡ダイエーホークス✖️四国ゴージャス

 福岡ドーム

 スタンドで黄色い声援が飛んで来た。

 大明学園のクラスメイトや野球部だった仲間達、そして明美、家族や親戚までが陸の練習をスタンドで見守っていた。

 クラスメイトと野球部だった仲間達は大明の赤Tシャツを着てレフトスタンド一角は赤色に染まっていた。

「陸!龍馬の分まで頑張ってよ〜!」

「龍馬より早く、ここで陸を観るなんて信じられないよ。」

「陸の球、まともに来たら、半端じゃ無かったし、ストレートだけなら龍馬よりヤバかったよ。

 あのストレートは本当、受けるのが怖かった。」

 

 小百合、

「陸…凄く、大きく見えるわ…今は私の手が届かない所に行った気がするね…」

 佳子おばちゃん、(小百合の姉)

「あの子がね〜」

 

 この日、ゴージャスはドラフト四位の門倉が初先発だ。

 三嶋監督は考えを変えた。

 名前や実績に頼らず、今の旬で勢いのある選手を使う。

 選手、全員が横一線で競わせる事を…

 この日の門倉は強力打線のダイエーホークスを真っ向から立ち向かい五対二で完投勝利した。

 陸の出番はなかったが、四国ゴージャスはクビ覚悟の三嶋野球が始まった。

 大明学園の仲間達は三連戦をすべて観戦してくれた。

 ダイエーホークスに二連勝したが、翌日、先発の東野が打ち込まれ八回、陸の名前がアナウンスされた。

 球場内は点差が開きゴージャス側の応援も、しらけ気味だったが、陸のアナウンスでボルテージは上がった。

 ダイエーホークス側のファンも地元出身であるのと同時に陸の今までの経緯を知っている野球ファンは他チームのファンでも陸は噂になっていた。

「高橋は、あの大明の名門校で、野球経験、無しからマネージャーから野球を始めたんだってよ!」

「だから、甲子園の決勝、テレビで観たけど投げ方とか素人ぽかったんだぁ!

 しかし、あのホームランは劇的だったよな!

 予選の時も初ヒットがサヨナラホームランて知ってたか?」

「可能性が無限大だよね!凄い奴ゴージャスは取ったよな!」

「それも打者じゃなくてピッチャーで使うなんてゴージャスもやるね!」

 陸はマウンドに上がってレフトスタンドに応援に来ていた両親や仲間達に一礼をして一呼吸おき投球練習を開始した。

 青井岳は、「あいつ、堂々としてる。高校時代と全然違う。」

 八回の裏、

 陸は、ゆっくりしたモーションから伸びのある球を八分位の力で投げ込んだ。

 それでも球速は156を測定した。

 その後も陸はキャッチャー栗原のミットを目掛け内野ゴロ二つと三振でこの日も完璧に抑えた。

 試合後、ダイエーホークスの城島選手は、

「ヤバイくらい球がホップする。彼はストレート一本で勝負出来るピッチャーだ。」

 とコメントしてくれていた。

 その後も陸は敗戦処理をこなし、五試合で未だに、打たれたヒットは0本。

 本拠地、四国に帰って来るとトミーのサーカスの司会が待っていた。。

 最近の陸はトミーと同じくらいの人気者で陸とトミーのTシャツは品切れ状態だった。

 しかし、トミーは、少し寂しそう…

 陸がいても、私がトミーと話す事が少なくなったからだ。

 

 監督ミーティングで、

「高橋を中継ぎで考えている。

 最近、先発は良い仕事をしているが、中継ぎが足りない。

 先発が僅差で代わっても中継ぎが火の車。そして陸が最後しっかり抑えてくれる。

 中継ぎをしっかりしたら試合が作れるはずだ。

 もう、次のステップに進もうじゃないか…!」

 

 

   二七、再生への道

   

 その頃、二軍では龍馬と同じく壁にぶち当たった若者がもう一人…

 ドラフト五位の坂本だ。

 以前、陸の球を取れずに報道陣から笑われてキャッチャーとしての自信を失い自慢のバッティングも影を潜めていた。

 龍馬と坂本は同学年で二軍生活を一緒に過ごしていた。

 龍馬は、

「坂本、お前、暗いよ!プロ生活は始まったばかりだぞ!」

「最初から高橋のあんな球を見せられたら、

 俺、プロでやって行く自信無くなったよ。しかし、凄かった、アイツの球。福田の球もえげつないけど本当、凄かった。あれでドラフト六位だぜ…プロの世界は凄いよ。」

 龍馬は坂本を励ます事より、人生、初めて追い越された思いが湧いてきた。

 

 龍馬は久しぶりに青柳監督に逢いに行った。

「お久しぶりです。

 監督、元気にしてましたか?」

「今は俺の心配より自分の心配だろうが!こんな所で、ゆっくりしていて良いのか?」

「自分の事が分からなくて…

 陸に嫉妬している自分もいるし…」

「お前達はライバルであって友達、仲間だろ!高橋が何故、あそこまで成長したか、お前は知っているか?

 菊池スカウトが俺に教えてくれてな…

 ずっと、ライオンと、にらめっこしてるてな…

 俺は、福田が中学生の時、特待で誘うかどうか迷ったんだ。

 ワンマンな性格で試合じゃ一人相撲、でも野球を愛する気持ちは伝わっていた。

 だから、お前を、うちの学校に誘った。

 その気持ちを前面に出して皆んなを引っ張って行ってくれたら、きっと、素晴らしいチームが出来ると思ったんだ。

 そして、お前は変わった。

 しかし、今度は、先を越された高橋に、お前は嫉妬してるんじゃないか?

 

「……。」

 

 高いプライドなんか捨てて、高橋に聞くのもいいんじゃないか?

 それが、真の友達だろ!」

 

 陸が遠征から寮に帰って龍馬にあった。

 龍馬が陸を部屋に呼んだ。

「最近の活躍、テレビで観てるよ。

 聞きたいんだけど、何故フォームが安定したの?無駄が無いと言うか?」

「自分もね、最初はコーチやら、いろいろな人からフォームを指摘されてね…

 自分はフォームが出来てなかったから良かったけど結局、誰を信じていいか分からなくなってね…

 そこで出会ったのはトミーだったんだ。」

「トミー?…あのライオンの?」

「ライオンて結構、無駄な動きが無いんだよ。エサを狙う時や火の輪っかを走り抜ける時は鋭い動きだけど、それ以外は、ほとんど横になってる。でも、常に警戒はしてるんだよ。

 自分はマウンドに立った時、イメージはトミーになってる。

 そうしたら、無理なく自分の形で投げれるようになったんだ。

 今度、行きたい所が有るんだけど龍馬も一緒に行かない?動物園なんだけど…」

「動物園?男二人で?…

 二人じゃなんなんで…もう一人誘っていいか?」

「いいけど、もしかして龍馬、二軍で練習しなくて、いい人見つけたの?」

「そんなんじゃないよ!男だよ。坂本だよ

「あぁ〜アイツかぁ!ちょっと生意気な奴ね!」

「でも、坂本、お前に潰されたて言ってるよ。」

「何それ?」

 翌日、二軍の試合も無く、明美も専門学校を休み四人で福岡市動物園に行った。

「はじめまして。加藤明美です。

 福田君の事は陸から、いっぱい聞いてます。それ以上に福田君は高校野球のスターだし。知名度ナンバーワンだもんね!」

「はじめまして、福田龍馬です。陸にこんな綺麗な彼女が居たなんて驚きです。

 ナンバーワンはやめて下さい。今は陸に抜かれていますし…」

「お隣は?」

「坂本剛です。宜しくお願いします。」

「剛君ね!宜しく。」

 明美のペースで動物園の一日が始まった。

 龍馬は昨晩、陸の言った言葉を思い出して、猿、像、フラミンゴ、ゴリラ、熊、いろいろな動物の生態を観察した。

 中でもオランウータンが綱渡りをしてる時、手の運び方や手首の使い方に注目した。

 

 しかし、動物は自然の中で生きるために身を守り、どんな時でも、警戒しているが動物園では、エサを貰い飼育され、動物達も、もしかしたら自然から動物園に連れてこられて本来の姿を忘れてるかも知れない。

 龍馬は今の自分と一緒かも知れないと思った。

 本来の形を指導者は思いつきだけの指導で選手は簡単に形が崩れてしまう。

 龍馬は飽きる事なく観察を続け、陸と明美は久しぶりのデートを動物園で楽しんだ。

 坂本も龍馬と行動を共にし動物の癒しを感じたみたいだ…

 翌日、龍馬は松田二軍監督に二軍の試合が終わったら陸がやってるトミーの世話をやらして貰うように頼んだ。

 松田二軍監督は荒川球団社長に連絡を入れた。

「えっ…?福田が世話役を希望したの?

 福田も加われば、トミーと大明コンビでグッツの売り上げが倍増だね!OK!OK!」

 

 陸は中継ぎに転向して勝ち試合にも先発の後を継いで毎試合のように投げて好投を続けていた。

 チームは三〇試合を終えた時点で四位でAクラスを目指していた。

 陸は一九試合に登板していた。

 最初は防御率0点台に抑えていたが、さすがにプロの世界。陸のストレートも研究され出会い頭のホームランが増えた。

 三嶋監督は陸に、

「お前の球は回転数が他のピッチャーに比べて多いから球がホップして初速と終速が余り変わらないで打者は戸惑うがタイミングさえ合えば、球に回転が効いてるから球は軽く飛んで行く。抜く球を覚えなさい。

 簡単に出来る事じゃないが…」

 

「じいちゃんは、どんな変化球を投げてたの?」

「昔は今みたいフォークボールなんてなげてる人はいなかったがカーブやチェンジアップなんか投げてたなぁ…俺は陸と違い体格も良くないから変化球で勝負しないと勝てなかったからなぁ…

 しかし、変化球を投げ過ぎると選手生命が短くなるし一つ覚えるだけでいいと思うぞ。

 陸に向いているのはチェンジアップかな…」

「チェンジアップ…か」

「ストレートと同じ腕の振りで遅い球、打者のタイミングを外すんだ。

 陸のストレートがあればチェンジアップはかなり有効だ。

 俺の起きてる時に教えるからボールを常に持ってなさい。   眠い、寝る…」

 野球ルール本を未だにに持っている陸は、チェンジアップの握り方が載った図を見て学習していた。

「それでは、ゴージャスの勝利を祝ってトミーが元気いっぱい駆け巡ります。

 今日の司会は、新人一年目の私、福田龍馬と高橋陸が行います。」

「高橋陸でーす!新メンバーが加わり三人?じゃないや、三匹じゃなく、龍馬、陸

 トミーで盛り上がって行きましょう!」

 それでは、トミー、お待たせ、

 トミーレッツゴー!」

 観客はビジョンに映った龍馬に大歓声だったが、冷ややかな声もあった…

「ドラ一がライオンの司会かよ!高いアルバイト代だな!」

 しかし、四国ゴージャスの集客は前年度と比べ倍増し、トミーとサーカス見たさに、ちびっこの姿も増え、また龍馬、陸の入団により女性の姿も増えた。

 球場の隣のサーカス小屋も繁盛していた。

 松山ゴージャススタジアムが試合の無い日はトミーはサーカス団でショーを行なっている。

 二軍の試合が終わったら龍馬はサーカス団の司会もこなす。

 小畑さんは、「関心だね…若いのに…トミーは、こう見えて結構、気が荒いからね、ワシにも未だに慣れないし、でもな陸が居る時、時々なんだけどトミーが陸にじゃれ合うんだよ。時々だけどね不思議でね!」

 

「多重人格?もう一人の陸?て事?…」


 龍馬は二軍でボールすら握らず筋トレや下半身の強化に時間を割いてトミーの動きを、ただただ真似していた。

 

 陸は、私が起きている時、ブルペンに行き、ドラフト二位の小林隼人がマスクをかぶってくれた。

「投げる時、指に引っかからない握り方で同じフォームで投げるだけだ…」

「なかなか上手く行かないしコントロールが制御出来ないよ。」

「指先も一緒だ。力の抜く時は抜く…

 仕方ない私が投げていたチェンジアップを教えてやる。

 左にボールを持ち替えてみろ。」

「うん、おじいちゃん」

「小林さん左で投げて確かめたいんですが…」

「左?何を考えてるんだ。遊びなら付き合わないぞ!」

「すみません。一球だけなんで.」

 陸は左で、おじいちゃんのチェンジアップを投げた。

 ふぁっとボールはミットに収まった。

「これがチェンジアップかぁ…分かった。ありがとう。おじいちゃん。」

 一番、驚いたのは小林だった。

 完璧なチェンジアップ、左で綺麗なフォーム… 何で左で投げれるんだよ…普通に…

 陸は左で投げた感覚で右で何度も小林のミット目掛けてストレートとチェンジアップを交互に投げた。

「何て習得の早いヤツだ…あのストレートと抜いたチェンジアップがあれば、そうそう打たれないぞ…」

 

 龍馬も何かを掴んだらしく、二週間ぶりにボールを握った。

 

 

   二八、進化

 七月七日、球場の入口前に大きな笹の葉が置かれておりファンからの願い事が沢山、書かれていた。

 (福田選手早く一軍で活躍見せて下さい。)

 など龍馬に期待する願い事が多くファンは龍馬の復帰を心待ちににしていた。 

 プロ野球シーズンも中盤に進み、四国ゴージャスは三位に上がった。

 立役者は陸だ。

 毎試合、勝ち試合に登板し長いイニングを投げていた。

 ストレートと時々のチェンジアップを交え打者を飜弄する技術まで習得した。

 三嶋監督は、あまり、高橋に頼り過ぎたら高橋が崩れてしまう。先発が頑張ってくれないと…と思っていた。

 オールスターのファン投票選出でも中継ぎで陸は選出されチームの顔になっていた。

 

 オールスター戦(大阪ドーム)

 そうそうたるメンバーがベンチに座っていた。

 陸はプレステに出てる選手がたくさんいて興奮したが、それはゲームの世界。

 ペナント期間中も打者の事をあまり気にせずに投げていたので良かったかも知れない。   

 プロ野球選手を夢見て育った人は対戦したら偉大さにビビって尻すぼみしそうだが、陸はプロ野球に興味が無かったので顔と名前が一致しない。

 ベンチの中では話し相手がいないのでベンチの隅に陸はいた。

 オールスターは祭り気分で始まった。

 そこまで勝負にこだわって無いが力と力の勝負が球場を沸かせた。

 松坂大輔のストレートを近くで見た時、私は興奮した。

 あの時、沢村栄治を始めて見た時と同じ衝撃を感じた。

 試合は六回の裏、陸がコールされた。

「高卒ルーキーで唯一のオールスターに選ばれたのが高橋か…ドラフト指名て分からんもんだね!」

「スカウトて大したものだね!」

 キャッチャーの城島がストレートばかりを要求した。

 オールスターならではだろう。

 城島も陸のストレートは、球界でもトップクラスと感じていたからだ。

 バッターは金本。

 二球見逃してツーストライク。

 城島は三球勝負に出た。

 もちろんストレート勝負、金本は振り切りレストスタンドポールに当たるホームラン…

 陸は勝負には負けたが力と力の勝負を楽しんだ。

「おじいちゃん、プロ野球の一流選手は、皆んな凄いね!」

「………」

「あらっ…また寝た?」

 オールスターも終わり、毎日の出会いや経験が陸を成長させてくれた。

 その頃、甲子園の決勝で当たった猿渡の記事が新聞に出ていた。

 (肘の手術も無事に終わり、定時制高校に通いながらプロの職員として神戸クラッシャーズで頑張り明日へのプロを目指してる。)との記事を目にした。

 皆んな頑張ってるんだ。

 龍馬も次第に自分を取り戻し、二軍で結果が出て来た。

 三嶋監督は、二軍の松田監督に電話を入れ、

 「福田は調子がいいみたいだが状態はどうですか?」

「生まれ変わってますよ。

 高校当時以上に進化してますよ。

 いつでも、一軍に上がれます。先発で!」

 そして龍馬は一軍に呼ばれ八月一日に予告先発が報告された。

 監督ミーティングで三嶋監督は、

「高橋も中継ぎで使っても、その後、抑えが打たれて試合を捨てる事が多いいからなぁ…」

 陸も中継ぎから抑え転向を告げられた。

 

 八月一日、ゴージャススタジアム

 四国ゴージャス✖️日本ハムファイターズ

 朝から多くのファンが龍馬の復帰戦を期待しスタジアムは超満員になった。

 龍馬はマウンドに立ち、以前と違い堂々とした姿だった。

 龍馬は初球から自己最速の164キロを測定した。

 スタジアムは響めき上がった。

「福田、やっぱり凄い!」

 龍馬はプロへの一歩を歩み始めた。

 試合は日本ハム打線をヒット五本と抑えこみ無四球無失点で二対0で七回を迎えた。

 一アウトを取り石本に四球を出した。

 龍馬は、明らかに疲れが出ている。

 三嶋監督は、石田ヘッドコーチと何やら相談をしている。

「七回まで福田が持ってくれれば、高橋を抑えで使えるけど…」

 しかし、続く奈良原に単打を打たれ一.二塁。

「もう、無理はさせれない…交代だ。」

 三嶋監督は、福田を諦め先発から降格されたエドゥがコールされた。

 スタジアムはブーイングの荒らしだ。

「まだ、福田で大丈夫だろ!」

「エドゥはヤバいだろ!」

「福田が駄目なら高橋を出せ!」

 

 バッターは四番、小笠原。

 エドゥは初球のカーブを小笠原はセンターバックスクリーンにホームランを打たれ二対三で逆転され、その後も後続のピッチャーも打たれ終わってみれば、三対九でゴージャスは敗れ、陸とトミーの登場も無かった。

 ゴージャスは中継ぎがいないのが大きな悩みだった。

 翌日の新聞に、

 (福田龍馬、初勝利目前に降板!何故、あそこで交代?)

 など批判する記事が載っていた。

 荒川球団社長は、これをいい事に、

「私の指示を無視するからこんな結果になるんだよ!」

 周りは荒川球団社長の醜い争いとしか思っていない。

 

 試合前、菊池スカウト部長が球場を訪れて三嶋監督と雑談していた。

「三嶋君、三年前、ドラフト四位で指名した、前田なんか面白いと思うが…」

「前田?あっ…三年前も菊池さんが無理して取った子ね。

 でも、二軍でもスピードは130前後と聞いてるしヒットもよく打たれてるみたいだよ。」

「でも、三嶋君、自責点が一点台なんだよ。

 塁が埋まっても不思議と最後は抑えてる。

 高校の時も県大会の決勝まで0点に抑えていて味方のエラーで負けたけど、ヒットはよく打たれてた。しかし、点が入らないんだ。」

 

 三嶋監督はすぐに松田二軍監督に連絡を入れた。

「何故、成績を残した選手を私に報告しないんだ!前に言ったはずだ!

 私も確認しなかったが…前田は今、どうなんだ!」

 三嶋監督は日頃の温厚な性格から想像も出来ないくらい怒鳴りあげた。

「ま、前田は毎試合、いっぱい、いっぱいで、どうにか抑えてる状態ですよ。

 一軍には推薦出来ませんよ…」

「結果は結局、抑えてるんだろうが! 今すぐ一軍に上げなさい!」

 翌日より前田は一軍に上がり中継ぎに指名された。

 一軍でもヒットは打たれるが四球を出さないため塁が埋まっても連打される事なく不思議と抑えた。

 龍馬が地元に帰って来た。

 ダイエーホークス✖️四国ゴージャス

 先発は龍馬、復帰して二試合勝ち星に恵まれずにいた。

 福岡ドームのマウンドに上がった龍馬は、ものすごい歓声で迎えられた。

 もちろん、大明学園の仲間達も応援に駆けつけた。

「龍馬、おかえり〜!」

 黄色い声援が飛んだ。

 もちろん、龍馬のお母さんと妹も駆けつけていた。

 龍馬は未だに、お母さんが買ってくれた、グローブを使用し、何やらグローブに話していた。

「お母さん、観てて…」

 龍馬は回を気にする事なく初回から飛ばした。

 三回に松中のホームラン一本のみで七回を終わり一対二で四国ゴージャスがリードをしていた。

 そして八回、疲れが出た龍馬を迷う事なく前田に交代した。

「えっ…代えちゃうの?」

「まだ、松中に打たれた一本だけだぞ!」

「前田なんか駄目だって!」

 前田は気にする事なくマウンドに向かい投球練習を始めた。

 

 久しぶりに私は目が覚めた。

 二週間ぶりだか?この試合を私も気になったからだろう。

 しかし、このピッチャーの落ち着き様はなんなんだ。

 私だったら、この場面、動揺して余裕がなくなってしまうが、このピッチャー慌てる事なく笑顔まである。

 さぁ、どうなるか、この試合、楽しみだ…

 

 しかし、川崎、井口と連打されピンチを迎えたが、のらりくらりと後続をしっかり抑えた。

「危なかった…」

「このピッチャー観ていられないわ…」

 スタンドの声を気にする事なく前田は平然と笑顔でマウンドを降りた。

 そして九回の裏、陸がコールされた。

 球場のボルテージは最高潮に達した。

 球場は陸コールが起こった。

 いつしかファンも「陸」「龍馬」と呼ばれるようになり二人合わせてR&Rとコンビ名まで付けられていた。

 この日の陸は、いつも以上に乗って三者連続三振で締めた。

「今日のヒーローインタビューは、もちろんこの二人!R&Rこと福田龍馬選手と高橋陸選手です。…」

 私は前田君も陰のヒーローだと思うけど…

 あ~ぁ…眠い…おやすみ…

 四国ゴージャスは勝利のリレーを完成させ破竹の快進撃で三位まで順位を上げた。

 

 

 

  二九、謎

  

 福岡遠征が終わり、試合の合間に定期検診に行った。

 鬼塚先生よりDNAの結果が報告され、

「グローブに付いた血と野球帽に微かに付いてた髪の毛をDNA検査した結果、不思議なくらい、和則さんと陸君の遺伝子がほぼ同じなんです。

 いくら血縁関係と言っても不思議なくらい…だから、和則さんが陸君の脳に入りやすかったと思われます。

 それと話は変わりますが、アメリカでワトソン医学博士から聞いた話なんですが以前、陸君と同じ事例が発見され極秘でプロジェクトチームを作って研究を進めて来てたそうです。

 その人は日本人でアラスカの寒さに震えながら漂流していて発見されたそうです。

 その後、病院に搬送され陸君と同じ症状、脳が二つあると解った為、検査を続けて来たが、その日本人は病院を抜け出し、その後、行方不明になって極秘で進めて来たプロジェクトは迷宮入りしたそうです。

 不思議な事に、その方が発見されたのは一九四四年一一月、そう、和則さんが亡くなられた時期と重なります。

 近々、ワトソン医学博士が陸君に逢いたいそうですが、和則さん…あなたの脳は五%しか残されてません…長くて今年いっぱいです。

 それと陸君、おじいちゃんが起きてる時の時間をメモに記入して教えて下さい。

 試合があるので大体で構いませんので…。」

 

 私達は唖然とした。

 同じ事例がこの世にあった事と、それと私が死んだその年に… 

 謎は深まるばかりだが、しかし私の残された時間は長くて五カ月。

 しかも、二週間に一時間程度しか起きていないが大事な時に不思議と目が覚める。

 不思議なものだ。

 この短い時間、どんな事を陸は私に見せてくれるんだろう…

 決して別れは辛くない。

 陸は、もう自分の道を歩んでいるのだから…

 しかし、一番、寂しがっているのはトミーだった。

「クォ〜ン…」 

 

 本拠地に戻りゴージャスは勢いに乗っていた。

 エースの吉田や龍馬、門倉など先発陣は、後ろがしっかりしているから初回から全力でいける。

 後は前田、ワンポイントのエドゥ、そして龍馬で勝利を重ねた。

 試合後、前田の軽自動車に龍馬と陸が同乗させてもらい寮に帰る車中で陸は、「前田さん、何で毎日、ピンチなのに連打されずに抑えるんですか?それにあの笑顔。」

「本当は怖いよ。

 でも、確率やデータで勝負してるんだよ。」

 「確率やデータ?」

「よく打つバッターでも三割だろ。三本に一本しか打たないんだよ。

 しっかり苦手なコースを頭に入れていたら俺みたいなピッチャーでも大丈夫だよ。後は、四球を出さないで長打を警戒してるだけ…

 でも、絶対に弱気にならないために笑顔でマウンドに立つてるだけさ。

 満塁になっても0点に抑えたらいい事でしょ。

 周りはイライラすると思うけど、これが僕の実力だからね。福田や高橋みたいに速いボールも無いし、自分の出来る仕事をしっかりするしかないんだ。」

 龍馬は、「ただ、抑えるだけじゃなく心にゆとりがないと駄目なんだね…」

 

 陸達は何処に行っても自分達を成長させてくれる仲間がいる。

 それは二人が周りを信じ聞く耳を持っているからだよ。

 しかし、自分と違う考えを真に受けたら駄目だぞ!

 言われても流す事も大事だ…頑張れ、陸、龍馬!俺に最高の夢を見せてくれ…眠い…寝よう。

 

 

   三〇、頂上決戦

   

 ペナントレースも大詰めになり首位、ダイエーホークスとオールスター前までは九ゲームまであったゲーム差が一ゲーム差まで縮まった。

 四国ゴージャスは、ここ最近Aクラスもなく毎年最下位チーム。

 球団事務所はえらい騒ぎにになっていた。

 荒川球団社長は初めての出来事でしどろもどろだ。

「残り試合は一試合だそ!

 ビール掛けの用意はどうするんだ!

 負けたらビールとかすべて業者に返せるんだろうな!」

「縁起の悪い事言わないでくださいよ…」

「うるさい!お前が責任取るんだろうな!」

 この人の近くにいるスタッフはストレスに耐えきれず現場を去って行く人も少なくない。

 チームを引っ張る三番の桜島は頂上決戦前夜、選手間で決起集会を行なった。

 桜島自身も以前は他球団で出番が無くゴージャスに拾われた苦労人だ。

 他の選手も、こうしたケースも少なくない。

 だから、ゴージャス愛は強くチームは一つになれるのだ。

 龍馬と陸は未成年でアルコールは飲めないがチームは強い絆で勝利を誓いあった。

 翌日、デーゲームでダイエーホークスは接戦の末に痛い負けをした。

 この時点で0、五ゲーム差だ。

 ナイトゲームで西武ライオンズとの勝負に勝利したらゲーム差0で勝率でゴージャスが上回る。

 しかし、西武ライオンズのピッチャーは松坂大輔。

 四国ゴージャスは福田龍馬で試合は開始された。

 誰もが予想した通り投手戦が展開された。

 早く疲れが出たのは龍馬だった。

 七回の表、龍馬はどうにかライオンズ打線を抑えた。

 七回の裏、ゴージャスの応援歌が流れ、トミーのショーが始まった。

 司会をしているのが、何故かドラフト五位の、あの坂本だった。

「ママ、いつもの、お兄ちゃんじゃないよ…あのお兄ちゃん嫌!いつものお兄ちゃんがい〜い!」

 しかし、球場は最高潮に達した。

 試合は0対0のまま七回の裏を迎えた。

 ゴージャスは2アウト、ランナー二塁、バッターは三番、桜島。

 松坂のストレートをセンターにはじき返しランナーが帰り一点を先制した。

  三嶋監督は継投を頭に入れていた。

「予定通りに行くか!」

「ここで交代ですか?福田でもう少し…」

「嫌、俺達はこの継投で乗り越えて来たんだ!失敗したら俺が責任をもつ!」

 アナウンスが流れた。

「八回の裏、ピッチャー交代のお知らせします。ピッチャー福田龍馬に代わりまして前田智也が入ります。」

 スタンドは、悲鳴とも取れる声が聞こえた。

「何で〜…」

「一点取られたら試合は決まりだぞ!」

 前田はいつも通りのらりくらりと松井、和田にヒットは許すが、またしても0点に抑えた。

「九回の裏、ピッチャーの交代をお知らせします。前田智也に代わりまして高橋陸が入ります。」

「陸!待ってたぞ!三人抑えて胴上げピッチャーだ!」

 パ、リーグ制覇の大事な仕事を任され陸はマウンドに立つた。

「陸、?今はどこだ…?」

「優勝をかけた大事な局面だよ。三人を抑えたらパ、リーグ制覇だよ。

 じいちゃん、俺をしっかり見てて!」

「陸、頑張れ!」

 陸は、前田から教わった気楽な気持ちで笑顔いっぱいでこの場を楽しんだ。

 この日もストレートとチェンジアップが冴え打者二人を連続三振に仕留めた。

 続くバッターはカブレラ。

「一発だけは気をつけれよ。陸…」

「分かってるよ。じいちゃん」

 キャッチャーの鮫島がストレートを要求した。

 カブレラはフルスイングで空振りし続く二球目もストレートを要求し、またしても空振りをした。

 そして、ストレートで一球外し、鮫島はチェンジアップを要求した。

 チェンジアップが甘く入りカブレラはフルスイング打球は陸の右肘に直撃した。

 

 右肘は真っ赤に腫れあがり腕を曲げる事さえ出来なかった。

 スタンドは陸を心配しながら静まり返っていた。

 陸は降板し直ぐに病気に運ばれた。

「ピッチャー交代のお知らせします。高橋陸に代わりましてエドゥが上がります。」

「ヤバイぞ!バッターは和田だぞ。」

「一発逆転じゃないか…」

 エドゥは和田と力と力の勝負に出た。

 今までになく気迫が感じ和田を追い込んだ。

 エドゥは最後の決め球、ナックルボールを投げ、和田はフルスイング。

 打った打球はセンターバックスクリーンに向かっていた。

 センター玉井はフェンスに当たりながらもジャンプ一番ボールをキャッチしてホームランをもぎ取ったのだ。

 試合終了!

 四国ゴージャス、パリーグ制覇初優勝!

 三嶋監督は胴上げで宙に舞ったその周りに選手やコーチ、スタッフが集まった。

 しかし、そこには、陸はいない…優勝はしたが選手やコーチ、監督は心から優勝を祝う事が出来なかった。

 病院からの報告によると右肘打撲で済んだが、ボールを投げれるまでは三カ月はかかるとの診断結果が出た。

 三嶋監督は日本シリーズは陸抜きで闘うしか無いと諦めていたが、翌日、陸は球団事務所に顔を出した。

 そこに居たのは荒川球団社長と三嶋監督だった。荒川球団社長は、「高橋君、大丈夫かね。あの打球を打撲で済んだのは奇跡だよ。

 日本シリーズは無理だからトミーの司会だけでもファンは喜ぶと思うがね。」

「迷惑かけてすみません。

日本シリーズまで一〇日近くあります。

 極秘で練習グランドのブルペンを貸してくれませんか。…出来れば、ブルペンにはマスコミが入れないようにカーテンをしてくれませんか? 」

「一方的にどう言う事だ!

 病院の診断書を見ただろう。

 お前は三カ月はボールを握れないんだぞ!勝手な事したら産業医から指導が入り、パワハラでゴージャスが訴えられるぞ!」

「大丈夫です。投げません。」

「バッティング練習か…確か高橋は高校の時、甲子園でサヨナラホームランを打ったらしいな…でも、プロはそんなに甘くないぞ!一〇日くらいで何が出来る!」

「私もそう思う。」と三嶋監督も久しぶりに荒川球団社長と意見が一致した。

「どうか自分に時間をください。迷惑はかけません。お願いします。」

 荒川球団社長は渋々OKを出した。

 

 

   

   三一、おじいちゃんが

        残してくれた宝物

 

 二〇〇三年 パ、リーグ投手成績

 陸  0勝1敗 42セーブ

 龍馬 8勝3敗 0 セーフ

 陸と龍馬はペナントレースを終了した。           

 セ、リーグのペナントレースを制したのは阪神タイガースだった。

 井川慶の大活躍で星野監督のもとチームは一八年ぶりに優勝を飾った。

 三嶋監督は陸が居ない事を考え先発陣は長い回まで起用すると選手に伝えて短期間でミニキャンプを行っていた。

 三嶋監督は、練習グラウンドに向かった、

 そこにはカーテンで仕切られ部外者立ち入り禁止の看板がしていて、カーテンを開けると、そこには陸と坂本がブルペンで投球練習をしていた。

 

「陸…、どう言う事だ…信じられない…」

 

 陸は出場選手枠を外れていた。

 日本選手権シリーズ一回戦ががゴージャススタジアムで開催された。

  阪神タイガース✖️四国ゴージャス

 先発は井川慶とゴージャスのエース吉田が先発した。

 先発、吉田は球数を考え省エネ投法で打たせて取るピッチングを行なったが八回まで四失点で地元勝利を挙げる事は出来なかった。

 そして二戦目、龍馬が先発した。

 龍馬も省エネ投法で前田流の確率野球を頭に入れ、打たれても後続は抑えるピッチングで龍馬、初の七安打三失点の初完投勝利をあげた。

 トミーも久しぶりの仕事で全力で外野間を駆け抜けた。

 四国ゴージャスは敵地、阪神甲子園球場に乗り込んだ。

 そして陸は出場選手枠に名前が入った。

 翌日の新聞は【高橋陸、奇跡の復帰】と陸の完全復帰を信じていた。

「少し前なのに、懐かしいね…やっぱり甲子園は心が躍る。

 じいちゃん、見ててよ。」

 私は気付かず寝てた…

 そして陸の先発が二日前に三嶋監督から告げられた。

 試合前、甲子園スタジアムは黄色いカラーの阪神ファンで埋まり敵地に入ったゴージャスの選手は異様な雰囲気に飲み込まれていた。

 しかし、阪神ファンも陸が出場選手枠で登録された記事に興味があるらしく話題になっていた。

「高卒ルーキーの高橋て、この前、ピッチャーライナーを右肘に直撃したのに、もう復帰したそうだぞ。大した怪我じゃなくて良かったよな。」

 

 試合前、両軍の先発ピッチャーがアナウンスで紹介された。

「阪神タイガーの先発は下柳剛」

 球場は割れんばかりの歓声と応援の旗が舞った。

「続きまして四国ゴージャスの先発は、高橋陸」

 阪神ファンも呆然とした。

「ケガから復帰して、もう出るの?」

「高橋が先発だってよ…だいたいリリーフ専門じゃないの…?」

 怪我から復帰し、しかも初めての先発、スタジアムは拍手を送る阪神ファンまでいた。

 レフトスタンドのゴージャス応援の中には、義男と小百合、そして明美も駆けつけていたが、先発をする話は全然、聞かされてなかった。

 カーテンに隠れたシナリオは、それだけではなかった。

 両軍のメンバー紹介が終わり陸はマウンドに向かった。

 その時、ある阪神ファンが、

「高橋、右手にグローブしてるぞ!あのピッチャー右利きだったよなぁ…」

 球場は至る所で響めきが起きている。

 陸は気にする事無く、左投げで投球練習を始めた。

 スタジアムは唖然となり一瞬で凄い歓声に変わった。

 むしろ球場全体がゴージャスファンの様に見えた。

 

 キャッチャーの鮫島とは前日に投球内容を確認したが鮫島も陸の左投げには、驚きを隠せなかった。

 それ以上に陸の左投げの多彩な変化球に目を疑った。

 スピードも右と、あまり変わらない。

「監督、高橋の左は先発向きですよ。

 スタミナは分かりませんが、多彩な変化球とあのストレートは絶品ですよ。

 スピードのキレは右の方がありますが、左も十分なスピードですよ。」

 

 陸は初回から試合を楽しんだ。

「おじいちゃん、最初は左で投げていたら身体が自分じゃない感覚だったけど今は自然にボールが手から離れていく。

 ストレート、カーブ、チェンジアップ、シンカーどれも自由に操れる。

 おじいちゃん、ありがとう。俺の宝物にするよ。」

 阪神打線は陸の投球に、ほんろうし序盤から0を並べた。

 しかし、六回、甘く入ったストレートを四番、金本が阪神ファンの待つライトスタンドにホームランを浴びた。

 七回にもランナーに出た赤星に盗塁され桧山にセンター前ヒットを打たれ二点目を追加された。

 石田ヘッドコーチは、

「高橋、交代時期ですかね…監督」

「いや…点は入れられたが球威は逆に上がってる。

 なんてスタミナだ…行けるところまで行くぞ!」

 七回、阪神打線をどうにか抑えた。

 八回の表、好投の下柳を代えてきた。

 ゴージャスの七番、西川が四球で歩き八番、小野が送り、そしてバッターは陸。

「チャンスです。代打でしょう。」

「いや、高橋のバッティングに賭けてみないか?…俺は高橋の可能性に賭ける。

 それに高橋はまだ、投げられるしな。」

 スタンドの観客は、

 「そのまま打席に立たせるの?」

「あいつ、甲子園の決勝でサヨナラホームラン打ってるし、他のバッターより不気味かも…」

 

 しかし、そんなにプロは甘くない…陸は三球三振に倒れた。

「じいちゃん、プロの球は速いね。かすりもしなかった。」

 

「すまん…石田、賭けが外れた…」

 三嶋監督は代打の切り札、ドラフト二位の小林を代打に送った。

 小林は追い込まれるも、真ん中に入ったストレートをレフトスタンドに運び三対二と逆転した。

 その後も陸は阪神打線を抑えゴージャスは二勝一敗となった。

 不思議と試合には敗れたが阪神ファンは帰ろうとはしない。

 ファンは陸のヒーローインタビューを待っているみたいだ。

 ヒーローインタビューに陸と小林が呼ばれた。

「まずは小林選手、正捕手の鮫島選手の陰に隠れて出番が少ない中、大きな仕事やってくれました。」

「ありがとうございます。いつ、自分が呼ばれてもいいように毎日、準備してました。

 高卒ルーキー二人が大活躍してるから負けられないです。 ね!陸君。」

 陸は照れ笑いを浮かべた。

「お待たせしました。続きまして、もう一人のヒーローは高橋陸です。

 最初に右肘の痛みは?」

「大丈夫ではないでが…でも、グローブで取るくらいは大丈夫なので。」

「それでは、本題を伺います。何故?左投げで投げれるのですか?今日、観に来てくれた人達は、歴史的な場面を観る事が出来ました。」

「それは、親から貰った丈夫な身体と、僕の宝物の左手があるからです。」

「???なるほど?ありがとうございました。更なる活躍二人に期待してます。」

 スタジアムは、阪神ファンもゴージャスファンも大きな歓声が巻き上がった。

 

 翌日のニュースや新聞の一面は陸の記事ばかりだ。

 そしてアメリカメディアまで、陸の記事を取り上げた。

 【アンビリーバブル…信じられない!

 何て事だ!右肘ケガしてるのに左で投げるなんて、クレイジーだぜ!

 しかもナイスピッチング。私達は陸を追い続けるぜ!】

 世界中まで陸の話題が広まった。

 

「あらっ…おじいちゃん、起きた?」

「あーよく寝たわ…しかし、ナイスピッチングだったな!でも、もう少し精度上げないととな…あのストレートでは合わせられるぞ。

 もっとスピンを効かせなくては…」

 

 四戦目、吉留が登板し三対五で敗れ、五戦目、エース吉田も好投しながらも二対三の僅差で敗れ、二勝三敗でゴージャスは崖っぷちに立たされた。

「これからの勝負は負ける事が許されない!どんどん先発陣をつぎ込む!」

 ゴージャスは地元に帰って来た。

「ただいま、トミー、元気にしてたか?」

 トミーは陸と龍馬にも慣れ、嬉しく、はしゃぎまくっていた。「クォーン!」

 そして地元開催第六戦の先発は龍馬と阪神は井川だった。

 龍馬は、後の事を考えず順調に飛ばし井川との凄まじい投げ合いが行われ七回の裏を終わって0対0。

 七回の裏、ゴージャス攻撃前、トミーは最高の高いジャンプで火の輪っかを駆け抜けてゴージャスにエールを送ってくれた。

 しかし、トミーの応援も届かず、エース井川にヒット一本のみに抑えられた。

 龍馬は初回から飛ばし過ぎで体力が極限を迎えていた。

 三嶋監督は動いた。

「高橋に代えるか…」

「しかし、明日の先発は高橋の予定では?」

「今日、勝たないと明日はない!」

「ピッチャー福田龍馬に代わりまして高橋陸が入ります。」

 ゴージャススタジアムは割れんばかりの歓声が上がり最高潮になった。

 マウンドを降りる龍馬にも途切れない拍手が送られた。

 陸は声援の中、阪神打線を封じ込んだ。

 両者譲らず回は進み、九回まで井川が投げていたが阪神は安藤、久保田、藤川と継投でゴージャス打線を封じこまれた。

 日本シリーズの延長は第七戦までは十五回までだ。

 引き分けだと阪神タイガースが優勝となる。

 陸は一人で阪神打線に立ち向かっていたが延長一五回、またしても四番、金本に痛恨の一発を浴びた…。

 そして一五回の裏、抑えの切り札、ウィリアムスがゴージャス打線を三人で抑えられた。

 ゲームセット!

 ゴージャススタジアムで阪神タイガースの星野監督は宙に舞った。

 ゴージャスの選手は涙する選手もいたが闘い抜いた阪神タイガースの戦友を心から熱い拍手を送っていた。

 ゴージャスファンも優勝を逃したゴージャスの選手に熱い拍手を送った。

 

 この年、ゴージャスは初めての大幅な黒字経営を果たし四国、松山市にも大きな経済効果があった。

「ほらっ、みてみろ、ワシの実力は、まだまだこんなもんじゃないぞ!

 来年は高橋を右で先発させ左でリリーフだ。

 人件費削減!わははっ!笑いが止まらんわ」

「そんな事したら高橋だって壊れますよ…」

 荒川球団社長は来る人来る人に同じ事を言っていた。

 「俺、このセリフ三回は聞いたぞ…」

 しかし、これ以上、荒川球団社長を調子付けたら大変な事になりそうだ…。

 

 

   三一、サヨナラおじいちゃん。

   

 一〇月二五日、  

 ワトソン医学博士が来日していると聞き、野球シーズンがオフになった陸は大倉病院に向かった。

 ワトソン博士は、未だに同じ事例を研究していたらしく、その日本人の事を話してくれた。

「その日本人は逃亡するまで、私達アメリカ人が捕虜で捕まえたと勘違いしたらしく名前も言わず無言を貫いていたが、着ている服が日本製の戦闘服だったそうだ。

 その日本人の写真が一枚有ります。

 ヒゲに覆われて顔が判りにくいのと、あいにく証拠となる物が何一つ残されて無かったみたいです。

 検査医師によると無言を貫いているのに、時々、何かを喋りたそうにしていたが、それを止めるもう一つの脳がいたそうです。

 それと最近になってDNA検査が行われるようになりベットの枕に残された髪を検査したら、何と陸君、お爺さんの和則さんと同じDNAが検出されました。

 まったく、どう言う事なのか…

 これからも引き続き、鬼塚ドクターと研究して行くつもりです。」

 その日本人の写真を手渡されたが義男もまったく解らなかった。

 鬼塚先生は、「陸君から、おじいちゃんの起きてる時間を教えてもらった結果、計算上ですが一一月二日、おじいちゃんは陸君の脳から存在しなくなります。

 そう、和則さんが亡くなられた日、そして陸が意識を取り戻した日です。

 何かの縁かも知れませんが予定日だと思って下さい。

 おそらく、その日までは、おじいちゃんは起きないと思います…。

 後、一週間と思って下さい。」

 

「父さん母さん、おじいちゃんとの最後の別れは、父さんが生まれた大阪に行ってみない?」

「長屋だったから、もう建物もないと思うぞ」

「いいんだ…父さんと散歩で行った公園や街並み、何十年も経って面影は無いかも知れないけど、おじいちゃんが最後に暮らした街を見せてあげたいんだ。」

 義男はうなずき、小百合は涙した。

「陸、立派になったね…」

 義男が住所を調べたら、たまたま、義男が生まれた家は現在、ビジネスホテルになっていた。

 義男は、さっそく、ホテルに予約を入れた。

 その頃、陸の元に嬉しい朗報が届いた。

 明美からの電話で大手の航空会社にCAの採用が決まったとの報告だった。

 明美には、おじいちゃんの事をすべて伝えたいとは思ったが、絶対に信じて貰えないし、気味が悪いと思われても嫌だったので明美には一生、この事は胸の中に閉まっておこうと思った。

 一一月一日 家族で義男が生まれた大阪に行った。

 義男は生まれて物心付く事なく大阪を後にしたので街並みの風景には記憶が無かったが、何故か懐かしさを感じた。

 家のあったビジネスホテル周辺の道路側では都市開発が進み、昔の面影が残っていなかったが裏手に入ると昔ながらの路地があり小さな公園で、そこには、お母さんと子供達が遊んでいる。

 ビジネスホテル七階の窓からも路地や公園を望む事が出来る。

 義男も、まったく記憶は無かったが何処か懐かしさを感じた。

 義男は、カバンの中から、母、春江の写真を出し話しだした。

「おふくろ、懐かしいかい…?おふくろとお父さんが過ごし俺が生まれた街に来たよ。

 明日、お父さんが目を覚ます予定だ。

 おふくろも居てくれよな…」

 

 一一月二日、ついにその日が訪れた。

「あ〜よく寝た。今日は何日だ?」

 小百合が、

「今日は一一月二日です。

 お父さん、日本シリーズの六戦以来だから二週間ぶりかな?

 

 実は、お父さん、今日が最後なんですよ…

 後、残された時間は一〇分ぐらいだって…

 いっぱい話しましょうね…」

「そっか…これが最後か…

 ところで陸…日本シリーズ、最後はどうなった?」

「最後、金本さんにホームラン打たれて試合は負けて阪神が優勝したんだよ。」

「そっか…金本さんの方が一枚も二枚も上手だったて事だな?

 しかしなから陸、よく頑張りましたな…

 これから先も左投げも使うのか?」

「いや…あれは、おじいちゃんが残してくれた物だから、今の右腕が壊れない限り左投げは封印するつもり。

 何となくカーブやスライダーも右で投げられそうだし」

 義男が、「窓の外を覗いて見てください。

 懐かしくないですか?

 私が生まれた時に住んでいた家が、このホテルになっているんだよ。」

「本当だ…。少し面影があるなぁ…。

 あの公園は昔からあって義男と散歩に行ったもんだ。しかし、ブランコやシーソーは国が鉄が足りないて言って壊して無くなったから、義男が生まれた時は公園は砂遊びする事しか出来なかったなぁ…

 しかし、懐かしい…

 食べる物も無かったが昔も良かったよ。

 助け合って生きてきた。

 しかし、今の時代も捨てたもんじゃない。

 隣の家との近所付き合いは少なくなっているが今も昔も温かい気持ちは変わらない。

 洗濯機が出来て涼しいクーラーがあり娯楽のテレビまである。

 便利になって、皆んなの心にゆとりが生まれた。

 最初、小百合さんを見た時、義男に洗濯物を干させたり、食器を洗わせたり、挙げ句の果てには妻は仕事に行くは…、許せない嫁と思った。

 私達の時代、亭主関白は当たり前でね。

 そして子供の世話は嫁任せ。

 暇な時だけ、子供と遊ぶ。

 

 この時代に勉強させてもらったよ…

 私より義男と小百合さんの方が立派に親をやっていたよ。

 物が溢れる世の中でお金さえあれば何でも買える。

 そして現在、パワハラだのセクハラなどで訴えられる時代で男女平等な世の中になった。

 人は言葉を選びながら喋ったり少し、ぎこちないと思うけど行き過ぎた行動が無くなった。

 過ごしやすい世の中だ。

 昔は酷かったぞ。

 あのゴージャスの社長なんて可愛いものだ。

 

 陸のクラスメイト、大明ナイン、ゴージャスの人達、そして家族と明美さん、皆んなが支え合っていて素晴らしかった。

 義男、小百合さん、陸、あっという間だったな…

 陸が独り立ち出来るまで居れて本当に良かったよ。

 楽しい思い出をありがとう。

  サヨナラ…」

 離れた四国でトミーは、空を見上げ泣き続けていた。

「クォーン、クォーン!」

 

 そして、陸の脳に私はいなくなった。

 

 

 

   三二、それぞれの道

 

 その後、鬼塚先生は学会で発表し、世界を揺るがすセンセーショナルを巻き起こした。

「突然、脳が二つ?」

「血縁関係のお爺さんの脳が?」

「三年間で脳が小さくなって消えた?」

「本人と、もう一つの脳のお爺さんが会話するだって?」

「そんな人間、本当に居るのか?…」

「顔を出せよ!誰なんだ!」

「あり得ない…」

「MRの画像はインチキだ。」

「そこまでして、地位や名誉が欲しいのか?」

 世論は学会で発表した鬼塚先生を疑いの目で見始めた。

 テレビやマスコミは、連日、この話題で盛り上がり疑惑の鬼塚まで言われるようになった。

 見かねた陸は、鬼塚先生に自分が当事者である事を名乗り出ようと持ち掛けたが、断固として鬼塚先生は拒んだ。

「陸君の気持ちは有難いが余計にマスコミは騒ぎ、おもしろおかしく騒ぎ立てるだけだ。

 しかし、私は諦めない。事実がある限り医学は追求して行かないと先には進めない」

 

 しかし、医道審議会では、鬼塚先生の医師免許、剥奪の話まで進んでいた。

 

 ワトソン医学博士は自分にも疑いが掛かる事を察知しアメリカに帰国した。

「I d o n ' t k n o w a n y t h i n g

【私は何も知りません…】」

 

    ー六年後ー

 二〇〇九年一〇月

 私は天国に来て六年?いや、六五年が経ちそれぞれが自分の道を進み出した。

 陸はプロ野球生活を順調に歩みスター街道を爆進中。

 右肘は直ぐに治り、翌年には右で投げ、左は封印した。

 周りは、両投げに期待していたが、陸は自分を貫き右投げ一本で勝負をした。

 

 二年前に明美と結婚し昨年の暮れに、私のひ孫の空が誕生した。

 明美は結婚後も福岡でキャビアテンダントの国外線の乗務を続けており来月から仕事復帰予定だ。

 シーズン中は陸は単身赴任でゴージャスの寮で龍馬と寮生活を送っていた。

 

「明美、俺、メジャーに挑戦するよ。

 明美も一緒に行かないか?

 空も家族が一緒の方が良いと思うんだけど…」

「それは、陸の世間体を気にしてるからでしょ!

 私の昔からの夢だったCAになって、やっと仕事に慣れて来たのに辞めるのなんて嫌よ。

 メジャーに行ってもオフに日本に帰って来たら空にも逢えるし良いじゃん。

 こっちにいた方が私の親や陸の親が助けてくれるし楽なのよ。

 どっちの親も毎日、孫の空に逢えるしね!」

「……」

 陸は数球団からメジャーのオファーが来ていた。

 ポスティングシステム(入札制度)を利用してゴージャス球団に交渉に入った。

 多額の譲渡金がゴージャスに入って来る事を考え荒川球団社長は渋々OKを出した。

「仕方ない…高橋には、いっぱい稼がせて貰ったからな!最初はタダ同然だったしな。

 よくやった、三嶋監督ちゃん!」 

 

 そして龍馬はゴージャスのエースに成長した。

 ゴージャスは、この六年、エース龍馬を中心に中継ぎの前田、抑えの陸の活躍で六年連続でAクラス、今年は優勝を逃したが昨年は念願の日本一にも輝いた。

 龍馬はゴージャス愛が強いらしく一生、ゴージャスに尽くすと言っている。

 実家、福岡の久山町には福田御殿が建ち、地元では有名な観光スポットになっている。

 女手一つで育てた龍馬の母は未だパートを続け龍馬に頼らず、妹の真美を東京の大学に出し頑張ってるが、突然、最近になって別れた元旦那から頻繁に連絡が来るらしい。

 

 久しぶりに陸は龍馬と居酒屋で飲み明かした。

「昔は、よくグランドの土手や学校の屋上で話しをしたよな。

 ところで、龍馬は、誰から野球を教わったの?」

「父さんさ!昔は花札やマージャン、野球、いろんな事を教えてもらった。

 良い父さんだったけど、ギャンブル好きで多額の借金を作ったんだ…

 父さんは人が変わったみたいに母親には暴力を振るうようになるし…

 それから、俺は、家族以外、誰も信用出来なくなってた。

 でも、陸達と出逢えて本当に良かったよ。

 

 高校から、ずっと一緒だったから何年経ったかな? 」

 陸、やっぱりメジャーに行くのか?

「うん。メジャーに挑戦しようと思う。

 早いね…あれから、もう九年も経つのかぁ…?

 いろいろあり過ぎて…最初、龍馬の練習を観に行った時、エラーした先輩にグローブ投げてイラだっていたよね。

 それが今では、ゴージャス愛だよ。

 人て変われる物だよね。」

 

「陸もだろ。

 見るからに、ヤル気の無かった、お前が今では、日本を代表する、ストッパー。

 年棒なんか、俺の三倍だぜ…。

 ゴージャスも、陸に、このまま居て貰ったら困るって訳だ…。

 でも、今になっては、陸が居てくれたから俺も成長出来たと思う。

 プロになってからだって自分が壁にぶち当たった時、何気にアドバイスしてくれて…

 あの時、実は青柳監督に相談に行ったんだ。

 青柳監督は陸に聞けて言われた。

 ちょっと、陸の活躍に嫉妬していた自分がいたけど…

 最高の親友でありライバルだから俺は成長出来たんだ。」

「そうだね!

 俺も龍馬と、素晴らしい仲間がいたから成長出来たと思う。

 龍馬、後は嫁探しだね!」

「まだ、いらないよ!

 陸のとこ見ていたら、結婚は考えるよ…」

「どう言う意味だよ…」

「すまん!すまん!」


 これからはチームは変わるがお互い頑張ろう!」

 二人は、朝まで友情を深めていた。

 

 そして義男は定年後、近くのソフトボールのチームの久山ファイターズに入った。

 ほとんどの人が六五才以上で定年を迎えた人達が揃い平日も練習を行なっている。

「高橋さんの息子さん、もしかしてゴージャスの抑えの高橋陸?凄いなぁ…

 高橋さんも、きっと上手いだろうなぁ…」

 義男は野球経験がなく運動神経もさほど良くなく健康のために入ったのに周りの期待は大きかった。

 しかし、直ぐに実力が判明した。

「高橋さん…ドンマイ!ドンマイ!」

 

 小百合も仕事を辞め、ヨガの教室に通ったりと相変わらず忙しいが義男との時間も増え二人だけの生活を楽しんでる。

 それと義男が作った陸のアルバムはすでに一〇冊を超えた。

 そして、大明学園から陸達と一緒にプロに入った牟田は大成せず一年前に自由契約になり実家の家業を継いで、今は、久山町のリトルリーグでコーチとして子供達に野球を教えている。

 ゴージャスの坂本も最後まで悩み続け結局、自由契約になった。

 甲子園で対決した猿渡は結局、肘が治らず翌年もドラフトで指名されずに定時制も辞めたと聞いた。

 プロは厳しい所だ。

 大成するのは、ごくわずか…

 青柳監督は、大明学園で監督をしながら、本を出版した。

 【よき監督のススメ】龍馬や陸などの教育指導した実話が書かれているが、ちょっと自分に酔いしれている感はあった…

 そして鬼塚先生だ。

 取り敢えずは医師免許は剥奪されずに済みマスコミの報道も時間と共に忘れ去り、今は離島で診療所を開業し細々と暮らしている。

 しかし、陸の研究は今も諦める事なく進めている。

 トミーは高齢のため体力が弱り引退。

 代わりにインド像がサッカーボールを蹴りレフトからライトまで走っているが、いまいち迫力不足で企画倒れみたいだ…。

 

 そして最後に私、天国の上で皆んなを見ているよ…。

 

 

   三二、事故?

   

 ゴージャスの球団より陸のポスティングシステムによる移籍先が決まった。

 腕利き交渉代理人カルロス長谷川が、交渉により落札球団はケンタッキー州にあるケンタッキー、グリズリーに独占交渉権が与えられた。

 契約条件は五二〇〇万ドル【六三億円】プラス出来高四〇〇万ドル【五億円】で契約を結んだ。

 ケンタッキー、グリズリーのスティーブンBM(ジェネラルマネージャー)は、「高い買い物をしたが、高橋と言う打ち出のこづちを手に入れた。

 右でも左でも、こずちを振れば必ず彼はグリズリーに莫大な、裕福を沢山、出してくれるだろう。 R i k u … C o m e e a r l y【陸、早く来て!】」

 

 ゴージャス球団には譲渡金、四五億円を受け取った。

 荒川球団社長は陸に、

「君の活躍は凄かった…高橋君を手放す事は球団に取っても痛手だ。

 しかし、自分の決めた人生は、私は邪魔はしない。皆んなが思ってるほど鬼じゃないよ。ちゃんと仏の気持ちも持ってるつもりだ。」

 と陸に最後の握手を交わした。

 しかし、本心は?だが…

 

 陸は契約や住居探しのためアメリカ、ケンタッキー州のレキシントン行きに計画を立てた。

 たまたま、明美の仕事がブルーグラス空港

行きの乗務だったので、その日に合わせ航空券を購入した。

 一一月二日、福岡発のブルーグラス空港行きだった。

 陸は明美には言わなかったが、おじいちゃんの命日だった事に気付いた。

 陸と明美は息子の空を預けるために実家を訪れ、仏壇に手を合わせた。

「陸て仏壇に手を合わせる人だったんだぁ…」

 明美は何も知らない…

「おじいちゃん、行ってくるね。」

「お父さん、お母さん、空を宜しくお願いします。」

 二人は空を預け、福岡国際空港へと向かった。

 空港に着いたが、明美の出勤に合わせた為、三時間も待ち時間がありレストランで食事をして時間をつぶしAM一〇時二六分のぶブルーグラス空港行きに搭乗した。

 しかし、出発予定の一〇時二六分を過ぎても出発する気配がなかった。

 一人の客が、CAの明美に問い掛けた。

「何故、遅れてるの?」

 明美も知らされて無かったらしく、「機長から連絡が有ると思いますので、もう、しばらくお待ちください。」と丁重に謝っていた。

 陸は初めて見る明美の仕事ぶりに感心していた。

 その時、機長からアナウンスが流れた。

「機長の黒木です。大変長らくお待たせしました。

 エンジンに不都合があり原因は解決されました。

 空の旅をごゆっくりお楽しみください。」

 実際はエンジンに異音がしたので整備士が点検したが原因が解らないまま、異音は治まり三〇分遅れで出航した。

 明美はCAを完璧にこなし産休、育児休暇のブランクを感じさせない仕事ぶりだった。

 飛行経路を確認したらアラスカ沖を飛行中だった。

 その時、左側エンジンから爆発音がして飛行機は傾き、機長の黒木は自動運転から手動運転に切り替えた。

「皆さま、安心して下さい。多少の揺れがあると思いますが乱気流の影響なので安心して下さい。」

 しかし、窓の外でエンジンから炎が出ている事に数名の客が気付いた。

 機内は照明は消え機体は右に左に傾き乗客は恐怖に怯えた。

 それでも、CAの明美は、

「大丈夫です。手元の酸素マスクを装着してシートベルトは必ず外さないようにお願いします。」と的確な誘導で最後まで業務をまっとうした。

 

 その後、レーダーから陸達が乗った飛行機は姿を消した。

 

 翌日、乗客者名簿の二五〇人の中に陸の名前が出た時、野球ファンはもとよりスポーツ関係者は乗客の生存の知らせを待ち続けた。

「飛行機は何処に堕ちたんだ…」

「おそらく、アラスカ沖だと思います。

 アラスカ沖からレーダーから外れました…」

 懸命な捜査で機体がバラバラになった飛行機が発見された。

「生存者がいたぞー」

 二五〇人の乗客の内、一八名の生存者が発見された。

 生存者のほとんどが前方部の入口付近に座っていた人達で、その中に明美の名前が入っていた。

 残念ながら陸の名前は無かった。

 今世紀最大の飛行機事故のニュースで国民に激震が走った。

 

「高橋陸が飛行機事故で亡くなった…」

 

  高橋陸(二四歳 没)

 

 奇しくも私と同い年で同じ命日になるとは…

 明美は奇跡的にかすり傷程度の軽傷で発見され、帰国の途に就いた。

「多くの犠牲者が出てるのに、何故、私が助かって生きてるの…?」

 明美は、どうにもならない悔しさに悩み苦しんでいた。

 しかし、マスコミは明美を非難する記事や夫婦不仲説まで流した。

 【乗客を残しCA一人、生還!そのCAは高橋陸の妻。】

 【高橋、一人寂しく単身赴任、妻の実態】

 など、週刊誌に事実とは異なる事も書かれた。

  明美は精神的に疲れていたが、テーブルの椅子に座った、一歳を過ぎた空が微笑んでいる。

  明美は陸と過ごした年月を思い出した。

「陸、ごめんね…私、わがままばかりで…

 CA続けさせてもらって、ここで落ち込むなんて変よね…

 空が生まれた時、陸が私みたいに空をか駆け巡るようにと、空て命名したよね…

 でも、皮肉にも、陸が空で亡くなるなんて…」

 私が強く生きないと空はどうなるの…明美は空の微笑んだ姿に元気をもらった。

 

 陸の書斎を整理していたらポップ曲のCDの中に一枚、中島みゆきのCDがあった。

 陸はよく、風呂場で中島みゆきの時代を口ずさんでいた事を思い出した。

 

 飛行機の損傷が激しく、陸の遺体が発見されないまま飛行機墜落事の二週間後に告別式が始められた。

 葬儀場内には有名人や著名人、多数駆けつけ、葬儀場の外にも大明ナイン、クラスメイトが揃い葬儀場のBGMは、時代の曲が流れた。

「今でも陸、忘れてなかったんだね…」

 クラスメイトは過去を振り返えり涙を誘った。

 龍馬が友人代表で弔辞を読んだ。

「陸、何回もかけっこしたね。速すぎて一回も勝てなかったけど、今回は速過ぎで違反だよ…

 あまりにも早すぎるよ…

 永遠のライバルで最高の友だったのに…

 最初、何を、やってもやる気が無かった陸が急に変わっていったよね…

 あれは奥さんの明美さんの力だろ…

 おはよう!とか皆んなに言いだすし

 最初は二重人格かと思ったけど、奥さんの明美さんを見て解ったよ…

 明るくて、いつも陸を勇気づけていた。

 だから陸は変われたと思った。

 つい一か月前、陸とたくさん話したよね…

 進む道は違うけど励ましあった、あの日を僕は絶対に忘れない…」

 

 テレビにも龍馬の弔辞が流れ、誰も明美を悪く書くマスコミはいなくなった。

 龍馬の明美を気遣う思いか、本当の気持ちかは解らないが…

 

 皆んなが涙する中、一人違う涙をこぼしていたのが、スティーブンGMだった。  

「打ち出のこづちが無くなった… O h m y G o d【何て事だ…】

 そして、支払った五二〇〇万ドルはどうなるんだ。

 

 「空、しっかりボールは両手で取りなさい。

 沢山、練習したら、パパみたいになれるよ。

 ひいおじいちゃんもずいぶん昔、プロ野球の選手だったんだって…」

 

 明美は見上げ指さした。

「見てごらん。パパが空の事をずっと見守っているよ。」

   「パパ〜」

     

 明美は空を抱きしめ、沈み行く夕日を眺めてた…

 

 

  一九四四年、アラスカ沖

 私は、目を覚ますと知らない風景が広がっていた。

「しかし、寒い…ここは、何処だ。

 そう言えば、私は戦闘機でアメリカの航空母艦と激突したはずだが…

 しかし、あれは太平洋沖だったはず…

 何故、私は生きてる?」

 

「あれっ…ここは何処?寒い…

 何だ!これは…俺、兵隊みたいな服着てる?

 ??確か飛行機が傾き激しい衝撃で痛みを感じたはずだが…」

 

「も、も、もしかして、おじいちゃん?

 おじいちゃんの脳に俺の脳が入った…?」

 

 「誰だ!お前は…気持ち悪い!」

 

 

   そして、時代はまた、繰り返される。

 

           ーおわりー

           

       

 


 

  

 

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脳ストライク2ボールおじいちゃんと一緒【改正ロング編】ら、! ひーちゃん @akatetsu

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