3.『授与』
「あぁ、そうでしたか。それなら理解できます」
人は敗北感や劣等感を嫌う性質があります。それをごまかすために強がるのです。お嬢様にとって不満を暴露するとご自身が貶められてしまうと考えているのでしょう。
「パパとママにね、不満があるの」
「だから帰るのを拒んでいらしたのですか?」
「うん......ほとんどの理由はそうね。でも、あなたと話をしたかったってのも本当......ウチのことを知らない誰かに愚痴を聞いてもらいたかったの」
「そうでしたか。で、お聞きしましょう」
「ありがとう」
お嬢様が顔をほころばせたのを見て、私はその前髪を軽くかきあげました。そのとたんお嬢様が目を見開いて私を見たので、私は慌てててを引っ込めました。
私は今何を......?
お嬢様は私の手を取り、呟くように話し始めました。
「あなたも知っている通り、パパは闘機試合に夢中。帰ってくればとてもいいパパなんだけど、話は一方的だし、その内容は仕事の話か闘機試合のことばかり。あたしの話をする暇がないの。ママは、あたしが勉強できないからって、次の社長と決まってるお兄ちゃんばっかりかわいがるし......」
両親に問題があると、その幼い子供は心に過大なストレスを負ってしまうようです。お嬢様のお人柄含め、社長の家庭がどんなこもかなんて、私には全く分かりませんが......かわいそうな子供......
「でも、それでもあたしが情緒不安定もなくちゃんと育ってるのは、ボディーガードのおじちゃんや、メイド長のおばちゃんのおかげなのよね。本当の家族みたいにあたしのこと思ってくれているのよ。でも、結局は他人なんだね......日に日に不満は大きくなるばかり」
お嬢様の目から涙がぽろりと落ちました。
「その不満をボディーガードやメイド長には話していないのですか?」
お嬢様はうなずきました。
「ではお嬢様。他人とはいえ親しい間柄の人にさえしないその話を、何故私にしようと思ったのですか?」
お嬢様は涙を流しながら、微笑みました。
「頼もしく見えたの」
頼もしく......
「なんか、お姫様についている騎士みたいで......あたしの味方してくれるんじゃないかって......」
「私には今のところ、あなたを敵とする理由は見当たりませんが? あなたは私を造った会社のご令嬢ですし」
「そーじゃなくてさー......そういう理屈なしに。分かる?」
こういう場合、なんと答えていいか私には分かりませんでした。理屈のない行動などありえないと、思いつつ......もう一方で何か引っ掛かるものがあったのです。それがなんなのか、私にも分かりません。推測さえも不可能でした。
私は何も言わず黙っていると、お嬢様は肩をすくめてベッドから降りました。
「......ごめんね。あたしの話って、あなたには難しかったかも。なんとか分かってもらおうと思ったけど、ロボットのあなたには結局理屈のない思いや言葉なんて分からないよね......」
「お嬢様?」
「ごめん。帰るね、あたし。ゆっくり休んで来週の試合に備えてね」
そう言ってお嬢様は走ってルームを出ていきました。
「待って下さい!!」
思うより先に言葉が出た、とはこういうことを言うのでしょう。私は呼び止めるつもりはありませんでした。呼び止めてから、お嬢様をお送りしなければと思いました。
「いいよ、送らなくて。一人で帰れる」
姿が消えたあと、声だけが響いてきました。
......違う。
「そうではありません!!」
微かに聞こえていた足音がぴたりと止み、それに続いて「何?」とお嬢様の消え入りそうな声が聞こえてきました。
私の話を聞こうという様子のお嬢様に対して、何故か私は次の言葉を言うことができなかった。
......私は何を言うつもりだったのでしょう......?
またしても私は沈黙してしまいました。
足音が再び聞こえてきました。お嬢様がお帰りになるのでしょう。
......お嬢様がお帰りになる。
......帰る。
......帰ってしまう。
......私の前から。
......いなくなってしまう。
お嬢様。
お嬢様。
お嬢様。
お嬢様。
「お嬢」
「フェンサー」
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