2.『覚醒』
「わぉっ! びっくりした!」
「何故このような時間にここへ? 先程のスタッフはどうしたのでしょうか?」
「わぁっ、あなたがフェンサーね! 間近で見ると騎士みたいでかっこいい!」
「私は中世西洋の騎士をモデルに造られています」
「そうなんだ!」
「お嬢様、何故このような時間にここへ? 先程のスタッフは......」
「そんなことどうでもいいじゃない」
「どうでもよくありません。御両親が心配なさっているでしょうし、貴方の身にも危険が及ぶ可能性があります。それから先程のスタッフは私の維持を担当する人間です。彼がいなければ私は闘機試合に万全の状態で出場できません」
私の言葉にお嬢様は頬を膨らませました。
「パパとママがどうだとか、あたしのことは、あなたが心配することじゃないわ。それからさっきのおじさんは夜だから寝ました」
お嬢様は笑みを浮かべてポケットからスタンガンを取り出しました。
お嬢様の言う通り、私はお嬢様の家庭に口を出す権利はありません。しかし私は人の一般的な思考振る舞いをするようプログラムされているので、お嬢様の行為に黙っているわけにはいきませんでした。
「スタッフを落ち着かせた後、貴方を御自宅へお送りいたします」
「嫌よ」
「いけません。しばらくここでお待ち下さい」
私はお嬢様にそう伝えてルームを出ました。施設の入り口に倒れていたスタッフを仮眠室に運び、ルームへ戻ってくると、お嬢様は御自身の座っているすぐ横を掌で二度叩きました。確かこの行為は『ここに座れ』という意味を示すはずです。
しかし私はそれには従いませんでした。
「お嬢様、さぁ、行きましょう」
私はお嬢様を御自宅へお送りしなければなりません。
「ちょっとくらいいいじゃない。あなたと話がしたいの。ホラッ」
そう言って再度横を叩きます。この場合人はどうするのでしょうか。無理矢理お嬢様をお送りするか、それとも隣に座るか......
「フェンサー」
......
「ねぇっ」
......
「フェンサーってば!」
私はお嬢様に歩み寄り、指示通り隣に座ることにしました。おそらく人は「仕方ない」という言葉を口にしながらそうすると判断したのです。
「えへへー。ありがと、フェンサー好きよ!」
お嬢様は満面の笑みを浮かべました。
「お話とはなんですか?」
「用があるとかそういうんじゃないいよ。なんていうのかな......そう、ダベりたいのよ」
「駄弁る......無駄話をするんですか? それなら今でなくてもよろしいのではありませんか」
「んもー、真面目に言葉の意味を考えないでよ」
「だからぁ......もう。いーい?」
お嬢様は右の人差し指を立てて左拳を腰に当てました。これは......人に何かを教えるポーズですね。
「無駄話とはいいますけど、あたし達人間にはなくてはならないコトなのよ」
「えぇ、知っています。人はその行為をすることによって精神的安定を得るのです」
「......そんな小難しい言葉使わなくても......まぁ、意味はそんなトコね」
「はい。しかしその行為は時と場合を考えなければいけません」
私の言葉を聞いてお嬢様は大きく息を吐き出しました。ため息です。
「そうだけどぉ......でもねぇ、無駄話は時と場合によっては、とても大事な用になるのよ」
「理解できません。無駄話は精神的に重要な役割を持つとしても、やはり無駄話です。無駄なことに時の重要性は関わってきません」
「だーかーらー、“無駄話”って言葉にこだわらないでよ。他になんて言えばいいのよ。会話? それとも今流行りのカウンセリングかしら?」
「カウンセリング? 何か悩みを抱えていらっしゃるのですか?」
「......真に受けられても困るんだけど......まぁ、いいわ。どうせ愚痴聞いてもらうために来たんだし」
「何か御不満があるのですか?」
「あるも何も、大アリよ!」
両の拳を握り締めて叫んだお嬢様は眉を吊り上げた顔で私を見た後、急に肩を落としてうつむきました。そして「は、は、は......」と声とも息ともつかない音を口から漏らしました。笑っているのでしょうか? しかし笑えるようなことは何もないはずですが。
「笑っちゃうわね」
「愚痴をおかしいと言うのは間違ってはいませんか?」
「馬鹿らしすぎておかしいの」
「馬鹿らしいなら、意識するほどの不満ではないんですね?」
「......フェンサー」
お嬢様は半開きにして私の顔を見上げてきました。こういう目が『座っている』というのでしょう。ということは、私が何か変なことを言ったということでしょうか?
「私、何か変なことを言いましたか?」
「......ううん。単なる強がりよ」
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