春に浮かぶ三日月②


 本来は水棲である暴食軍鮫だが、陸に上がっても凶悪な戦闘力は衰えない。弾力のある表皮は剣撃を防ぎ、振り回されるヒレは鈍器のように人体を砕く。全身の筋肉を活かして、まるで蛇のように素早く獲物に喰らいつこうとする。

 そして鋭利な歯は、鉄の鎧さえもあっさりと噛み貫く。

 しかし最も厄介なのは、その名の通りに〝軍〟の如く行動する点だ。


「くそっ! こいつら、ちょこまかと……」


「足下ばかりに気を取られるな! デカイのが来るぞ!」


 港から伸びる街路で、数十名の兵士が軍鮫の迎撃に当たっていた。

 幅広の道には、子犬ほどの小さな軍鮫が押し寄せてきている。もはや何匹いるのか数える気にもならない。


 一匹ずつならば大した脅威ではない。剣の一突きでも倒せる程度だ。

 けれど数が多く、気を緩めると手足を喰い千切られる。

 加えて、兵士たちの疲労を待っていたかのように大型の軍鮫も襲ってくるのだ。


「盾で受けるな、避けろ!」


 牛よりも大きな軍鮫が、兵士たちへ向けて空中から突撃してきた。

 咄嗟に、一人の兵士が盾を構える。別の兵士がそれを咎めて蹴り飛ばす。

 軍鮫の歯は何もない空中を噛んだ。しかし着地したところで、すぐさま身を翻してまた襲ってくる。


「ひ……っ!」


 兵士の視界が真っ赤に染まった。

 けれどその血は、真っ二つに裂かれた軍鮫から溢れたものだ。


「立て! 陣形を立て直すでござる!」


 横合いから現れたベルティが、刀の一閃で軍鮫を斬り裂いたのだ。

 頼もしい援軍を、兵士たちが歓喜の声で迎える。

 さらにベルティは次々と魔獣を屠っていく。剣撃が徹り難い軍鮫だが、ベルティの技量ならばさしたる障害にならない。一刀ごとに敵の数を減らしていく。


 力で押し切る剣と、技で引き斬る刀の違いもある。おまけにベルティが持つ刀は、東国でも名工が打ったとされる一品だ。血糊を水流で洗い流す魔術も組み込まれている。

 しかし保障されているのは斬れ味と耐久性のみで、戦場で役立つかどうかは持ち手の技量に依存する。魔獣の群れに対して一歩も退かずにいられるのは、ベルティが積み重ねた鍛錬の賜だった。


「暴食軍鮫、恐れるに足らず!」


 気炎を吐いて刀を一振り。また襲ってきた大型の軍鮫を斬り伏せる。

 その間に、兵士たちも陣形を立て直していた。


「ベルティ様、他の部隊はどうなっておりますか?」


「分からぬ。拙者、異常を察して一人で駆けつけてきたでござる」


「で、では、ご領主様は?」


「そちらも分からぬ。されどこの非常時、すぐに出撃なさるはずでござる」


 小型の軍鮫に対処しながら、兵士たちは複雑な表情をする。

 そもそも暴食軍鮫の襲撃は、毎年きまって起こるものだ。対処方法も確立されている。例年ならば水際で上陸を食い止め、魔術や弓矢で一方的に打ち払えていた。

 兵士たちは、僅かな討ち漏らしを相手にすればいい。

 ヴァイマー伯爵が持つ『不沈扇』は、そういった戦いを可能にしてくれる。


 不測の事態によって上陸を許してしまったが、ヴァイマーの力があれば状況を逆転できる。少なくとも、兵士たちはそう信じていた。

 けっしてベルティに対して不満を抱いているのではない。

 命を助けられたのは事実だ。肩を並べて戦って貰えるのは有り難い。

 けれどもこの追い詰められた状況、ただ剣技に優れているだけでは、兵士たちの不安を拭い去るには足りなかった。


「ともかく、いまは目の前の敵を片付けるでござる」


 兵士の不安は、ベルティにも伝わっていた。しかし構わずに次々と魔獣どもを斬り散らす。血風を巻き起こし、微かに口元を緩める様は、凄惨な戦いを歓迎しているようだ。

 傍目には血を滾らせる狂戦士としか映らない。

 それでもベルティの瞳には、状況を冷静に把握する色も混じっていた。


「ここより先に進ませれば、居住区にも被害が出るは必定。そうさせぬためにも、皆には一層の奮戦を―――」


 言葉は、破壊音に掻き消された。

 街路に面した建物を突き崩して、巨大な軍鮫が現れたのだ。先程の大型を上回る、牛も一呑みにできるほどの巨大軍鮫だ。

 ベルティも咄嗟に反応はした。けれど刀を振るうのは間に合わなかった。

 いや、たとえ正面から対峙したとしても、ベルティでは背後の兵士を守りきれなかっただろう。刀の一撃で仕留めるには、その魔獣は巨大過ぎた。


 大きく目を見開いたベルティの前を、巨大軍鮫が通過していく。

 血飛沫を散らし、数名の兵士を巨大な口に収めながら。


「ッ、この化け物がぁっ!」


 喰われた、仲間を、共に街を守ろうとする命を―――。

 激情に駆られて、ベルティは巨大軍鮫に斬り掛かろうとした。

 だが一歩を踏み出したところで気づく。

 なにか、おかしい。


 巨大軍鮫は建物にブチ当たって止まった。そして、ピクリとも動かない。それどころか巨大な口に呑み込まれた兵士が手を上げて、困惑した様子ながらも這い出てきた。

 何名か負傷者は出たが、命を落とした者はいない。

 突撃してきた巨大軍鮫は、すでに息絶えていたのだ。飛び散った血も兵士のものではなく、軍鮫の巨体から溢れ出たものだった。


「いったい、何が起こって……!」


 唖然とした声を漏らしたベルティだったが、まだ戦場にいるのを忘れてはいなかった。

 背後からの気配を覚えて振り向く。

 直後、ベルティに襲い掛かろうとしていた中型の軍鮫が、頭部を光に貫かれた。


 血煙が舞う光景に息を呑みながらも、ベルティは視線を上空へと向ける。軍鮫を貫いた光はそこから放たれたもので―――、

 人の拳ほどの円筒が複数、鈍い光を纏って浮かんでいた。


「これは……魔導銃、ヴィレッサ殿でござるか!」


 ベルティの言葉を肯定するように、円筒から次々と魔弾が放たれる。合計で十数発程度だが、的確に大型の軍鮫ばかりを仕留めていく。

 魔導銃『万魔流転』の遠隔形態。三次元浮遊形態とも言えるそれは、最大十二機に分散した銃身が、縦横無尽に戦場を駆ける。他の形態と比べると連射性能、威力ともに欠けるが、街のように入り組んだ戦場でも隅々まで死を振り撒ける。


 その操り手であるヴィレッサも空中にいた。

 魔力を固めた板を足場に、悠然と戦場を見下ろし、真っ赤な外套を揺らしている。

 ベルティと目が合うと、ヴィレッサは小さく頷いた。

 幼い顔に狂気じみた笑みを浮かべて、ただ一言命じる。


「蹴散らせ、メア」


 雄々しい嘶き声とともに、漆黒の影がベルティの真横を駆け抜けた。

 苛烈なまでの速度で街路を激走してきた黒馬は、まったく勢いを落とさずに軍鮫の群れへ突撃した。まるで木ノ葉を散らすように、魔獣どもを屠っていく。

 馬蹄で踏み潰す。喰らいつき、骨肉ごと砕き散らす。

 軍鮫の中には飛び掛かってくるものもいたが、その牙は黒馬に傷一つ付けられない。


 災害級の魔獣とされる黒き悪夢の恐ろしさは、単純な暴力だけに留まらない。魔術まで使いこなす高い知能も備えているのだ。軍鮫の鋭利な牙も、捨て身に近い突撃も、黒馬が張った障壁の前にすべて跳ね返されていた。

 さらに黒馬は別の魔術も放つ。嘶きとともに青白い光が瞬くと、黒馬を中心にして地面が凍りついていく。

 広範囲に及ぶ氷結系統の攻撃術だ。

 地面を走る魔力は、軍鮫を氷漬けにし、あるいは氷槍で串刺しにしていった。

 白く染まった街路に、勝利の嘶きが響き渡る。


 まだ港側からは多くの魔獣が押し寄せてくるが、ひとまずこの場の安全は確保されたようだった。

 しばしの静寂を置いて、兵士たちが歓声を上げる。


「まさか、これほどまでとは……」


 歓びの声を背中で受けながら、ベルティは低い声で呟いた。唇を噛みながら、黒馬と、上空で佇むヴィレッサを見つめる。

 自分よりも遥かに大きなものを目撃した時に、それをどう捉えるのか?

 立ちはだかる壁として警戒や嫉妬を覚えるか、

 あるいは目指すべき目標と喜ぶのか―――。


 ベルティの場合は完全に後者だった。目標というよりは、むしろ〝憧れ〟だろう。

 しかし見惚れてばかりもいられない。


「負傷者は後退。戦える者は、拙者についてくるでござる!」


 兵士たちへの、そして己への鼓舞も込めて、大声を張り上げる。

 憧れはするが、屈辱を覚えないでもない。しかしそれは暗い嫉妬ではなく、自身の力量不足を省みさせ、次の一歩を踏み出すために背中を押してくれる。


 足りないのならば、もっと力を付ければいい。

 だからベルティは刀を握る。いまの自分にはそれしか出来ないと承知しているから。

 残っている魔獣を見据えると、真っ直ぐに駆け出した。






 空中に立つヴィレッサは、戦場と化した街を静かに観察していた。

 上陸してきた軍鮫の大群は、まだ辛うじて港湾区域に押し留められている。兵士たちが奮戦してくれたおかげだ。不意を打たれたために、小さな部隊がバラバラに迎撃を行っている。それでも居住区に魔獣を入れないよう、最低限の役割を理解して戦っていた。


 帝国兵の強さは、集団戦でこそ発揮される。指揮官の命令に従うことが、普段の訓練でも重要視されているのだ。しかしだからといって個人の戦闘力も低くはない。

 数名の兵士集団でも、小型から中型の軍鮫が相手ならば対処できている。

 厄介なのは、牛すら一呑みにできそうな大型以上の軍鮫だ。数十名の兵士がいても一瞬で壊滅されかねない。


 だからヴィレッサは、積極的に大型以上を狙って狩っていった。

 そちらはほぼ片付いてきている。兵士集団の近くには、もう大型の敵は見当たらない。しかし中型以下の軍鮫は、まだ数え切れないほど残っていた。


「遠隔形態だと、この数は捌ききれねえな」


『ですが、マスターの安全は確保されています』


 舌打ち混じりの呟きに、魔導銃からの声は淡々と応える。

 確かに現状では、ヴィレッサに襲い掛かってくる軍鮫はいない。次々と魔弾を放つ銃口が離れているため、魔獣の目にはヴィレッサ本人が脅威とは映らないのだ。そもそも上空の獲物を狙うような魔獣ではない。

 けれどヴィレッサが望んでいるのは、自身の安全確保ではなかった。

 目的は、敵の殲滅だ。


「港の群れを叩く。ディード、掃射形態!」


『了解。まだ海中から押し寄せてくる多くの反応もあります。念の為、ご注意を』


 各所に散っていた円筒型の銃身が集まり、光を纏って変形する。

 三×三連装の銃身を備えた掃射

ガトリングガン

形態は、大人でも潰されそうな鋼の塊だ。しかしヴィレッサは小さな手でそれを構えると、軽々と振り回した。


『小回りの利く魔獣に合わせて、重力制御を若干調整しました。如何でしょう?』


「ちっと軽すぎるな。けど、いまはこれでいい」


 ひとつ頷いたヴィレッサは、銃口を眼下へ向けた。

 船着き場の辺りでは、大量の軍鮫が上陸を続けている。大型の船に齧りついているものもいる。港の片隅では兵士の一団が奮戦しているが、身を守るだけで精一杯の様子だ。

 つまりは、そこらじゅうが魔獣だらけ。

 もはや照準を定める必要もなく、ヴィレッサは引き金を弾いた。


「魚介類らしく、タタキにしてやる」


 宣言に、轟音が重なる。

 空中から降り注ぐ魔弾は、一呼吸の間に一千発を超える。一発の魔弾でも硬い表皮を貫き、内部から肉と骨を砕き散らすのだ。そんな魔弾が豪雨となって降り注げば、あとには破壊しか残らない。

 ヴィレッサが描く射線に沿って、瞬く間に軍鮫の群れは数を減らしていった。


 対軍用とも言える掃射形態―――だが、さすがに利点ばかりではない。

 破壊を撒き散らしすぎる。それが、ヴィレッサが最初から使わなかった理由だ。掃射に巻き込まれた大型船が一隻、海に沈もうとしていた。

 なるべく狙いは外していたのだが、軍鮫に群がられていたので仕方なかった。


「あとで、ヴァイマーのおっさんに補償金くらいねだってみるか」


『いっそ完全に沈めた方が、魔獣の被害だと訴え易いかと』


「証拠隠滅かよ。そういう小細工は好きじゃねえぞ」


『否定

いいえ

。純粋な戦闘による結果です』


 軽やかな口調と冷淡な声を、轟く銃声が掻き散らしていく。

 ヴィレッサの眼下では、大量の軍鮫が屍となって転がった。だが同時に、整然と地面を埋めていた石畳も散々に砕けてしまっていた。

 他にも、掃射に巻き込まれた建物もある。人命こそ撃ち抜かれなかったが、綺麗な港の風景を取り戻すのは苦労するだろう。

 それでも、いま以上の被害は増やさずに済みそうだった。


『魔導遺物の反応を確認。ヴァイマー伯爵です』


 港の端に、兵士の一団が到着していた。

 船着き場だけでもかなりの広さがあるので、ヴィレッサの位置からは声も届かない。けれど集団の中央に、ヴァイマーの姿は確認できた。


 落ち着いた様子の一団は、これまで散発的な対処に当たっていた兵士たちとは明らかに異なる。整然と前進しながら、まだ上陸してくる軍鮫を確実に屠っていた。

 そして、ヴァイマーが高々と右腕を掲げる。

 肘から指先までを覆った大型の手甲が、仄かな光を放ち始めた。放たれた光は細く伸びて、港口から海面へと繋がっていく。


「あれが、魔導遺物『不沈扇

ネイン・バラスティン

』か……?」


 ヴィレッサも目にするのは初めてだった。だが距離があるので細かくは見て取れない。

 ともかくも合流するべきか―――そう迷った直後、海に変化が起こった。

 絶えず押し寄せていた波が渦を巻く。一拍の間を置いて、激しい水流が噴き上がった。滝を逆さまにしたように、港に面した海面がせり上がる。さながら街を守る城壁のようでもあった。

 広範囲に水の壁が作られたのだ。迫ってくる軍鮫は、大型のものもすべて弾き飛ばされ、海へと押し戻される。


「あれだけ大量の水流を操れるのか……なるほど、海軍が不敗になる訳だ」


『壁越しに掃討も行うようですね。援護に向かいますか?』


「そうだな。こういう時くらいは働いておくか」


 空中を蹴って、ヴィレッサは領主軍がいる方へ足を向けた。

 けれど数歩進んだところで止められる。


『マスター、異常な生体反応が接近しています』


「なに……っ!」


 激しい水飛沫が、空中高くまで届いてきた。そちらへ首を回したヴィレッサは、一瞬、己の目を疑ってしまう。

 巨大な足が水壁を叩いていた。ぬめりとしたそれは、足ではなく触手と言った方が正解だ。大型船すら一薙ぎで打ち壊せそうな、巨大な蛸の魔獣が海面から姿を現していた。

 さしものヴィレッサも唖然としてしまう。


「なんだよ、コイツは……?」


『申し訳ありません。鮫の群れに紛れていたため、発見が遅れました』


「いや、それは構わねえが……こんなのが街に入ったら只じゃ済まねえぞ」


『肯定。対象は、災害級以上の魔獣と推測できます』


 巨大蛸に殴りつけられても、水壁は僅かに揺らぐだけで留まっている。すぐに復元して巨大蛸を弾き返そうともする。

 しかし軍鮫はともかく、蛸の巨体に対しては上陸を防ぐだけで精一杯の様子だ。

 兵士たちも弓矢や魔術で攻撃しているが、ほとんど効果は見られない。


「……やるぞ、ディード」


『了解。あの巨体です。砲撃形態で早々に決着をつけるのがよろしいかと』


「ああ。出力調整は任せる」


 空中に魔力で作った足場を、ヴィレッサは強く踏み締める。

 ガッシリと。まるで杭を立てて自身を固定するように。

 その間に、また魔導銃は変形を完了していた。上下に分かれた大型の銃身―――いや、砲身を持つ異質な形態へと。


 砲撃形態。『万魔流転』が持つ様々な形態の中でも、最も破壊に適している。連射や速射こそ利かないが、その一撃は、一切合切を跡形もなく消し飛ばす。


『変形を完了。周囲に敵反応なし。砲撃準備へと移行します』


 冷ややかな声とともに、魔導銃が青白い輝きを増す。

 暴力的な光を受けながら、ヴィレッサは目を細め、強く銃身を握り込んだ。さらに魔力を注ぎ込んでいく。


『殲滅用砲撃弾形成、順調に進行中。

 第一リミッター解除。充填率三〇%、四〇%、五〇%……。

 第二リミッター解除。反動抑制機構、重力アンカー、正常に稼働中。

 最終安全装置は継続して保持。充填率六〇%で固定、射線クリア―――』


 砲撃準備が整う。と同時に、ヴィレッサが見据える先でも変化が起こった。

 巨大蛸を、一際激しい水流が襲った。横合いから叩きつけられた大波は、そのまま渦を巻き、竜巻となって、魔獣どもをまとめて空中高くへと押し上げる。

 尋常でない魔力を察知したヴァイマーが〝合わせて〟くれたのだ。

 ヴィレッサが攻撃しやすいように。巻き添えによって街への被害が及ばないように。


「おっさん、気が利くじゃねえか」


『撃てます。トリガーをどうぞ』


 冷淡な声に、ヴィレッサは三日月型の笑みで応える。

 そして引き金を弾いた。


 解放された膨大な魔力は、彗星の如く太い光の筋を描く。

 空中に叩き上げられた巨大蛸も、咄嗟に自らの足を盾にして抵抗を試みた。野生の本能が働いたのだろう。けれどそんなもので防がれる魔弾ではない。

 吸盤の付いた太い足がまとめて千切れ飛ぶ。巨大蛸の頭部に命中した魔弾は、苛烈なまでの閃光を放ち、爆裂した。大気全体が震えて衝撃が撒き散らされる。


 まるで太陽が落ちてきたかのように、熱波が街の隅々にまで吹きつけられた。

 これほどの爆発ならば、どんな魔獣でも仕留められたはず―――。

 そう勝利を確信したヴィレッサだが、一方で、自身も無事では済まなかった。


『申し訳ありません。砲撃による影響は予測以上です』


「なん、だっ、とぁっ!?」


 砲撃を行った直後、足場にしていた魔力板が崩れ去った。砲撃による反動、というよりも、大量に拡散したヴィレッサの魔力による影響だ。あらゆる魔術を消し去る、その無効化魔素のおかげで、空中での支えも失われてしまった。

 思わぬ事態に、ヴィレッサは目を白黒させる。

 咄嗟に新たな魔力板を作り、手を掛けようとしたが―――その必要はなかった。


「まったく。貴方はまた無茶をして」


 ふわり、と小さな体を支えられる。

 落下するヴィレッサを受け止めたのはシャロンだった。まだ無効化魔素が吹き荒れているのに、強引に体内で浮遊術式を発動させて飛び出してきたのだ。

 そうしてシャロンは、抱きかかえたヴィレッサの頭をくしゃりと撫でた。


「あとは大人の仕事よ。私や伯爵様に任せなさい」


「ん……」


 真っ赤なフードを目深に被って、ヴィレッサは顔を伏せる。

 格好悪い場面で助けられた。殺戮に染まった自分を曝してしまった。

 だから、どうにもばつが悪い。だけど―――。


 ヴィレッサは小さな手を伸ばしてシャロンの服を掴む。

 優しく支えてくれる温もりは、とても心地良かった。


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