バルツァール城塞攻防戦⑥


 はじめから、ヴィレッサには分かっていた。

 自分は子供なのだと。だって、シャロン先生がそう教えてくれたから。


 身体が小さい。手足が短い。強化魔術を使っても戦闘では不利になる。

 なにより、経験が足りない。

 異なる世界の知識があっても、記憶が曖昧な以上、その点は補えない。

 だから、余裕なんてなかった。

 自分よりもずっと強い大人に立ち向かうのだ。必死にならなくては到底敵わない。

 だけど、たとえ自身を囮にしてでも、絶対に退くことはできなかった。

 殺さなくてはいけないから。


 そのためなら、なんだってやってやる。悪魔にだってなってやる。

 コイツは、コイツだけは、絶対に殺さなくてはいけない。

 確実に、間違いなく、自分の手で殺さないと―――。




「―――みんなが、安心して生きられねえんだよ!」


 脇腹に叩きつけられた魔槍を両手で掴み、ヴィレッサは吠えた。


「だから、テメエは、あたしが殺す! ここで、絶対に!」


 全身から怒気と魔力を迸らせて、ヴィレッサは全力で魔槍を押さえつけた。

 激しい鈍痛が脇腹から走る。骨が折れているかも知れない。内臓まで傷ついている可能性もある。冷たい汗が首筋を流れていった。

 だけど気に留めてなんていられない。

 ヴィレッサは限界まで強化術を発動させて、魔槍を奪い取るべく力を込める。


「っ、貴様……!」


 ガラディスも地面を踏みしめ、太い腕に力を込めた。

 だが、そこで―――はたと気づいた。

 ヴィレッサはいま、懸命に魔槍を奪おうとしている。そのことに全力を傾けるように、両手で魔槍を握っている。


 そう、両手で、だ。

 ならば、魔導銃は何処にいったのか?

 捨てたのか? あれだけ強力な武器を? こうして敵の動きを止めたのだから、目の前から撃ってくればいいのではないか?

 一旦手元から離したとしても、いったい何処に―――。


 恐怖に近い疑問を覚え、ガラディスは視線を巡らせた。

 しかし見当たらない。あれだけ大きな、目立つ姿をした魔導銃が何処にもない。

 ほとんど直感で、ガラディスは自分の魔槍から手を放した。即座に飛び退く。

 その判断はガラディスの命を救った。

 ただし、命だけだ。


「が……っ!」


 飛び退くのとほぼ同時に、頭上から光が襲ってきた。

 それが無数の魔弾だと察した時には、ガラディスの左腕が貫かれて、弾け飛んでいた。もしも魔槍を握ったまま留まっていたら、全身を爆散させられていただろう。


 肘先から失せた左腕を押さえながら、ガラディスは必死に足を動かす。

 追撃はやはり頭上から降ってきた。見上げると、細長い筒状の物体が六つ、その先端をガラディスへ向けて浮かんでいた。


『命中。敵、左腕損壊。重傷です』


「はっ、ようやく終わりが見えてきたな」


 笑声混じりに述べながら、ヴィレッサは悠然と手を振った。

 空中を舞っていた六機の魔導銃が、小さな体を守るように戻ってくる。


 遠隔形態―――あるいは分散形態、三次元浮遊形態と呼んでもいい。

 分裂した、空中に浮かぶ最大十二機の円筒型魔導銃が、ヴィレッサの意思に従って全方位から敵を襲う。正確な照準を定めるのが難しく、十発も撃てば弾切れを起こす。その度にヴィレッサの元で補給しなければならないという欠点はある。

 しかし引き金を弾く動作を見せる必要はない。これはいまのヴィレッサには大きな利点だ。威力も、他の形態と同じく、対人用としては充分と言える。


「だが、さすがにまだ致命傷じゃねえか」


 ヴィレッサは腕組みしつつ、じっとりとガラディスを観察する。

 魔槍と左腕を失ったガラディスだが、まだ戦意は消えていなかった。

 その左腕もすでに出血が止まっている。逃げ回る最中に治療術を発動させ、傷口を塞いでいた。

 シャロンとの戦いでも、ガラディスは腕を斬られても回復していた。さすがに欠損した部位は復元できないが、まだ戦えると血走った眼も語っている。


「よくも、私の腕を……貴様は絶対に許さん! 殺してやるぞ!」


「腕ごときで吠えてんじゃねえ」


 冷ややかに、ヴィレッサは切り返す。


「テメエは、なにもかもを奪った。奪おうとした。あたしから、村のみんなから、忘れたとは言わせねえぞ!」


「黙れ! 貴様ら異教徒は、我らに従っていればいいのだ!」


「偉そうに神の威を借りてんじゃねえ!」


 吐き捨てると、ヴィレッサはまた変形させた魔導銃を握った。


「そんなに好きなら、テメエの神ごと殺してやるぜ」


「死ぬのは貴様だ! 悪魔らしく地獄へ落ちろ!」


 ガラディスは全身に殺意を漲らせながら、腰に差していた剣を抜いた。

 ヴィレッサも剣と化した魔導銃を構える。


 近接形態―――その見た目は、幅広の剣となっている。子供の手には余るほど大きく、大人が持つにしてもやや長い剣だろう。刃は鋸のようなギザギザ状になっていて、それが二枚重ね合わされている。

 仄かな光を発する剣を軽く振ると、ヴィレッサは無雑作に足を進めた。


「地獄か。落とされなくても、喜んで行ってやるぜ」


 ひとつ息を吐いて、身を屈める。


「テメエを、ぶっ殺してからなぁっ!」


 さながら自分自身を魔弾と化したかのように、ヴィレッサは突撃した。

 小細工は無用。全身全霊でぶつかるのみ―――。

 そう眼光に込めて、怨敵へと肉迫する。


 対するガラディスは、蒼ざめた顔で呼吸を整えようとしていた。治療術で傷を塞いだとはいえ、大量の出血を強いられたのだ。体調が乱れないはずがない。

 加えて、感情も乱れていた。

 腕を奪った相手への憎悪が全身を巡っている。だが同時に、戦士としての経験が冷静になれと告げてくる。


 相反する思考を抱えながらも、ガラディスは一歩退いた。

 それは冷静な判断であり、しかし怖れによる反射的な行動でもあった。

 迫ってくる幼女の気迫に対して。あるいは、得体の知れない存在に対して。


 この瞬間、ガラディスの瞳には確かに怯えの色が浮かんでいた。

 その結果が、運命をどう変えたのか―――決着はすぐに訪れる。


「―――ッ!」


 先に剣の間合いに入ったのはガラディスだった。

 剣の長さ自体はヴィレッサの方が上だ。しかしガラディスの方が背が高く、手足も長い。一歩の踏み込みで届く間合いも身体で覚えていて、余裕を持って先手を取れるはずだった。

 けれどガラディスは退いていた。故に、待った。


 ヴィレッサは最後の一歩で跳躍し、ガラディスの胴体を目掛けて剣を払った。

 野獣の突進のように、激しく風を巻いた一撃が繰り出される。並の戦士であれば、その迫力に竦み、斬り伏せられていたかも知れない。

 しかしガラディスは巧みな足捌きで、死の間合いから逃れていた。

 ヴィレッサの剣が空を切った瞬間、反撃が打ち下ろされる。細い首筋へ向けて。


 いかに『赤狼之加護』に守られていようと、強烈な一撃を首に喰らっては無事でいられない。脇腹への一撃でさえ、危うく致命傷になり掛けたのだ。

 必殺の、死へと誘う剣撃が迫り―――、


『マスター!』


 魔導銃が珍しく焦りの混じった声を上げた。

 だがその瞬間も、ヴィレッサは笑みを浮かべていた。

 剣を払った直後、脚に力を込める。そして蹴った。空中に作った魔力板を。

 ガラディスに見せたのは初めてだ。空中を泳いだ身体は自由が利かない―――そう思うのが当然だった。


 けれどヴィレッサは空中を跳ね、急角度でガラディスへと再度肉迫した。

 振り下ろされた剣は肩で受ける。痛みは走ったが、突撃は止まらない。


 ガラディスは咄嗟に鎧の分厚い部分で斬撃を受け止めようとした。

 ただの甲冑ではない。僅かな魔力を込めるだけで発動できる、防御効果を高める魔法陣も施された魔導甲冑だ。たとえ強化された剣撃でも、並大抵のものならば弾き返せる。

 かつて辛うじて、シャロンの一撃を防いだように。

 思考に頼らず動けるほど、ガラディスの防御動作は身体に染みついていた。それだけ幾度もの戦いを切り抜けてきた証だと言える。


 しかしヴィレッサは躊躇しない。この一撃で仕留めると決めていた。

 たとえ経験が足りずとも、技術が及ばずとも、その決意だけは劣らない。

 渾身の力を込め、剣と化した魔導銃を振るい―――、

 ガラディスの胴体を穿ち裂いた。


「ッ……ば、っ、が、な……!」


 愕然とした呻きを漏らして、ガラディスの上半身だけが宙を泳いだ。

 血飛沫が吹き上がる。ヴィレッサの小さな身体も真っ赤に染められる。

 近接形態では、二枚重ねの刃の間に銃口があったのだ。無数の小さな銃口が刃に沿って回転し、斬撃とともに魔弾を撃ち放つ。

 魔弾で貫き、斬る。これを防げるものなどおよそ存在しない。

 刃に触れた時点で、ガラディスの命運は尽きていた。

 そして―――。


「はっ……」


 上半身と下半身が別れた凄惨な死体を見下ろして、ヴィレッサは息を吐いた。

 ほんの一呼吸の間だけ項垂れる。

 けれどすぐに正面へ向き直ると、口元を三日月型に吊り上げた。

 天を仰ぎ、魔導銃を頭上へと掲げて、高らかに声を響かせる。


「敵将ガラディス、『魔弾』のヴィレッサが討ち取ったぁっ!」


 一拍の静寂を置いて、わぁっと歓声が上がった。

 まずはヴィレッサの背後から。

 次いで、少し離れた城壁上から戦いを見つめていた帝国兵たちも、揃って大声を上げる。喜色満面で、まるでもう戦闘が終わったみたいに。

 だが事実、すでに勝敗は決していて―――、


 この日、『魔弾』の名が大陸の歴史に刻まれた。

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