バルツァール城塞攻防戦③


 レミディア軍の野営陣地には、数十名の兵士が守りに就いていた。戦場での守りとしては少ない人員だが、見晴らしの良い平原であり、まず後背を突かれる危険も無いと判断されたのだ。

 不埒な賊程度ならば撃退するに充分。不足の事態が起これば本隊に報せられる。

 しかしヴィレッサにとっては恰好の獲物でしかなかった。


「狙い撃つぜ……って、なんだ? 頭の中に妙な音が?」


『禁語警報。その台詞は死亡フラグに繋がります』


「あー……よく分からねえが、冗談を言える余裕は大切だな」


『何か冗談がありましたか?』


 どうでもいい遣り取りを交わすヴィレッサは、戦場から離れた森の中に隠れていた。

 草むらにうつ伏せになって、地面に設置した魔導銃は長大な銃身を持つ形態へと変形している。


 狙撃形態―――あるいは、対物、対重装甲形態と呼んでもいいかも知れない。長く太く変形した銃身は、もはや砲身と言った方が適切だ。銃本体と合わせた全長は、ヴィレッサの身長の倍はある。どういう原理なのか重量まで増していた。

 そんな魔導銃に備え付けられた照準器を覗き込み、ヴィレッサは狙いを絞る。

 遥か先、簡易の見張り台に立つ兵士の顔、その皺の数まではっきりと見て取れた。


『銃声及び、反動発生機能を停止させました。連射も可能です』


「はじめから外しとけよ、んな機能は」


『浪漫である、と私の知識には記録されています』


「……おまえを創った奴は、なかなか面白い性格してやがるな」


 軽口を叩き、ひとつ呼吸を置いてから、ヴィレッサは引き金を弾いた。

 あっさりと、照準器に映っていた兵士の頭が消し飛んだ。胸の半ばまで削り取られた、衝撃的な死体が地面に転がる。

 近くにいた他の見張り兵も、次々と肉塊へと変わっていく。

 あまりにも命が軽い。

 ちくりと胸に痛みを覚えつつも、ヴィレッサは口元を緩めて立ち上がった。


「行くぞ、メア」


 魔導銃を軽量の速射形態に戻し、黒馬へと跳び乗る。背後に控えていたロナとマーヤにも目線で合図を送った。

 後はもう簡単だ。野営陣地に突っ込み、黒き悪夢を暴れさせるだけでいい。

 災害級の魔獣である黒馬は、瞬く間に数十名の兵士を仕留めた。巨大な蹄で蹴り飛ばし、踏み潰し、魔術によって陣地に火を放つ。

 盛大に上がった炎と悲鳴によって、さすがにレミディア軍も異常を察した。

 一部の兵士たちが、慌てて引き返してくる。


「遅いぜ。とっくに地獄は開演済みだ」


 レミディア軍にとって幸運だったのは、侵攻軍をまとめる指揮官がこの場にいなかったことだろう。強力な魔導士が指揮官を務める場合が多く、必然として、戦域近くまで出張るのが常だ。

 もっとも、そんな指揮官が真っ先に犠牲になれば、結果として流れる血が少なくなった可能性もあるのだが―――。


「まずは、派手に宣戦布告といくか」


『了解。対軍用、掃射形態へと移行します』


 ヴィレッサは口元を吊り上げる。

 引き返してくる数百名のレミディア軍に対して、変形した魔導銃を向けた。







 掃射形態―――異なる世界の言葉を借りれば、それはガトリングガンだ。

 三×三連装の回転型銃身を備え、一呼吸の間に数百発の魔弾を放ち、死を撒き散らす。重量も、発射時の反動も狙撃形態以上。重力軽減の補助機能が無ければ、幼女の細腕では持ち上げることすら叶わない。

 しかしその威力は、正しく対軍用と呼ぶに相応しい。

 轟音が断続的に響き渡る。一刻ごとに、無数の死が積み重ねられていく。


『撃滅数八二六。魔導士も一名確認。生存者はゼロです』


「はっ、命を安売りしすぎだな」


 向かってきたレミディア軍兵士達は、全員が人間だった物と化していった。ヴィレッサの元へ辿り着くはるか手前で、地面を赤黒く染め上げている。

 いったい何が起こったのか―――。

 戦場の一角に、そんな疑問が渦巻いて静寂が生み出された。

 だがヴィレッサは疑問に答えてやるつもりも、敵が立ち直るのを待つつもりもない。


「マーヤ、頼むぜ」

「あ、は、はい!」


 背後、燃え盛る野営陣地の煙に隠れるようにして、マーヤとロナが控えていた。

 手にしていた杖を掲げると、マーヤは一度眼鏡を上げ直し、魔術を発動するべく意識を傾ける。すでにロナも手伝って準備は整っていた。足下に大量に積まれた魔術触媒は、これまでの旅程で集めてきたものだ。

 木の根っ子や、鳥や兎の骨、たったいま奪った糧食など。

 大きな魔法陣の上に乗せられたそれらが、青白い光を浴びながら地面へと吸い込まれていく。


「我、ここに供物を奉げ、大いなる遺志との繋がりを求めん! 時の狭間に在りし、創造されし生命たちよ! 古き契約に従い、しばし力を貸し与えたまえ!」


 呪文詠唱。陣式魔術が広まっているこの世界では珍しい手法だ。しかし細かな魔力制御を補助する効果があり、戦術級以上の魔術師には修得している者が多い。

 召喚魔術に於いては、呼び掛ける対象がいるために効果はより大きくなる。


 その詠唱が終わると、マーヤを中心に青白い光が勢いを増して広がった。

 一拍の間を置いて、光の一部が弾ける。足下で無数の花火が散るみたいに、複雑な光が入り混じると、そこから白く小さなものが飛び出してきた。


 現れたのは、掌に乗るほどの鼠だ。それも複数。

 十体、二十体、数百体、と数を増やしていく。白鼠の召喚獣は、飛び出した勢いのままレミディアの軍勢へと向かっていった。

 いきなり白い波が現れたのだ。ヴィレッサたちへ迫っていた兵士たちも虚を突かれる。

 しかも鼠たちは、ふさふさの毛皮から白い煙を上げていた。

 白煙は瞬く間に広がる。レミディア軍の前に厚い幕を張って、ヴィレッサたちの姿を覆い隠す。それを確認したヴィレッサは素早く黒馬に跳び乗った。

 予定通りの行動だった、が、

 レミディア軍も黙って見ているばかりではなかった。


「―――逃がすかよぉっ!」


 唖然とする兵士の中から、一人の騎士が抜け出した。黒髪の若い男で、鉢金や胸当てなど、動き易さを優先した装備しか付けていない。

 彼は味方の死体を蹴散らしながら馬を走らせる。広がり続ける白煙の手前で、空中高くへ跳び上がった。

 手甲をはめた拳を頭上へと掲げる。その拳から、魔導遺物特有の強い輝きが放たれた。

 輝きを纏った拳が突き下ろされる。

 拳は何もない空中を叩いただけに見えた。しかし直後、轟音が響き渡る。空気が震え、霧が弾け飛ぶ。まるで巨大な魔獣が駆け抜けたように、地面まで抉られていた。

 凄まじい破壊力を見せつけ、地面に降り立つと、得意気な笑みを浮かべて身構える。


「俺の名は、『崩甲拳』バワード・ジルモンド! 近衛十二騎士の八位だ! なかなかの魔導士と見たぜ、さあ正々堂々と勝負を……」


 高々と名乗りを上げたバワードだが、その声は尻すぼみになった。

 きょろきょろと周囲を見回す。誰もいない。霧が立ち込める中で、広けた一角にぽつんとバワードが立っているだけ。


「に、逃げただとぉ!? この卑怯者が―――」


 身勝手な叫びに対して、返答は上空からもたらされた。

 太い光が降り注ぐ。バワードも包み込んで、直後、巨大な爆発が広がった。

 戦術級の火焔魔術のような爆発に、またもレミディア軍は唖然とさせられる。


『命中。ですが、生体反応は健在です』


「防いだってことか? 十二騎士ってのは、侮れねえみてえだな」


 ヴィレッサは空にいた。黒馬に乗り、その足下には魔力を固めた板を浮かべている。

 自分の足下ではなく、黒馬の歩みに合わせて魔力を固めるのはなかなかに難しかった。しかし乗馬自体は利口な黒馬のおかげで簡単だったので、旅をする内に練習して、ゆっくりと駆ける程度の速度には合わせられるようになっていた。


 霧の目眩ましに合わせて、ヴィレッサは上空へと逃れたのだ。空からであればレミディア軍を越えて一気に城砦まで近づける。

 いきなり魔導士が突撃してくるのは予想外だったが―――。


「ボス、いまは馬鹿の相手してる場合じゃないニャ!」


「そうね。早く城砦まで向かわないと」


 隣でロナとマーヤが浮かんでいるのは予定通りだ。

 巨大な白鳥の背に、二人は乗り込んでいた。鷹のように精悍な顔つきをした鳥は、普通の鳥のゆうに十倍はある体躯をしている。鼠とともに召喚された〝逃亡用〟の召喚獣で、二人を乗せても軽やかに空を舞ってみせた。

 ヴィレッサも目的は忘れていない。頷くと、黒馬を促して空中へと駆け出す。


「ま、あたしたちは戦いたい訳じゃねえからな」


『肯定。警戒は残しつつも、戦術目標を優先すべきです』


「難しい言い回ししてんじゃねえ。要するに……」


 また変形した魔導銃を構えながら、ヴィレッサは言い捨てた。


「殺しまくれ、ってことだろ?」


 砲撃形態―――二又に分かれた銃身の間に、回転する光の輪が重なって浮かんでいる。威力は極上。飛翔船すら一〇%の出力で破壊できた。しかし辛うじて片手で持てるくらいの大きさで、取り回しが悪く、熱を持つので連射にも制限がある。

 とはいえ、上空から一方的に攻撃するには問題ない。爆発という分かり易い脅威を示せるので、大軍を混乱させるにも最適だった。


「ついでに、騎兵部隊の道も開いてやるか」


 軽く言って、戦場を俯瞰しながら、ヴィレッサは引き金を弾く。

 一発撃つごとに光の柱が叩きつけられる。爆発が巻き起こり、衝撃と炎熱、そして死が広がっていく。断末摩の悲鳴が無数に上がり、しかしすぐに轟音に掻き消された。


 上空を悠然と駆けていく黒馬は、レミディア兵からは悪魔の使いに見えただろう。

 それでも一部の指揮官は、辛うじて冷静さを残していた。

 砲撃を受けていなかった部隊の一角から、いくつかの影が飛び立った。


『敵、航空戦力を確認。脅威は未知数です』


「あれは……天馬騎士ってやつか」


 魔獣が多いレミディアならではの兵種だ。『黒き悪夢』に対するような白馬の魔獣は、その背中に生やした翼で天を駆ける。戦闘能力そのものは普通の馬と変わらないが、空中での機動力は侮れない。

 騎乗する人間の戦力も加わる。ほんの十数騎だが、どの騎士も目に戦意を滾らせている。突然の爆撃に対しても、怯むよりも怒りの方が大きかったようだ。

 ちょうど十発目になる砲撃を撃ち下ろしてから、ヴィレッサは魔導銃を構え直した。


「二人は先に行け!」


 巨大白鳥に戦闘力は無い。あくまで逃亡用だ。

 ロナとマーヤも空中で戦う準備などしていなかったので、慌てながらも頷いた。


「ボスも無茶しちゃいけないニャ!」


「気をつけて。こっちも城砦に着いたら、なるべく援護するわ」


 やや申し訳なさそうな顔をしながら、マーヤは白鳥に命じて速度を上げた。

 ヴィレッサは二人と一羽の背を見送ると、同時に魔導銃を変形させた。


「まとめて片付けてやる。ディード、掃射形態」


『了解。初めての空中戦です、警戒を』


 頷きながらも、ハッ、とヴィレッサは吐き捨てた。

 焼き鳥か馬刺しか分からなくしてやる―――、

 そう息巻きながら引き金を弾く。閃光とともに、無数の魔弾がばら撒かれる。


 豪速で放たれる魔弾は、人間の目では到底捉えられない。たとえ自在に空を舞う天馬でも、放たれてから回避できるものではない。

 だが、一発も命中しなかった。


「ちっ……!」


 思わず、女の子らしくない舌打ちを漏らしてしまう。

 まあ戦場に入った時点で、ヴィレッサは子供であることも忘れている。同時に弱気も捨てるよう心掛けているのだが、つい顔を歪めてしまった。

 それほどに、天馬騎士の動きは厄介だった。


 音速を越える魔弾が作り出す広域の殲滅空間

キルゾーン

から、まるで未来を予測しているみたいに逃れていく。優雅に旋回し、時には急角度を描き、的を絞らせない。翼の力だけでなく、風の魔術によって急激な動きを可能にしている。

 視覚強化の魔術まで扱って、引き金が弾かれる瞬間を見て取っている。そこから射線を予測し、さらに野生の勘も活かしているのだ。

 おまけに、黒馬は強引に空中を跳ねているだけだ。機動力では敵わない。


『敵、接近。掃射形態では不利と判断します』


「だったら、速射か近接で……ッ!」


 魔導銃の変形には一呼吸も掛からない。しかしその一瞬の隙を突いて、天馬騎士たちは攻撃魔術を発動させた。

 炎弾や氷槍、風の刃などが四方八方から殺到する。

 ヴィレッサには魔術は通用しない。だが状況はそう簡単ではなかった。

 小さな的よりも大きな的。そう考えた天馬騎士たちは、黒馬へと攻撃を集中させた。


「やらせるかよっ!」


 ヴィレッサは全身から魔力を溢れさせて、周囲の魔術をすべて霧散させる。青白い光の奔流に、天馬騎士たちは揃って驚愕に目を見開いた。

 けれど同時に、ヴィレッサは姿勢を崩していた。無効化魔力の放出に意識を傾けたために、黒馬が踏むはずだった足場を維持できなかった。

 空中を漂う形になった黒馬の上で、ヴィレッサは懸命に手綱を握る。


 それでもすぐに新たな魔力板を作り、体勢を立て直した。多少の自由落下くらいなら、強靭な脚力を誇る黒馬にとっては何でもない。

 だが減速は避けられず、天馬騎士たちが距離を詰めてくる。

 一騎の天馬騎士が、頭上から苛烈なまでの勢いで迫り、野太い長槍を突き出す。

 ヴィレッサは咄嗟に身を守ろうとした。しかしそれと同時に―――、


『援護、来ます』


 斜め下から飛んできた光槍が、天馬騎士を貫き、弾き飛ばした。

 目を丸くするヴィレッサを守るように、さらに十数発の光槍が飛来する。レミディア軍のばらばらな魔術攻撃とは違って、一種類の、統制されたものだ。

 ヴィレッサは首を回す。その援護魔術は城砦から放たれたものだった。

 どうやら天馬騎士の相手は、城壁上にいる魔術師部隊がしてくれるらしい。


「物分りのいい奴がいるみてえだな」


『同意します。今の内に作戦の続行を』


 ヴィレッサは頷くと、手綱を引いて馬首を巡らせる。眼下のレミディア軍に砲撃を浴びせながら、一気に城砦へと迫った。

 すでにロナとマーヤも城壁上へ降りようとしている。

 帝国軍の援護を受けて、ヴィレッサも上空から障壁を越えて、城壁へと降り立った。

 さすがに帝国兵も警戒はしていた。大勢の兵士が三名を取り囲んでくる。


「まあ、お茶でも一杯ってことにはならねえよな」


 ヴィレッサは三日月型に口元を吊り上げると、正面に立つ老騎士と向き合った。


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