古代遺物との邂逅、そして反撃の魔弾③


 魔導研究所第十三支部が半壊、六隻の飛翔船も破壊される。

 魔導通信によってもたらされた報告に、レミディアの聖都は衝撃に包まれた。

 犯人は不明。帝国をはじめ、敵国軍の姿は確認できず。

 子供ほどの大きさをした謎の発光体が、研究所のあちこちで目撃される―――。


 どうにも不可解な部分が多い報告だったが、事件に魔導遺物が関わっているのは明らかだった。そして真っ先に挙げられたのは、帝国からの破壊工作という説だ。

 飛翔船の秘密が知られた? 侵攻計画も掴まれたのではないか?

 このまま座していては、長年の苦労が水泡に帰してしまう。

 ならば、飛翔船への対策を整えられる前に―――。

 こうして急進派の帝国侵攻論は勢いを増すことになる。元より教会が急進派の最先鋒であったために、異論が押し消されるまで時間は掛からなかった。




 ◇ ◇ ◇



 レミディアの聖都で侵攻軍が早急に出撃準備を整えようとしている頃―――。

 一人の幼女もまた、深刻な選択を迫られていた。


「……おなか、すいたぁ……」


 真っ赤なフードで覆われた頭が、がっくりと項垂れた。

 研究所から脱出して一週間、ヴィレッサは徒歩で北へ向かっていた。

 強化術を発動させて走れば、幼女の足でも馬と同程度の速度は出せる。研究所で地図や食料は手に入れていたし、近くの街まで余裕を持って到着できる計画だった。


 盲点だったのは、強化術の持続時間だ。

 元々、ヴィレッサの強化術は無効化魔素の影響によって制御が難しい。自身の耐久力を上げられないという欠点もあったが、そちらは『赤狼之加護』によって補強できた。全身を覆った魔導繊維が、自滅的な衝撃も大幅に緩和してくれるのだ。

 腕を振っただけで外れてしまった関節も、触手みたいに変形して嵌め直してくれた。

 とんでもなく痛かったけれど。まあ、それはいい。


 しかし、強化術自体が不発ではどうしようもない。

 つまりは集中力の問題だ。一時間も走れば、精神的な疲労から魔力制御に乱れが生じる。無効化魔素を抑制できなければ、ヴィレッサの強化術は発動しない。


 手持ちの食料が切れて、丸一日が経過して、ようやくヴィレッサは街に到着した。

 街の入り口には見張りの兵士がいたが、空から侵入して無視させてもらった。後は適当な店に立ち寄れば、食事にありつける。そうヴィレッサは考えていたのだが―――。


「まさか、これが玩具とはな……」


 ヴィレッサの手には金貨の詰まった小袋が握られていた。研究室で箱を引っ繰り返している時に見つけた物だ。注意深ければ、その近くに遊戯盤

ボードゲーム

らしき遺物が転がっていたのにも気づけただろう。

 金貨なんて庶民には縁遠い。小さな田舎村で暮らしていた子供となれば尚更だ。おまけに異国の貨幣など知るはずもなく、不幸な思い込みが生じてしまった。


「っていうか、おまえも気づけよ!」


『私の役割は戦術サポートです。経済的困窮に対する解決策は提示できません』


「そういう問題じゃねえ。テメエと同じ時代の玩具だろうが!」


『遊び相手は皆無でしたので』


 相変わらず、魔導銃からの声に乱れはない。実に機械的だった。

 だけどあまりに物悲しい返答に、ヴィレッサも追及の言葉は出て来なかった。


「……古代遺物だって証明できりゃ、いくらかにはなったんだけどな」


 まさか研究所から奪ってきたとは言えない。まだ敵国の領内なのだ。

 たまたま入った料理屋で先払いを要求されなければ、余計な騒動を起こしてしまうところだった。哀れな子供を見る目を向けられたのは、この際、我慢するしかない。

 その後、遺物を買い取ってくれそうな店も探したのだが、やはり子供の玩具としか見てくれなかった。

 運が良かったのは、露天のおばちゃんが焼き豆を恵んでくれたことだろうか。


「……しょっぱい……」


『栄養価は高い食料です』


 やけに皮の厚い豆を齧りながら、ヴィレッサは建物の影に身を寄せた。大通りの奥にある屋敷をぼんやりと眺める。

 そろそろ選択しないといけない。

 どちらの方法で金策をするか―――真っ当に稼ぐか、強奪するか、だ。


 まず真っ当に稼ぐ手段として『魔獣狩り』がある。『討伐士』とも呼ばれる荒くれ者達が担う仕事は、いまのヴィレッサには最適かと思われた。

 この街はそれなりに発展していて、周囲には簡素ながらも石壁が築かれている。けれど街の外には開拓地もあり、近くにある森の奥では危険な魔獣と遭遇できる。

 そうした魔獣を狩って素材を売りさばけばいい。


 レミディアの各所には『魔力災害』が起こる地域もある。高濃度魔素が停滞する地域が点在しているため、魔獣が多く、それに対する討伐士への需要も比較的高い。

 この街にも魔獣の素材を扱っている店がある。小さな子供でも、実際に狩った魔獣を持っていけば文句は言われない。

 ただし、魔獣と遭遇できるかは運任せになってしまう。

 時間も掛かる。ヴィレッサとしては一刻も早く食事にありつきたい。

 そして、もうひとつの手段、『強奪』となれば時間は掛からない。


「この国で偉いってことは教会の仲間だ。心も痛まねえ」


『あの程度の屋敷でしたら、一撃で跡形も無く破壊可能です』


「いや、金目の物まで壊したら本末転倒だろ」


 まるで悪党みたいな会話をしながら、ヴィレッサが目を向けたのは領主の屋敷だ。

 この街と、いくつかの近隣村を治めるだけの小領主だが、仮にも貴族なので間違いなく金は持っている。屋敷には見張りの兵士もいるが、脅威にはならないだろう。

 だけど―――と、ヴィレッサは街の風景へ目を移す。


 これといった特徴がない街だ。魔獣狩りに従事する荒くれ者が多いので、治安の乱れも窺える。どちらかと言えば、暗い顔をした住民の方が多い。領主の屋敷と、それに並んだ教会の建物ばかりが、やたらと綺麗な造りをしている。

 それでも、お腹を空かせた子供に食べ物を恵んでくれる者もいた。


「身勝手な都合で奪ったら、アイツラと同じだからな……」


 溜め息を落としてから、ヴィレッサは街の外へと足を向けた。

 けれどすぐに立ち止まって首を傾げる。大通りを進んでくる兵士の一団が目に留まった。


「ディード」


『はい。いつでも戦闘へと移行できます』


 ヴィレッサは小声で警戒を促すと、外套の下に隠した魔導銃へ手を添えた。

 自分の正体がバレたのでは―――しかしそんな危惧は、杞憂に終わった。

 数名の兵士に囲まれる形で、二人の少女が縄で縛られていた。どうやら何かしらの罪で捕まり、領主の館へ連行されるのだと、ヴィレッサにも見て取れた。


 犯罪者が捕まったというだけなら、取り立てて珍しい光景でもない。

 しかしその二人は、実に特徴的な少女だった。

 一人は頭の上に犬みたいな耳を生やしている。太い銀色の尻尾もある、この辺りでは珍しい狼型の獣人種だ。

 もう一方の少女は真っ黒なローブを纏い、大きな三角帽子を被っている。まるっきり物語に出てくる魔女といった格好だ。髪も瞳も黒い。けれど肌は白磁のように美しく、赤縁の眼鏡とともに鮮烈な印象を与えてくる。


 どちらもまだ二十歳にも達していないだろう。そんな少女達が、いったいどんな理由で領主の元へと連れて行かれるのか?

 ヴィレッサは疑問を覚えたが、大通りにいた住民の反応は少々違っていた。


 ―――またか。今月に入って、もう十人以上だぞ―――


 ―――哀れだねえ。獣人とはいえ、あんな女の子が―――


 ―――迂闊なことは言うなよ。俺たちだって、いつ魔獣の餌にされるか―――


 囁き合う声に耳を傾けて、ヴィレッサはフードを目深に下ろした。


「……なんだ、遠慮する必要はなさそうだぜ」


 踵を返し、領主の屋敷へと向かう。

 一粒だけ残っていた焼き豆を口に放り込んで、勢いよく噛み砕いた。


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