古代遺物との邂逅、そして反撃の魔弾②


 研究室は静寂に包まれる。

 しかし全員の視線が、淡く輝く魔導銃へと注がれていた。


『汎用型極式魔導銃「万魔流転」です。機能説明を行いますか?』


「あ、ああ……頼む」


 戸惑いながらも、ヴィレッサはしっかりと頷く。

 その瞬間、頭に情報が流れ込んできた。

 視界が歪む。脳内で細かな粒子が駆け巡る。

 全体を形作る流体魔鋼の組成、緻密な内部構造、魔弾生成の行程―――。

 銃器の詳細な情報というだけでも膨大な量がある。大人でさえ悲鳴を上げるところだ。ましてや子供では、情報を構成する単語にすら追いつけない。


 だが、ヴィレッサは一瞬ですべてを理解できた。

 あるいは、生まれながらに持っていた異世界知識のおかげだろうか。

 カチリ、と。

 まるで歯車が噛み合うみたいに、小気味良い爽快感が全身を駆け抜けていった。


 正しく汎用型。それでいてすべてが殺戮に特化した数多の機能。『万魔殿

パンデモニウム

』を模した名に相応しく、敵対者にとって悪魔以上に恐怖をもたらす武器となる。

 無限魔力を持つ自分だけが扱える、戦略級兵器だ。

 一度でも引き金を弾けば戻れない。血に染まった道を歩むことになる。

 殺して、殺して、殺し尽くして、自分一人だけが残される。

 きっともうみんなと笑い合えない。あの温かい場所には帰れない。

 だけど、それでも―――ヴィレッサは強く握った魔導銃を胸元に抱え込んだ。


「……シャロン先生、ごめんなさい……」


 呟き、立ち上がる。強化術を発動させて手枷を砕き散らした。

 空中に舞う木片を眺めながら、ああ、と熱い息を吐く。

 胸には解放感が込み上げてくる。激情が訴えてくる。

 怒りも、憎しみも、恨みも、すべてをぶつけても許されるのだ、と。


 だから、胸が張り裂けそうなほどの喜びに突き動かされるまま―――、

 ヴィレッサは三日月型に口元を吊り上げた。


「いいぜ、最高だ。殺しまくってやる。力を貸しやがれ!」


『了解。待機状態を解除。速射形態へ移行。

 照準との視覚リンク正常。

 全機能への魔力伝達確認。魔弾生成、完了。戦術データベース、アクセス。

 どうぞご存分に、マスター』


 淡々と告げると同時に、魔導銃が強い光を放った。溢れる魔力光の中で、立体パズルみたいに銃身が分かれていく。一部は流体のように複雑な変形をして、またすぐに硬質の銃へと戻る。同じ形状をした、二丁の魔導銃へと。

 そうして変形を終えた魔導銃は、それぞれがヴィレッサの両手に握られた。


「せ、聖遺物が完全に起動しただと……? バカな! 何故、異教徒の手で!」


 白鎧の兵士が、現実と信仰の乖離を認められずに罵声を上げる。

 けれどヴィレッサには、そんな困惑に付き合ってやる義理はなかった。右手の銃を無雑作に掲げる。喧しい兵士へ狙いを定め、一拍の間を置いてから引き金を弾いた。

 弾倉が回転し、火薬が爆発したような光が漏れる。発射の反動も僅かに腕を揺らした。

 すべては銃に似せた演出―――。

 しかし威力は本物で、放たれた魔弾は、鎧に守られた胸部をあっさりと貫いた。

 拳大の風穴を開けられて、兵士は派手に鮮血を散らしながら倒れる。


「……情報通りだな。強化術を発動させた相手でも避けられない」


『肯定。待機状態時に収集した情報に誤りは確認されません。私から放たれる魔弾の速度は、この時代の一般的兵士の反応速度を凌駕するものと再認識しました』


「もってまわった言い方しやがって。要するに、テメエはすげえってことだろ?」


『兵器として信頼していただけるのは光栄です』


 言葉自体は得意気だったが、魔導銃が発する口調はまったく乱れない。

 ちぐはぐな態度に苦笑を漏らしつつも、ヴィレッサは冷静に次の標的へ銃口を向けた。


「降伏するなら、命だけは助けてやるぜ?」


「図に乗るな、異教徒が! 所詮は魔導銃ではないか!」


 残された兵士は一名。しかし怯むことなく剣を抜くと、即座に強化術を発動させた。

 同時に体の正面に魔法陣を描く。四角に×印を重ねるだけの簡素な魔法陣だが、それはかつて帝国を破滅から救った優秀な防護魔術だ。


 半透明の障壁が、兵士の前面を覆う形で展開される。ほんの数呼吸の時間で消えてしまうが、接近戦に持ち込むには充分な時間だ。並大抵の衝撃では小揺るぎもしない障壁は、既存の魔導銃相手ならば何十発の直撃でも耐えられる。

 この障壁が展開された時点で、魔導銃は無力と化す。そのはずだった。

 しかしヴィレッサは悠然とした笑みを崩さない。


「いいのか、所詮とか言って? テメエらにとっては聖遺物なんだろ?」


「だ、黙っ―――」


 兵士は永遠に沈黙した。

 両手の銃から速射された数発の魔弾は、兵士の全身を瞬く間に肉塊へと変える。

 およそ人間では反応できない速度は、先程も確かめた通り。加えて、放たれる魔弾にはあらゆる魔術を貫く効果も付随していた。障壁を張って油断している人間など、良い的でしかなかった。


「威力は、人間相手なら充分だな。むしろオーバーキルか」


『強固な外皮を纏った生物との戦闘も想定されております。いずれにせよ、着弾時に分子崩壊効果が生まれますので、有効な殺傷能力が発揮されます』


 外皮を破り、到達した魔弾が内部から爆殺する。

 製作者の正気を疑えるほど、とんでもなくエグい殺傷兵器だと言える。


「子供に持たせていいモノじゃねえよ」


 ヴィレッサは自嘲気味に咽喉を鳴らして、部屋に残った最後の敵へと目を向けた。

 研究室の一角には血溜まりができている。兵士の一人は胸を貫かれ、もう一人は原形を留めないほどに破壊されたのだ。

 その凄惨な光景を前にして―――。


「ははっ、あははははっ! 凄いな、本当に意思を持った魔導遺物だ! いや、それ自体は分かっていたんだ。だがこれで研究は飛躍的に進む。さあ教えてくれ! 君達を作ったのは何者なんだ? 太古の文明はどんなものだった? それに―――」


 嬉々として目を輝かせたオルェンは、一気にまくしたてながらヴィレッサへ詰め寄る。

 研究者の狂気じみた情熱には、ヴィレッサも眉を揺らさずにはいられなかった。けれど侮蔑の眼差しを向けたまま、ヴィレッサは冷ややかに魔導銃を動かした。

 詰め寄ってきたオルェンの額へ、銃口を突きつける。


「黙れ。質問するのはこっちだ」


「ん? ああ、なるほど。急に力を手に入れて気が大きくなっているのだな。しかし忘れるのはよくないな。君はまだ囚われの身なのだと、しっかりと認識したまえ」


 オルェンは片手を掲げると、その指にはめられた指輪を見せつけた。

 ヴィレッサにも見覚えがある指輪だ。ガラディスに首輪を掛けられた際に、その効果も身をもって知らされている。


「君の身柄とともに、この指輪も送られてきた。『隷属の首輪』と『主の指輪』、これは実に優秀な魔導具でね。この指輪をはめた主人を傷つければ、その痛みはそのまま奴隷へと返る。だから反抗は無意味なのだよ。ましてや殺害など―――」


「あたしは、黙れって言ったんだぜ?」


 ヴィレッサは冷淡に告げると、銃口の向きをずらした。

 指輪をはめたオルェンの右手へと。そして引き金を弾く。

 鮮血が飛び散り、オルェンの右手は手首から先が消し飛んだ。


「なっ、ぁ、が、っ……!」


「まあ、悲鳴くらいは許してやるぜ。あたしは狂信者と違って寛大だからな」


 マッドな研究者とも違って、分かり易く状況も教えてやる。

 ヴィレッサは強化術を発動させたまま、自らの首へと手を伸ばした。強引に外せば死をもたらすという首輪を、躊躇なく、力任せに引き千切る。

 僅かに赤黒い閃光が放たれたが、それはヴィレッサに傷一つ負わせられなかった。


「機械的な仕掛けだったら違ったがな。あたしには、一切の魔術が効かねえ」


 実に単純な話だ。

 最初に首輪の効果を見せられた時も、ヴィレッサは苦しむ演技をしただけだった。


「んで、テメエの命は魔弾の一発で簡単に散るって訳だ。理解したか?」


「ま、待て! 私の頭脳を失うのは多大な損失で、ひぃっ!」


「だったら、その優秀な頭脳で覚えろ。テメエが喋っていいのは質問の答えだけだ」


 オルェンの襟首を掴み、引き倒すと、頭を踏みつけて固定する。そうしてヴィレッサはあらためて銃口を突きつけた。

 無様に震える男を見下ろしながら、首を傾げてみせる。


「さぁて、何から話してもらうかなぁ」


 とはいえ、悠長に尋問を楽しむつもりはなかった。

 助けを呼ばれたら厄介な事態になりかねない。強大な力を得たとはいえ、ヴィレッサ自身は小さな子供に過ぎないのだ。

 だからまずは、生かすか殺すかを決める。


「さっきの話からすると、テメエが飛翔船の開発者で間違いねえな?」


「あ、ああ。あれの心臓部と言える浮力発生装置は私が作り上げた。玩具としか思えない魔導遺物の術式を解明して、大勢の魔術師で扱えるように改良を」


「細けえ部分まで聞いてねえんだよ! 要点をまとめて喋りやがれ!」


 苛立ちを吐き出し、ぐりぐりと銃口を押しつける。怒りに任せて引き金を弾きそうにもなったが、一呼吸を置いて、ヴィレッサは低く声を落とした。


「あたしの村は、レミディアの兵士に滅ぼされた。テメエが作った、飛翔船に乗ってやってきた兵士どもに襲われたんだ」


「そ、それは報告で聞いているが……?」


「……村の生き残りであるあたしに、何か言いたいことはあるか?」


「何か、と言われても……アレの運用に興味はあったが、ほとんどの問題点は予測されていたからな。不意を突くには良いが、やはり敵地への強襲では―――」


 最後まで聞かず、ヴィレッサは魔弾を撃ち放った。

 至近距離で放たれた魔弾は外れるはずもなく、オルェンの頭を吹き飛ばす。

 残ったのは首から下のみ、痩せた死体を包む黄金色のローブは一際悪趣味なものに見えた。

 一言の謝罪か後悔でもあれば結果は違ったのに―――。


「はっ、言い訳なんざ聞きたくなかったがな」


 一瞬だけ表情を消したヴィレッサだが、またすぐに口元を吊り上げた。








 無限魔力を持つ者のために作られた、『極式』魔導遺物―――。

 その秘められた力は従来の魔導遺物を超越している。燃料となる魔力の供給量を考慮に入れなくてよいのだから、性能が上がるのは当然だろう。例えば数を揃えることを優先した量産品の剣と、ひたすらに性能を求めた一品物の剣では、どちらが上なのか?

 求めるところが違うとはいえ、制限は無い方が良いに決まっている。


 ヴィレッサが手にした『万魔流転』も、それひとつで、使い方次第では十万の軍勢すら蹴散らせる性能を備えていた。

 そして、もうひとつ―――。


「なんにしても『万魔流転』ってのは言い難いな。イメージも悪いぜ」


『数千年の歴史ある名前を全否定ですか。驚嘆です』


「歴史って、ほとんどの時間は眠ってたんだろ? 偉そうに言えることかよ」


『事実を述べたまでです』


 まだ死体が転がる研究室の奥で、ヴィレッサはいくつもの箱を引っ繰り返していた。貴重な古代遺産やら資料やらが散乱するが、構ってはいられない。

 もうひとつの『極式』魔導遺物があると、『万魔流転』が教えてくれたのだ。


「ん~、パンデミック……いまいちだな。ディードでいいか」


『……もしや、私の呼び名ですか?』


「悪くねえだろ? 少なくとも、舌は噛まねえで済みそうだ」


『もはや原形を留めていないようですが』


「いいんだよ、こういうのは響きが大切だ。一文字は合ってる……っと」


 目当ての品を見つけて、ヴィレッサは言葉を止めた。

 魔導銃が収められていたのと似た銀色の箱だ。留め金を外すと、中には真っ赤な外套が丁寧に折り畳まれた状態で置かれていた。


『彼女が軽量型極式魔導装衣、『赤狼之加護』です』


「こいつも、喋るのか?」


『否定します。私との併用が前提ですので、擬似人格は備わっておりません。ですので、彼女の機能補助も私が受け持ちます』


「要するに、おまえのオプションパーツみてえなもんか」


 ともかくも試してみようと、ヴィレッサは外套に袖を通す。子供の身では裾を引きずるはずだったが、魔力を通した途端に『赤狼之加護』は変形した。

 袖や裾の長さだけでなく、一部が分離して、ショートパンツやグローブ、靴にまで変化して全身を包んだ。やや驚かされたヴィレッサだが不快感はない。すっぽりと頭を覆ったフードも、視界を遮らないよう調整されていた。


『私自身は攻撃能力に特化しています。対して彼女は防御、物理保護を担当します。この時代の刀剣類ならば、およそ切断は不可能でしょう』


「そいつは心強いが、衝撃なんかはどうなる?」


『熊に殴られても痒い程度です』


 なるほど。いまならブルド・ボアとも殴り合えそうだ。

 柔らかな着心地も悪くない。むしろ快適なくらいだ、が、


「……? このフードからか? なんか音楽が聞こえるんだが……」


『戦闘時の精神安定効果を狙っております。収録曲は約八百万曲です』


「むしろ集中が乱されそうだぞ。これ、アニソンだよな?」


『ご心配せずとも、他人には聞こえません。指向性音響システムを搭載しております』


「無駄に高性能だな、おい」


 しかし、そういう問題ではないような気がする。

 音楽の知識が、自分の持つ異世界知識と重なる。偶然ではけっして有り得ない。

 いったい、どういうことなのか―――。


 まあいい、とヴィレッサは思考を打ち切った。細かな疑問は頭の隅へと追いやる。

 そうしてひとつ息を吐くと、あらためて両手に魔導銃を握った。

 あまり時間の余裕もない。そもそも死体の転がる部屋で呑気に会話するなど、それこそ精神に異常をきたしそうだった。


「それじゃ、そろそろ行くとするか」


 ヴィレッサは部屋の窓へ目を向ける。建物の中央、三階にある研究室からは、停泊している飛翔船の姿も見て取れた。

 相手に損害を与え、同時に騒動を起こすには良い標的だろう。


「脱出劇ってのは、派手にいくもんだよな?」


『肯定。砲撃形態へと移行します』


 あるいはそれは、虐殺形態とも呼ぶべき姿だ。

 破壊の化身となった相棒を手に、ヴィレッサは愛らしい狂笑を浮かべた。


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