戦乱の予兆②


 帝国の東、南北に伸びるジュニール山脈を挟んで、レミディア聖教国は力を蓄えている。土地はそこそこに豊かだが、『魔力災害』が頻発する地域も点在している。しかし『魔導遺物』が発見される古代遺跡が多く、兵力は侮れない。

 モゼルドボディア教を国教として以来、周辺国への圧力を強めている。「すべての魔導遺物は神が創りしもの。よって、教会に譲渡するべきである」などと周辺国を恫喝しているのだ。


「うん。狂ってるね」


「貴方は時々、容赦無い物言いするわね」


 午前中の勉強を終えて、ヴィレッサたちは修道院の掃除をしていた。その傍らに、国際情勢についての特別講義をお願いしたのだ。

 雑巾を絞りながら、ヴィレッサは呆れ混じりの息を落とす。


「だってそんな要求、他の国が飲むはずない」


「それはレミディア国も分かってるでしょうね。でも戦争をするには、大義名分が必要になるのよ」


 子供にする話じゃないわね、とシャロンは苦笑する。

 魔導遺物―――古代遺跡から発掘されるそれは、謂わば戦略級兵器だ。魔術に適性があるように、使い手を選ぶが、強力な魔導遺物は数万の軍に匹敵する戦力となる。

 下手をすれば個人の力で国同士の戦争が左右されるのだ。だから魔導遺物と、その使い手は国によって手厚く保護される。帝国でも魔術師とは一線を画し、『魔導士』の称号を与えて貴族と同等以上の扱いをしている。


 断傲剣ルギフェルド。不滅骸鎧ゼル・ガラフ。凍珠ゴールヴェニア―――。

 帝国人なら子供でも知っている魔導遺物だ。その使い手である魔導士の名とともに英雄譚みたいに語られている。かなり脚色されている部分もあるにしても、魔導遺物の力が帝国の領土を確たるものにしているのは間違いない。


「私でも練習すれば使えるようになるかなあ」


「ふふっ、可能性はあるかもね。だけどまずは魔導灯を使えるようにならないと」


「あれも魔導遺物なの?」


「遺物、ではないわね。作れる物だから。でも同じ技術を使っていて……」


 魔導灯とは、魔力を注ぐと一定時間の灯りが点されるランプみたいな物だ。帝国では庶民でも買えるくらいの値段で普及している。修道院にもひとつあるし、ヴィレッサは赤ん坊の頃にも母親が使っているのを見た覚えがあった。

 やはり無効化魔素の影響で、ヴィレッサは満足に動かせないのだが―――、

 そんな話をしている内に、ルヴィスが雑巾と水桶を抱えてやって来た。


「先生、向こうの掃除は終わりました!」


「早かったわね。こっちも、お喋りばかりしてないで終わらせましょう」


「ん。頑張る」


 ヴィレッサは子供らしく頷いて窓拭きを再開する。魔力で足場を作って、高い処まで丁寧に汚れを拭き取っていく。


「貴方の魔力は、使いようによっては本当に便利そうね」


「先生、誉めちゃダメです。お姉ちゃんがまた無茶しちゃいますから」


「……そんなこと、しないよ?」


 窓を拭きながら抗弁したヴィレッサだったが、ルヴィスに睨まれると目を逸らしてしまうのだった。






 修道院の掃除を終えて、ヴィレッサとルヴィスは村外れの野原へ足を運んだ。陽が暮れるまで魔術の稽古をするのが、最近の日課になっている。

 言い出したのはルヴィスで、どうやらブルド・ボア騒動で思うところがあったらしい。


「お姉ちゃんは、私が守るんだから!」


「いいや。次に魔獣が現われたら、絶対に俺がやっつけてやる!」


 後からカミルもやってきて、ルヴィスと口喧嘩しながら木剣を振っていた。身体強化術を発動させつつ、シャロンから教わった基本の型を繰り返している。


「私が強くなれば解決じゃないかな?」


「そんなのダメ! お姉ちゃん、また無茶するつもりでしょ!」


「そうだ。シャロン先生にも見張ってろって言われてるんだからな!」


 啀み合いながらも、ヴィレッサへの監視役としては二人で意気投合していた。

 ここまで子供に心配されると、さすがにへこむ。

 そんな不満を眉根に寄せるヴィレッサだったが、実際にやらかしてしまっているのだ。

 前科がある以上、口論しても分が悪い。


「分かった。大人しくしてる」


 ヴィレッサは芝生に腰を下ろして、二人を見守ることにした。それでもこっそりと体内で魔力を巡らせて、制御する練習をしておく。

 魔力を制御する。つまりは意志の力で動かす。

 それも考えてみれば不思議なことだ。電力やら磁力やらを知っているヴィレッサとしては、少々受け入れ難い。まあスイッチを入れれば機械が動くように、そういうものと単純に認めてはいるのだけど。


 そもそも魔力とは、どういう理屈で生まれてくるのか?

 魂から溢れてくるとは聞いているが―――。


「……どうでもいいか」


 ぼんやりと呟いて、ヴィレッサは沈みかけている夕陽を眺めた。

 太陽は東から昇って西へと沈む。当り前のことだが、異世界を知っているヴィレッサとしては感慨を覚えないでもない。

 この世界でも自然は変わらないんだな、と。


「あっちが帝都で、それで……」


 夕陽とは逆の方向へ顔を向けつつ、ヴィレッサは空中に魔力を浮かべた。階段を作って高くまで登り、遥か遠くへと視線を送る。

 村の畑を挟んで深い森が広がっていて、さらに向こうには山脈が連なっている。


 ジュニール山脈。この天然の国境線のおかげで、帝国の守りは磐石のものとなっている。山脈の切れ目は帝国領北東端のみ。そこに築かれた強固な砦は、レミディア聖教国からの侵攻を幾度も阻んでいる。

 南には海も広がっているが、そちらからの侵攻には、この領地を治めるヴァイマー伯爵が目を光らせている。海上貿易を担う港町も抱えているので、海賊対策もあり、海軍の錬度は極めて高い。


 ウルムス村は帝国領の東端、南寄りだが、いずれにしても戦争に巻き込まれる可能性は低い。たとえ戦火が広がったとしても、村人全員で逃げる時間もあるだろう。


「やっぱり、気にしすぎかな」


 ヴィレッサは視線を落として、自分の心情を見つめなおす。

 魔獣に襲われたことで、少々神経質になっている感はある。

 この世界は、自分の知識よりもずっと危険が多い。だけど小さな村の中しか知らない子供の身で気に掛けても―――。


「ん……?」


 ふと、ヴィレッサは首を回した。

 夕陽が金髪に反射して視界を乱す。けれど乱れた視界でも、それを見て取るには充分だった。

 南の平原から土煙が上がっている。無数の影が迫ってくる。

 騎馬に跨り、甲冑に身を包み、隊列を組んでいるそれは―――軍隊。

 あまりにも理解し難い光景に、ヴィレッサは顔色を失って立ち尽くした。

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