第17話 魔導士の集い - 3

「とうちゃ〜く。南の魔導士ただいま参上!」


と陽気な声があたりに響く。驚いて振り返ると、20歳くらいの男性がすぐ近くに立っていた。この人が南の魔導士だろう。短く刈り込んだ髪の毛は黒、瞳の色も黒だ。獣人族でトラの耳を持っている。背は高く、たくましいとまでは言わないが、適度に筋肉が付いた身体をしている。さっきのセリフといいテンションが高めな気がする。


「遅いじゃないか! どこで油を売っていたんだい! またどっかの娘にちょっかいを掛けてたんじゃないだろうね。」


「ララ女王様、人聞きが悪いですよ。盗賊に襲われていた娘が居たのでちょっと助けていただけです。まあ、その後娘に感謝されて色々ありましたけどね。」


と南の魔導士が答えるとララさんが頭を抱える。いつものことなんだろうか。


「それで、草原の魔導士は何処です。若い娘と聞いて楽しみにして来たんですよ。」


といいつつ南の魔導士は、周りをキョロキョロと見回している。


「まったく男って奴はどいつもこいつも...。あんたの目は節穴かい? 草原の魔導士はあんたの目の前にいるよ。」


というララさんの言葉に、初めて南の魔導士の目が私に焦点を結ぶ。とたんに落胆が顔に出る。分かりやすい人だ。好きには成れないけど。


「そんな! こんなの詐欺じゃないですか。」


「嘘はいってないだろうが、若い娘だよ。」


「そんな...。分かっていたら昨日助けた娘ともっと時間を掛けて親密になっていたのに。」


「その娘さんは幸運だったね。あんたみたいなのと付き合ったら不幸になるだけさ。それより草原の魔導士に挨拶したらどうなんだい。」


「あー、南の魔導士のトスカだ、よろしく。ガッカリしないでね、後10年もすれば君だって僕の相手に相応しくなるかもしれないよ。」


「イルです。ご心配なく、私には将来を誓い合った相手が居ますので。」


と返す。もちろんアマルのことだ。この人と比べるとアマルの良さが良く分かる。ララさんが面白そうに笑っている。


「ははっ、一本取られたね。まあ、席に付きな。茶でも飲みながら話をしようじゃないか。」


それから皆で席について、ララさんから地竜を駆除する方法について説明を受ける。トスカさんも地竜の駆除には同意しているらしく。その点の確認は無かった。後でなぜ協力する気に成ったのか尋ねると、「遊牧民にも若くて美しい娘は沢山いるからね。」との答えが返ってきた(聞かなきゃよかった)。

 ララさんの作戦は、一言でいうと水責めによる砂の中からの追い出しだ。地竜の住む砂漠は標高が周りより低く、すり鉢状になっている。ここに大量の水を流し込んで砂漠を巨大な水溜りに変える。地竜は水に弱く、長い間水の中にいると死んでしまうという。それほどの大量の水をどこからどうやって運ぶのかと言うと、まず水の供給源は海、海の水を転送の魔道具を使って砂漠に運ぶ。もちろんただの魔道具ではそれほどの大量の海水を転送できない。使うのはハルマン王国の技術者が作成した巨大魔道具、魔道具に組み合わせる魔晶石は女神様がララさんとラトスさんに残して行ったという巨大魔晶石だ、いざと言うときに使えということだったらしい。魔道具は船に乗せて砂漠の近くまで搬送中。

 魔道具を海に沈めれば、あらかじめ設定してある砂漠のど真ん中及び砂漠の周辺を囲む複数の地点に海の水を転送し始める。魔晶石に充填されている魔力が尽きるまでずっとだ。そうなったら、地竜たちは死に物狂いで水の無い土地へ逃げ出そうと砂の上に出てくるだろう。だが、数百匹の地竜を4人だけで絶滅させるのは無理だ。だからララさんの作戦では地竜の女王を殺すことを最優先とし、それ以外の地竜は無視する。地竜は蜂や蟻と同じで、子供を産むのは女王のみだとララさんは言う。だから女王さえ殺せば、残りの地竜は増えることが出来ずいずれは死に絶える。それまでには周辺に少しは被害が残るだろうが、幸いにして砂漠の周りは無人地帯が広がっている。被害は少ないだろうとのこと。

 ララさんの作戦は概ね理解した。女王を殺したとしても通常の地竜による被害が残るのが気になるが、現在でも砂漠の周辺では地竜の被害が広がっているのだ、現状より悪くなるわけではない。しかも魔道具には海水を転送する際塩分を除去する機能まで付いているらしい。作戦終了後の塩害の心配もない。悩ましいのは、私がこの作戦に参加することを母さんと兄さんが許してくれるかどうかだ。なにせ私は5歳の子供なのだ、普通は許してくれないだろう。特に母さんを説得する自信は皆無だ。


 ララさんにこの話をすると、


「こりゃ困ったね。親が子供の心配をするのは当然だろうしね...。」


と考えこんだあげく、意外なことを言い出した。


「確かに5歳の子供に竜退治をさせようだなんて、私がどうかしていたよ。イル、今回あんたは自宅待機だ。もともと地竜退治は私達3人で行う予定だったしね。あんたに加わってもらうのはありがたいが、絶対に必要な訳じゃない。母親に心配させてまでやらなくて良いさ。」


「え? いいんですか? 」


だって、地竜の一番の被害者は遊牧民だよ、その遊牧民である私が何もしないで良いなんて...。ララさんはなんて優しい女王様なんだろう。


「心配しなさんな、その分トスカをこき使うだけの話さ。」


トスカさんが 「エーッ」という顔をしたが、何も言わなかった。案外トスカさんも良い人なのかもしれない。考えてみれば、ここに来るのが遅れたのも盗賊に襲われている女の人を助けてあげたからだしね。


 そう言う訳で、私は他の魔導士達とお別れし母さんと同じ寝床に戻った。私の掛けた魔法の所為でぐっすりと寝ている母さんに抱き着きながら、私はこれで良かったのだろうかと考えていた。考えれば考えるほど何が正しいのか分からなくなる。でも、母さんに心配をかけるのだけはしたくない。ただでさえ父さんを亡くしたばかりで、一時は精神がおかしくなりかけていた。最近、ようやくいつもの母さんに戻ってくれたが、心に深い傷を負っているのは間違いない。この上私が余計な心労を掛ければ母さんの心が壊れかねない。それだけは何としても避けなければ。そうだ、私には何でも相談できる頼りになる兄さんが居るじゃないか、そう思うと少し気持ちが和らいだ。明日、起きたらさっそく話を聞いてもらおう。

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