第十二話 領都


「リーゼ様。本当だったのですね?」


 ミーシャと呼ばれた女性は、アーティファクトHONDA FITの前で止まる。


「ミーシャ!こっちがヤス。それで、僕を連れてきてくれた!アーティファクトだけど乗り心地も最高だよ?ミーシャも乗ってみる?」


「リーゼ様。自由なのはいいことですが・・・。その耳は・・・。はぁあねさんの苦労が・・・」


 垂れきっている耳を見て、ミーシャが呟いた。


「耳?割とはじめからリーゼはこんな感じだよな?」


「え?あっそうそう。僕の耳はこんな感じだよ。ね。ね。ミーシャ。そうだよね?」


 リーザはヤスに言われて自分の耳が垂れている事に気がついた。

 そして、ヤスから初めからこんな感じだったと聞かされて、自分の気持ちに気がついたのだが、恥ずかしさが勝ったのかミーシャに口止めをする事を考えた。今の時点でヤスにばれなければいいという安易な方法だがそれだけで今は十分だったのだ。


 ミーシャはすがるような目のリーゼを見て情けないやら嬉しいやら恥ずかしいやらいろんな感情が湧いて出てきている。


「はぁ・・・。わかりました。それで、貴殿がヤス殿ですか?」


 ヤスは、アーティファクトから降りてミーシャの前に立つ。

 場所は目測だがアーティファクトHONDA FITが作っている結界の中だ。いきなり襲われても問題ない。


「そうだ」


”エミリア。結界を俺のギリギリまでにできるか?”


”可能です”


”頼む”


”了”


「それが馬車よりも早いアーティファクトですか?」


「そうだ」


「なぁ俺もシロも今朝ユーラットの町を出て移動してきた」


 ミーシャはまだ何か聞きたい雰囲気があったのだがヤスがぶった切った。


「え?今朝?」


 だか、ヤスのセリフがミーシャが一番聞きたかったことなのはヤスは知らなかった。


「あぁそれで疲れているから、問題なければ領都に入ってリーゼおすすめの宿に泊まりたいのだけど、ダメか?話なら、明日冒険者ギルドに行くからその時にして欲しい」


「わかりました。そのアーティファクトのまま入られるのですか?」


「そのつもりだけど?君たちも馬車のまま宿屋に行くよね?何か違う?」


「・・・。わかりました」


 何か葛藤したのだが、たしかにアーティファクトだが馬車だと言われてしまうと何も言えなくなってしまう。

 それだけではなく、アーティファクトをここに置いていって欲しいと伝えた場合は、何かあった場合には自分たちの責任になるが宿に停めたあとで何かあった時には領都の警備兵や宿側の責任を少しは追求する事ができる。


「うん。それで、あの人達に武器を降ろすように言ってください。怖くて、操作を間違えて踏んだり跳ねたりしたら困るのはそちらだと思いますよ?」


「・・・」


 ミーシャが後ろを振り向いて手をかざす。

 武器を構えていた者たちが武器をおろすのが確認できる。


「ヤス殿。ユーラットのギルド長からの書簡があると思いますが?」


「あるぞ?」


「見せていただいてよろしいですか?」


「あぁ」


 ヤスが懐から書簡を取り出して、ミーシャに見せる。


「確かに明日・・・。ですか?冒険者ギルドに来られた時に、受付に出していたければ解るようにしておきます」


「お願いします」


 ミーシャは書簡を確認だけしてヤスに返した。

 少しだけミーシャはヤスとリーゼから離れて護衛の者に何か指示を出す。


「ヤス殿。アーティファクトのままお願いします。それで申し訳ないのですが、周囲をこの者たちに守らせてください」


 ヤスには守らせて欲しいという言葉を使ったのだが、それが守るのはどちら向きなのか話をしていない。もちろん、ヤスもその事は気がついていたのだが、指摘するのも面倒だし、なによりも早く宿に入って休みたいと思っていたので無言でうなずいた。

 護衛たちに合わせた速度で移動を開始した。人の歩く速度ではアクセルの踏み込みに気を使うのだが無理して速度を上げる必要も無いし威嚇してもしょうがないので、ほぼクリープ現象だけでついていく事にしたのだ。


 門をくぐると街並みが見えてくる。

 ヤスが思い浮かべた”異世界”の街並みが”そこ”にはあった。ヤスのテンションが上がっていくのをリーゼは不思議な顔で見ている。


 ゆっくり走るアーティファクトに興味を無くしたリーゼがヤスに話しかける。


「ねぇヤス。”ここ”は開かないの?」


「ん?窓か?開くぞ?」


 ヤスは運転席で操作をして助手席の窓を下げる。

 モーター音に少しだけ驚いたが、開いていく窓を見ながら外から流れ込む風を楽しむように手を外に出す。


「ねぇねぇヤス。僕にもできる?」


「窓の開け閉めか?」


「うん!」


「そこの・・・。ドアの所にあるスイッチ・・。あぁそうそう。そこを押せば開け閉めができるぞ」


「わかった!」


 子供が楽しむように窓を開けたり閉めたり始めた。


「リーゼ。指を挟むなよ。指くらい簡単に切れるからな」


 もちろん安全装置が作動して挟んだ場合でも大丈夫な事はわかっているのだが、リーゼなら挟んでしまうような気がしたので注意の意味も込めて少しだけ脅した。ピタッと窓の開け閉めを辞めたリーゼがヤスの方を向いて”本当?”と聞いてきたのでうなずくにとどめた。

 それから、リーゼはおとなしく座っているだけにしたようだ。

 いろいろなボタンがあるので押したいのだろうけど、壊れたりしたら困るのでおとなしく座っている方を選んだようだ。走っている時には気にもならなかったのだが、速度がゆっくりになっていろいろ見えるようになったので余計に気になってしまっているようだ。


 10分位ゆっくりとした速度で領都の中を走っていると、ミーシャがリーゼを手招きした。リーゼはシートベルトを外してドアを開けた。もう乗り降りは一人でできるようだ。

 少しだけ外で話をしてから、リーゼが戻ってきた。


「ヤス。この先にあるのが宿で、アーティファクトは裏に馬車を停める場所があるからそっちに停めて欲しいと言われたよ」


「わかった。それだけか?」


「ううん。ミーシャが言うには、アーティファクトを盗まれないように護衛をつけるかと聞かれたけど・・・」


「エミリア。どうする?」


『マスター。個体名リーゼ。必要ありません。結界を発動して居ますので近づけません。攻撃を受けた場合の対処だけ決めてください』


「だって、リーゼはどうしたらいいと思う?」


「攻撃を受けた時に何ができるの?」


『個体名リーゼ。できる事は、3つです。ディアナで轢き殺す。跳ね飛ばす。クラクションを鳴らす。あとは”何もしない”です』


「ヤス。轢き殺すのはまずいと思うし、跳ね飛ばすのもダメだよね?」


「あぁ跳ね飛ばしたら多分死ぬ」


 リーゼは、ディアナがゴブリンを跳ねたときのことを思い出す。大きさは違うが、似たような事ができるだろうと考えたのだ。


「だよね」


「エミリア。ライトで襲撃者を特定して、クラクションを鳴らす事は可能か?」


『可能です』


「ヤス。ライトは、灯りだよね?前に神殿からユーラットに帰った時に使ったよね?」


「あぁ」


「それで、”くらくしょん”って何?」


「大きな音で周りに知らせる物だな」


「へぇ試せる?」


「試してもいいけどかなり大きな音がなるぞ?」


「うーん。ちょっとまってね。そうだ、ヤス。結界は解除してある?」


「解除してあるぞ?」


「ありがとう」


 リーゼは窓を開けて、身を乗り出してミーシャを呼ぶ。


「ねぇミーシャ。さっきの話だけど、音で周りに知らせるじゃダメ?」


「いいのですが、それで大丈夫なのですか?」


「うん。ヤス。説明して!」


 そこまで話したのなら全部言っても同じだろうとは思ったが、ヤスは簡単に説明する。

 まずは、アーティファクトがヤスにしか操作できない事。結界を張るので近づけない事。攻撃を受けたら大きな音を鳴らす事。


「わかりました。音の確認はできますか?」


「できるけど、かなり大きいぞ?」


「小さくはできますか?」


「そうだな。少し鳴らして見るから、びっくりするなよ。護衛の人にも言ってくれ」


「わかりました」


 ミーシャが護衛で来ている者たちに大声で、今からアーティファクトから音がなる。

 それだけ言ってヤスにやってくれとお願いしてきた。


 ヤスは、クラクションを軽く鳴らす。


 効果は十分だった

 日本では挨拶くらいの音の大きさだったのだが、攻撃性の音に聞こえたのだろう。護衛がびっくりしていたのがヤスにも確認できた。


「ヤス殿。今の音は半分位なのか?」


「いや、1/10くらいだな」


「あれで・・・。なのか?」


「あぁだから、十分抑止力にはなるだろう?」


「十分だな。わかった」


 やはりリーゼを手招きして、護衛を集めて話をする。


 リーゼが戻ってきてFITに乗り込む


「ヤス。決まったよ」


「おぉ」


 リーゼの誘導ナビ・・・。実際には、ミーシャが前を歩いて、アーティファクトを停める場所を指定された。

 何故かドヤ顔になっているリーゼを無視してヤスはFITを降りた。


 ミーシャが少し待って欲しいという事なので、リーゼが降りていることを確認してFITをロックする。


”エミリア。俺たちが離れたら結界を張って待機モード。攻撃されたらライトで威嚇してクラクションを鳴らせ”


”了”


 アーティファクトHONDA FITの準備が終わってヤスがリーゼを手招きした。

 リーゼが近くに来た時にミーシャが一人のエルフ族を連れてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る