第十三話 宿屋


「リーゼ様。お久しぶりです」


 ミーシャが連れてきたエルフはリーゼを”様”と呼んだあとでヤスの方を見てから


「貴殿がヤス殿ですか?」


「えぇそうです。貴方は?」


「失礼致しました。アフネス様からのご依頼で、領都にいる間は私たちの宿にお泊りください」


 そこで、しっかりとヤスの方を向き直して、頭を下げる。


「私は宿の店主をしています。ラナと言います」


「ヤスです。よろしくお願い致します」


「ラナおばさん!何回も言わせないで!僕の事は、リーゼでいいよ。僕・・・ハーフなのに・・・」


「いえ、姫様は姫様です。ミーシャ。貴方もしっかりしなさい」


 ヤスには、力関係はわからない。

 年齢もはっきりとしない。リーゼが若い事は解るのだが、ミーシャとラナとアフネスの年齢が全くわからない。聞いてはダメなことくらいは理解できているのだが、どう接していいのかがわからない状況だ。

 ヤスは、今の短いやり取りからいくつかのことを悟った。

 まずは、エルフ族というのかアフネスを頂点としたコロニーの結束の強さだ。多分、年齢順とかではなくアフネス以外がほぼ平等だと思えた。その中で、各個人での関係性が有るのだが、リーゼだけは別格と見て間違いは無いだろう。

 次に、もしかしてだが”ミーシャ”や”ラナ”は領都やギルドに入り込んだスパイではないかという疑惑だ。


 ヤスの疑惑は大筋で合っている。

 ミーシャとミーシャの護衛の男性とラナは、ユーラット出身という事になっている。アフネスがねじ込んだというよりも、ミーシャと護衛の男性はドーリスがやってくる前にギルドで働いていた。優秀だったので領都の冒険者ギルドに引き抜かれたのだ。ラナは、アフネスと話をして領都で”リーゼをトップとした集団”が安心して泊まれる場所を作ったのだ。もちろん、リーゼは全く知らないことだ。


 ヤスは気になっていたことを確認する事にした。

 ラナとリーゼが話をしているので、会話から少し外れた所にいるミーシャを手招きした。


「なんでしょうか?」


「あぁ疑問というか、教えて欲しい事が有るのですが?失礼にあたるかもしれませんがよろしいですか?」


「ん?私は、未婚だぞ?」


「いえ違います。気にはなっていましたが、リーゼの事なのですが・・・」


「耳の事なら秘密だぞ?」


「それも、エルフという種族の事だと思うので、無理には聞きません。これから、この辺りの街で過ごすにあたって注意しなければならない事だと思うのですが、なんでリーゼは”ハーフ”だという事に引け目を感じているのですか?」


「はぁ・・・、あねさんの言っていたとおりなのですね?」


「アフネスが何か?」


「いえ、この辺りの常識が無いと聞いていただけです」


「そうなのですか?でも、あなた達は、リーゼを差別していませんよね?それどころか、”姫様”と呼んでいる。それがわからないのです」


「長いですよ?」


「うーん。それならいいです。今度、アフネスにでも聞きます」


「え?あっその・・・。そんな難しい話では無いので聞いてください。あねさんに聞かれたら怒られます」


「そうなのですか?」


「えぇ・・・。それですね・・・」


 簡単な話だ。

 リーゼが小さい時に、人族の冒険者がリーゼを見てハーフだと蔑んだ。

 ラインライト法国から来ていた冒険者で神殿の攻略を目的にしていた。その為に、ユーラットを拠点として活動を開始した。法国は人族至上主義を貫いている。そのために、人族以外は1段下に見ているのだが、エルフやハイエルフには敬意をしめして”準人族”として扱うようになっている。それも失礼な話だが、法国としては一定の理解を示しているつもりなのだ。しかし、ハーフは”交わった者”として準魔物として扱うのだ。獣人以下と扱われる為に、リーゼはハーフである事がダメなものだと思ってしまったのだ。もちろん、アフネスやロブアンだけではなくユーラットの住民で違うという事を教え込んだが、効果はなかった。それだけ、リーゼの心に傷を残したのだ。

 それから、ハーフであることを”ダメな事”として考えるようになってしまったのだ。


 ミーシャは、ヤスには語らなかったのだがエルフの里の中にもハーフを忌み嫌う集団がある。その者たちが、リーゼが里に来ることを拒んでいる。


「わかった。よかったよ。リーゼに聞かなくて・・・」


「そうだな」


「それで、そのクズでバカな冒険者はどうなった?」


「さぁな。神殿攻略に行って戻ってこなかった。どこかで流れてきた魔物に襲われたか、後ろから飛んできた矢にでも当たったのではないか?」


「そうか、それなら気にする必要はなさそうだな」


「ん?ヤス殿は、私たちを批難しないのか?」


「どこに批難する要素がある?バカが、勝手に矢に当たって、助けが間に合わなくて魔物に襲われてしまっただけだろう?」


「ハハハ。次からはそういう事にする。確かに、助けが間に合わなかったからな。ギルド職員だった私がエルフ族だからと言って忠告を無視して神殿に向かったのだからな」


「それじゃしょうがないよな。忠告を無視しされたら、いつ助けに行っていいのかもわからないだろうからな」


「ヤス殿。気に入った。リーゼ様のことを頼む。人族だと聞いていたが、気持ちのよい男のようだな。私の事は、ミーシャと呼んでくれ」


「それなら、俺の事もヤスで頼む。”殿”とか”様”とか付けられるような人間じゃ無いからな」


「わかった。ヤス。明日、冒険者ギルドでまた詳しい話を聞かせてくれ」


「おぉ。それで、冒険者ギルドの場所を聞いてもいいか?」


「ん?あぁそうだったな。この宿屋の正面が冒険者ギルドだ」


「へ?」


「便利だろう?」


 ヤスは息を吐き出して、”あぁ”とだけ応じた。

 丁度、リーゼとラナの話も終わったようで、少しだけ顔を赤くしたリーゼがヤスの所に戻ってきた。


「ヤス。今日はどうするの?」


「疲れたから寝たい。風呂はないだろうから・・・身体を拭いて寝るよ。部屋は有ったのか?」


「・・・」


 リーゼがラナの方を見る。


「うん。なんか、宿がいっぱいで部屋が一つしかないから、一緒でもいい?」


「あぁ・・・」


 ヤスが、ミーシャとラナを見ると目をそらす。

 誰かアフネスからの命令でも入っているのだろう。


「わかった。それでいいよ。いざとなったら俺はアーティファクトHONDA FITで寝るからいいよ」


「えぇそれなら僕も一緒に・・・。アーティファクトの中の方が安全だよね?」


 また、ヤスはラナを見るが、目線を切られる。それだけではなく、ミーシャを呼びつけて何かを話し始める。

 多分、これ以上抵抗するともっと面倒な事になると思っている。実際に、1泊だけなら車中泊でも問題はないと思っている。


「わかった。わかった。一緒の部屋でいい。ベッドは2つあるのだよな?」


「・・・」


「リーゼ!」


「うん。大丈夫。2つあると・・・思うよ?」


「はぁ・・・。まぁ部屋に入れば解るか?料金は?」


「あ!おばさんが払ってくれると聞いているよ」


「だめだ。俺が払う。おい!ラナ!部屋の料金は、今日の夕飯と明日の朝飯。それから、もしかしたら連泊になるかもしれないから・・・。おいミーシャ!武器防具の査定にどのくらいの時間が必要だ?」


「ヤス。ユーラットのマスターから聞いている話通りだとしたら、査定には2日程度もらいたい。それから、神殿の事も聞きたいから、3日もらえると嬉しい」


「ラナ。今日入れて4泊。明日からは、俺とリーゼの部屋は別だ。無理なら他の宿に俺だけでも移る」


「ヤス殿。それは受け入れられないし無理だな」


「どういう事だ?」


 少しだけイラッとした声でヤスが問いただす。


「そのアーティファクトだよ。そんな物を預かってくれる宿屋はここくらいだ。それに、この時期は他の宿も部屋が埋まっている。ここだから、アンタ達の為に一部屋開けて待っていたのさ」


「この時期?」


「なんだ、知らないのか?」


「知っていると思うか?」


「・・・。リーゼ様はご存知ですよね?」


 皆の視線がリーゼに集まるが、さすがはリーゼ世間知らずのポンコツ。可愛く首を傾げるだけだ。知らなかったようだ。


「はぁ・・・。この時期は魔物の大量発生と重なっているので、なるべく領都から出ないようにする。魔物を討伐する為に、腕に覚えがある者が集まってきている」


「そうなのか・・・。それで、それはいつくらいだ?」


「まだ前兆が出始めたばかりだからはっきりしないが10日前後だと思う」


「そうか・・・。それならしょうがないな。武器や防具はいい時に持ってきたのだな」


「そうだな。今なら普段よりも高値になるのは間違いない。その代わり、宝石や魔石は値が下がるけどな」


「それなら、武器と防具だけ売ればいいさ。宝石や魔石は他でも換金できるだろう?」


 いろいろ話し合ったが結局はヤスとリーゼは同じ部屋に泊まる事になった。

 リーゼの耳がだらしなく垂れて真っ赤になっているのを、ラナとミーシャは複雑な気持ちで見ていた。

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