第3話

森の中を、多数の黒い影が蠢いていた。

森の中をゆっくりと進み続けるその群れは一体の魔獣を中心に構成されていた。

その怪物は周りの個体と比べて一際巨大だった。

十メートル程の巨大な体躯をしたそれは自らの"分身"を従え、ゆっくりと進み続ける。

ソレが目指すのは人の気配を感じる場所。

そう遠くない場所に人間が暮らす集落がある。

その魔獣——ガドロゲスにはそれがわかった。

明確な根拠があるわけではない。

本能的に感じるのだ。

そしてその血肉を欲する衝動もまた本能なのだろう。


『……アァァ……?』


そんな中、ガドロゲスの目は"獲物"を捉えた。

だがその獲物に違和感を感じた。

ソレは宙に浮いていた。

見えない床に立っているように、中空で静止している人物。

外套をなびかせこちらを見下ろしてくる一人の人間。


『シャアアアッ!』


ガドロゲスの咆哮に多数の"分身"がソレの存在に気づく。

こちらを見下ろす青年は何やらこちらに両手を掲げていた。

空中にいる獲物に攻撃を仕掛けようと戦闘態勢をとったその時。


「——」


青年が口を開き、なにかを呟いたその直後。

彼の正面から、無数の光線が発射された。


『シャアアアアアアアッ!?』


雨のように降り注ぐ光の矢。

広範囲に降り注ぐ攻撃に、魔獣たちは次々と射抜かれ絶命していく。

地面を抉り、周囲の木々が荒れ果てていく中、大量の血しぶきが飛び散る。


『アアアアアアッ!?』


次々と倒される"分身"たち。

その光景にガドロゲスは驚愕を隠せなかった。

やがて攻撃が止んだ頃、ガドロゲスの周囲には"分身"が一体も残っていなかった。


『アア……ッ!?』


驚愕するガドロゲスを他所にこの光景を招いた青年は、空中からゆっくりと地面に着地した。


「さて、リミアも安全な場所に置いてきたし……大丈夫だろう」


地面に降り立ったライクにガドロゲスは問答無用で襲いかかろうとする。

相手は自分より矮小な生物だ。

自分の半分もない体躯の獲物だ。

負けるはずがない。

ガドロゲスの巨大な拳がライクに振り下ろされる。


「……!」


咄嗟に後ろに飛んで攻撃を回避する。

轟音が鳴り響き地面を抉る一撃。

それを回避して空中で身を翻しながら、青年は魔獣と対峙する。


ライクはガドロゲスに向かって右手の掌を向ける。

すると彼の掌に僅かな気流が生まれる。

一瞬で収束する魔力を、青年は『詠唱』によって解き放つ。


「【レノ・ファルザ】」


その瞬間。

青年の正面から凄まじい勢いで大木の如き太さの光線が発射された。


「グ、ガアアアアッ!?」


光線の直撃を浴びるーはその膨大な熱量を前に、抵抗することはできなかった。

一瞬のうちに半身が消し飛び、その場には魔獣の僅かな残骸だけが残る。


致命傷を負った魔獣の身体が煙となって消えていく。

骨も肉すらも残らず煙となって消失する。

死ねば一切の痕跡が残らない。

それが魔獣の在り方だ。


やがてその場から魔獣の痕跡が全て消失する。

さっきまで魔獣の群れがいたとは思えぬほどに、静寂が満ちていた。


「……終わったか」


そう呟き、ライクは別の場所で待っている少女の元へ向かった。



「えっと……リミア?お願いがあるんだけど……今ここで見たことを、秘密にしてほしい」

「……えっ?」


ライクはリミアにそんなことを話しながら帰路を辿っていた。

彼等は空中を飛翔しながら村への道を進んでいた。


「な、なんでですか。あの魔獣を倒したのはあなたなんじゃないんですか?村のみんなに伝えればきっと……」

「ちょっと理由があるんだ。頼むからオレの事をあまり口外しないでほしい」

「……わかりました」


少し不服そうにしながら、リミアはうなづいた。

そうしているうちに、村が見えてくる。

前方では薄暗い闇の中で、村の明かりが薄々とした光を放っていた。


やがて村の入り口まであと百メートルというところまで近づいたその時、ライクは地面に向かって下降しゆっくり地面に着地した。


「よし、ここからは走ろう」

「ええっ?」

「オレは森で君を見つけて、魔獣から必死に逃げ回りながら君と一緒に脱出した。そういう設定なんだ」

「設定!?」


ライクの言うことに困惑しながらもリミアは彼とともに駆け出した。


「おい!帰ってきたぞ!」

「ほ、本当か!」


村の中からそんな声が聞こえてくる。

やがて二人は村の入り口にたどり着いた。

二人の帰還を知り、入り口に少数の村人たちが集まり始める。

息を切らしながら——ちょっとわざとらしい仕草で——ライクが口を開く。


「ハァ……ハァ。ほ、本当に逃げるのが大変でした!死ぬかと思った……!」


膝に手をつき、いかにもと言う仕草で肩を上下させる。

二人を迎える村人の中にはナケルの姿もあった。

彼は汗一つかいていない青年を不思議に思ったが、なにも言うことはしなかった。

ただ、娘の無事を知り、安堵の表情を浮かべた。


魔獣のこと、森での出来事、次々と村人たちの質問を浴びる二人を夜空に浮かぶ月光が照らしていた。

静かな夜に、喧騒が生まれていく。

これから起こる物語など、誰も知ることなく。


——これから先は、まだ、誰も知らない物語だ。

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誰も知らない物語 クロバンズ @Kutama

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