第40話 恋人と恋人つなぎと(最終回)
あれから数年後。
将来を決めて管理栄養士の資格を取るために大学に進んだ私は村を出ていた。
都会は何でも高くて最初は生活が大変だった。
一年くらい前からマンションの一室をルームシェアして暮らすようになった。
相方はモデルの女の子で――私の恋人。
一緒に暮らし始めてから売れ出して、ちょこちょこ国内外に呼ばれて出かけている。
せっかくクィーンサイズのベッドを買ったのに一人の時間の方が多くなってしまい、広いベッドでの一人寝は寒い。
人肌の温かさを知ってしまったから、愛し合えなくて余計に寂しい。
私と会うまでの彼女は精神的にも不安定だったらしく、よく癇癪を起して事務所の人達を困らせていた。それが私という存在によって大きく変わった――と事務所の人が言っていた。
ルームシェアも彼女からの強い希望と、是非にと事務所の要望もあって一緒に住むようになったのだ。
しかも取得中の資格のことを事務所が知って栄養面と体調管理を任されて、それが実技を伴ったアルバイトになっているので、色々な意味で助かっている。
もちろん、まだ資格が無いので計画を立てて事務所から資格のある人に確認をお願いする形になっている。
細身に似合わず食いしん坊な彼女のウェイトコントロールは大変だったらしくて、私の提案や食事は彼女と事務所にとても歓迎された。
私自身が彼女の綺麗なプロポーション崩したくないから努力したし、一緒に住んでいて触れる機会も多いから体調管理もしやすかった。
今のところは将来的には事務所の専属になって欲しいとお誘いも受けていた。
そして私は、その彼女を迎えに空港に来ている。
到着ロビーで待っていると赤いスーツケースをがらがら引いて彼女が歩いてきた。
久しぶりに会う彼女は嬉しそうな笑顔で手を振っている。
その笑顔だけで私は幸せな気持ちで一杯だ。
「たっだいまー。逢いたかったよー」
「おかえりなさい。お疲れさま」
走り寄った私は彼女にハグされて頬にキスされる。お返しに私も頬にキス。
ひとしきりハグして、私たちは歩き出す。
「ところで、ホントにこのまま里帰りするの?」
「そうだよ。話したとおり。せっかくの長めのオフをもらったんだから有効活用しなきゃ」
「それはそーなんだけどさー」
不安そうな面持ちで彼女は胸元に触る。その服の下には首から下げたお守り袋があるのを私は知っている。
不安になると彼女はお守り袋をよく触る。
綺麗な彼女に似合わないお守り袋。中には大切なものが入っているらしい。
でも、絶対に中は見せてくれない。それは恋人になった今でも。
「行きたくないの?」
「だってさー、海外から帰って来て疲れてるしさー。それに……」
彼女は左手を前にのばして薬指を動かす。その指には金とプラチナをらせん状に組み合わせたデザインリングがある。
同じように手をのばして動かす私の薬指にも同じリングが光る。
「いつもみたいに遊びに行くんじゃなくて…今回は結婚のお許しをもらいに行くんだよー。お嬢さんを下さいって」
あれ? 私が結婚したい――日本の法律ではまだ同性婚はできないからパートナーシップ証明書を発行してもらう――相手ですって紹介する話だったのに。
「今からもー心臓バクバクで、ぎょーんって飛び出しそう。
女なんかに娘がやれるかって言われたらどーしよー。もー怖くて怖くて」
がっくしと彼女が肩を落とす。
「大事な話があるって電話したから分かってると思うけどなぁ。あぁでももしかしたら、お父さんは反対するかも…」
冗談めかして言うとますます彼女の肩が落ちてしまった。
「うそうそ。冗談だから。卒業したらって条件が付くと思うけど大丈夫だよ、きっと。
それよりも時間無いよ。ちょっとは便利になっても家まではまだ遠いんだから、急げ急げ」
空いている方の手を握って引っ張ると、やっと顔を上げた彼女はまだぐずっている感じ。
「……私と結婚…パートナー証明取るのが嫌なの?」
「そんなこと無い無い!」
激しく頭を振って否定しても、まだ彼女は困ったような顔をして私を見る。
「そんなぐずぐずされると悲しいなぁ。別れて他の人を選んじゃおうかなぁ。それでもいい?」
そんなつもりなんてまったく無いのにちょっと意地悪して言ってみる。
「えっ、えっ、そっ、それだけは許してください。行きます行きます。
ちゃんと、ちっちえのご両親と話します。だからお願い、捨てないでー」
別れるという言葉に慌てて、涙目で必死になる彼女の姿が可愛いくて愛しい。
私は、彼女の唇にやさしく口付けして言った。
「ずっと大好きなのに別れられるわけ無いでしょ。ほら行くよ、ばか毬乃」
手をつないで――今は知っている――恋人つなぎをして私は毬乃と二人で歩き出した。
やさしいキスをしよう 紫光なる輝きの幸せを @violet-of-purpure
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます