第31話 約束破りと女の子の日と

 あれからずっと登校して来なかった毬乃は、週末になってやっと学校に来た。

 放課後の図書室に。


 図書室の入口に立っている毬乃は前の学校の制服じゃなくて、初めて村を案内した時に来ていたワンピースを着ていた。

 勇気を出す時のセレモニーって言っていたのを覚えている。

「病気だったの? 心配して何度も家に行ったんだよ。もう大丈夫なの? 来週から登校できる?」

 姿を見たことがうれしくてカウンターから私は立ち上がりかけて、中腰で止まる。

 毬乃が痩せていることに気付いたから。いつも一緒にいたから私には気のせいじゃないって分かる。

 それになんだか雰囲気が怖い。怖さを感じてか、お腹がずくんと痛んだ。

「ま…りの?」

 下唇をきゅっと噛んだ毬乃は何も言わないで私に近づくと右腕を強くつかんだ。

「痛っ、痛いよ」

 痛がる私を無視した毬乃は、右腕をつかんだまま引っ張るように外から死角になる窓に向かって歩く。

 謝りたいのに話を聞いてくれない。

「ねえ、毬乃。毬乃ってば」

 やっぱり無視されて私は窓に押し付けられた。落ちないようにつかまれていない方の腕で支えないといけないくらいに毬乃は身体を押し付けてくる。

 膝もお腹に押し付けられて痛い。

「あのね、毬乃。私ずっと謝りたくて――」

「ちえは、わたしのコト大好きだよね?」

 私の言葉をさえぎって質問する毬乃の顔が誰かに似て見える気がする。

「もちろん大好きだよ。だから嫉妬しちゃってひどいこと言って、ごめんなさい…」

 黒いどろどろの正体。

 毬乃のいない寂しい日を過ごして、やっと気付いた。

 後輩の子が毬乃に触れているのが嫌だったからだって。

 毬乃が他の女の子に触っているのが嫌なんだって。

 やきもちなんて柔らかい気持ちじゃなくて嫉妬って言う強い気持ちだって思った。

 自分の気持ちを押し付けてひどいことを言ったって自覚したから私は謝った。

 今度は、私も逃げないで毬乃と一緒にあの子と向き合わせてほしいって伝えたかった。


 でも、今日の毬乃は話を聞いてくれない。

「じゃあ、いーよね!」

 ほとんど身動きの取れなくなった私の口元に毬乃の唇が近づいてくる。

「なんで避けるの?!」

 毬乃の大声で気付く。私は意識しないで顔をそらしていた。

「こんな強引なのやだよ。学校じゃしない約束は? 毬乃が約束破るなら私、本気で怒るよ」

「約束なんて、もーどーでもいーよ。どーせ怒ったって二、三日じゃん。そんなの我慢できるから!」

 驚いて何も言えない私のセーラー服の下に毬乃の手が入ってきた。

 乱暴な動きに鳥肌が立って嫌な汗をかいてくる。

「あー、あんとき買ったブラじゃん。やっぱり似合ってるよねー」

 毬乃からは見えるのか、いつもより強く胸に触りながら、そんなことを言ってくる。

 本気だ。毬乃はここで私を触ろうとしている。

 身をよじると毬乃の手に力が入った。

「そんなに嫌がるんだったら…」

 ブラジャーの下に無理やり毬乃が手を入れてきて直接胸に触られる。

 そして――

「こうしてやる…」

 ぎゅうぅっと胸のさきっちょをつねられた。

「痛い? 痛いよねー。泣いちゃってるもんねー」

 あまりの痛さに声が出ない私を見る毬乃が楽しそうに見えて――重なった。後輩の子の顔と。

「ちえもさー。わたしと同じになっちゃってよー」

 毬乃は、アウトレットパークで見た後輩の子と同じ、とっても嫌な意地悪い顔で笑った。

 胸にあった手が下りてスカートをたくしあげてショーツの中に入って来る――寒気を感じた私は力いっぱい抵抗して、毬乃を突き飛ばした。

 痩せていた毬乃は私が思う以上に勢いよく後ろに倒れて――毬乃の手がショーツを引っ張って布の破れた音がした。


 とにかく人のいるところに行こう。そうすれば毬乃も無茶をしないはず。

 本棚に寄りかかって倒れた毬乃を気にしながら、私は窓際から走り出そうとして転んでしまう。

 派手に転んでしまった私は起き上がろうとして、うまく動かない足を見た。

 足首に引っかかったショーツを倒れたままの毬乃がつかんでいる。

 そして、私は最悪のタイミングで女の子の日を迎えてしまったことに気が付いた。

 足を伝わって右の白いソックスが赤くなっている。

 突き飛ばした毬乃の膝がお腹から離れた時にどろっとした感覚は、これだっんだ……

 足元を見て呆然としていた私は、毬乃が立ち上がったことに気付けなかった。

「…大好きなクセに! 私が大好きなクセに! ちえのクセにー!!」

 近づいた毬乃は、私の上にのしかかって首に噛み付いた。

 痛い!

 今まで見たいなやさしい噛み方じゃなくて力いっぱいだ。

 首筋に毬乃の歯が食い込んで、そこから全身に痛みが広がる。

「もぁやだぁ…」

 嫌でも毬乃を叩くなんてできない。

 抵抗する力も無くなって首の痛さよりも毬乃がこんなことをするのが悲しくて、我慢できなくなって私は泣くしかできなかった。

「こんなの…私の大好きな…毬乃じゃない…毬乃どこ、たすけてよぉ……」

 自分が無力で何もできなくて大好きな毬乃に助けて欲しくて泣きながら呟くと、ふっと首から痛みが消えた。

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