第30話 やっぱりすきとドアに挟んだメモと

 いつの間にか熟睡していた私が目を開けた時は朝になっていた。

 身体にはタオルケットがかかっていて、お母さんによりかかったままだった。

「起きたみたいだね。学校はどうする?」

「…行く」

 一晩寝たから、ちょっと気持ちは楽になった気がする。

 それでもパークのことを思い出すと黒いどろどろで気持ち悪くて胸の奥がズキンズキン痛い。

 どんな顔をして会えばいいのか分からない。

 でも毬乃に会いたくて恋しかった。

 ゆっくりお母さんの膝から降りて部屋の中を見回すとゴミ箱がなくなっている。

「ああ、ゴミ箱は気にしなくて良い。それとまだ早いから、お風呂に入って綺麗にしてから学校に行きなね」

「……うん…」

 机に行って今日の授業の準備。

 すっかり忘れていたモールで買ったお店のビニールバックが机の上にある。

「全部合格。変なのがあったらお店まで返品に行かせるつもりだったンだけどね。選ンだのは毬乃ちゃンだろう? 仲が良いだけあってあンたの好みや似合いそうかって良く分かっているよ。感謝すンだよ」

 それだけ言って、お母さんは部屋から出て行った。


 急に動くと気持ち悪くなりそうなので、ゆっくり準備をした。

 お風呂はシャワーで全身を綺麗にするだけにして髪をとかす。部屋から持って来ておいたセーラー服に着替えてリビングに行った。お父さんは、もう畑に行っているみたいだった。

「ちえは、しばらく家事禁止。ご飯の準備も洗濯も何もしなくて良い」

 お弁当箱を二つテーブルの上に置きながらお母さんはそう言った。

「様子見だよ。今のちえに包丁や火を使わせるのは怖いからね」

 私は黙ってうなずいてお弁当箱を取る。

「ふぅ。やっぱり今日のあンたはおかしいね。いつもだったら何で、どうしてってうるさいのに」

「…いってきます」

 どう答えていいか分からなくて、それだけ言って玄関に向かう。

「ちえ」

 追いかけてきたお母さんが声をかけてきた。

「登校中に具合が悪くなったら、ご近所に助けてもらいなさい。学校でも具合が悪くなったら我慢しないで保健室で休ませてもらこと。待っていればちゃンと迎えに行ってあげるから」

「…お母さん、甘い…」

「前にも言ったろ。お母さンはいつだってあンたに甘いよ。今日だって送って行きたいのを我慢してンだから」

 靴を履いて振り返るとお母さんは見たことの無い困ったような顔をしていた。

「ありがとう、お母さん。気をつけていってきます」

「本当に気をつけて行くンだよ」

 うなずいて私は家を出た。

 いつもよりも早い時間に家を出たから、ゆっくりゆっくり学校に向かう。


 四辻に近づくと毬乃がうちの方に身体を向けて、うつむいて立っていた。

 心臓が飛び出すくらい驚いた。

 いつもより早いから毬乃の登校時間よりずっと早いのに。

「おっ、おはよう」

 勇気を出してうつむく毬乃に声をかけた。

 びくっとして毬乃が顔をあげる。

「おは、おはよー」

 お互いに笑顔でも私だけじゃなく毬乃も緊張している気がした。


 毬乃の分のお弁当を渡して、二人で登校する。

 途中でお互いに何かを話そうとしてはやめてを繰り返しているうちに学校についてしまった。

 何度か毬乃は何か呟いていたけれど、小さすぎてよく聞こえなかった。


 お昼もいつもどおりに一緒に食べた。

 私は半分以上残してしまって毬乃はなんだか無理やり全部食べたような感じだった。

 やっぱり、時々何かを呟いていた。


 図書室でも私はカウンターで毬乃は窓枠というポジションは変わらなくて二人とも無言。

 窓枠に座って目を閉じている毬乃を見て、あいかわらず綺麗だなぁって思う。

 それから、やっぱり大好きって。

 こんなに好きなのって私の気持ちは毬乃が言ってくれた恋している気持ちと一緒なのかな。

 だって二人っきりでいると胸の奥のきゅうとする気持ちが大きくて、黒いどろどろは消えなくても小さくなっている。

 どうしよう。伝えていいのかな。伝えたら毬乃は喜んでくれるかな。

 でも、その前に昨日のことを謝らなきゃ。汚いなんて、ひどいことを言ってしまった。


 どうやって切り出そうか考えているうちに帰りの鐘が鳴ってしまって、余計にどうしたらいいか分からなくなってしまう。

 無言のまま二人で帰り道を歩く。

 なんだか胃も痛くなってきた気がする。おへそより上が胃で下がお腹だっけ。教えてもらった通りなら痛いのはお腹の方。

「ちょっと、こっち来て」

 帰る途中で毬乃に手を引かれて林の中へ連れて行かれる。前に毬乃が興奮した時に引っ張って来られた場所だ。

「お願い、ちえ。おまじないして欲しい」

 私が話そうとする前に毬乃から、おまじないの話が出た。毬乃からおまじないをお願いされるのは初めてな気がする。

「ダメ? 昨日のコト、まだ怒ってる?」

 珍しいと思っていたら勘違いした毬乃は、ひきつったぎこちない笑顔になってしまう。

 私は急いで、それからちょっと背伸びをして毬乃の頬におまじないをする。

「ちえー!」

 抱きついてきた毬乃は、そのまま私のお尻を触り始めた。

(あの子に触った手で……それでも私に触れるのね……)

 身体に触れられた途端にパークでのことが頭に浮かんで、そんなことを私は考えていた。

 変わらない毬乃が、触れてくれる毬乃が嬉しいのに黒いどろどろが顔を出す。 

 その間にも、もう片方の手もセーラー服の下にもぐりこんできて胸を触る。

 なんだろう。いつもと感じ方が違う気がする。身体と気持ちがずれているようなそんな感じ。

「ちえ?」

 私の反応がおかしかったのか毬乃の手の動きが止まる。

「ヤ…だった?」

「嫌じゃない。嫌じゃないよ。毬乃に触ってもらってうれしい。でもなんだか、変で。お腹も痛い気がするし……」

 驚くような速さで、ばっと毬乃が私の身体から手を離した。

「ごっ、ごめん。体調悪いのに触って」

「…そうじゃないと思うんだけど…今日は、私が触ってあげるね」

 悲しそうな顔をする毬乃の頬に、もう一度おまじないをして胸元に手を添える。

 ……毬乃の顔がこわばった。

 胸から手を離してお尻に回そうと腰に手を回す。

「いたっ」

 強く触っていないのに毬乃は腰を引いて私の手から逃げる。

 今日一日、小さくつぶやいていたのはこの、痛いという言葉だった。

「えっへへー、今日はわたしもダメみたい。がっくしだよー」

「あのね、毬乃…」

「今日は大人しく毬乃ちゃんは帰ります。また、明日ねー」

 昨日のことを謝ろうと思ったのに毬乃は、こわばった顔で逃げるように走り出してしまった。痛い理由も聞けなかった。


 この時、もう毬乃が追い詰められていることに馬鹿な私は気付いてもいなかった。

 明日こそは、ちゃんと謝ろう、大好きを伝えるんだと自分の気持ちばっかり考えていたのだった。



 翌日になると、学校ではアウトレットパークで私が大泣きしたことが知れ渡っていた。

 毬乃と喧嘩したとか、いじめられたんじゃないかみたいな話まであって、話すようになった女の子たちから聞かれたりもした。

 あいまいに返事を――いじめは否定――しながらも私はもっと気になっていることがあった。

 毬乃が登校して来ない。

 一日待っても毬乃は来なかった。


 帰りの鐘が鳴ると急いで図書室の戸締り。管理簿を職員室に戻して、私は毬乃の家に急いだ。

 告白を受けてから何度か行った毬乃の家。

 わき道を抜けて普段は使わない近道を通る。毬乃にも教えてあげたけれど一緒にいる時間が減るって逆にもんくを言われたっけ。

 奥まった毬乃の家に着いて、玄関扉をノック。

「毬乃ぉ、いる?」

 返事はない。

 いつも鍵がかかっていないドアノブを回すと硬い感触で回らない。

 珍しく鍵がかかっているみたいだ。

 家の周りをぐるっと回っても中の様子は分からなくて、悪いとは思ったけれどウッドデッキから背伸びしたりしゃがんだりして中を覗いて見ても何も見えない。

 毬乃の部屋は天窓しかなかったから屋根に登れば見えるかも、と思ってもう一周しても私が登れそうなところは無かった。

「どうしようかなぁ…」

 ちょっと考えて私は、ノートを切り取ってメモを残すことにした。

 パークでひどいことを言ったからちゃんと謝りたいことを書いて、ドアの隙間に挟んだ。

 恥ずかしかったけれど、大好きな毬乃へって書いた。

 もう一回だけ家の周りを回って私は家に帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る