第24話 触ることと触られることと

 ハンガーを渡して、恥ずかしいから背中を向けて着替えていると

「うぉう、やっぱ外れちったよー」

 と毬乃の声。シャツを着ながら振り返ると緩んだブラジャーを抑えている。

「毬乃って部屋だとブラジャーしないの?」

「ちっがうよー。もーこれはちえのせいだよー。さっき背中、ばんてしたじゃん。あれでホックいっこ外れたんだよ。直すタイミングも無かったからさー。んで今着替えようとしたらもー一個も外れただけ」

「なんだ、脱ごうとしてるのかと思っちゃった」

「見たかった? 見たかったー?  見たいなら出血大サービスでお見せしますよー」

 にやにや笑いながら毬乃がブラジャーに手をかける。

「やめて、うらやましくなるから見せないで」

 片方の手は毬乃の方にのばして片方の手で目元を隠して顔をそらす。

「へー。ちえ、うらやましーんだ」

「そうだよ。言ったでしょ。毬乃は白くて綺麗で細いのに私よりも胸が大きくて――」

 のばした方の手に柔らかいのとちょっと硬い感触。

 ゆっくり顔を向けると私の手をつかんだ毬乃がブラジャーの下に入れて直接胸を触らせている。

「ちえも触りたいって昨日言ったよねー。触った感じはどーお?」

「まま、毬乃…お、おっぱい。服、服のうえ、うえからって」

 お母さん以外の胸に触ったことの無い私は毬乃の胸に直接触らされて混乱した。

「それはちえに触る時の約束じゃん。わたしは直(じか)でいーんだもーん」

 にやにやしてそう言っても毬乃の顔は赤くなっている。恥ずかしい気持ちはあるみたいだ。

「揉んでみるー?」

 ぎゅう。

「いたたた、ちっちえいたい。それ揉んでないー」

 強めにぎゅってしたら毬乃が痛がって両腕で胸を隠しながら本棚の方に逃げる。

「しどい、つかむなんて。もっと優しくそっと触ってよー」

「急に触らせる方がひどいよ。確かに触りたいって言ったけど直接触るのは…まだ…心の準備が…」

「ちぇー。触ったのを口実にちえにも直に触っちゃおうと思ったのにさー」

 ものすごいことを言い出した毬乃をじっと見ても、気にしていないのか背中に手を回してホックをとめている。私のスポーツブラはかぶるだけだからホックをとめるのは大変そうに見えた。

「かちっとはめて、はいおしまーい」

「えっ、それじゃだめだよ」

 ブラウスを脱いでハンガーにかけ始めた毬乃に私は声をかけた。

「ほへ?」

「もう、しょうがないなぁ。毬乃のママは教えてくれなかったの?」

 不思議そうにする毬乃の後ろに回りこんでブラジャーのカップの中に手を入れた。

「ひっあっ?」

「よせて、あげて、脇のお肉を……毬乃は細くてお肉がないな。んしょっと」

 私が手を動かすたびに毬乃の身体が小刻みに震える。くすぐったいのかも。

「な…なに?」

 両方の胸の形を整えてから手を離すと背中を向けたままの毬乃は身体が震えているせいか声も震えている。

「ブラジャーってただ付けるだけじゃだめなんだって。正しい付け方をしないと胸の形が崩れて垂れたりするってお母さんが。だからも毬乃もちゃんとした方がいいよ」

「ちっちえのはスポブラじゃん…」

「うん、でも気をつけてるよ」

 震えていた毬乃が急にぺたんと座り込んだ。いつの間にか全身が綺麗なピンクになっている。

「どうしたの?」

「いま、いまー、直に触った! おっぱい触ったー!」

 押入れの方を向いたままで毬乃が大きな声をあげた。言われてみればそうだった。

 でも、さっきは自分で触らせたくせに。

「じっ、自分で触らせたのになんで私が触ったらさわぐの。私はちゃんとした付け方を教えたあげただけだもん。毬乃みたいにえっちなことは考えてないんだから」

「だだだって不意打ちじゃん。そんなの耐えられないよー。ぐるるる」

 両腕で胸を隠した姿勢で真っ赤な顔の毬乃がゆっくり振り返る。

「ぐるるって。もう何を言ってるんだか」

「触る! ちえを触り倒すー」

 立ち上がろうとしてバランスを崩したのか膝がかくっとした毬乃が私のスカートにしがみついて体重をかけてきた。

 支えようとして力が足りなくて私は尻餅をついて毬乃はそのまま倒れてきたから抱き合う形で畳に倒れてしまう。ちょうど毬乃の顔が私のお腹のあたりにきている。

「足に力が入んない…」

 お腹に毬乃の声が響いてきてくすぐったい。押しのける気持ちはなかったから、そのままにしていたら動く様子がなかった。

「起きないの?」

「…たてない…」

 私は頭だけ動かしてまだらのシャツを探した。届きそうな場所に落ちているシャツに手をのばして指先に引っ掛けて引き寄せる。広げたシャツを毬乃の背中にかけてあげた。

「このままでいーい?」

 毬乃の声から弱気になっているのが分かる。浮き沈みが激しいけれど大丈夫なのかな。

「いいよ」

「…ちえの身体はあったかくてほっとする……」

 このまま毬乃はまた寝ちゃうかな。下着姿だからお母さん達が帰ってくる前に起さないといけない。私も寝ないようにしなきゃ。寝不足なのにどたばたしたからか眠くない。

「昨日の夜はね。毬乃のことを考えてて眠れなかったの」

 頭しか見えていない毬乃の頭に手を置く。ちっちゃい頭に綺麗な黒髪。こんなに触り心地がいいのに洗い方が雑なんて本当なんだろうか。

「恋してるって言われたのを思い出すとドキドキして。胸の奥がきゅうってして。寝ようと思っても毬乃の顔を思い出しちゃって…気が付いたら朝。しかも朝になってからちょっと寝ちゃって、お母さんが起してくれなかったら絶対遅刻してたよ」

 お腹の上の毬乃からは返事も何もない。やっぱり寝ちゃったかな。

「ずっと、わたしのこと考えてたの?」

 くるっと毬乃の頭が動いて私を見つめる。まだ顔が赤くて――毬乃が自分で言った興奮した顔になっている気がする。

「そうだよ。一緒にいると大丈夫だけど、ちょっとした仕草でドキドキするし、毬乃が大好きだから触りたいって思う時だってあるよ」

「…さっき嫌がったじゃん…」

「それは強引だからでしょ。ちょっとずつって約束したのに。約束を守らないならお触り禁止にしちゃうから」

「反省シマス…」

 そう言っていても毬乃は口を尖らせている。

「私だって色々言ってるけど、毬乃に嫌われないか怖いんだよ。気にしちゃうかもとかいっぱい考えてるのに」

 真似をして口を尖らせようとしてもうまくできない。

「嫌われるのが怖いの? わたしに?」

「怖いよ。大好きな人に嫌われたら悲しいもん。毬乃に嫌われたら……」

 考えたこともなかった。毬乃に嫌われるなんて。

 嫌われたら――そう考えただけで涙が出そうになった。

 毬乃を見るのにあげていた頭を下ろして深呼吸。

「嫌われたらなに?」

「…泣いちゃう」

「ほんとに?」

 角度が変わったみたいで毬乃の顎がお腹にのっかった感じがする。

「考えただけで泣きそうだもん。もう考えたくない」

「んふふー」

 顔を上げようとした私の前に薄い緑が広がった。毬乃がシャツを捲り上げているんだ。

「ちえー愛してるー。ちゅー」

 ちゅーって声に出して何回もおへそのあたりにキスをする。

「服の上からって、直接はだめっだって」

 シャツを抑えようとして、ゆるっとしているから逆に毬乃の頭を包み込んでしまう。

「ごホウビ。ご・ホ・ウ・ビだから。アトはつけないからー」

「もう…」

 嫌われたくないからじゃなくて毬乃を好きだから許してしまう。

 意思表示に私は頭を抑えていた手を離して身体の横におろす。

「ごホウビー」

 うれしそうにごホウビと言う声とちゅっとキスをする音が繰り返されて毬乃の頭が上がってきた。

「あんまり頭を入れるとシャツがのびちゃうよ」

 そのまま上がって直接胸にキスをされないように先に言い訳をしておく。

「んーほんと。もう進めなさそう。ちえさー。もう痛くない?」

「胸のこと? うん、痛くないよ」

「じゃあ、触ってもいいよねー」

 昨日の私の言ったことを覚えていたんだ。気にしてくれてうれしい――と思ってすぐに毬乃は私の胸を下着の上から揉み始めた。セーラー服の上からと違って毬乃の手がやさしく感じる。

「毬乃、服の上じゃな…い」

「ふく、ふくー。スポブラだってふっくー」

「下着、それは下着だからっ」

 私は両手で毬乃の胸を揉む手をとめようと押さえる。でも毬乃の方が力が強いから完全には動きが止まらない。

「毬乃ぉ…」

 自分でも情けない声が出た。毬乃も分かったのか手の動きをとめてくれた。

 もぞもぞとシャツの中を下に移動して毬乃が顔を出した。

「イヤ?」

 興奮していても真剣な顔で毬乃は、だめ? じゃなくいや? って聞いた。そんな聞き方をされたら私の答えは決まっている。

「…いやじゃないけど……」

「本当は脱がして触りたい。ちえの全部にキスしたい。まるでアイツみたいでヤだって思う。でも好きで好きでどーしょーもないんだよ……」

 アイツって前の学校の後輩だろうか。その人にされたことと同じようなことをしているって毬乃は罪悪感を持っているんだ。

 そんな風に言われたら私はこう言うしかない。

「いいよ、毬乃の好きにして……でも直接触るのだけは許して……」

 下から両手をのばして毬乃の首に回す。それに応えてくれて毬乃が真面目な顔を近づける。

「どうしてもやだったら拒否して。ぶっていーから。ちえがヤなことはしたくないから」

「本当に…叩いちゃうかもしれないよ」

「いい。力いっぱいぶっていい。ちえに嫌われる方が痛いから」

「……毬乃は、本当にわがまま。約束も破るし……でもいい。毬乃が好きだからいいよ」

 それでも怖さもあって私の声が震えていて、分かっているのか毬乃が微笑む。

「ヤな気持ちになったらぶてるように、おまじない」

 毬乃は私の頬におまじないをするとまた身体を触り始めた。



 おまじない。

 それが身体に触れる始まりの言葉になった。

 私の家や時々帰り道に隠れて、私たちはお互いの身体に触れ合った。

 一度だけ、毬乃は学校の図書室で触ろうとしたことがあって私は本気で怒った。

「見つかったら前と同じになっちゃうよ。それでいいの?!」

 その日は、初めて触られるのを拒否した。しゅんとした毬乃は可愛かった。


 毬乃の行為がエスカレートして、スカートの下まで手がのびた時は驚いたけれど叩かなかった。

 触るのが胸だけで終わらない気がしていたし、“服”の上からだったから。

 お返しに同じ事をすると毬乃がぴくんぴくんって身体を震わせて微かに漏らす声と声を我慢しようとする真っ赤な顔が可愛くて私はうれしかった。

 毬乃の言う気持ち良さも、ちょっと分かってきた気がし始めていた。

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