第23話 ごホウビの要求と興奮と

 放課後になって図書室に行っても眠くて、うちでのおまじないを約束にカウンターで眠らせてもらった。

 毬乃は窓枠に座らないでカウンターに座ってくれている。

「ちえさまー、起きてくださーい。起きないとおまじないの刑だよー」

 揺さぶられて目を覚ますと間近まで毬乃の顔が迫ってる。

「んちゅー」

 むくれるのと同じように口を尖らせてもっと顔を寄せてくる毬乃。声に出しているから本気じゃない――と思ったらくっつきそうになったから両手で押し戻す。

「ばか毬乃、約束は?」

「はっ、ちえの可愛さに正気を失っていまいました」

 毬乃の手が上がりかけて止まった。そういえばいつから毬乃は敬礼をしなくなったんだっけ。

 ふざける毬乃を無視して立つとカーテンが閉まっていてもう帰る準備ができていた。

「えっへへー、管理簿もばっちりでーす」

 自慢げに毬乃が両手で管理簿を持ってかざして見せてくる。

「ありがとう、毬乃。あとでおまじないしてあげる!」

 飛びついてから、あれって思った。

「でも、今約束を破ろうとしたよね。やっぱり無し」

 毬乃から身体を離して鞄を持って図書室を出る。

「うーそー!」

 鞄も持たないで走って来た毬乃の前でぴしゃんと扉を閉じた。

「えっへへーうーそー。あとでね」

 毬乃の真似をして笑ってみる。

「へなへなへな……」

 声に出しながら毬乃が崩れ落ちて視界から消えた。

 扉を開けて下を見ると両手を突いて毬乃はしゃがみこんでいる。私も毬乃と同じ高さにしゃがんで頭に手を置く。

「ふふ、驚いた?」

「しどい…ちえに膝枕したり起こしたり、今日はわたしがんばったのに…しくしく」

「ごめんごめん。本当に感謝してるから」

 立ち上がった毬乃は、黙ってカウンターに行った。鞄と管理簿を持って戻って来る。

 遅れて立ち上がった私を無視して図書室の鍵をかけて…職員室に歩いて行っちゃう。


「今日は前山さんですか。ご苦労様でした。園山さんも」

 職員室でおじいちゃん先生に管理簿を渡す毬乃をそばで見ていた私にも声をかけてくれた。

 頭を下げて職員室を出た。下駄箱に向かっても毬乃は黙っている。

 下駄箱まで行ってから毬乃はきょろきょろ辺りを見回した。

「確認よーし。誰もいない。いてもいない。と言うことで。びしぃ!」

 毬乃が私を指差したから手をぺちっと叩く。

「人を指差すのは失礼なんだよ。だからしちゃだめ」

「ごめんなさい」

 素直に指を引っ込めて頭を下げた毬乃は口を尖らせてちょっとすねている。

「がんばったから……ごホウビ」

「分かってる。だから早く帰ろう。夕飯の準備もあるから時間がなくなっちゃう」

 ねだっているみたいな言い方になっていることに気付いたからごまかそうと毬乃の手を引っ張った。

「うん!」

 毬乃は満面の笑顔になったから、ごまかせたと思う。多分。

 何か言われるかもしれないから手をつないだままにできないのは残念。


 帰りながら二人して早足なのが、ちょっとおかしい。

「ちえはさー、なんで眠れなかったの。わたしのせい?」

「うん、そう。毬乃が恋してるって言ったの思い出して嬉しくて……触られたこと考えてたらどきどきして……あっ」

 気持ちが急いでいた私は素直に答えてしまってから口元を押さえる。

 急に反対の手をつかんだ毬乃が私を引っ張ってわき道に逸れて歩き出した。

「毬乃?」

 返事をしない毬乃は、どんどん人気のない方に進んでいく。

 通学路からかなり逸れて人目につかない大きめの木の影まで来て毬乃は振り返った。

 顔が真っ赤。でもいつものように照れているのと違う…気がする

 すごい必死な感じできょろきょろして怪しい人になっている。

「ごっ、ごめん、ちっちえ。わたし我慢できない」

 あっと思う間もなく毬乃は私に抱きついて首に噛み付いて――じゃなくて、これは首筋にキスをしているんだ。

「まっ毬乃、あせが」

 私の声が聞こえないのか何度も首筋にキスをしてくる。

「あ、あと、毬乃…キスマーク付けちゃだめ…」

 何回もキスしていたら跡がついたって前に言っていた。

「うっ…」

 キスをやめた毬乃が首筋を舐める。初めての感覚に思わず声が出て鞄を落としてしまう。

 両手が空いた私も毬乃の腰に手を回した。いやがっていると思われないように。

 毬乃の手がお尻にのびてきて、さすがに私は毬乃の手を押さえた。

「これ以上はだめ…本気で怒る…」

 自分でもちょっと声が低くなった? と思ったら、毬乃の身体がびくっとなって離れてくれた。

「あっあっ…ご、ごめんなさい……わたし…興奮して…」

「やめてくれたからいいよ。早くうちに行こう」

 あれが興奮してる毬乃なんだ。赤頭巾ちゃんを襲うオオカミみたい。でも可愛いとも思う。

 落とした鞄を拾って、うなだれそうな毬乃の背中を強めにぱんと叩く。

「きっと毬乃が思うより時間ないよ。急ぐ急ぐ」

 落ちている毬乃の鞄を拾って渡してあげる。

 気をつけないと。あんなところを人に見られたら噂どころじゃなくて大騒ぎになっちゃう。

 気持ちはうれしく思っても毬乃に流されないようにしないと。

 それが二人の為だから。


 家に向かって歩き出すと毬乃がハンカチで私の首筋を拭いてくれた。

「濡れちゃってるから。つばって放っておくと臭くなっちゃうんだ」

 どうしてそんなことを知っているんだろうと思って、分かってしまった。

 毬乃は後輩とこんなことをしてたからだって。

 ちく――昨日の夜、きゅうとした胸の奥の違うところが痛くなった。

「どうかした?」

 顔に出たのか毬乃が私を見る。

「ううん。何もないよ」


 それからは2人ともあんまり話さないで、でもやっぱり早足で歩いた。

 家に着くと電話にメモが張ってあった。夕食は、お母さんが作るから寝ろって書いてあった。

「晩ご飯作らなくて良くなっちゃった」

「ほへ?」

 私がメモを見せると毬乃は笑い出した。

「桔梗さんらしいけど、寝ろってなに? 普通、寝なさいとかだよねー」

 笑う毬乃を連れて洗面所で手を洗ってうがい。毬乃にも同じようにさせて部屋に行く。

 毎日ちゃんと同じように手洗いとうがいをしているのに川開きの日みたいに風邪をひくこともあるから気をつけなきゃ。

「私は着替えるけど毬乃はどうする? 私ので良ければまた貸すよ」

 前の学校の制服を何着か持っているらしい毬乃は、しわとか気にすることがない。だからうちに来ても着替える話にあまりならなかった。そう言えば毬乃のセーラー服はいつ来るんだろう。

「それって、ちえが触ってブラウスがシワになるのを心配してる?」

 考えていなかったことを毬乃に言われて、毬乃のセーラー服は私の頭から飛んでしまう。

「そんなこと思ってないよ。着替えた方が楽だと思ったのに…知らない、ばか毬乃」

 そうだった。私が着替える時にふざけるから着替える話にならなかったんだ。

「ちえがいいならまた貸してー」

「どれがいい? って言ってもそんなに持ってないけど」

 クローゼットを開けて私はかざりのない薄い緑の緩い半そでシャツに同じ色の膝丈のスカート。

「ちえの服の薄い緑って綺麗で好きだなー。見たことない色だよねー」

「ありがとう。お母さんが染めてるから聞いたらきっと喜ぶよ」

 クローゼットを見てもらうのに毬乃と場所を交代。選んでもらっている間に着替えようと思ったのに毬乃はこっちを見ている。

「服、見ないの?」

「染めてるって、桔梗さんが染めてるの?」

「そう言ったよ」

「桔梗さんて、もうわたしには超人にしか思えないわー」

「そうでもないよ。失敗してまだらになったシャツもそこにあるから」

 横に並んで奥の方から緑がまだらになったシャツを出して見せてあげる。

「へー、ほんとだ。じゃあ、これ借りよーっと」

 にやにや笑いをして毬乃がシャツを手にする。まだらのシャツを見た時のお母さんの反応が見たいんだ。お母さんが怒っても知らないっと。

 毬乃は、下は膝くらいまでの黒のストレッチパンツを選んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る