第3話 始まりの時
「朝だよ!おっはようはーるっ」
どーんっとお腹の上に重い何かが、乗ってくる。
「……おも、い」
眠いし、重いし、と思いつつ、ゆっくりうっすらと目を開ければ、見慣れない女が、帝都学園の制服を着ていた。
目をパチクリと動かし、あっと気がつく。
そういえば、昨日、不思議な魔法使いに出会ったんだっけ俺。
「……なんで、制服着てるの蘭ちゃん」
眠い中でゆっくりと声を絞り出す。
「学校一緒に行かないと。ど、可愛い?」
朝から眩しいくらいの美少女の笑顔とネクタイを整えながら話す姿は、朝からある意味、眩しい光景。だけど、
「来るなよ。家で大人しくしてるか、それか、占い師の仕事あるんじゃないの?」
「それは昨日で辞めたもん。それに高校生になるために、髪もほら、黒くしたし」
言われてみれば、昨日は金髪に近いくらい明るかった茶色の髪は、ほとんど黒に近いような髪になっていた。
明らかにワクワクした様子で、弾むように話す蘭はとっても楽しそうだった。
「いやいや、来ても楽しくないしさ」
「でも恋を叶えるためのヒントはどこに落ちてるか分からないし、あと5ヶ月しかないんだし、とりあえずなるべく一緒にいなきゃ」
人間界に慣れるために、無駄に1ヶ月占い師をしていた人の言葉とは、思えないくらいちゃんとした言葉だった。
とりあえずどいて、と蘭を一度しか上からどかせる。でも、昨日の一件からしても、蘭が一度言い出した事は曲げないというか、どうにかする気満々なタイプというのは、分かり始めていた。
こういう女て厄介だよな、なんて思いつつ、俺はどうしようかと考え始める。
思い返せば、昨日。
あの卒業試験に付き合うと了承してから、蘭はそのまま俺と一緒に暮らすからと言い張り、家まで付いてきた。
こんなホントかどうかもわからない、魔法使いを家に置くなんて無茶苦茶すぎると思った俺は、どうにか止めようとしたが、根気負けし、追い出されるの覚悟で一緒に家は帰った。
「風よ、わたしに力を」
玄関で出迎えたどちらかといえば天然な俺の大事な母親に、蘭はいきなりそう言って、胸につけた鍵のようなものが大きくなり、魔法使いらしく先端に鳥がついた鍵のような杖を振り回すと、一緒にピンクの花びらを撒き散らした。
それは、次第に母親を包み込み、気づいたら母親は倒れていて、焦る俺は、母親の近づきその肩を必死に揺らせば、急に母が目を開けた。
そして、母親は何事もなかったように、蘭が従兄弟であると、逆に母親から紹介された。
彼女はどうやら錯乱の魔法とやらをかけたらしく、俺はそこで本格的に彼女が魔法使いだと信じることにした。
そして強引に、俺の家に居候する事に、蘭は見事に成功したのだ。
俺は昨日の花びらを撒き散らした風を思い出すと、あまりにも今までの人生とはかけ離れた非現実な事で少し頭が痛くなった。
17年間真っ当に生きてきた俺にとって魔法とかそんな非現実なものが目の前にあるなんて受け入れ難い、夢でもみたことのないような現実だった。
「とにかく、俺も準備あるから、下にいてくれる?」
俺は蘭を宥めるようにそう言えば、蘭は一応はその言葉にしたがってくれた。
とりあえず俺の部屋から追い出す事に成功し、俺は朝から安堵の一息つく。
あの調子じゃ、ついてくることは確定だな。
でも、どう考えても蘭を巻く方法が俺に出来るとは思えず、未知数な魔法世界に俺は抵抗するのをとりあえずやめる事にした。
「おはよう、ハルくん」
リビングに降りていけば、蘭がムシャムシャと美味しそうに母の焼いた目玉焼きを食べている。
「おはよ!」
すこぶる元気そうな蘭の声。
「あら、蘭ちゃんそんなに忙ないでゆっくり食べて」
「……おはようございます。」
完全に違和感なく、家族の一員みたいに座る蘭と、まるで娘の様に接する母。
俺はそんな光景を眺めつつ、ゆっくりと蘭の隣に腰を下ろした。
「あ、ハルくん。今日、蘭ちゃんと学校一緒に行ってあげて、色々教えてあげてね。よろしくね」
いつも2人の食卓に、1人増えた事が嬉しいのか、ニコニコしながら話しかけてくる。
俺は、最初に魔法をかけた時からそんな事も刷り込まれているのかと思い、蘭をチラッと横目で見ると、美味しそうにオレンジのジャムをたっぷり塗ったトーストを美味しそうに頬張っている。
「こんなに可愛い蘭ちゃんならすぐ友だちできるから、俺なんて要らないよ」
行く気満々の奴の事なんて気にしても仕方ないだろうし、と思い俺はピーナッツバターの缶をあけ、焼きたてのトーストに塗り始めた。
「もう本当に適当なんだから、ごめんね蘭ちゃん。
この人ね、ちょっとイケメンだからて笑顔でやり過ごせるて思ってるのよ、テキトーな事言っても」
「ははっ、大丈夫ですよ。ハルには、鎧のカード。
自分の身の周りを信頼してくれる人たちが守ってくれる状況にあると、昨日タロットカードで示してましたから。」
「あら蘭ちゃん、趣味がタロット占いだったけ、もうハルを占ってくれたの? いいなあ、次は私ね」
「母さん、今日早く行く日でしょ、時間平気なの?」
「あ、ほんと!
じゃあ先に行くから片付けと戸締りよろしくね。2人とも」
慌てた様子でバタバタと母親がリビングから出て行き、しばらくすると玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
「ごちそうさまでした。」
泉家朝の定番、サラダと目玉焼きとトーストをキレイにたべあげ、手を合わせている。
魔法使いでも食事は一緒なんだな、なんて思わず思ってしまう。ふと、7時40分を過ぎている。俺は慌てて、サラダと目玉焼きを交互に口に入れる。
「慌てないで。お皿洗いは私やるから」
そう言って、ニコッと微笑む。蘭は昨日と同じように、制服下から小さな鍵のようなチャームを取り出し、それをクルリと回した。
すると、チャームは昨日見たのと同じくらい、1メートルほどの大きさになる。
思わずその様子を見つめてしまい、俺は再び手と口を動かし始めた。
「見ててね」
そんな俺をクスッと笑い、蘭はすっと席から立ち上がり、テーブルから少し距離をとる。
そして、テーブルとキッチンを2回ほど見比べる。
「風よ、水と共に私を手伝え」
ゆっくりと瞳を閉じ、くるりとその鍵のような形をした言わば"魔法使いの杖"を、一回バトンのようにクルりと両手で回転させ、鍵の下の部分をトンと三回、地面につけた。
すると、空になったお皿が宙に舞い、キッチンへと向かって行く。そして、キッチンでは蛇口から水がザーッと流れ、宙に浮いたスポンジに洗剤がつけられてる。
テレビや映画の魔法の世界である。
「すごいな、、」
俺は改めて彼女が魔法使いな事を認識したと共に、非現実な1日が始まる予感を感じていた。
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