第2話 魔法使い
ラン子に連れて来られたのは、あの占い館ブースだった。
22時を過ぎ、店もとっくに終わったらしく占いブースには人影がなかった。
ピンクのレトロなランプの照明を点け、ラン子はブースの椅子に俺を座らせた。
「ヒドイね、あの男」
「そこまでお見通しなんだ」
不幸が現実に起こってしまうと、この状況に説明がなくともさっきまでの疑いとかそういった抵抗感がなくなる。
「さて、仕方ないな。私のとっておきを使おっと」
ラン子はピンクのテーブルの奥の座っていた椅子の後ろから、ピンクの箱を取ってくるとテーブルに置く。
そこからゴソゴソと、小さな薄い緑色の液体が入った小瓶を取り出した。
そして、その液体をそっと右手に取り出し、左手の薬指につけると俺の腫れた頬に塗った。冷んやりと冷たい液体がしみ、痛みが走った瞬間、チュッとそのほっぺにラン子がキスをした。
あまりの出来事に、座っていた椅子からバランスを崩してしまった。
「えっちょっと、大丈夫??」
俺の反応に少し可笑しそうに笑いつつ、ラン子が転げ落ちた俺を引っ張ってくれた。
「急に何す「痛み、消えた?」
その言葉にハッとして、俺は頬を触ってみれば、痛みも腫れも引いているようだった。
「ふふ、良い魔法でしょう。これ、高いの」
イタズラが成功したような楽しそうなラン子は、余った液体を俺の腕にも塗っていく。
そして、その塗った部分に再び彼女の唇を触れれば、傷がすーっと消えていった。
「な、……なんで、」
不思議な現象に俺は、ボーッと見つめてしまう。
「私、魔法使いなの。びっくりした?
それとも、まったく信じられない?夢かなとか思ってる?」
いたずらっ子みたいな笑みを浮かべ、彼女はとんでもない事を言ってのけた。
俺はどちらかといえば現実的な人間で、目に見えないものなんで一つも信じてなかった。サンタクロースだって、幼稚園の頃から信じてなかった。
だけど、自分の身に起きた不思議な出来事が、現実なのかと思えてしまい、受け入れそうになってしまっている自分がいた。
落ち着け、とゆっくり椅子に座りなおし、冷静な自分を保とうとする。
「いやいや、ビックリさせないでよ、ラン子ちゃん。魔法使いじゃなくてお医者さんとかなんでしょ」
ヘラヘラと笑いながら、俺は彼女の言葉を冗談だという風に笑いとばした。
占いブースに俺の声だけが響き、彼女はスッと真剣な面持ちでゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「泉 春馬には10年以上片思いしてる女の子がいる。」
「泉 春馬はその現実から逃げたくて、特定の彼女を作らない。
「泉 春馬は、実は小さい頃からテコンドーを習っていて喧嘩にも強い。」
「泉 春馬は小さい頃にブランコから落ちた女の子を庇って、額に傷が残っている。」
「わたし、貴方の事ならなんでも知ってる。それは占い師だからじゃない。
魔法使いだからでもない。
わたしは魔法学校な卒業試験で、貴方の片思いを叶えに来たの。
だから、貴方の事も知ってるし、貴方に自分の正体をバラしたの。
……なんか、まだまだ疑ってみるみたいね、喜べないの?貴方の片思い叶えに来たのに」
ふっくらした唇を尖らせ、不満そうだけど、俺だって曲げられない。
なんで知ってる。
もうずっと誰にも言ってないし、彼女だって何人か作った。諦めたフリも上手くやってる。誰も知らない事をなんでこいつが。
「私たちの卒業試験はね、同じ年の人間の長年の片思いを一つの魔法だけを使ってあげて、叶えてあげる試験なの。
もちろん惚れ薬はダメよ。難しいテストだけだ、竜を倒したり、秘密の薬草を取りに行くとかよりは、やりがいがあると思わない?」
「俺は、あんたが何者でも、なんかもうどうにでもなれて感じだけど。
とりあえず、もういいんだよ、あいつの事は。だから、よく分からないし、あんたには悪いけど、俺じゃない人のを叶えてあげて」
俺はゆっくりと立ち上がる。無茶苦茶な出来事を目の当たりにして、俺の知られたくない事を言われて、正直、やるせない散々な気持ちだった。逃げ出したかった。
「じゃあ、魔法使いさん、手当てだけはありがとう」
「まった! ダメよ、諦めちゃ」
グイッと両手で右手を掴まれる。細い手にギュッと力がこもっている。
強い、真剣な眼差しが俺を捉える。
「……魔法使いは、人生で一度しか恋ができないの」
ゆっくりと発した小さな声は、どこか切なげで切実だった。
俺は手を振りほどこうかと思っていたのに、どうしてか、そんな声で憂いに満ちたような表情を浮かべられ、笑ってヘラっとかわす事も、怒った声も出す事も、ただ何にもできずにいた。
「古くからね、魔法使いは愛を注ぐのは1人のために、そういうしきたりなの。
......愛は、その人に身を捧げ、魔法を捧げ、より強くし、弱みを見せてしまう。だから互いの武器になり、時にお互いの弱みを守り抜くべきって。
貴方は意味わかんないだろうけど。でも、それで、そんなことが理由で、どうしようもかくて、わたし、見に来たのこの世界を。
自由に恋愛できる人間達の、叶えられないて悩みながらも一つの恋に身を捧げる姿を。」
「意味不明すぎ。
……でも、そんな単純な話じゃないぞ」
彼女は泣きそうになっていて、俺は思わず自分の事を思い出してしまった。今までも今も、どんな思いで、あいつを思っているのかを。
1人しか愛せない、世界か。
だけど、そうなったら心は楽かもしれない。どんなに可愛い女に出会っても、頭の片隅にいる女を無理に忘れなくてもある意味良い世界なんだから。
「……だからこそ、応援したいの。貴方の恋を」
彼女はギュッと俺の右手を握る。意外と温かな手。
彼女は、自分の1人しか愛せない世界をなぜか嫌がってる。もしかしたら、俺みたいに叶わない恋をしていたり、2人を好きだったり、何かしたら恋に悩んでいるのかもしれない。
ふと、そんか考えが頭をよぎる。
「……絶対叶えられないだろうけど、ラン子ちゃんが、勝手に頑張る分には好きにして良いよとりあえず」
彼女の言った熱い想い、言葉や表情、哀しそうな声、真剣さ、そんなもんがゴチャゴチャと気になって俺は思わずそう言ってしまった。
「……ほんと?」
「まあ、」
なんだか照れ臭くなって、俺は横を向く。
嬉しそうな弾んだ声に俺は、悲しそうな顔じゃなくなった事にホッとした。彼女が何者でも、正直どうでもなれという感じで、そんな事よりも、真剣な彼女の思いに応えて、少しの可能性に賭けるのも悪くない気がした。
「では、改めて。
わたし、魔法使いのエヴァン・蘭 。
得意な魔法は占い。風の一族の魔法使い。これから半年、よろしくね」
横を向いた俺の視線の先に出てきて、手を差し伸べられる。
「はいはい、よろしく」
面倒なのに捕まったかも。でも、俺は諦められずにずっとくすぶっていたこの恋を変えるきっかけになるかもしれないと、少し期待を抱いていた。
不思議なくらいあの彼女の姿は、俺の胸に響いてしまったのだった。
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