2☆サイアクの再会

 ──この男の子、なんであたしの名前を、知ってるの?

 真っ直ぐに自分を見つめてくるその視線には、何か特別な強い意思が感じられて、なんとも言えぬ不思議な感覚に戸惑いを隠せない。

 初めて会ったはずの、ただの同い年くらいの男の子なのに、どうしてこんなに懐かしく思うんだろう。

「フォフォフォ。らなちゃん、店番ご苦労さんじゃった」

 じゅーおじいちゃんは、あたしのことをちゃん付けで呼ぶ。

 あたしのお父さんとお母さんが、あたしがまだ小さい頃に亡くなってから、ずっとこうして可愛がってくれる。

 だから、あたしはじゅーおじいちゃんが大好き。

 じゅーおじいちゃんの奥さんの、れにおばあちゃんは、今はパリにいて帰って来ない。なんでも、洋服のデザインをしているのだとかなんだとか。

 ほんと、色々ありえないよね。

 2丁目にあるスーパー「にっこり」で買ってきたであろうネギがはみ出した買い物袋をどさりと椅子の上に置きながら、じゅーおじいちゃんはニコニコ顔だ。

 ……ネギかあ。そういえば、冷蔵庫にネギ、もう入ってなかったっけ……

 ──って今はそれよりもっ!

「お、おじいちゃん……、今日、高校生が、魔物の心臓を狙って家に来たよ。あたし、ちゃんと戦って追い払った」

 いつもなら「さすがわしの孫じゃ! 可愛いだけじゃない、強いぞお! フォーッ! フォフォフォ!!」と褒めてもらえるんだけど、この日のじゅーおじいちゃんは何故か複雑な表情かおを見せた。

 だから、あたしも気になることを聞いてみた。

「この男の子は? 誰? なんで、じゅーおじいちゃんと一緒にいるの?」

 その男の子の方をチラ見しながら、恐る恐るじゅーおじいちゃんに尋ねてみる。

 すると、じゅーおじいちゃんは複雑な表情から一転、何食わぬ顔で「はて」と応えた。

「らなちゃん、この男の子のこと、もう忘れてしまったのかい。いかんなあ。我が孫ながら実に悲しい」

「………………えっ」

 言葉の意味はわからないけれど、あたしが大好きなじゅーおじいちゃんに、失望されたのかな?と、一瞬眉をハの字に歪めると、男の子は涼しい顔をして両手を頭の後ろで組みながら言った。

「痛かったなーあれ。今でもたまーにズキズキするんだよなー」

 痛かった? たまにズキズキする?

 …………心当たりがあった。

 このキリッとしたつり目気味な瞳……

 ────言ったわね〜!

 ────ああ言ったさ! 生意気女!

 ────バキッ☆

 段々と青ざめていくあたしを見て、その男の子が、ニヤリ、と笑った。

 もしかして、もしかしてっ……!

「オレのこと、覚えてる?」

 どえええーっ! や、やっぱり、あのときの、うで相撲の男の子だ!

 覚えてるも何も、あたしが昔骨折(?)させちゃった男の子じゃん!

 この3年間、夏祭りになんか行かなきゃよかった、うで相撲大会になんて出なきゃよかったと、さんざ思い出しては後悔ばかりしてきた。そして、今。今だ。

 やばいっ! 今すぐあやまらなきゃああ!

「あ、あの時は、ごめんなさいっ!」

 あたしは叫んだ。誠心誠意、全身全霊で、背筋と頭を45度の角度で下げて。

 シーン、とその場にしばらく流れる沈黙。じゅーおじいちゃんが口を開いた。

「……らなちゃん、よく自分で思い出せたな。そして、ちゃんと謝ることも出来た。偉いぞ。さすがわしの孫じゃ」

 フォフォフォ、と笑いながら、シワの入った、腕時計をした左手で、ポンポン、とあたしの頭をなでてくれる。

 なんだかちっちゃかった頃に戻ったような気がして、思わず涙が出そうになった。

 少し潤んだ瞳を上げると、その男の子が何故か、ふっ、とバカにしたように笑った。

 そして、衝撃の一言。

「まあ、たまにズキズキするって、それは噓なんだけど」

 ってえええええ! 嘘ついたんかい!

「なんで、そんな嘘つくのっ!?」

 本気で心配したあたしが、バカみたいじゃないっ……!

「つーか、その高校生の男3人組ってやつら、オレの知り合いだし」

「!?」

 追い打ちをかけるようなあり得ない発言。

 この男の子、何を言ってるの!?

「でもまあ、ゴリラ並に強いらなが負けるなんて、わけねえからな」

 ムカッ。

「呼び捨てにしないでよ! あたしの3年間を返して!」

 再会の挨拶がわりにケリを入れてやろうと足を振り上げたら、思わずヒョイッとよけられてしまい空振り。

 男の子がボソッと呟いた。

「……いちごが、水玉模様」

 …………?

「パンツ見えた」

「なっ! なっ、」

 ぱくぱくと口を開けたり閉じたり。顔から何から、全身がゆでダコみたいにアツく沸騰する。

「こんの、失礼男がああ!」

 イライラして怒るあたしをなだめようと、じゅーおじいちゃんが間にスッと割って入った。

「まあまあ、らなちゃん。今から夕飯じゃ。りっかくんも一緒に、パンツの件は水に流すとして、三人で鍋でも食べながら大事な話をするとしよう」

 ……真夏に、鍋。

 この失礼な男の子、りっかっていうんだ……。

「泉りっかだ。よろしくな。らな」

 だから呼び捨てにしないでよって、ん? 泉? ……泉って、

「……じゅーおじいちゃん?」

 あたしはじゅーおじいちゃんが何を考えているのか、わからなかった。

 お店の奥にある2階の居住スペースへと続く階段を、おじいちゃんはりっか(呼び捨てでいいや、こんなヤツ!)を引き連れて靴を脱ぎ、当然のように上がっていく。

「お邪魔しまーす」

 りっかが2階の扉の中に消えていった。よく見るとちゃんと靴も揃えてある。意外と、礼儀正しい。

 ひとり残されたあたしはおじいちゃんの仕事机の前で、2階を見上げてただただ頭の中にはハテナマークが浮かぶばかり。

 大事な話って、何なんだろう……。

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