バスターなんかしないもん!

唯守みくみ

STAGE★1!

1☆魔物の心臓と、思い出の男の子

 ──この世には、妖魔と呼ばれる魔物が、存在するとかしないとか。


◇ ◇ ◇

 

 夏休み最後の、8月31日。

 カランコロン。

 耳に心地よい、風鈴の音が鳴る。

 この風鈴は、あたしが小学2年生の時に、夏休みの工作で手づくりしたもの。

 どうやら、桜門電器商会さくらもんでんきしょうかいに、本日最初のお客さんが来たみたい。

「いらっしゃいま──」

 ポテチとジュース片手に、大好きな少女漫画を読みながら、おじいちゃんが商店街の集まりから帰ってくるまでの間、のんびりと店番をしていたあたしはお客さまのご来店に顔をあげた──のだが。

 この辺でも悪名高いと有名な高校の制服を着崩した、めちゃくちゃチャラい感じの、いかにもヤンキーやってます! みたいな男のお客さま3人──は、殺気を放ってあたしをにらみ付けてくる。

 それはもう、いたいけな少女相手に、今にも殴りかかろうとするかのような凄みのある目で。

 普通なら、ありえないこの状況。怖いって逃げ出したくなるかもだけど、あたしにとってはぜーんぜん。こわくない。

 はぁ。またか……。

「お前が、桜門らなか?」

 ひときわ背の高い、リーダーみたいなやつが、ドスの効いた声であたしに向かって口を開いた。

 そう。あたしは、さっきまで意気揚々と読んでいた少女漫画の、見ているだけでドキドキしちゃうくらいとっても素直で可愛い、少女漫画の主人公──ではなく。

「そう、あたしが、桜門十夜さくらもんとうやおじいちゃんの、孫の羅菜らな。……あなたたちには、魔物の心臓は、ぜえったいに渡さない。あたしには、じゅーおじいちゃん不在の間、この石を護る義務があるんだから!」

 あたしは高校生たちに向かって叫んだ。

 ────あたしが持っているこのメノウの石は、他のメノウの石とは違う特別な石で、魔物の心臓とも呼ぶ。

 それは、桜門家に先祖代々伝承されし石だった。

 群青色でキラキラと光り、とても神秘的。

 祖父であるじゅーおじいちゃんによると、この石には不思議な力があるんだって。

 そして、それを狙うのが、泉家。

 泉家は、土地やらお金やらを巡って、昔から何かと桜門家と対立してきたみたい。

 じゅーおじいちゃんは教えてくれないから、泉家の人たちがどこに住んでいるのかあたしはわからないし知らないけど。

 泉家は、このヤンキー3人組みたいな刺客を雇って、その雇われた人たちが、たまにこうして奇襲に来るってわけ。

 刺客とか奇襲とか、まるで大江戸時代だよね。

「その石を、こちらによこせ」

「やだよーだ」

 魔物の心臓を右腕でぎゅっと抱きこみ、渡すもんかと左手であっかんべをして見せる。

「ナメやがって……よこせ!」

 一人があたしに向かって飛びかかってきた。

 あたしはタイミングを見計らって身を屈め、ひらりと脇に回って一人の突進をかわした。そのままじゅーおじいちゃんの仕事机の角に額をぶつけて、あっさり撃沈。ニ人目は足を払いあげて転倒させて、これまた撃沈。

 ドッタンバッタンと、お店の中で戦うあたしと高校生たち。

 こんなとこ、他のお客さんが来て見られでもしたらどうすんのよ! 桜門電器商会は裏で何かやばいことでもやってるのかしら奥さん〜なんて、ご近所さんたちに変なウワサが立ったらどうすれば……って、それよりもなによりも!

「っていうか! ここ、あたしの家、電器屋さんなんですけど! そんなに暴れて冷蔵庫とか電子レンジとか商品が壊れたら、どうしてくれんのよっ! 上から怒られるのはあたしなんだからねっ!」

 最後に、後ろから襲いかかってきた残りの男を、振り向きざま得意の回し蹴りで撃退。

 ちなみに、上とは他でもないじゅーおじいちゃんのことである。

「ガキが! 覚えてろよ!」

「ガキじゃないもん! すぐ忘れるわ! 高校生のくせに、おっとなげなーい!」

 こうして、ヤンキー3人組は、捨て台詞を吐いて桜門電器商会から去っていったのである──って。

 ったく、冒頭から、野蛮過ぎ! ちょっとハチャメチャ過ぎじゃない!?

 あたしはこれでも、このケンカに強い運動神経と怪力さえなかったら、超がつくほどのおじいちゃんっ子で、少女漫画だーい好きな、普通に可愛い感じの小5の女子なんですったらあ!

 パンッ、パンッと、手を払って一仕事終えたあたしは、ふう、とため息をつく。

 あの、時々思い返すだけで、胸の奥がズキズキ痛んで、苦しくなるような過去さえなければ。

 ……昔の話なんだけど、あたし、まだ幼くて、力の加減を知らなかった2年生の頃にね、この運動神経と怪力のせいで、大ケガさせちゃった人がいるの。

 それは、名前も知らない同い年の男の子。

 3年前、あたしが住む月森商店街の夏祭り。集会所のちょっとしたイベントで、こども限定うで相撲大会、っていうのがあったの。力じまんができる! 面白そう! なんて、浅はかに考えてしまった当時のばかなあたしは、じゅーおじいちゃんに参加の意思も伝えないまま、勝手にエントリーしちゃったの。

 それで、あたしとうで相撲対決をすることになったのが、その名前の知らない男の子。

 当時から気が強かったあたしは、子供ながらに、男の子相手に宣戦布告。

「……先に言っとくけど、あたし、めっちゃくっちゃ強いんだから! 学校のみんなにも、らなちゃんは強いって、言われてるし。だから男の子のあなたにも、ぜったい負けない」

 あたしがそう言うと、名前の知らない男の子は、こう返してきた。

「……はっ。オレだって、女になんて、ぜってー負けるわけねーよ。ばーか、調子乗んな」

 調子に乗ってる……、この一言にムカついたあたしは。

「言ったわね~!」

「ああ言ったさ! 生意気女!」

 バチバチバチ、二人の間に熱い火花が散る。

 その男の子は、夏休み、きっとたくさんプールに行ったんだろうな、って思うくらい、よく日焼けした肌に、キリッとしたつり目が印象的で……なんか、強そうだったから、あたしはつい、本気を出しちゃった。

 真剣ににらみ合いながら互いの右手をきつく握り合わせる。

「はじめ!」

 の合図と共に、

「ほあちゃあ!」

 バキッ☆

 本来のうで相撲では、鳴るはずのない鈍く重い音。

 辺りに響き渡る、男の子の絶叫。

「いいぃい! 痛ってえええ~!!」

「……あ…………」

 やってしまった。

 そう気づいたと同時に、じゅーおじいちゃんがあたしのところへ、あわてた様子でかけつけてきた。

 その男の子が、あたしに向かってなにかを叫んだみたいだったけど、その声は、集会所の大人たちがあたしを叱る声にかきけされて、聞こえなかった。

 ……しばらくぼーっとしてたみたい。

 はっと気づいて、振り払うように、ぶんぶんっと首を強く横に振る。

 忘れなきゃ! あの男の子のことは……

 でも、ううん。自分が思い出すのがつらいからっていう理由で、忘れていいはずなんてない。

 あの男の子、あの時きっと、すごくすごく痛かったに違いない。

 でも、この腕っぷしの強さと怪力のせいで人を傷つけたことが一度や二度ではないあたしは、そんなに強くない。

 だから、心のなかで、何度もあやまる。

 あのときは──

 ──……ごめんね……。


 カランコロン。

 風鈴の音。

 じゅーおじいちゃんが、集会所の集まりから帰ってきたみたい。

 魔物の心臓を狙う高校生たちがまたやって来て、ちゃんと(戦って)追い返したからねって、伝えなきゃ!

「お帰りなさ~い! じゅーおじいちゃ……ん?」

 んんん?

 じゅーおじいちゃんの後ろに、なぜか懐かしく感じる男の子がいる。

 キリッとしたつり目に、どこかいじわるな印象を与える顔立ち。……なぜだろう。あたしはこのはじめて会った男の子に、何か特別なものを感じた。

「よっ、久しぶりだな、怪力女。もとい……桜門、らな」

 そう言って、その男の子は、あたしの瞳を真っ直ぐに見つめた。

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