第3話 お願い

「やったぁぁぁあああ!!!」

思わずその場で大声を出してしまった。しかし、そんなことはどうでもいい。俺はついに、一色真白と同じクラスになれたのだから。


「よかったな!」

「めっちゃ喜んでる……」


後方から紅葉とさっくの声が聞こえてくる。この2人もやはり同じクラスだ。3年間一緒なのは正直嬉しい。


「は、早く教室行こう!!」


学校トップクラスの容姿で、文武両道の完璧美少女。高嶺の花と思っていた彼女に、ようやく…!


興奮する俺は、2人を置いて先走った。彼女のいる3年1組へ。


「はぁ…はぁ…やっと…やっとなんだ!」


すごい勢いで階段を駆け上がり、あっという間に教室の前までたどり着く。


「すぅ……」


緊張で深呼吸が上手くできない。動悸が高まる。心臓の音が耳元に直接聞こえてくるような感覚がする。


「よし…」


ドアに手をかけ、俺は恐る恐る開けてみる。


「あっ……」


中にはまだ数人しかおらず、何人かで楽しく話をしている人達もいれば、1人机に突っ伏し、居眠りをしている人も。


そして、そこに彼女はいた。


窓側の、1番前の席。本を読んでいる。開いた窓から風が吹いてきて、彼女の長い黒髪をふわりと揺らしている。


俺は声も出ず、立ち止まった。まるで、入学式のあの日、初めて彼女の姿を目にした時のように……


「おーい、碧人」


気がつくと、すぐ後ろに紅葉とさっくがいた。そういえば、教室の前で立ち止まっていたんだった。


「早く中に入ろ」


さっくに言われ、俺も意を決して教室に足を踏み入れる。


入ってしまった。ついに……


一色真白はこちらに一瞬目を向けるが、すぐにまた読書をはじめる。


出席番号順に従い、俺達は席に座った。彼女の隣、というようなこともなく、後方側のなんということのない席だ。


「相変わらず隣だな」


紅葉が右隣にいるのもこれで3回目だ。そして俺の後ろには、さっくがいる。


「よろしくな」


そんなやり取りをした後、俺は前方へと目を向ける。


彼女の後ろ姿。やっぱり入学式を思い出す。


「俺、もう死んでもいいや」

「いや、死ぬな」

「美容師になるんでしょ、尊死しないで」


こんなやり取りももう3年続いている。教室はまだ人が少ないようで、俺たちの会話が響き渡る。


「美容師で思い出した。最近髪伸びたから、また切ってくれよ。」

「ん?ああ、いいぞ」


金欠の紅葉に、俺はたまに無料で散髪をしている。


2年前、まだ仕事場に入れてもらえないことを伝えたら、「実験台にしていいぞ」と言ってきたので、ありがたくそうさせてもらった。ただ、それだと紅葉に悪いので無料で散髪する、ということになったのだ。


「碧人ってマジで髪切るの上手いんだよな。無料なのが少し申し訳ないよ」

「だよね!私も思い切って頼んでみて良かった!」


さっくは元々髪が長かったのだが、ずっと前からイメチェンしてみたかったらしく、俺は頼まれて彼女をショートカットにしたのだ。


「おかげで暗い雰囲気が一気に明るくなった気がするし。ありがとね、碧人」

「2年も前のことだろ、いいって」


改めて礼を言われると照れ臭くなる。確かにさっくは雰囲気が変わった。どちらかというと、前は服も薄暗いカラーだったし。髪を切ると、女の子も変わるのだろうか…。


「あーおーとーくーん!」

「げっ………」


なにやら気持ち悪い声の男がこちらに向かってきた。黄瀬優一郎。2年から同じクラスになったやつだ。


「おっひさー!今年もよ・ろ・し・く」

「その喋り方やめろ」


悪い奴ではないのだが、少し鬱陶しい。しかしこれで、かなりの秀才だ。定期試験の時は何度も助けられている。


「ん?おやおや、あれは一色真白ちゃんじゃあないか」

「そうだな…」

「んん〜!片思いは辛いですな〜!!」


こいつ…楽しんでやがる!!


「お前ら席付けよ〜」


ここで担任登場。やはり3年間灰垣茂雄。1度でいいから美人の巨乳教師を見てみたいものだ。


「じゃあ出席番号1番の……一色、朝礼頼む。」

「はい、起立、礼、着席」


一色真白の朝礼で、新たな1年が始まった。


ついに、俺は想い人と同じクラスになれた。しかし、どうしてだろう。彼女に話しかける勇気が全く湧いてこない。俺はこんなにも、度胸のない男だったんだな……。



「染川君、ちょっといい?」



「………え?」


新学期一日目が終わり、下校しようとした時。

紅葉はサッカー部、さっくは吹奏楽部なので教室で別れ、しつこく絡んでくる黄瀬を振り切り玄関にたどり着いたその矢先。


「染川君って……俺だよな……」

「え?そうだけど……あなた以外に染川君はこの学校にはいないよ」


俺は夢でも見ているのだろうか?今目の前にいるのは、間違いなく一色真白だ。


背中まで伸ばした長い黒髪に、クリームのようで柔らかそうな肌。雪のように真っ白な、透き通った声。


「あっちょっ……えっと、お、俺に何か用でございますか?」


不意打ちに対応しきれず、変な喋り方をしてしまった。キモイなぁ俺……。


「うん……。ちょっと、お願いしたいことがあるの……」


彼女のセリフに驚く。

お願い…?俺に…?一体何を…?



こうして、俺の人生は大きな転機を迎える。





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