第37話 風の竜
風の竜シルヴァ、彼はそう名乗った。
あまりの出来事に固まっていると彼が話を続けた。
「君たちが俺を探しているという噂を聞いて来たのさ。なにやら怪しい動きをしている奴らも増えているし、一度君たちから情報を得たいと思ってね」
そういうことだったのか。正直に言うと彼が竜だというのはまだ自称でしかない。
だが、俺は彼が竜だと確信していた。先ほどの迫力といい気配といい。
守護者の本能だろうか、彼からはほかの三人と同じような印象を受けたからだ。
「分かった、案内するよ」
とりあえずここにいても仕方が無い。
フィリアとウンディに会うため、俺は彼を連れて宿へ向かった。
「やぁフィリア、ウンディ!元気そうで何よりだ!」
部屋に入るなり笑顔で二人に挨拶をする彼を見て、なぜか彼女たちは不快な顔をしていた。
「どうしたんだ?久々の再開だ。ハグしてくれても良いんだぞ?」
冗談なのか手を広げて二人に近づいていく。
フィリアが彼の腹を蹴り飛ばした。
「いきなり現れたと思ったら君は何を言っているんだ?心配していたのが馬鹿らしくおもえてくるよ」
倒れている彼を見てフィリアがため息をつく。
「全くお兄様は変わりませんわね。ワタクシもお断りしますわ」
どうやら彼はあまりよく思われていないようだ。
「酷いなぁ、君たちが探しているからわざわざ来てあげたのに。そういえばグランツもいるんだろう?彼にも挨拶しておきたいな」
彼女の蹴りを食らったというのに、何事も無かったかのように起き上がり話題を切り替える。
「彼ならギルドで手当てをしてもらっているよ。昨日ここが襲撃されたときに重傷を負わされたのさ」
フィリアが彼を警戒している。どうやら抱きつかれるのは本当に嫌なようだ。
「彼が重傷を負わされるなんて、よっぽど一大事のようだね。何でこうなっているのか詳しく教えてもらえないかな?」
フィリアとウンディ、そして俺の三人で事情を説明する。
彼はようやく事の重大さに気づいたのか、まじめな顔を始めて見せた。
「なるほどね、それで君たちは明日決戦にむかうというわけだ。でも君たちが相手なら簡単に倒せるんじゃないか?」
確かにこの三人であれば問題なくダルクスを倒せると思える。
至竜教に関しても頭をつぶしてしまえば、あとは普通の冒険者でもどうにかなる。
そのまま壊滅する可能性のほうが高いだろう。
「けれど一つだけ気になることがあってね。どうやら妙な剣を持っているようなんだ。恐らく竜殺しの力を持っている武器だと僕は考えている」
グランツに重傷を負わせた剣のことだろう。そんな武器が存在していたのか。
「ワタクシたちの数少ない弱点の一つですわね。厄介ですわ・・・」
どうやら彼女たちはその剣の前では力を発揮することができないようだ。
どうするか考えていると三人がこちらを見ていることに気づく。
「君がこちらの切り札ということになる。竜殺しの剣も守護者に対してはただの切れ味のいい剣にすぎないからね」
以前負けてしまったが今回は負ける気はしない。ウンディとグランツの守護者になったことで強くなったのだ。やっとやってきた復讐のチャンスだ。無駄にするわけにはいかない。
「任せてくれ。ダルクスは俺が殺す」
フィリアは俺の返事に顔をしかめていた。ウンディもこちらを不満そうな目で見ている。
シルヴァは何か考え込んでいる様子だった。
「なぁフィリア。彼と戦っても良いかな?」
急にシルヴァがこんなことを言い出した。
フィリアがうなずくと俺はよく理解できないまま外に連れ出された。
良い場所は無いか探していると町から少し離れた森の中で、丁度良い大きさの広場を見つけた。
「でははじめようか、俺は人間の姿で大丈夫だから好きなように向かってくるといい。君が一撃でも当てればそこで終了だ」
シルヴァはどうやら人間の姿で戦うようだ。俺は刀を預けているため竜の爪を発動させる。
一瞬で距離をつめ、彼の体めがけて爪をふるう。
棒立ちのままよけるそぶりすら見せない彼を、爪が切り裂いたと思った瞬間姿が消えた。
後ろからの衝撃で地面を転がる。立ち上がるとなぜか切り裂いたはずの彼が無傷で立っていた。
「どうした?この程度じゃ俺にすら勝てないぞ」
シルヴァは風の刃を無数に飛ばしてくる。
透明な刃を魔力の流れで感じ取り何とかよける。
ウンディの守護者になったおかげでかなり魔力を見れるようになっていた。
風の刃をよけながら彼に近づきもう一度爪をふるう。
やはり爪があたる瞬間に彼の姿は消えてしまった。どういうことなのだろう。
「だめだな。こっちだこっち」
後ろから声がする。振り向くとなぜか無傷の彼が立っていた。
あきらめず何度も同じ事を繰り返す、だが爪が彼に当たることは一度もなかった。
「君は何で強くなりたいのかな?」
相変わらず無傷のシルヴァが風の刃を飛ばしながら尋ねる。
「俺はやつらに復讐したい」
こたえながら斬りかかる。だが手ごたえは無い。
「本当にそうかな?守護者になった時のことをよく考えてみなよ」
彼の攻撃が激しくなった、避けきれず体を何度も打ち付けられた。
どういうことだ?守護者になった時のことを思い出す。
フィリアの守護者になったときはやつらに復讐したい、死にたくない。そんな思い出血を飲んだ。
ウンディの守護者になったのは彼女の急な思いつきだ。戦いが終わった後急に血を飲むように言われたのだから。
グランツの守護者になったときは彼女たちを守ってくれと言われたのだ。
そこまで思い出してシルヴァの求める答えがようやく分かった。
「俺は彼女たちを守りたい。誰かを守るために負けるわけにはいかないんだ!」
思い返せばそうだった。
最初はやつらへの復讐心で戦っていたが、ウンディのときもグランツの時も誰かを守るために力を使っていた。そんな俺の姿を見て、ウンディとグランツは守護者にしてくれたのだ。
仇のダルクスが現れたことでそんなことすら忘れていたようだ。
俺の言葉を聞いて満足したのかシルヴァが攻撃をやめた。
「君のその言葉を待っていた。守護者ならば守るために力を使ってくれ。彼女たちの思いを裏切るようなことはもうしないでくれよ」
シルヴァが木の裏から出てきた。シルヴァが二人・・・どういうことだ?
「これは幻さ。君はずっと実体の無い俺と戦っていたのさ」
彼が魔法を解除したのか、今まで戦っていたシルヴァの姿が消えた。
なるほど、道理で手ごたえが無いわけだ。
「やっと気づいたのかい?」
「ワタクシがあなたを守護者にしたのは、あなたが誰かを守るために力を使っていたからですわ。復讐のために使うなんて許しませんわよ」
二人はどうやらずっと見ていてくれたようだ。
「そうだな、ごめん。ちゃんとみんなを守るために力を使うよ」
もう間違えたりはしない、守るために力を使うと心に誓う。俺は守護者なのだから。
「じゃあ宿に戻ったら俺の守護者にもなってもらおうかな。復讐のために力をふるう君は嫌だが、今の君なら正しく力を使ってくれそうだ」
ボルグの店で刀を受け取った後宿へ向かう。
宿に着いたころにはもうすっかり夜になっていた。
「じゃあ明日の朝にまた集まろうか。起きてこないと置いていくから寝坊しないようにしてくれたまえよ?」
「朝までがんばってくださいまし。それでお姉さま、今夜ぐらいご一緒させていただいても・・あ、お待ちくださいお姉さまー!」
決戦の前夜だというのに緊張感の無い二人だ。
「じゃあはじめようか、今からやれば明日の朝には間に合うだろう」
シルヴァと二人で部屋に入る。
俺はベッドの上でシルヴァの血を飲んだ。
以前と同じような激痛が体を襲う。こればかりは慣れる気がしない。
今回はベッドなだけ幾分かましだった。
「じゃあ俺はこれで失礼するよ。ギルドにいるグランツのとこで色々話してくるさ。明日の朝にはまた来るからがんばってくれよ。俺の守護者君」
そういうとシルヴァも部屋を出て行った。
翌朝、ドアを激しくノックする音で目が覚めた。
寝坊したかと思ったがどうやらまだ日の出前のようだ。
体の痛みは引いていた。睡眠も取れたようで体調も万全だ。
激しく叩かれているドアを開けると、そこにはあせった表情のウンディがたっていた。
「どうしたウンディ?まだ早くな・・」
俺がしゃべり終わる前にウンディが俺の肩をつかんでくる。
俺の体を前後に激しく揺らしながら信じられないことを言い始めた。
「お姉さまが!お姉さまがいませんの!」
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