第32話 新たな出発

次の日の朝、ようやく痛みが収まった。


「フィリアの血を飲んだときほどじゃないけど痛かったな」


ウンディの言うとおり傷は消えているが朝帰りではフィリアに絶対ばれるだろう。

とりあえず、町に戻ることにした。


宿に着き部屋に入ると、そこにはなぜかロープで逆さまに吊されたウンディがいた。彼女は念仏のように謝罪の言葉を口にしていた。


「おかえり、朝帰りとは言いご身分だね」


部屋の中にはフィリアがいた。

どうやらかなり怒っているようだ。

笑顔だが雰囲気が怖い・・・。


「おはようフィリア。色々あってさ、とりあえず話を聞いてほしい」


俺の願いはむなしく、フィリアの手によって逆さ吊りにされてしまった。


「それで、何があったのか説明してもらおうか」


フィリアが紅茶を飲みながら、逆さに吊された俺とウンディに尋ねる。

俺は逆さまのまま彼女に昨夜の出来事を説明した。


「と言うわけでようやくさっき帰ってきたんだ」


フィリアは黙って話を聞いていたが、ウンディの血を飲んだと言ったあたりで眉毛が少しだけ動いた。何か気になることでもあるのだろうか。


「彼女の血を飲んだだって?ウンディ、どういうことか説明してもらおうか?」


フィリアが不満そうな声でウンディに尋ねる。

ウンディの方は、逆さまのまま顔だけ俺たちからそらしていた。

口をとがらせて吹けもしない口笛を吹いているようだ。

その態度に怒ったのか、フィリアがウンディを揺らし始める。


「ごめんなさいお姉さま言います言いますからどうか揺らすのだけはやめてくださいまし!!!!」


フィリアは揺れている彼女を止めると、返事を待つ。

ウンディは息を整えると、少し顔を赤らめて話し始めた。


「その、昨日奴らに襲われて正直ワタクシも困ってましたし、どうしようか悩んでいたところにショウが来てくれましたの。二人で全員倒した後にボロボロの彼を見ていると何かが胸の奥からわき上がってきまして。あ、これワタクシの守護者にしちゃってもいいですわね何て思ったら、ついつい血をあげちゃいましたの」


てへと笑いながら舌をだす彼女。

守護者にってことは昨日の痛みはやっぱりそう言うことだったのか。

そう言えば、いつの間にか名前で呼んでくれてるな。

頭を抱えたフィリアが今までで一番長いため息をついた。

その様子をみたウンディが慌てて言い訳をつけくわえる。


「もちろんこれはお姉さまのためでもありますのよ!ワタクシの守護者になればもっと強くなれますし今後お姉さまをお守りすることにもつながると思いましたの!まぁお姉さまの血とワタクシの血が混じることを想像して興奮してないといえば嘘になりますけど・・」


最後の方は小声だったけどとんでもないこと言ってないか?

ようやく理解した。こいつはフィリア大好きの変態竜だ。

これが彼女の素顔なのだろう。

フィリアはウンディを揺らすと俺を下ろしてくれた。

どうやら誤解は解けたようだ。


「いいかい?君は僕の守護者としての自覚をもっともってくれたまえよ。今回は仕方ないけれども、奴らと戦うときは僕も呼んでくれ」


怒ったような顔でそう言うと部屋から出ていく。

心配をかけてしまったようだ。あとできちんと謝るか。

とりあえず、ご飯でも食べよう。

昨日の夜から食べていないから腹ぺこだった。

揺れながら何か叫んでいる水の竜をおいて、俺は食事に向かった。



「うう、ひどい目に遭いましたわ・・・」


ハジの町へ帰る馬車の中で、ウンディは倒れていた。

出発まであの状態だったのだ。無理もないだろう。


「なぁウンディ、昨日あの後何をしたんだ?フィリアがあそこまで怒るなんてめずらしいぞ」


一体何をやらかしたのだろうか。

一人で外に出ただけにしては、あの仕打ちは厳しいだろう。


「ただ、ワタクシはお姉さまと一晩のささやかな夢を見ようとしただけですのに・・・」


今にも吐きそうな声で彼女が答える。

どうやら相当きついようだ。


「君の言う一晩の夢とやらは相当常識からかけ離れているようだね。裸で僕のベッドに入り込むなんて二度としないでくれよ」


そんなことをしていたのか・・・。

これは同情する余地はないな。


ハジの町へ着くと、さっそく冒険者ギルドへ向かう。

中へ入るとアリアが出迎えてくれた。


「戻ったのね。あら、そちらの方は?」


ウンディをはそんなアリアを見てフィリアの影に隠れている。

どうしたのだろう?


「ななな、なんですのこのエルフ。とんでもない魔力の強さですわ」


そうなのだろうか。俺には全く分からないが彼女が言うならそうなのだろう。


「彼女は水の竜さ。とりあえず場所を移そうか」


アリアを含めた4人で応接間に向かうと、ウンディとの経緯を話す。


「そう言うわけで、彼女をここで守るのを君にお願いしたい。僕が信頼できるのは君ぐらいだからね」


フィリアが説明している中、ウンディはフィリアの腕をがっしりと掴んでいた。そんなにアリアが怖いのだろうか。


「私は構わないけれど、彼女の方は大丈夫?」


そんな様子を見て心配したのか、アリアが尋ねる。

確かに心配になるぐらい震えていた。


「お願いしますお姉さまどうかワタクシも一緒に連れて行ってくださいまし!きっとお役に立ちますからぁ!今度からお姉さまのベッドへ入り込むのもなるべく控えますからぁ!」


ウンディがフィリアの手を握り、涙を流しながら訴える。なるべくってことは止めるわけじゃないのか・・・。

その姿を見ていると、なんだか可哀想になってきた。


「なぁフィリア、一緒に連れて行ってもいいんじゃないか?彼女の魔法はすごく強力だったし。俺が責任もって守るよ。成りゆきとは言え、彼女の守護者にもなったしな」


ウンディはこちらを見て涙を流していたが、フィリアは横目でこちらを睨んでいた。

しばらくの間沈黙が続いたが、どうやらフィリアが根負けしたようだ。


「はぁ、仕方ない。君が守護者になってしまったこともあるし一緒に連れて行くしかないようだね。きちんと守ってやるんだよ」


ウンディがフィリアに抱きつく。フィリアも文句を言いつつ彼女と一緒にいたかったようだ。


「話はまとまったみたいね。それで、次の目的地はどうするの?」


アリアが話題を切り替える。

フィリアがウンディを引きはがし、話を続ける。


「そのことなんだが、アリアにお願いしていた件はどうだい?」


何をお願いしていたのだろう。

例によって俺は何も聞かされていない。

ウンディも隣で首を傾げている。


「その事なんだけど、一つだけ有力な伝説があるわ。でもこれが何かの役に立つとは思えないのよね。こんなのでよかったのかしら」


アリアが1枚の紙を差し出す。

内容を見るとどうやら地方に伝わる伝説が書いてあるようだ。

フィリアが内容を確認し、ニヤリとわらった。

良い情報があったようだ。


「十分だよ、ありがとう。じゃあ引き続きもう一つの件も頼むよ。じゃあ早速行こうか。次の竜に会いに出発だ」


そう言うと外へ出て行ってしまった。

アリアにお礼を言ったあと、ウンディと二人で後を追う。


部屋を出たところで、ウンディが俺の手を掴んできた。

振り返ると、恥ずかしそうに下を向いている。


「どうした?早く行かないと怒られるぞ?」


何か言いたげに口を動かしているがよく聞こえない。


「何もないなら先に行くぞ」


手を振り払おうとしたその時、意を決したのか彼女が口を開いた。


「ワタクシ本当はお姉さまを説得なんてできないと思ってましたの。約束は守らせる方でしたから。お姉さまがついてくるのを許してくれたのは、きっとショウのおかげですの。本当に感謝しますわ」


横を向いて顔を真っ赤にしている。

どうやら相当恥ずかしいようだ。可愛いところもあるじゃないか。


「数百年ぶりだって言ってたしこんなすぐに離れたくないよな。それに俺もウンディとは一緒に冒険したかったから気にしなくていいよ。守護者にもなっちゃったしな」


それにここにいたらアリアに迷惑だろうしな。

あんな状態でいられたら、彼女も気をつかってしまうだろう。

俺の返事を聞くと、ウンディは明るい笑顔を向けてきた。

その笑顔に一瞬ドキッとしてしまう。

ウンディが俺の手を握り続けていることに気づいたのか、慌てて振り払うと彼女はさっさと行ってしまった。


外へでると、フィリアとウンディは馬車に乗っていた。

ウンディはフィリアを抱き抱えて膝に乗せている。

文句を言わないところを見ると、彼女も満更でもないようだ。


「遅いぞ、いつまで待たせるきだい?」

「そうですの!さっさとするのですわ!」


誰のせいで遅れたと思ってるんだろうか・・・。


「はいはい。それで次はどの竜に会いに行くんだ?」


馬車を走らせる準備をしながら、彼女に行き先を尋ねる。


「次は土の竜に会いに行こう。とりあえず、この伝説が伝わる町に向かってくれ」

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