第26話 不死身の最弱

翌朝、宿から出て二人で馬車を受け取りに行く。


「そういえば、どんな改良をしたんだ?」


隣を歩くフィリアに尋ねる、彼女はもう完全にいつもの調子に戻っていた。


「まぁ見てからのお楽しみさ、これで快適になるといいんだけどね」


どんな改良をしたのだろうか、楽しみだ。

そうこうしている内に目的の店に着いたようだ。そこには様々なタイプの馬車が並んでいた。

並んでいる馬車を眺めていると彼女が戻ってきた。


「おいフィリア、間違えてないか?」


彼女が持ってきた馬車は馬が引いている。確かに形等に見覚えはあったが、俺たちの馬車は俺が引くように特別設計されていたはずだ。


「君がそんなに走るのが好きだったとは知らなかったな。今からでも戻してもらえるか聞いてみるかい?」


彼女が真顔でそんなことを聞いてきたため慌てて否定する。

なんと彼女は、馬車を馬に引かせるようにしたらしいのだ。

本来それが当たり前なのだが、今まで代わりに走っていた俺としては大変うれしいことだった。


「君に走らせてもいいのだけれど、やはり乗りごごちが悪くてね。仕方なく馬に引かせることにしたのさ」


荷台のクッションの感触を確かめ、満足なのか笑顔になる彼女。

馬車を引くことに関して、俺は馬以下ということになるのだが、当然のことなので気にしないことにした。

手綱を握り、目的の草原へ向けて馬車を走らせた。


20分ほどで草原へ着くと、スライムたちが多いことに気づく。

ほかに強い魔物がいないため、どうやらこの場所はスライムの住処になっているようだ。


「さてと、じゃあとりあえず目的のスライムを探しに行くか。フィリアはどうする?」


フィリアのほうを見ると寝たまま手を振っていた、当然のように任せるつもりらしい。


「じゃあ行ってくるよ、終わったら戻ってくるから。ここにいてくれよ」


フィリアに馬車を任せ、一人で草原を歩く。

普通のスライムは多く見かけるが、変異種のスライムは見当たらない。


「こんな広い草原ですぐに見つかる方がおかしいか」


岩に腰かけて、あたりを見渡しながらつぶやく。

馬車で探すことも考えたが、馬がかわいそうなのでやめることにした。

ふと、スライムたちの動きに共通点があるのを見つけた。

どうやらどの個体も、同じ方向を目指して進んでいるようだ。


「何かあるのか?」


気になったので後を追ってみる。

周りにいるスライムの数が増えてきた。かなりの数がいるようだ。

しばらくすると、向かう先に小高い丘が見えてきた。

しかしそれは丘ではなかった。


「あれが今回の変異種か」


それは、赤い色のスライムだった。大きいという話は聞いていなかったのだが。

周りにいたスライムたちは、どうやらあいつを目指していたようだ。

次々に周りのスライムを取り込み、そのたびに大きくなっているような気がした。


「なるほど、ああやって巨大化しているのか。さっさと終わらせて帰ろう」


大きさ以外は話の通りだった、核がなく動きも遅い。

とりあえず刀で切ったが、すぐにくっついてしまい全く効果が無いようだ。

今度は爪で切ってみた。さきほどと同じようにこれも効果が無い。

どうしようか悩んでいると、スライムがゆっくりと動き出した。

どうやら俺を取り込もうとしているらしい。


「動きは遅いけど、倒せないのは厄介だよなぁ」


仕方なく距離を取る。倒せないが危険度も低い。

放っておくわけにも行かないし、なんとか倒す方法を考えなければ。

その時、一角兎がこちらに向かってくるのが見えた。どうやらこいつもスライムに向かっていっているようだ。

魔物を集めるフェロモンでも出してるのか?

そんなことを考えて眺めていると、兎はそのままスライムに飛び込んでしまった。


「おい、これはまずいんじゃないか・・・」


嫌な予感がした。そして、こういうときの予感は当たるものである。

スライムに取り込まれた兎の体は一瞬で溶けてしまったのだ。

さっきまでのゆっくりした動きで、こちらへ向かってくる。

だがさっきまでとは恐怖の度合いが段違いだった。


「うそだろ!あんなのに飲まれたらどうなるかわかったもんじゃないぞ!」


いくら自分の体が頑丈とはいえ、飲まれたら溶かされる可能性がある。

攻撃が一切聞かないのであればもうこの手しか残っていない。

十分に距離をとり、右手をスライムに向ける。

魔力を集め一気に放出する。そう、魔法だ!

爪を使っている成果が出たのか、初めて使ったときよりもかなり速く発動できた。

だが、飛んでいった火の玉はスライムに当たるとすぐに消えてしまう。

当たったところが焦げて地面に落ちている。動かないところを見るとその部分は死んだようだ。


「やっぱり才能無いのか!」


分かってはいたが、悲しい結果だった。

だが魔法は聞くことがわかった。次の手を考えて必死に逃げる。

なにか手がかりはないか、昨日の冒険者との会話を思い出す。

その時、良いアイデアを思いついた。


「これだ!」


念の為、刀で両断しておく。倒せはしないが再生にしばらく時間がかかるだろう。

全速力で馬車のところへ戻る。

戻ってきた俺を見ると、フィリアが起き上がり声をかけてきた。


「早かったね、今度こそ一人で倒せたのかい?」


目をこすっているところを見ると、ずっと寝ていたのだろう。


「いや、まだだ。フィリアに頼みがある!」


頼みと聞いたフィリアの眉毛がピクリと動いた。


「ほほう、倒せないから僕に力を借りようっていうのかい?全く君はいつになった・・」

「そうじゃない!金貸してくれ!」


時間がないため彼女の言葉を遮る。彼女は驚いたようだ、目を見開いて固まっている。


「早く!あいつを倒すために必要なんだ!」


怪訝な顔をしながらもフィリアがお金を出してくれた。あとは急いで町に帰って目的のものを買ってこなければ。


「何を買うのかは知らないけれど、ちゃんとつけておくからね」


そういうと、フィリアはまた昼寝を始めた。全くよく寝る竜だな。

俺はお金を受け取ると、全速力で町まで走る。

馬車でゆっくり20分の距離だ、俺の足では5分もかからずに到着した。

目当てはギルドの中にある酒場だ。

開店の準備をしている店主へ急いで事情を説明し、代金を払う。

大きな樽を受け取ると、それを担いでまた全速力で草原へと走った。


草原に着くと、スライムがいた場所へ向かう。

遠くからでも確認できるほどの大きさになっていたため、すぐに見つかった。

相変わらずノロノロとした動きでこちらに向かってくるスライム。


「またせたな!ご飯の時間だぞ!」


担いできた樽を思いっきり投げる。

予想通りスライムは樽を飲み込み、吸収し始めた。


「よし!これで仕上げだ!」


完全に取り込んだのを確認し、スライムに向けて魔法を放つ。

前回と同じような火の玉がスライムに向かって飛んでいく。

命中した瞬間、スライムの体を炎が包み込む。

みるみるうちに蒸発し、消えていくスライム。

火が消えると同時に、スライムも消えてしまった。


「なんとか勝てたな。うまくいってよかった」


脱力してその場に座り込む。樽を抱えて全力で走るのはなかなかきつかった。

すこし休憩したあと、馬車のところへ戻る。

フィリアは起きて、外で紅茶を飲んでいた。


「戻ったようだね。その表情からするとなんとか倒せたのかな?」


さすが、お見通しのようだ。


「まぁな、物理攻撃はだめだったけど魔法は効いたみたいだ。焼いてやったよ」


フィリアが訝しむような目線をこちらに向けている。どうやら信じていないようだ。


「君のあの魔法でかい?おいおい冗談はよしてくれ。それとも、何か秘策でもあったのかな?」


秘策は俺が町で買った樽の中身だ。あの中にはかなりきついお酒が入っていた。

昨日冒険者が酔っていたことを思い出し、ギルドで酒を売っていることを思い出したのだ。

俺の予想通り、アルコールを吸収したスライムの体は俺の魔法でも簡単に燃え尽きてしまった。


「まぁな、とりあえず町に戻って報告しようぜ」


馬車に乗り込み、手綱を握る。

町に向かっている途中、フィリアから悲しい事実を知らされた。


「まぁ秘策が何だったかは知らないけれど、金貨5枚の秘策だからすごいんだろうね。君が満足しているのなら別に良いけれど」


金貨5枚・・・・はい?


「金貨5枚だって!?そんな大金払ってたのか!」


必死で気づかなかったが、酒代として金貨5枚も払っていたらしい。

道理で店主のおっちゃんがにやけ顔だったわけだ。


「まぁ僕としては返してくれるなら気にしないよ。残り金貨940枚、ちゃんと返してくれたまえよ?」


だいぶ稼いだはずなのに、全然借金が減らないなぁ・・・

依頼は達成したのだが、悲しい気持ちで町へ帰っていった。

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