第19-20話 熊?いいえ兎です
フィリアを乗せたカゴを背負い、村へと急ぐ。
変異種が目撃されたのは、俺たちが村を出てすぐのことらしい。
「今度の奴は、どんな相手なんだ?」
走りながらフィリアに尋ねる。
あの村の近くは、そんなに凶暴な魔物は住んでいないはずだ。
第一、そんな魔物がいれば、フィリアが特訓に使っていただろう。
「目撃されたのは、一角兎のようだね。もちろん通常の個体とは、かなり違うようだが」
一角兎と言えば、森に住んでいるおとなしい魔物のはずだ。
魔物とは言っても、普通の村人でも倒せるくらい弱いため、食材として利用されている。
「そんな弱い魔物でも、ドラゴン級じゃないと倒せないくらいに強くできるのか」
そんな薬をばらまくなんて、奴らは一体なにを考えているんだろうか。
どんなことにせよ、あんな奴らの好きにさせるわけにはいかない。
変異種を討伐することで、邪魔が出来るならば好都合だ。
そんなことを考えながら、走り続けた。
村へ着くと、宿屋の女将へ挨拶しに行った。
女将は二人を見ると笑顔で出迎えてくれた。
フィリアがカゴを返すときに、今日泊まることを伝える。
「この辺は最近、変な魔物が現れてるみたいだから気をつけてね。森へ行くのも、しばらくはやめておいたほうがいいかもしれないね~」
二人を心配しながらも仕事に戻っていった。
「女将も心配しているようだし、僕たちは早く討伐に向かおうか。とりあえず、目撃された場所へ向かってみるとしよう」
俺も、女将には色々とお世話になったことだし、早く不安は解消してあげたかった。
二人で、早速森へと入っていった。
「変異種が目撃されたのは、湖の近くのようだ。今回も、あまり僕に頼らないように、がんばってくれよ?」
フィリアが、にやにや笑みを浮かべながら言う。
予想はしていたが、やはり手伝う気はないようだ。
「今回は元の魔物が弱いし、フィリアの手を借りなくても大丈夫だよ。俺も、新しく力を使えるようになったからな」
俺は竜の爪を発動させて、軽口をたたいた。
前回はゴーレムだったが、今回は一角兎だ。
いくら強化されているとはいえ、さほど苦戦することもないだろう。
目的の湖にたどり着く。
あたりを見渡すが、例の魔物は見あたらなかった。
「とりあえず、僕はここにいるから、討伐できたら呼びに来てくれ。証拠として、角を持ってくるのを忘れないようにしてくれよ」
近くの木を切り倒し、切り株を作ると、フィリアはそこに腰掛ける。
ドレスからティーセットを取り出し、紅茶をいれ始めた。
本当に手伝う気はないようだ。
仕方なく、一人で付近を捜索する。
ここにくるまでに、通常の一角兎は何度かみかけたが、変異種は見かけていない。
あたりを探し始めてすぐに、一回り以上大きい個体を見つけた。
毛並みは赤く、角も太くて多きい。爪も見るからに鋭そうだった。
「あいつが例の変異種か。割とすぐに見つかったな」
爪を発動させ、静かに近づく。まだこちらには気づいていないようだ。
ある程度距離を詰めると、兎がこちらを振り向いた、気づかれてしまったようだ。
兎とにらみ合う。
兎が角をこちらに向ける、次の瞬間、ものすごい速さで飛びかかってきた。
まるで槍のように迫る角をかわし、首に狙いを付けて、爪を振り下ろす。
兎の頭は、あっけなく胴体と離れ飛んでいく。
「何だ、やっぱりこの程度か」
元の魔物が弱いと、大したことはないのだろうか。
死体から角を回収すると、フィリアの元へ向かった。
「早かったね、見つからなかったのかい?」
紅茶を飲み終え、うとうとしていたフィリアに角を見せる。
「今回の奴は、大したこと無かったよ。ほかの冒険者でも勝てるんじゃないか?」
正直言って今回の魔物は、ほかの冒険者でも勝てただろう。
「それはそうだろうね。君が倒したのは、目撃された魔物とは別物だろう」
角を見終わったフィリアが、そんなことを言い出した。
「何だって?」
目撃された奴じゃないとすれば、昨日のゴーレムのように、まだ他にいるのだろうか。
「この角は小さすぎるし、何より細すぎる。目撃された奴の角なら、この程度の大きさじゃないだろうさ」
角を杖のようにして、顎を乗せ休む彼女。
俺は仕方なく、もう一度探しに行くことにした。
先ほど戦った場所へ向かうと、信じられない光景を目撃した。
「なんだ、この数。どれだけいるんだよ」
そこには、俺がさっき戦ったやつと同じ様な兎が、10体以上いた。
木の裏から様子をうかがう、仲間がやられたのが原因だろう。
ずいぶんと殺気立っているようだった。
しばらくすると、地面が揺れ始めた。
何かが近づいてくる、そう感じた俺は兎に見つからないように慎重に木に登った。
揺れが大きくなった。上から見ると、兎たちは全員同じ方向を見ていた。
その方向を見ると遠くから何か大きなものが近づいてくるのが見える。
「地面が揺れていたのは、あいつのせいだったのか」
現れた姿を見て驚く。
それは、巨大な兎だった。
他の兎たちも、通常の奴らと比べ一回り以上大きいのだが、現れた奴は比ではない。
まるで熊のような大きさだ。角の太さも俺の腕ぐらいはある。
こいつが目撃された個体に違いない。
巨大兎は、死体のそばまでくると、鼻をひくつかせていた。
臭いをかいでいるのか、そう思いながら見ていると、急に巨大兎がこちらを見た。
目が合い、背筋に悪寒が走る。
慌てて、木から飛び降り、走り出したその時。
間の木々をなぎ倒しながら、巨大うさぎがこちらへ向かってきたのだった。
木々の間を縫うように全力で走る。
後ろからは木をなぎ倒す轟音とともに、例の魔物が迫っているのがわかる。
「この場所ではこっちが不利だ、どこか広い場所に出ないと」
逃げながら、以前フィリアと特訓した場所を目指す。
あそこであれば、戦いやすいだろう。
なんとか広場にたどり着くと、すぐさま後ろを振り返り、構える。
変異種の兎も止まり、こちらを見ていた。周りには先ほどの小さな奴らも集まっている。
改めて、変異種をよく観察してみる。
兎とは思えないほど、巨大な体。
丸太のような手足に、異常なほど太い角。
こいつに比べれば、さっき倒した個体など、小さい子供のようなものだった。
強靭な後ろ脚で地面をけり、飛ぶように巨体が迫る。
速い、だが避けられない速度ではない。
自分の腕の太さほどある角をかわすと、先ほどと同じように爪を振り下ろす。
爪が当たるより前に、横からの衝撃に吹き飛ばされ、失敗に終わってしまう。
周りの小さな兎の1匹が、同じように飛んできたのだ。
幸いにも角は刺さらなかったが、かなりの衝撃だった。
そんなことを考えている間にも、巨大兎がまた飛んでくる。
その攻撃に合わせるように、周りの兎たちも飛んでくる。
「くそ!これじゃ反撃できない!」
飛んでくる槍のような角を必死でかわす。
角が頬をかすめる。
太さだけでなく、鋭さも増しているのだろう。頬から血が流れた。
「あいつの角だけは、絶対食らわないようにしないと、一発でももらえば終わりだ」
体を貫かれた姿を想像し、死の恐怖がこみ上げる。
その恐怖を感じ取られたのか、兎たちの攻撃が激しさを増した。
徐々に攻撃をくらい、傷が増えていく。
何匹か小さい兎を倒せたが、まだまだ数は多い。
魔力の扱いが苦手な俺の爪は、初めよりだいぶ弱くなっていた。
「まずいな。魔力が切れる前に、決着をつけないと」
一か八か、勝負に出ることにした。
小さい兎の爪は、痛いが刺さりはしないし、まだ耐えることが出来るはずだ。
万が一当たったとしても、死にはしないだろう。
呼吸を整え、巨大兎に向き合う。
飛んでくる巨体を、横に飛んでかわすのではなく、地面に倒れ込むようにして避ける。
頭上スレスレを通過する兎の首めがけ、腕を振り上げる。
血しぶきを上げながら、首に爪が深々と刺さる。
爪を指したまま、しっぽに向けて腕を振り下ろす。
飛んでくる力と合わさって、兎の体は綺麗に切り開かれていた。
巨体は地面に横たわり、ピクピクと痙攣している。このまま放っておいても死ぬだろう。
その姿を見て、小さな兎たちは一斉に逃げ出そうとした。
「待て!」
慌てて後を追いかける。
弱いとは言え、村人が勝てるような相手ではない。
このまま逃がしてしまえば、犠牲者がでるかもしれない。
急いで一匹を斬り伏せるが、数が多くバラバラの方向に逃げている。
このままでは、取り逃がしてしまう。
そう思えたその時、赤い影が兎のそばを通り過ぎていく。
次の瞬間、全ての兎たちは、首を切りおとされ、全滅していた。
何が起こったのかわからず、混乱していると後ろから声をかけられた。
「戻るのが遅いし大きな音がするから見に来てみれば。全く君は、また僕に手伝わせるなんて、何か言い訳はあるかい?」
フィリアが立っていた。
口振りからすると、影のように見えたのは、恐らく彼女だろう。
なんだかんだ文句を言いながらも、彼女はまた手を貸してくれた。
アリアが不器用と言っていたのは、こういう所なのだろう。
思わず少し、笑ってしまう。
「何を笑っているんだい?君はまだまだ力を使えていないんだから。調子に乗って殺される前に、もっと努力をするようにしたまえ」
怒ったようにそっぽを向く彼女。
「ありがとう、助かったよ。やっぱフィリアは優しいな」
思わずそんなことを口にしてしまう。
フィリアは怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
『やっと気づいたのかい?君はバカだなぁ!』とかそんなことを言いながら、ニヤニヤ笑うとでも思っていたのだが。
「馬鹿なことを言ってないで、さっさと村に戻るぞ。角の回収を、忘れないでくれよ」
そう言うと、俺を置いてさっさと帰ってしまった。
「余計なこと言っちゃったかなぁ」
そんな後悔をしつつ、角の回収を始めるのだった。
やっと角を回収し終えた後、村へ着いたときにはもう日が落ちていた。
「やっと終わった、今日は危なかったなぁ」
宿に向かいながら、今日の戦いを思い返す。
もしあのまま魔力が切れていたら、じわじわとなぶり殺されていただろう。
「あまり爪に頼りすぎるのも問題か。魔法の才能は、ないんだからな」
とりあえず今日はもう休もう。
そんなことを思いながら、宿の中へ入っていった。
フィリアは、もうお風呂に入ったのだろう、パジャマ姿で椅子に座っていた。
女将がご飯を作って待ってくれていたので、二人で一緒に食べ始める。
「そうそう、君の部屋は僕の隣に取ってあるから、間違えないように気をつけてくれよ」
食べている途中に、フィリアがこんなことを言ってきた。
今まで同じ部屋で寝ていたのに、どういう風の吹き回しだ?
お風呂も、毎日体を洗わせていたというのに、今日はもう終わらせているようだし。
『まさか、俺に任せると言っておきながら、結局いつも自分が動かなきゃいけないから、あきれて怒ってるんだろうか?』
疑問に思ったが、一人で広々と眠れるのは嬉しかったので、わかった、とかるく返事をしておいた。
ご飯を食べると、フィリアは部屋に戻ってさっさと寝てしまったようだ。
風呂に入り、部屋に向かう。
久々に一人になった俺は、ベッドの上で自分の弱点をどうするか考えていた。
魔力に頼る爪では、長い時間戦うことは出来ない。
何かいい方法はないものか、そんなことを考えていると、今日戦った兎の角を思い出す。
「これだ!」
良い考えが浮かんだ。明日、早速フィリアに話してみよう。
考えがまとまると、急激に眠くなってきてしまった。
明日はアリアたちに報告しに行かなければならないのだ、きっとまた走らされるだろう。
さっさと寝てしまおう。
予想以上に疲れていたのか、目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。
一人で村へ帰るときのフィリアのお話
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「優しいだって?あいつらが逃げたら見つけ出すのに時間がかかるから手を貸しただけであって別に彼の為じゃないんだけどね。まぁ確かに血だらけでボロボロの彼がかわいそうだから手を貸してしまったのもほんの少しだけあるけど。それでも勘違いされちゃ困るな!」
誰も聞いていないのに、早口でそんな文句を言う。
「確かに彼は、特訓を頑張っているし、いつもボロボロになって戦う姿に、流石に僕も、何か思わないことがない訳じゃない。
わがままな自分に、文句を言いながらも従ってくれるし。
ゴーレムが降ってきたときだって、僕はあんなの全然平気なのに、必死で手をのばして助けようとしてくるし。
いまだにベッドで寝るときは無理に端っこで寝てるし。竜の僕を、まるで女の子みたいに扱ってくれるけれど・・・」
それでも、彼の言葉に喜んでいる自分が不思議だった。
今までこんなこと、一度もなかったのに。
不思議な感情に、頭を悩ませながら、村へと帰った。
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