第7話 助けた理由
「結局1回も当たらなかった・・・」
全身ボロボロになりながら、宿屋へ帰ってきた俺は力なくつぶやいた。
あれから何度も彼女に挑み続けたが、結局1度も当てることはできなかった。
その度に殴り返され、蹴り返されたため身体中が痛む。
服は破けたが血が出ていないところを見ると、この身体は本当に頑丈らしい。
一方彼女はというと、どこかすっきりした表情で鼻歌を歌っている。
二人が帰ってきたことに気づいたのか、女将が厨房から出てきた。
「おかえり。おや、今日は何か良いことでもあったのかい?」
まぁね、とご機嫌そうに笑顔で答えるフィリア。
その隣にボロボロで立っている俺を見ると、女将は苦笑いを浮かべた。
「ご飯を用意しておくから、先にお風呂に入って綺麗にしておいで」
そう言うと、出迎えてくれた女将は厨房へと消えていった。
フィリアはともかく俺は全身ボロボロで砂だらけだった。
早くお風呂に入ってさっぱりしたい。
「じゃあ僕は先に部屋に戻るから、お風呂に入っててくれ」
フィリアはひらひらと手を振り2階にあがっていく
とりあえずお風呂に向かうことにした。
脱衣所の中のカゴに新しい服が入っていた。
置かれたメモを見ると、どうやらフィリアが女将に頼んで用意してくれたようだ。
特訓でボロボロになることがわかっていたのだろう。
服を脱ぎ風呂場への戸を開ける。
「うわー、ひろいなぁ」
大人4人が足を延ばして入れそうな大きな木の浴槽にお湯がはられ、湯気が立ちこめていた。
とりあえず全身を流し、汚れを落としていく。
今日の特訓は普通の人間であれば死んでしまうか、良くて大怪我をするような内容だったのに、お湯がしみないことを考えると、小さな擦り傷すらないようだ。
「本当に頑丈な体だな・・・」
心なしか、以前より筋肉も着いたような気がする。
洗い終えて湯船に浸かり、今日の疲れをいやす。
疲れた体にお湯が心地よい。
「これからどうなるんだろう。急に村が襲われて、不思議な女の子に助けられて、守護者とやらにされて人間を辞めて・・・」
落ち着いてくると将来のことを色々考えてしまう。
色々と不安はあるが、今はフィリアについて行くしかないだろう。
自分の命を助け、人間を超えた力を授けた自称竜の少女。
『見た目は可愛いけど中身は問題だなぁ。命を救ってくれたし根は良い奴なんだろうけど、昼間の特訓で俺が苦しんだり痛がったりしてるのを、楽しそうに笑いながら見てたからなぁ』
一人そんなことを思っていると、脱衣所の戸を開ける音がした。
誰か入って来たのか?浴槽の大きさを見ると、他の宿泊客と一緒に利用するタイプなのかも知れないな。
そんなことをぼんやり考えていると、今度はお風呂場の戸が開いた。
そこには何も身につけていないフィリアの姿があった。
正確に言うとリボンはしているのだがそのほかには一切身につけていない。タオルで隠そうとすらしていない。
「おい、フィリア!まだ入ってるって!」
慌てて目をそらす。だが見てしまった。
昼間の特訓のことを思い出し血の気が引いていく。
今度こそ本当に死んでしまうかもしれないと思い、神様に祈り始めたその時だった。
「君が入っていたところで何か問題がある訳じゃない、なにをそんなにあわてているんだい」
戸を閉める音が聞こえる。
どうやら彼女はまったく気にしていないようだ。
「湯船に使ってないで、恩人をいたわったらどうだい。背中を流すくらいの誠意を見せてくれてもいいんじゃないかな?」
風呂椅子に座って俺をよぶ彼女からは、恥ずかしいという感情は一切感じられない。
「わかったよ」
そう答えて浴槽から出て行く。
彼女が気にしていないというなら、背中を流すくらいどうということはない。
俺にとってはそんなことよりも、命が助かった安心感の方が勝っていた。
フィリアの後ろに座りタオルを泡立てていく。
小さな体に雪のように白い肌、触れた肌もすべすべだ。
この体でどうやってあんな力が出せるのだろう。
「もう少し強くしてもらえるかい?それでは汚れは落ちないよ」
「なぁ、一つ聞いても良いか?」
俺は、リクエスト通り背中を洗う力を強めながら尋ねた。
「なんだい?残念だけど前は洗わせないよ、まじまじと見られて発情でもされた困るからね」
「それぐらい自分で洗え!気になってるのは、何で俺を守護者にしたんだってことだ?あれだけ強いなら自分で戦った方が良いんじゃないか?」
守護者になった俺は人間を超越した力を手に入れた。
その俺の力をもってしても、彼女には傷一つつけることなど出来ていないのだ。
ただの人間の集まりである至竜教など相手にならないのではないか。
フィリアは俺からタオルを奪い、自分で体を洗いながら答える。
「その答えは簡単だ。一つ目は代わりに相手をしてもらうためさ。相手にならないとはいえ何度も相手にするのは面倒なんだよね。彼らは僕の都合なんてお構いなしに襲ってくるし、何人殺しても向かってくるのさ。一々自分で相手にするよりは、君に任せてゆっくりしたい。二つ目は・・・」
泡を綺麗に流し終えると湯船に浸かり、君も入れと言わんばかりに手招きする彼女。
俺は一瞬ためらったがまだ最後まで話を聞けていない、仕方なく入っていく。
すると彼女が俺の足の間に体を入れて寄りかかろうとしてきた。
「おいフィリア。そこはさすがにまずいって」
もし彼女に当たってしまったら殺される。何がとは言わないが・・・
「君は僕に木に寄りかかれっていうのかい?背中を痛めたらどうするんだ!」
その程度で痛めるわけないだろう、そう思ったが彼女の迫力に負けてしまった。
彼女の柔らかい体が俺の太ももに触れる。
反応してしまわないよう平常心を必死で保った。何がとは言わないが・・・・
「二つ目の理由は、君を助ける方法がそれしか無かったから。あれだけの傷に火傷だ。どんな魔法を使ったところで、君は死んでいただろうさ」
足をバタバタとさせ、お湯を混ぜながら彼女は答えた。
彼女が来るのがもう少し遅れていたら、間違いなく死んでいた。
むしろあの状態の自分を助ける方法があったことに感謝するしかないだろう。
「三つ目の理由は・・・まぁいいか、これは大した理由じゃないからね。しかしまぁ、君に関しては先が思いやられるな。あれだけの時間相手をしてあげたというのに、一回も当てれないとは。私のような強さの人間はいないけれど、まずは僕に一撃当てることを目標にがんばりたまえ」
クスクスと楽しそうに笑うフィリア。
そんな彼女に少し苛立ちを覚えたが、事実だから仕方ない。
「明日からまた頑張るさ。今日はまだ初めてだし仕方ないだろ」
自分に言い聞かせるようにそう答える。
とりあえず今日はもうご飯を食べてさっさと寝てしまおう。
色々なことが起こりすぎて疲れてしまった。
「先に上がってご飯食べてるぞ。のぼせる前に上がれよ」
フィリアがのぼせるとは思えないが、浴槽から出るときに一応注意しておく。
フィリアが手を上げて答えるのを見て、風呂場の戸を閉める。
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ショウが出て行き一人になった彼女は、三つ目の理由を口にした。
「三つ目の理由は、恥ずかしくて君にはいえないさ。贖罪とでも言うべきだろうか。僕があの村の近くにいたせいで、無関係の君たちを巻き込んでしまった。君は僕に責任は無いと言ってくれたが、やはり少しは気にしてしまうよ。もう少し早く着けていれば、君は守護者にならず、今もあの村でのんびりと暮らしているだろうさ」
そういえば、彼の背中に傷痕が見えたような気がしたが、気のせいだろうか。
「後で確認しておくか」
そうつぶやくと水に濡らしたタオルを顔に乗せて、長風呂を楽しんだ。
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