第117話 『The Secret Is Discovere』
蒼汰と連絡がつかないことに不安になっていた絵梨香は、波瑠に電話をした。
たまたま中央区に用事で来ていた波瑠と、また会社の近くで待ち合わせすることになった。
「絵梨香ちゃん、お疲れ! あれ、どうしたの? なんか疲れた顔してるね。あまり眠れてないとか?」
「うん……確かに」
「不安だからかな? 色々」
「うん……波瑠さんのところにもまだ蒼汰から連絡ない?」
「ああ……まあね」
「すごく変なの。いくらメッセージ送っても 既読にもなんなくて……」
「まあ、君らの間柄だとそう思うのも無理ないけどさ、よくよく考えてみて絵梨香ちゃん、君も蒼汰ももう大人だよ。お互いのことを把握し合わないと不安になる? でも状況が変わる時って、お互いにあるだろう? 絵梨香ちゃんだって蒼汰に言えないことができたり、知られたくないことがあったりしない? 大人ってのはそれをいちいち報告したりしないでしょ?」
「確かに……私ね、蒼汰いると、中学から全然変わらないテンションなの。そういう間柄がずっと心地よかったんだけど……やっぱり難しい時も出てくるようになったかな……大人になっちゃったんだなって、思うわ」
「人ってさ、いつまでも同じ所にいたいと思うじゃない? だけど、やっぱりそうはいかないんだよ。新しいところに踏み出せば、そこがまた心地よかったり、大事な場所になったりして、“ああ思い切ってみて良かったなぁ” って思うことって、いっぱいあっただろう? 旅立ち然りだ。中学生だった絵梨香ちゃんも蒼汰も、今や等身大の大人だろ。今、目の前にある “人生のいい時” を生きなきゃいけない。お互いが何を選んだとしても、尊重しなければいけない。自分の人生は自分で責任持たなきゃね。そしていくら仲良くても相手の人生は、相手のためのものであって、近しい中でも歪めてはいけない。君たちはそういう時期を迎えたんじゃないのかなぁ?」
絵梨香は神妙な面持ちでそれを聞きながら、黙ったまま頷いた。
電車を降りると、波瑠の視線の先が絵梨香の肩を通り越して、その後ろに向けられていた。
絵梨香は不思議な顔をしながらも、後ろを振り向く。
「ああ! 蒼汰!」
首をすくめる蒼汰に、絵梨香は勢いよく言った。
「もう! 蒼汰! 心配したじゃない! なんでよ!」
波瑠が笑いだした。
「どうして笑うの波瑠さん!」
「なんかいつもの逆だなと思ってさ。いつもは絵梨香ちゃんが蒼汰にやいやい言われてて、でもあまり気にせずヘラヘラしてるって言うか……だろ?」
「まぁ……そうだけど……でも! 心配した!」
「……ごめん」
「あはは。蒼汰はヘラヘラしないんだな」
「そんなの、ヘラヘラしたらめちゃ怒られそうじゃん」
「もう! どういう意味よ!」
波瑠と蒼汰が向き合って笑いだす。
並んで歩き始めた二人を、波瑠は後ろから見つめながら、ひとり黙ったまま微笑んだ。
駅から大通りに出て、真っ直ぐに北向きに横断歩道を渡ろうとする絵梨香を、蒼汰が引き留めた。
「ちょっと、絵梨香! 川沿いの道を上がる気か? ずっと迂回して来たんだろう? こっち通っても……大丈夫なの?」
「あれから毎日迂回して帰宅してきたけど……今日は波瑠さんが一緒だしリハビリのつもりで歩いてみたいって言ったの」
この道を通るのは、随分久しぶりのことだった。
そう、事件の日以来……
波瑠が明るい声で言った。
「蒼汰だったら絶対やめとけって言うって、さっき絵梨香ちゃん、言ってたな? 蒼汰は過保護だし冒険をさせてくれないってね」
「そんなこと言ってたのか?」
蒼汰の言葉に絵梨香はばつが悪そうにうつむいた。
「ああ、でもいい顔はしなくても、自分が一緒の時しか力になってやれないからって、付き合う決心をしてくれそうじゃないか? って俺が話したら、絵梨香ちゃん、“あー早く名古屋の話聞かせてくれないかなぁ” って、言ってたよなぁ?」
「絵梨香……」
あきれたような声で言った蒼汰に、絵梨香はさらに下を向く。
「そうそう! “お土産買ってきてくれるって言ってたのにぃー” ってね!」
「もう、波瑠さんったら」
そう抗議する絵梨香の頭に手を置いて、蒼汰は笑いながら言った。
「買ってきたよ、ほら!」
少しぎこちなく笑う絵梨香を見て、吹き出す蒼汰の目が、少し遠いのを波瑠は感じた。
公園が目に入ると、絵梨香の心拍数が上がった。
明らかに青ざめていく絵梨香を見て波瑠が心配そうに言う。
「絵梨香ちゃん、無理しなくていいんだよ」
「そうだよ、絵梨香。今からでもあっちの道に行こう」
そう言って蒼汰が絵梨香の腕をつかんだのを、やんわり外しながら絵梨香は息を整えた。
「ううん、大丈夫。今、通らなかったらいつまでもこのままだから。私ね、いつまでも立ち止まっていたくない。強くなりたいから……」
絵梨香の目の中にある思いを、蒼汰は読み取った。
「わかったよ」
「あれ?」
波瑠の言葉に、蒼汰はその視線の先を見た。
「どうしたの? 波瑠さん? あ!」
公園に知った顔がいた。
絵梨香が目をやる。
「え? あ、佐川さん?」
電話をしている佐川に、三人は近付いていった。
「……うん。詳しくは戻ってから話すけど、零くん、君は今どこに?……あ、そうか。あれ!」
何気なく振り返った佐川が驚いた顔をした。
「ああ、伊波さんに相澤さん! え! 江藤くんも? これは、お揃いで!」
そう言ってまたスマホに耳をつけた。
「もしもし零くん、なんかみんなここにいるよ。聞いておきたいことはない? そっか、わかった。じゃあ後ほど!」
「電話中にすみません、佐川さん」
「いえいえ、相手は零くんですから問題ありませんよ」
少し表情に緊張の見える二人の代わりに、波瑠が訪ねた。
「……どうかしたんですか?」
「いや、新たな目撃者がね……あ! ヤバい……」
気まずい顔をした佐川の視線の先には、小学生が数人いた。
波瑠は笑いながら言った。
「聞かなかったことにします」
佐川は頭をかきながら謝った。
「……すみません。今、うちのフィクサーが絶好調で! 推理が冴えに冴えて的中するんでワクワクしてるんですけど、なんせ忙しくてね…… 捜査員の手が足らないので、僕たちも聞き込みに出ることになって。また落ち着いたら『RUDE BAR』に遊びにいかせてもらいますね!」
「ええ、ぜひとも」
佐川と別れた後、二人はそれぞれ絵梨香の様子を盗み見た。
何となくそれに気がついた絵梨香は、二人の方に振り向いて、明るい声で言った。
「まだオープンまで時間があるなら、家でデリバリー頼んで食事しない?」
「いいね、お土産もあるし!」
「ヤッタ!」
ピザと蒼汰のお土産で、みんなすっかり満腹になったところで、波瑠が立ち上がった。
「俺はそろそろ店を開けてくるよ」
「じゃあ、オレも……」
そういって腰を上げようとする蒼汰の肩を、波瑠はソファーに押し込んだ。
「お前はもう少しゆっくりさせてもらえよ」
そして絵梨香に向かって言う。
「絵梨香ちゃん、自分で思ってるよりも疲れてるんだろうから、絵梨香ちゃんは無理して店に来なくてもいいからね」
波瑠は蒼汰に視線を注いだ。
頷く蒼汰の肩にポンと手をやって、波瑠はそのまま出ていった。
波瑠を見送って戻ってきた絵梨香との間に、シーンとした緊張感のある空気が漂った。
「あ……コーヒー淹れなおすね」
そう言ってダイニングに向かおうとする絵梨香の腕を、蒼汰は掴んだ。
そしてそのまま引っ張ってソファーに座らせた絵梨香の肩に手を伸ばす。
絵梨香は困惑したような表情で蒼太の腕を外そうとして言った。
「やめて蒼汰、私には……」
絵梨香がそういったところで蒼汰は大きく息を
「私には、何だ?」
「蒼汰……」
「“好きな人がいる”、そうだろう?」
「蒼汰」
「思えば中学高校大学と、デリカシーのない絵梨香から、オレは何度恋愛相談やのろけ話を 聞かされたとか。そのたびにショックだったけど、大人に近づけば近づくほど、ダメージって大きくなっていくもんなんだな」
「蒼汰……」
「そんな顔してオレの名前を呼ぶな」
絵梨香はハッとした表情をする。
「オレが気が付かないとでも、思った?」
絵梨香は目を見開いた。
「わかってたんだ、こうなること。多分、こうなるずっと前からな。分かってたのに、目を背けていたんだ。お前達の気持ちに気がついても、受け入れることができなかった。オレの存在が、お前たちを苦しめることも……分かって いたんだけど」
絵梨香の横顔をじっと見つめた。
「始まったんだな」
絵梨香はぐっと胸を押さえた。
目を潤ませた絵梨香はそっと蒼汰に顔を向けた。
「気持ち黙ってるの、つらかったろう?」
絵梨香の目から涙がこぼれ落ちた。
「ごめん、泣いたりして……」
そう言いながらソファーから立ち上がろうとする絵梨香の腕を、蒼汰はもう一度掴んで、その場に留まらせた。
「オレの方こそごめん。嘘が苦手な絵梨香に嘘をつかせることになった。せっかく気持ちが通い合ったのに、オレのせいで二人に辛い思いをさせてるんだろうな」
俯く絵梨香の頭に手をやる。
「あいつはちゃんと絵梨香の気持ちに、応えてるか?」
絵梨香は表情を硬くした。
「さすがにオレには、のろけにくいよな。もう学生じゃないんだし」
蒼汰はもう一度、絵梨香の頭をトントンと叩いた。
「じゃあ、言いやすいようにしてやるな。オレさ、行っちゃったんだよ、ギャレットソリアーノに」
絵梨香は驚いて顔を上げた。
「驚かそうと思ってさ、内緒で行ったんだ。バカだろ? オレ」
そう自嘲的に笑いながら、話し出した。
「駐車場に零のベンツがあって、即座に察したよ。正直その時は、出し抜かれたような気持ちになって、心が荒れちまったけどな。波瑠さんにはそれだけで帰ってきたって言っちゃったけど、本当はその後にお前らのシルエットを見た。海よりもさらに暗いその影が寄り添うのを見て、心拍数がどんどん上がって、何とも言えない苦い気持ちになったんだけどさ、でも不思議なことに、零がそうやって誰かのことを慈しんで自分の腕の中に抱きしめる日が来た事に関しては、良かったなって思うような……なんか支離滅裂な気持ちが同時に湧いてきてさ。ま、正直を言えば、相手が絵梨香でなければ、多分手放しで喜んで、それこそ酒盛りでもせんばかりに祝福したと思う。それくらい、オレは零には幸せになってほしかったから」
蒼汰は伸びをするようにソファーにもたれて、天井を仰いだ。
「受け入れるのに時間を要した。正直、今まだ受け入れられてると思わないよ、でもオレにとっては二人とも大事な存在だから……お前たちなしで、人生を過ごすことができない。少し一人で考えて、そう結論付けたんだ。だからこうしてお土産を持って、絵梨香の前に現れたんだ」
必死で我慢しながら、目の中にいっぱい涙を溜めた絵梨香の目から、時折落ちる大粒の涙がソファーを打ち付ける。
「もう、嘘つかなくていいからな。おいで、絵梨香、オレは親戚で幼馴染の蒼汰だ」
そう言って蒼汰は、絵梨香の手首を引っ張ってその胸に抱いた。
絵梨香の目から、とめどなく涙が溢れた。
そして子供のようにヒックヒックと泣き始める絵梨香の背中をトントンと叩きながら、蒼汰は笑ったふりをして天井を見上げ、顔を歪めた。
「ごめん……蒼汰」
「謝るなって」
「でも、ごめんしか、言えない」
「もう分かったから」
蒼汰は絵梨香の肩を抱いて、静かに時を過ごした。
「絵梨香」
そっと声をかけてみる。
反応はない。
泣きながら眠ってしまったらしい。
ぐっしょり濡れた、その頬に手を伸ばす。
意識のないことに少しホッとしながら、蒼汰はそっと彼女の頭を腕で支えた。
そのままゆっくりソファーに横たわらせる。
昨夜は明け方近くまで、コンスタントにメッセージが来ていた。
自分を心配して、心を痛めながら眠らずにいた絵梨香を、また愛しいと思ってしまう。
頬にかかる髪を指で外して、丸めたティッシュで起こさないようにそっと涙をぬぐう。
絵梨香の体も唇も、手を延ばせばすぐそこにある。
そんな思いをかき消して、蒼汰は勝手知ったる相澤家のバスルームから、大きなタオルを見繕って取ってくると、絵梨香の体にかけてやった。
そして、その苦い思いを存分に感じながら、ソファーから離れると、ダイニングチェアーに腰を落として、大きく息を
第117話 『The Secret Is Discovere』
ー終ー
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