第102話 『True Love Or True Lies?』

「……いつからだ? 零」


「蒼汰……」


答えようとした零の言葉を制するように、蒼汰は手と首を横に振った。


「いや! やっぱり答えなくていい……そんなこと聞いても……」


零が蒼汰の言葉にかぶせるように言った。


「3人で食事をして『RUDE BAR』に行った、あの翌日からだ」


「えっ! 絵梨香が街で初めてお前に声をかけた……あの時のことか?」


「そうだ」


「そんなに前から……」


「あの日俺たちは、この大通りで声かけ事件の捜査に駆け付けた高倉さんに会った」


「ああ、大通りにはパトカーが止まってて……」


「お前達が二人がこの店RUDE BARに入った後、俺は捜査員と情報を集めていた。それでその翌日から、この辺りを調査していたんだ」


「それじゃあ、じいさんの事件よりも前って……ことか?」


「そうだ。目撃証言に踊らされてばかりで、そこから数ヶ月も、なにも掴めなかった。そうしていた中で、あの事件が起こってしまったんだ。どんな理由にせよ、被害を未然に防げなかった。それには……責任を感じている」


「零、オレは……そんな言葉を聞きたいんじゃないんだよ」


蒼汰は天井を仰ぐようにソファーにもたれ、息を吐きながら頭に手を置いた。



「お前は、本当に絵梨香の事を心配して監視を始めたのか? それともフィクサーの勘で、絵梨香を張っていれば、事件の解決に繋がると考えたからか?」


「蒼汰……お前とは付き合いが長い。だからお前にも分かるだろう。俺は事件の解決しか念頭にない。だから、後者だ。あいつを見張るのには何の根拠もなかった、ただ、俺の中の勘が働いただけだ。俺はそんな人間なんだ。知ってるはずだろ」


蒼汰は下を向いたまま身を起こした。


「複雑だよ。オレもお前だから正直に言うけど、お前が前者だと言っても、心穏やかではなかっただろう。後者だと言われた今も、今度は絵梨香を利用されたみたいな気持ちが沸いてきて、胸がざわつく」


「すまない蒼汰……でも、もうそれもおしまいだ。田中が犯人だと断定されれば、事件解明にはもう……相澤絵梨香は必要ない」


蒼汰はハッと顔をあげ、バンとテーブルを叩いた。


「お前……そんな言い方はないだろう! 少なくともお前だって絵梨香と幼馴染だったんじゃないか。きっとオレも知らないような宝物みたいな思い出だってあるんだろう! それはさ、こんなオレでも絵梨香を見てりゃ分かるんだよ。なのにお前がそんな言い方するなんて! あいつが……可哀想だ!」


「蒼汰。すまない……所詮、俺はそんな男だ」

そう言って零は顔を背けた。


「なにを言ってる!」

蒼汰は天井を見上げ、声を荒げる。


そして、息を整えて俯くと、少し笑ったような表情で力なく言った。


「零、オレには嘘はつかないで欲しかったな。そうは見えないんだよ、零。お前が事件の為に、絵梨香をおとりにしたっていうのか? あり得ない! 犯人を追い詰めるだけの為に、お前がオレの従妹いとこを使うはずないんだよ!」


零はじっと前を見据えているだけだった。


「じゃあ、どうしてお前がそんな見え透いた嘘を付くのか……それは、その揺るぎない勘を利かせて、お前が親友のオレに最大限の気遣いをしているからさ!」


「蒼汰……」


「お前はひとつ間違っている。オレに気を遣ってくれるのもいいが、もしこの話をここで絵梨香本人が聞いたら、どう感じると思う? お前は、心も体も傷ついてる絵梨香を、更に傷つけることになるんだぞ! 無理してカッコつけるんじゃねぇよ!」


零がさらにこうべれた。


「すまない」


「オレに謝られてもな。お前だって絵梨香を守りたいって思ってたはずだ。事件の後、病院の外のお前を……オレは見ちまったんだ……偶然な。あんなに荒れたお前を見たのは、あの昔の事件以来だったよ。じいさんの時ですら、平静を装ってたお前が……あれには心底、驚いたよ。あのいきどおりは……」


「違う、それは……」


「まだあるぞ。その夜、PTSDを発症したんだろ? お前、頭よりも身体の方が随分正直なんだな。そんなに絵梨香のことが……」


「やめろ!」


零が立ち上がりながら、蒼汰の話をさえぎった。


そして背を向けたまま話す。


「蒼汰、俺のことはいい。これからはお前があいつを守れ。最初からそうすれば良かったんだ。俺はかいかぶっていたかもしれない。一番安全な方法を取ろうとしただけだ。それがあだになった……本当に悪かったな」


「零!」


遥か頭上にある零の顔を見上げた、蒼汰のその面持ちは、怒りではなく悲しみに満ちていた。


それを見下ろした零は、まるで幼い頃の光景を見ているかのような、力ない蒼汰のその表情に胸を痛めた。


顔を歪めた零はそのまま、パーティションとカウンターをすり抜け、階段を登り、店を出て行った。



* * * * * * * * * * * * * *



佐川の運転する車の後部座席で、零は長い手足を折り曲げるようにして、横になって眠りこけていた。


その珍しい光景に、今日、彼がいつになく大きくダメージを受けたことを察する。



零が『RUDE BAR』の階段を上りきって出ていった時に、佐川が全力で追いかけて零を捕まえ、そして無理やりに車に押し込んだのだった。

佐川と高倉と二人で、零を家まで搬送する。



「こうやって寝顔見てると、やっぱり若いですね。まるで子供みたいだ」


佐川がバックミラー越しに零を見て、そう言った。


「お前こそ、年変わらないだろう?」

高倉の言葉に肩をすくめながら、佐川はハンドルを握ったまま話を続けた。


「だからですよ。普段はすこぶる年上に見えちゃうぐらい、やっぱり “フィクサー” は凄い。でもここ数ヶ月、彼と関わってみて、彼が単なるヒーローだけってわけじゃない事も、わかって来たんです。ヒーローってのは、色々問題も抱えてるし、誰かのヒーローでいる為に自分を犠牲にしてすり減らしたりしてるんだなって。正直今は、彼のために自分に出来る事があるとしたら、最大限にやらせてもらいたいなって、そんな気持ちなんです」


「お前も零くんの兄貴の仲間入りだな」


「何ですか? それ」


「零くんには3人の兄貴がいる。俺、伊波さん、そして実の兄の来栖駿警視だ。みんな彼を心から想っているし、心配している。今分かったよ、お前は四人目の兄貴だ」


佐川は嬉しそうな顔をした。


「だがな、四人の兄が束になってかかっても 解決できないような、大きな問題を彼は抱えている……もどかしいよ。だからせめて、すぐそばにいて、彼に最適な環境を与えたいんだ。お前も協力しろよな、兄貴!」


「分かりました、喜んで!」



* * * * * * * * * * * * * *



目が覚めると、天井が高い……

そして、規則的に回るファンが見えている。


ここは……

ああ……俺の部屋か。


体をぐんと伸ばす。

途端ため息が出る……

目に入ってきた自分のワイシャツの袖に、辟易とした。


待てよ……

ここに戻った時の記憶がない。

いや、かすかに高倉さんと佐川さんの声がしていたことだけ、覚えている。


とにかく体を起こそうとシャワーを浴びた。


身なりを整え、新しいシャツとスーツに身を包んでダイニングに来た零は、その光景に驚愕する。

 

高倉さん……佐川さん……?


二人は少しバツの悪い顔で、微笑んだ。


「おはよう、零くん……」


「あ……あの、これは……」


零は時計を仰ぎ、そのそばで微笑んでいる、執事の松山の顔を覗く。


「お二人には昨夜、泊まっていただいたんです」


「あ、そうなんですか」


「ここだけの話ですが……」

松山が声を潜める。


「奥様が無理を仰って、お引き留めしたんですよ」


「え! あ……母が……すみませんでした」


佐川が笑い出した。


「うわ、フィクサーが本気で焦ってる」


「こら、佐川!」


そういう高倉も、笑いを噛み殺していた。


「いいもん見れましたね、高倉さん!」


「そういうこと言わないんだよ!  ほら見てみろよ、零くんの顔」


零はその場に立ちすくみ、大きく息を吐くと、両手掌を2人に向けて、“降参” と言わんばかり 肩をすくめた。


「零様お掛けになってください。お二人共、お食事はまだされてないんですよ。零様をお待ちになりたいとおっしゃったので」


零は頭を下げて、慌てて席についた。



食器の音を華やかに響かせながら、男ばかりの ブレックファーストが始まった。


「しかし、前日に君をここに送りに来ていて良かったよ。でなきゃ昨夜、君が後ろで眠りこけてるから、迷ってしまってここに辿たどり着けなかったかもしれない」


佐川が恐れ多いものでも見るように、館を見上げる。


「しかし……すごいなぁ。セレブの生活を垣間見てしまった」


「そういうこと言うなよ! 零くんがやりにくいだろ!」


「すいません……」


「まぁでも、零くんはいろいろ背負っていて、何かと大変そうだなって、改めて思ったよ」


零がフォークの動きを止めて尋ねた。


「それは、うちの母が何か言ったからですか?」


「いいや。『想命館』で一度お会いしてるけど、あの時はあまりゆっくりお話できてなかったんだけどね。ちゃんと俺のことも覚えててくださって……君のことも、あまり多くは語らないけど、心配してるんだなと思ったよ。実にいいお母さんだ」


「あの人が……ですか?」


佐川も意気揚々と話す。

「結構色々聞かれたよ、僕ら。普段の零くんの様子について。きっと本人には聞けないんだろうなって、思ったよ」


「君とお母さんは、少し似ているかもしれないな」


高倉のその言葉に、零は呆れたような表情を浮かべた。

「俺と母が似ている……ありえません」


「まあ自分じゃ分かんないんだろう。そういう 素直じゃないところも、似てるんじゃないのか? 色々なところが長けてるのに、自分の気持ちを表現するのは器用じゃない……そういう人間ぽいところもいいと思うよ」


零に微笑む高倉に向かって、佐川はすかさず突っ込んだ。


「高倉さんなんてさ、最初めっちゃ緊張してたんだよ!」


「おい、佐川!」


「だって、零くんのお母さん、めちゃくちゃ美人だろ? もう高倉さんカチカチでさ、妙に紳士気取りで、僕も笑いそうになったよ」


「お前、朝からそういう事を言うなよ! そんなことを息子の立場で聞かされても、お互いやり辛いだろ!」


佐川は悪びれもせず、続けた。


「でもやっぱり話してるうちにさ、お母さんの思いっていうのが見えて来て、僕達もなんかほっこりしちゃってさ。結構遅くまで話し込んでたんだよ」


高倉は少しバツが悪そうに咳払いしてから言った。


「まあ、素敵なお母さんに、よろしく伝えておいてくれな。俺の考えは古いかもしれないが、息子が親にぶっきらぼうな態度をとるうちは、まだ親離れできてないって思うんだ。どうせ親離れできてないんだったら、可愛く甘えられたら、いいのになって思うんだけど?」


「高倉さん、やめてくださいよ! そんなフィクサー見てらんないですよ」


「はぁ? お前のイメージなんかどうでもいいっつーの!」


3人は笑いながら席を立った。


  * * * * * * * * * * * * * * * *


車に乗り込んだ零は、その空間に昨夜の記憶を幾つか拾い集めながら言った。


「ありがとうございます。高倉さん、佐川さん」


「そんなことに気を遣わなくていいよ。親に甘えられないなら、せめて四人の兄にしっかり甘えてくれ」


高倉のその言葉に、佐川も満面の笑みで零を振り返った。


「はい」


零は二人の背中に向けて、静かに一礼した。



第102話 『True Love Or True Lies?』

              ー終ー

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