第101話 『親友の嘘の意図』

捜査会議は、“フィクサー” の方針に慣れてきた捜査員と、彼ら同士の息も合ってきており、円滑に進んでいた。


「田中の自宅にあった相澤絵梨香さんの郵便物と大量の写真ですが、犯人の携帯にも、パソコンにもデータがなく、カメラも見当たりませんでした。USBやSDカードも見当たらず、どうやって撮ったのか、現像したのかもわかりませんでした。来栖さんに言われたように写真のインク成分の解析を行ったところ、家庭用複合機 のものとわかりましたが、機種は『想命館』のものとも、田中の自宅のものとも一致しませんでした」

 

零が口を開く。


「もうすでに住所を知っている犯人が、わざわざ犯行後の時期に郵便物を持ち歩く必要性がなく、そもそも写真も家から持ち出す必要性もない。データがないことで、その大量の写真自体が犯人の所持するものではなかった可能性が出てきています。郵送等、考えられる入手経路をたどり、加えて、死亡後に殺害犯の手によって遺体のポケットにねじ込まれた線も濃厚であるため、引き続きその線で調べてもらえますか」


「わかりました」


「犯人に突き刺さっていた包丁の柄には、田中本人の指紋しか残っていませんでしたが、鑑識の見解としても来栖さんからご指摘を受けた通り、仰向けに寝た状態で垂直に刺そうとすれば、必ず肋骨に当たってこれほど奥にまで達することはないと言えると思います。実際、刃渡り約20CMの包丁が柄の近くまで、つまり心臓を貫通するほど奥まで深く刺さっていることから、他殺と断定出来るでしょう」


「田中殺しの被疑者はアリバイの線から何人かに絞りこんではいますが、動機が今一つ浅い状態で断定に至りません。調書にもありますが、嫌味な男だとか、女性好きでセクハラ言動があるからといって、殺人にまで結び付きませんし、飲んで暴れて喧嘩したこともある飲み仲間も、借金のある知人も、浮気と暴力で恨みのある元妻も、口を揃えて、今更殺してもしょうがないと証言しています」

 

「殺害現場ですが、東側の住宅街から来れば徒歩で来ることは可能、徒歩でない場合は車でということになりますが いずれにしても目撃者はいませんでした。来栖さんから依頼された、河原の石の上に付着する血痕の飛散状況を調べたところ、一部に血痕が途切れているような跡を発見し、辺りを捜索したところ川の中から血痕が着いた石を発見。靴跡か何かが着いたものをこすり流したような痕跡がありました」


「胃の内容物は、消化の具合から殺害直前に食したものと判明しました。成分から“市販のおにぎり”らしきものでしたが、指に食品の附着物がなかったことから、存在するであろうパッケージやレジ袋等が、未だ見つかっていません。風で飛ばされたり川に流されたりする可能性はありますが、犯人が持ち帰った可能性もあります」


「睡眠薬と解熱鎮痛剤が田中の血液中からかなり多めに検出されました。睡眠薬は田中が主治医から毎回処方してもらっているもの。本来1回1/2錠から1錠という指示でもらっている薬の2シートが空になっていたので、一度に20錠摂取したとなると、その場合はすぐに昏睡状態に陥るようです。ポケットにはまだ更に2シート残っていました。鎮痛薬は市販薬と思われます」


「田中の携帯の通話履歴を調べると、追跡できない電話回線から葬儀当日から毎日電話が入っていました。死体発見前日を最後に、その電話が途切れていることから、犯人からの電話と推察できると思います」




会議が終了して、零は警察署の屋上で、一人夜風に吹かれながらたたずんでいた。


「零くん」


声をかけられて振り向く。


「邪魔して悪いな。これからさ、今まで会議室を借りたお礼も兼ねて『RUDE BAR』に行こうと思ってるんだけど、零くんも付き合ってもらえるかな?」


高倉の笑顔を見ながら、会議前の自分の様子を見て心配してくれているのだと推察できた。


「ええ、車を置いて行かせてもらえるなら、是非」


「了解! すぐ行けるか?」


「あ……すみません、一本電話を入れてから行きます」


「相澤さんか?」

高倉は妙に嬉しそうな顔をした。


「ええ、まあ」


「じゃあ、下で待ってるね!」


「はい、すぐ降ります」



零はひとつ息をついて、携帯電話を耳に当てた。


「もしもし、蒼汰。今、かまわないか?」


「ああ、もう新幹線を降りた。なんだよ」


零は、先ほどの会議途中の絵梨香との電話のやり取りと、彼女がそれによって精神的ダメージを受けていないか、気にかけてやって欲しいと、蒼汰に言った。


「そうか、分かった。今から絵梨香に電話を入れるよ。零、お前はまだ会議か?」


「いや、これから高倉さんに誘われたんで 『RUDE BAR』へ行く。長らく会議に使わせてもらったお礼も兼ねて行くそうだ」


「そうか。じゃあ後でオレも行くよ」


「分かった」


「零、なんで自分で聞かないんだ? あ、絵梨香の連絡先を知らないなら……」


「いや、調書にも記載はあるし、連絡先はわかるが……お前の方が適任だからな」


「なんだよそれ。まあいいや、すぐ連絡しておくよ」


「ああ、頼む」

そう言って電話を切った。


自分が彼女に電話をしては、また何かしらの波乱が起きると思った。


心配をすれば、彼女の気持ちを掻き立てるようなことを言ってしまいかねないし、突き放そうと思えば、必要以上に傷つけることをしてしまいかねない。


屋上の手すりに手をかけながら、頭を項垂うなだれた。


なぜだ。

どうしてこうも、うまくいかない。


大きくため息をついて、スッと顔を上げた零は、階下で待つ高倉の元へ足を向けた。




絵梨香はテーブルの上に目をやった。

さっきから何度となく同じアクションを繰り返している。

ずっとスマホを気にしている自分がいた。


「なによ!」


食事に行って、正直楽しかった。


彼の新しい一面、初めて見る表情を見られた事が嬉しかった。


和やかな空気の中、信頼できて心許せる相手に 改めて出逢えたような、そんな気持ちになっていたのに……


「忘れてくれ、ですって!」 


大きく溜め息をついて天井を見上げる。


「なに! そのセリフ」


まるで不倫相手に情事のことでも言ってるかのような、不快な響き。


何度思い出しても悔しくて、涙が出そうになる。


正直その感情については、ちょっと自分でも不思議に思うところもあった。


なぜ泣きそうになるのだろう?

そこまで私も、怒んなくても……


そういう冷静な思いも、自分の心に浮上する。


なんだか変だ。

妙に不安定になる……


不意に机の上のバイブレーションが鳴った。

バッと取り上げて、その画面を覗き込んだ。


「ああ……蒼汰」


なにげなく低いテンションで呟いた自分に、驚いた。


私は誰の電話を待っていたの?

“彼” からの……?


首を振ってそれを打ち消し、蒼汰の電話に出た。


「お帰り、蒼汰! 日帰りの岡山はちょっとキツいわね」

 

「ホントだよ! それより絵梨香、今日なんか調子悪くなったんだって?」


「え? どうして」


「さっき零が電話してきたんだ。会議中に絵梨香に確認事項があったから電話したら、気分が悪そうだったって。事件の話されたからか?」


「ええまぁ……でも大したことないよ」


「なら良かったけど」


「そのことで、彼は蒼汰に電話したの?」


「うん。電話しといてくれって」


っていうことは……

彼は私に連絡しないつもりだ。

そう思った。


“あとで電話する” そう言ったのに……



「へぇ、そうなんだ。高倉さんたちも遅くまで会議してるのかな?」


「いや、なんか今から『RUDE BAR』に行くみたいだけどな。これまで会議で使わせてもらったからお礼だって」


「ふーん、“忙しい忙しい” って言いながら『RUDE BAR』に行く時間はあるんだ? じゃあ何がそんなに “忙しい” んだか?」


「なんだそれ? なんか怒ってる?」


「別に。いつも忙しいって雰囲気出してるから、仕事出来ますアピールなんじゃないの?って思って。なんせ “フィクサー” なんだし」


蒼汰は、絵梨香のいつになく攻撃的なその言い方が気になった。


「まあ、アイツは “言葉足らず” だからさ」


違う。

逆だ。

“忘れてくれ” なんて、余計なこと言うから!


「絵梨香、どうした?」


「別に」


「なんか機嫌悪いな。オレも今から『RUDE BAR』に行くんだけどさ、その前に絵梨香んとこにお土産持って行こうか?」


「え?」


「“きびだんご” に加えて岡山銘菓『調布』、そして『むらすずめ』もご用意しておりますが? お嬢様、いかがでしょうか?」


「え! ホント? 嬉しい!」


「ははは、イチコロだな。じゃあ先に寄るよ」


「わかった! 待ってる」



ドアチャイムが華やかに鳴って、紙袋を抱えたシルエットが『RUDE BAR』の階段を下りてくる。


「こんばんは! お揃いで」


「ああ江藤くん、お帰り! 日帰りで岡山はなかなかハードだね?」


「まあそうですね。最近は少し慣れつつありますけど」


そう言いながら、蒼汰は皆にお土産を配った。


「いつも悪いね!」


「いえいえ。どっか出かけてお土産買うのはオレの趣味みたいなもんなんで。こんな風に皆さんが喜んでくれたら嬉しいし」


さっそく『調布』の封を開けて頬張っている、甘党の高倉を、蒼汰は微笑ましげに見る。


「絵梨香なんて、『むらすずめ』を二つも食べたんですよ! こんな時間に食べたら太るぞって、言ったんですけどね」


「江藤くん、相澤さんに会ってきたの?」


「ええ、ここに来る前に、お土産持って」


「そうか」

   

「聞きましたよ! なんか会議がかなり忙しいんですって?」


「そうなんだよ。捜査本部が新たに合同で立ち上がってね。大所帯の会議になるから報告だけで何時間もかかるしな」


「だから “忙しい忙しい”……か?」


「ん? なに?」


「いえ、別に」


「それで、相澤さんは? 調子戻ってる?」


「ええ。不調はないみたいでしたけど、ただお土産を平らげる前までは、なんか機嫌悪くて……」


「そうなのか? 今日会った時はそんな印象はなかったけどなぁ」


「ああ、それって夕方ですか?」


「ああそうだ。今日から出勤もしてるしさ、元気そうだったけどね?」


「高倉さんも……一緒に食事したんでしたっけ?」


「いや……俺はちょっと……用事ができちゃって行けなくなってね。零くんと行ってもらったけど、捜査の一環だから。実際、零くんのおかげで、ひとつ解明できそうな問題もあるし」


「へぇ……そうなんですか」


蒼汰は波瑠から受け取ったグラスを持ちながら、零の方に体を向けて座り直した。


「二人きりで食事に行ったのなら、絵梨香の機嫌が悪い理由は、お前か? 零」


零は気にもとめる様子もなく、グラスを掲げたまま言った。


「いや。特に身に覚えはないけど」


「そうか」


蒼汰はもう一度、おもむろにグラスを持ち上げると、それを一気にあおって飲み干した。


「お、おい、蒼汰! お前なにやってる!」


「波瑠さん、もう一杯作ってよ」


「……それは構わないけど、一体どうしたんだ?」


「あと、もうひとつお願いがあるんだけどさ」


「どうした、なんでも聞いてやるぞ」


「あの会議室、貸してよ」


「は? どういうことだ? もう眠くなったとか?」


「いや……」


蒼汰は波瑠がいれてくれたおかわりのグラスを持ち上げて立ち上がった。


「おい、蒼汰、どうしたんだ、まだそんな酔うほど飲んでないだろ?」


「ああ、酔ってねぇよ。酔えそうになくてな」


蒼汰は一歩進んで、零のそばに立つ。


「零、ちょっとあっちに来てくれないか」


「……ああ」

そう言って零は立ち上がった。



残された波瑠と高倉と佐川は、妙な胸騒ぎを覚えながら、互いに目配せをして、ただ二人を見送ることしかできなかった。


会議室に入り、パーティションをしめる。

蒼汰が座って、その前に零が腰掛けた。


「零、聞いていいか?」


「なんだ」


「田中の遺体が出た日、絵梨香と一緒だったな?」


「ああ、たまたま同じ電車だったんだ」


「だったら普通は声かけるだろう」


「多少距離があったから、面倒だった」


「じゃあどうしてお前まで、迂回して『RUDE BAR』まで来るんだ」


「迂回?」


「ああ、高倉さんが言ってたんだよ。“最初に零くんを見つけて、彼の横に車を付けたら、その前に相澤さんがいた” ってね。今までも、何度もあったよな?」


「それは、目的地が同じ方向なんだから、しょうがないだろ」


「零……」

蒼太はため息をついた。


「できればお前の口からちゃんと聞きたかった。でもお前のことだから、きっとオレに気を遣ったんだろうな」

蒼汰は組んだ自分の指を見つめながら話した。


「この前、由夏姉ちゃんに連絡した時にさ、姉ちゃんが口を滑らしたよ。“まあ、あの子には、今はちゃんと監視……”って、そこまで言ってから、無理矢理なんでもなかったように誤魔化そうとした。それに、スタバにお前が毎日のように居て、絵梨香が駅に到着するのを待ってることも……最近知った。オレはそれでようやく分かったんだよ。気付くの、遅いよな……ま、お前がそうするのも無理ねえって思うよ。オレに話したら、多分、わかりやすい態度しちまうだろうし、そもそも監視や尾行の妨げになることは明白だからな。たださ、お前にどういう意図があって、監視っていう形を始めたのか……解んなくてな」


蒼汰が顔を上げ、更に言った。


「いつからだ? 零」



第101話 『親友の嘘の意図』ー終ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る