第92話 『Really Into Playing Puzzle』
零が佐川に電話をしに外に出たドアチャイムを確認してから、高倉は蒼汰を見据えた。
「江藤くん、零くんの話……してもいいかな?」
「え? あ、はい……」
高倉は、蒼汰を見つめたまま静かに話し始めた。
「君は天海院長と知り合いなんだよね?」
「ええ、『ファビュラスJAPAN』の専務、オレの
「なるほど。実は、天海院長と二日前に話す機会があってね、その時に零くんのことを聞かれたんだ。零くんが酷いPTSDだったあの事件の時に、治療を受けていた病院が天海病院だということは、俺もうっすらと知ってはいたんだが、天海院長が思ったよりも零くんと親しいことを知ってさ。江藤くんは知ってた?」
「ええ、天海病院にかかっていたことは知っています。主治医の心療内科の先生のカウンセリングに、天海院長も同席することもあったらしいですしね」
「どうも 彼の父親の来栖警視総監と、院長の父親の天海理事長が親しいらしいんだ」
「へぇ……それは聞いたことがなかったです。事件で病院に関わることが多いから、それで零と天海先生が親しくなったんだと思ってました」
「そうか。君と零くんが友人関係だということを、相澤さんが今回の事件で搬送された時に、 初めて知ったって言ってたよ」
「ああ、救急車に乗り込んで、絵梨香に付き添ったのが零でしたからね」
「実はこの前、伊波さんから聞いた話がある。その様子じゃ……江藤くんも知らないようだな……天海先生にもその話を伝えしたら、天海先生から伊波さんに電話が入って、かなり細かくリサーチしたそうだ。それから昨日天海先生は零くんに会ったみたいなんだ。天海先生は、零くんのことを、かなり心配していてね」
「零のことを? 絵梨香じゃなくてですか? どうしてです?」
「俺もさ、伊波さんに聞いて驚いたんだけど……」
「どうしたんです?」
「零くんが、相澤さんが襲われて入院した夜に伊波さんの家に泊まったのは知ってるだろう?」
「はい、病室から出て、病院の前で波瑠さんと会ったみたいで。オレはそれを聞いて安心してたんですけど」
「その時に……零くんにPTSDの症状が、出たらしいんだ」
「ええっ!」
蒼汰は大きな声を出して、立ち上がりかけた。
「そんな……もうそれについては完治してたんじゃ……」
高倉も肩を落としながら話す。
「ああ。もう症状はないって本人から聞いてたから、僕もショックだ。数年ぶりに過呼吸になったらしくてさ……またあんな風に零くんがなったらと思うと……」
「それは……オレも……ちょっと、言葉になりません」
蒼汰は胸に手をやって身体を縮めた。
高倉が蒼汰の肩に手をやる。
「これからは、俺達と伊波さんと天海先生も連携して、秘密裏に零くんの様子を伝え合う約束をしたんだ。君も加わってくれるか?」
「もちろんです。ただヤツは……自分がPTSDを起こしたことをオレにも、特に絵梨香には絶対言わないでしょうけどね」
「多分ね。彼は人に心配をかけるのが苦手なんだろう。俺にも言わないくらいだからさ。伊波さんにも当然、口止めしていたようだしね」
蒼汰は大きく息をついた。
「……わかりました。オレも黙って情報を共有します」
「うん、頼むよ」
「天海先生は、零に治療が必要だと思ってるんでしょうか?」
「今のところは静観で行くようなことを言っていたな。彼の場合は、そもそもそれよりも事件が解決しない限りは、何も受け入れないだろうし。それよりも相澤さんのケアを気にしてるぐらいだから」
「そうですね。そういうヤツです」
零が戻ってきた。
「零くん、佐川はなんて?」
「快く引き受けてくれました」
「そりゃそうだろ“フリーク”なんだから」
「なんですか?」
「いやいや。こっちの話。じゃあ午後からの話を聞こう。天海病院に行ってきたんだよね?」
高倉の視線を受けて、蒼汰は会話に参戦する。
「あ……それは、何を聞きに?」
「もちろん小田原佳乃の切りつけ事件についてだ。傷口についても詳しく」
「そうか」
蒼汰は高倉の手前、言うのを一瞬ためらったが、零に疑問を問いかけた。
「お前、『想命館』に行く前に言ったよな? 小田原佳乃のことを敵だとしか思ってないって。あの時点で何が見えてたんだ? 小田原佳乃の傷口の形状が、誰の、どの事件の解明に繋がるんだ?」
蒼汰は高倉の方を向いた。
「高倉さんは 全貌が見えてるんですか? オレにはまるで……見えないんですけど」
高倉は首を振る。
「いや……俺だって、流れを捉えられてるとは言えない。零くんの誘導に従って、ちょっとずつ 見えてくる事実を照らし合わせながら、警察として証拠を集める役割だと思っている。そこは零くんとは違う。零くんは俺たち警察がたどる道を逆走して決定的証拠を掴もうとしてるんだ。零くんは多分犯人像も見えているんだろう。ただ、証拠を揃えないと立証できない。中途半端な証拠では、逃げられてしまう。そう思って、逆に物証を探している……零くん、そうなんだろう?」
零は黙って頷いた。
「だったらさ、早く犯人教えてくれよ。絵梨香があんな目にあってんだよ。今だって安全じゃないんだぞ。お前も心配してるじゃないか! だったらさ、とりあえず犯人だけでもひっ捕まえて、絵梨香の安全を確保しないと! 大体さ、元々おかしいんだ。このいくつかの事件はバラバラのはずだ。だってそうだろう? 『想命館』で西園寺のじいさんの生前葬の日も、オレらと絵梨香は偶然会ったんたぞ、お互い西園寺家と関わりがあることも知らなかった。しかも小田原佳乃の通り魔事件なんて、もっと何ヵ月も前からの事じゃないか、関係ない。そこに絵梨香が襲われた事件も繋がってるって言うのか?」
「蒼汰……」
「もうオレは頭がぐちゃぐちゃだよ。なあ零、お前の頭の中では構造が出来てるんだろう? まだ何かが足りないから、オレらにちゃんと話してくれないんだよな? そらそうか……今のピースじゃオレにはそのパズルがどんな絵柄か想像もできない……それを揃える為に、お前はいつも不可解な行動をしてるのか? どうにかしてくれ、零。早く絵梨香のことも解放してやりたいんだよ。オレはどうすれば……」
高倉が立ち上がって、うなだれた蒼汰のとなりに座り、その肩を支えた。
「江藤くん、君の気持ちは分かる。俺も君と何ら変わらないよ。でもちょっと、落ち着こうか」
「くっそ……すみません。ちょっとオレ、頭冷やしてきます」
蒼汰は会議室を出て階段を駆け上がり、ドアチャイムを鳴らして外に出た。
波瑠が心配そうにパーテーションから顔を出す。
「すみません、高倉さん。あいつもね、もうだいぶ頭悩ましてて……いろいろ混乱してるんです」
「わかります。彼が無理してるのも、気が付いていましたし」
高倉は零に向き直す。
「どうだろう、零くん。俺や江藤くんが理解できるできないに関わらず、一通り順序立てて 君の思うことを話してもらうわけにはいかないかな?」
「わかりました。ただもう少しだけ待ってください。カードが揃うのは、もう目の前なんです」
「構わないよ。君の欲しいカードは何だ? 俺たち警察で揃えることができるのであれば、全力で探してくる」
「先ほど、佐川さんにお願いしたのは、小田原佳乃と絹川美保子の詳しい経歴と医療記録。そして失踪中の田中紀洋の家宅捜索令状です」
「それは、どの事件に関係あるんだ?」
零はうつむいて一つ息を吐いた。
「全ての事件です」
「全てって、西園寺家と相澤さんの?」
「小田原佳乃の通り魔事件も、です」
高倉は
「それぞれの細かい経歴が分かれば、そこから動機が探せるはずです。まずは何とか、田中の家から手がかりを探し出せれば、指名手配にも繋がるかと」
「わかった……なんとか掛け合ってみよう」
「よろしくお願いします。 あと、一つ、突破口ができました」
「それは、どれについて?」
「それが、天海院長から聞いた小田原佳乃の傷口の形状なんです」
「そうか。続けて」
「
、凶器は断定できず刃先が数ミリ鋭利であるものとしか言いようがなく、刃渡りも分かりません。なんならカッターナイフでも作れる傷です。先ず、腕を真横から見たとして、右側が鋭利で、浅く入った状況から、中央部少し深くなり、左にいくにつれ、
零は調書を開いた。
「この切創から、切りつけられた向きは、被害者の後ろ側から前に向かって凶器の刀を、当てたまま引いたようなアクションによって付けられた傷になります。腕をサイドから見て、“右から左”に向けて、身体の“背面側から手前”に向かって、“引きぬいたような形”です。解りますか?」
高倉は慌てて調書を手に取った。
「ん? それは! 小田原佳乃の証言と真逆じゃないのか?」
「そうです。加えて言うなら、現場でシミュレーションしてみた印象でしかありませんが、俺の中では、自作自演という見解です」
「なんだって! 理由は?」
「もちろん、
「なるほど。 まあそういった感覚的な事って俺もよくわかるよ……で、どう崩す?」
「やはり動機がわからなければ難しいと思うので、しっかり過去を洗えたらなと。あと、これも勘なのですが、必ず接点が見つかると思います」
「わかった。早急に手配しよう」
「あと……」
「ん? なんだ?」
「すみませんが……蒼汰に電話をかけてもらえませんか」
高倉はフッと笑顔を見せた。
「了解。戻って来いって言えばいいのか?」
「まあそれも……ですが、小田原佳乃に聞き込みする際は同行してもらいたいと」
「え? 小田原佳乃に聞き込みの予定があるのか?」
「いえ、今のところアポも取っていませんが、過去を調べれば、必ず事情聴取が必要になると思って……」
「自信満々だな」
「まあ……そうですね。ああ、俺は今日は帰ります。蒼汰のことは……よろしくお願いします」
零はそう言ってジャケットを手にした。
「そうか……何か、調べる事でも?」
「今日は少し予定外の動きになったので、家で頭を整理してみます」
「予定外? ああ、相澤さんがここに来たことか?」
「まあ……」
「わかったよ。江藤くんにも、ちゃんと伝えておくから。それより零くん、しっかり眠ってないだろ? 今日はちゃんと寝るようにな!」
「はい、ありがとうございます。では失礼します」
高倉は零に手を振りながら、スマホを耳に当て、蒼汰に電話した。
零からの伝言を伝える。
「すみません、オレ……なんかこのところモヤモヤしてて……そこに来てさっきの話になったんでちょっと熱くなってしまいました」
「謝ることないさ、いつも君には助けられてるんだ。無理ばかりさせてすまないね。零くんは帰ったよ」
「え? こんな時間に?」
「彼は……多分、この付近に長時間滞在していただろうからね……」
「ああ……」
「君もなにかと知っていることもありそうだな。ここに戻ってきてもいいけど、江藤くんも今日は帰ったらどうだ?」
「そうします。 あれから絵梨香に連絡取ってるんですが、珍しくつながらなくて。なのでもう少しコンタクト取ってみてから帰ります」
「了解」
高倉は一人になった会議室を出て、カウンターに腰かけた。
波瑠がコースターを滑らせる。
「今夜は大人同士、しっぽり飲みますか?」
「いいですね」
そう言ってグラスを交わした。
波瑠は途中、話の流れで絵梨香と蒼汰にも電話を入れたが、どちらとも繋がらなかった。
それぞれの思いを胸に、二人ともなかなか酔えないまま、夜は更けていった。
第92話 『Really Into Playing Puzzle』
ー話ー
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