第57話 『本格会議『RUDE BAR』始動②』

西園寺家で新たな展開を迎え『RUDE BAR』へ戻るのが遅くなった零は、蒼汰と2人、高倉と共に会議を始めた。


西園寺家での報告を終え、当面の捜査の焦点は『想命館』での時系列から推測する人の動きを調べることだった。


高倉は切り出す。

「どうだろう? 君たち『想命館』に聞き込みに行く気はないか?」


「ええ、俺もその必要性を感じていました。遠隔で聞き込みだけの情報では、相手の表情も態度も見えませんし、必ず見落とし聞き落としがあるかと……」

「君らしい意見だな。他の人間の調書は信じられないと?」

「すみません」

「随分素直だな。いやいや、実は俺も同意見だ。同じ証言でも、君が聞けば違うものが見えてくるのかもしれないと、ついつい期待してしまうよ。部下を持つ身としては上司失格だけどね」


「蒼汰」

突然呼ばれて蒼汰は驚いた。

「なんだよ、急に」

「『想命館』には、相澤も連れて行ってもいいか?」

「え? 絵梨香を? いや……オレに聞かれてもなぁ」

「先にお前に聞いてから、本人に聞く」

「わかった。で、どうして絵梨香を連れて行きたいと思ったんだ?」

「『想命館』のスタッフに聞き込みするには、同じくスタッフとしてあの場に入った相澤が聞き出すのが都合がいいと思ったからだ。女性に聞き込みする場合も、彼女の力が借りられるだろう」

「確かにそうだな。まぁ……じいさんの事件があった場所だし、また今朝みたいに体調が悪くなったりしなきゃいいけど……とにかくオレから絵梨香に聞いてみるよ」

「じゃあ、お前に任す」

「分かった」


「なぁ、“今朝みたいにって”……? 相澤さん、何かあったのか?」

高倉が心配そうな面持ちで聞いた。

「過呼吸を起こしました、西園寺家で」

高倉は驚いたように身を起こした。

「“過呼吸”って……零くん……あ、いや。すまない」

「お気遣いなく。おそらく彼女も事件のPTSDでしょうが、頻発してるわけではないので。西園寺家で一番思い出深い場所に居た時に発症したので、今後も気を付けるべきではありますが」

「そうか……どうしてもその“ワード”が出ると、あの時の君の事を思い出してしまってね……」

蒼汰もうつむいて、神妙な顔をしていた。


「よし、じゃあ『想命館』に行ってもらう時期としては、また週末かな。俺か佐川が同行するけど、相澤さんには常に零くんか江藤くんが付き添ってくれ。じゃあ予備知識としての会議に戻ろう」


「ドライアイスに関連する話だ」

高倉は再び調書を広げた。


「西園寺家の生前葬の日、実はこの日、別の葬儀も一つだけ入っていたんだ。『三和家』高齢の女性の葬儀だ。ごくごく身内の小さい葬式なんだが。まあ業界が業界だけに、貸切だからと他の依頼を断るわけにもいかないからな。大きなイベントがあることを了承してもらうのを条件に『三和家』の葬儀も引き受けた形となったらしい」


「他の親族名を書いた控え室は見当たりませんでしたが」

「ああ、あちらの希望もあって、フロア自体を変えてもらったらしい。西園寺家の親族ともほぼ交わることもなく静かに営んだそうだ。まあ、あのキャパシティだから成せることだろうがな」


「『三和家』の棺に入れるためのドライアイスを地下の冷凍室から運ぶんだが……この日にドライアイスを運んだのは田中紀洋だけだった。冷凍室の前には防犯カメラはないが、エレベーター内のモニターカメラに田中がドライアイスを運ぶのが写っている。この日ドライアイスが運び出されたのは2回、朝6時42分に1回目、そして8時57分に2回目。この時間はエレベーター内のモニターカメラの時間だ。ここでひとつポイントがある。『三和家』の葬儀、控え室、安置場ともに、西園寺章蔵氏の控え室がある7階だったことだ」


「そうか、新婦控え室も親族控え室も3階だったのに、じいさんの部屋だけが上階だったってことですね?」

蒼汰の質問に零が付け足す。

「その意図は?」

「いや、まだあやふやだ。誰が配置するのかも、決まりはないそうで。ただ担当の『小田原佳乃』の発言が曖昧な印象で……」

「では、そこは現地で詰めていきましょう」


「じゃあ、続けるぞ。『想命館』地下の冷凍室の扉やドアノブには、田中の指紋が残っている。『三和家』に裏を取ると、親族の証言で、6時半にドライアイスの要請。遺体の防腐目的だろうが、その後、どうもドライアイスが少ないのではないかとクレームを入れたと言っている。そこで田中が再度、地下に取りに行った、という点では辻褄が合うが、気になっている点が2つ。1つは、そのクレームが『想命館』の記録に残されていないことだ。『想命館』ではそういった事やドライアイスの追加等についても記録と報告義務を課している。そこに隠蔽に意図があるかどうかだな。もう1点は、冷凍庫の扉の指紋なんだが、田中の指紋以外が検出されなかったんだ」


「それは妙ですね。田中以外絶対にドライアイスを取りに行かないというきまりではないんですね?」


「ああ、葬儀の前に別の従業員が取りに行くことも、もちろんあるそうだ。ドライアイスの搬入業者も出入りするし、その時には他の従業員が誘導することもある。だが、この事件の後の冷凍庫の扉からは田中の指紋のみ検出されて、それ以外はなかった」


「要するに誰かがきれいに拭き取った上で、田中にドライアイスを取りに行かせた……それを企てた人間が別にいる可能性が出てきたと」


「そういうことだ」


「親族控え室や建物の廊下には 防犯カメラがないんですね?」


「ああ、あるのは玄関とエレベーター内、あとは受付カウンター周辺だ。当然、各部屋や会場内には設置されていない」


「カウンター周辺なら、地下に下りる階段も撮影範囲ですね」


「ああ、それも確認済みだ。誰も階段を下りていない」


「田中以外の人間がドライアイスを得ることはありえないとなると……田中が犯人でないとしたら、運び入れたドライアイスを別の誰かが、本来使うはずの遺体の棺からくすねて、そして章蔵氏の棺に移し替えた事になりますね」


「そうなるな。そして親族からドライアイスが足らないとクレームが来て、もう一度補充をしたと……ドライアイスの件では田中がもちろん一番有力な容疑者だが、なんと言っても動機が見当たらないんだ。西園寺財閥と田中では、何の繋がりも見えて来ない。何度か話は聞いてはいるが……もう1回引っ張るか?」


「そうですね」



「少し休憩はいかがですか?」

波瑠がコーヒーとチョコレートを差し入れた。

「うわ! ありがとうございます。BARなのにソフトドリンクばかりですみません」

高倉が笑顔を見せた。

「いえいえ、気にしないで下さい。さあ、どうぞ」

嬉しそうにチョコレートをつまむ高倉を、波瑠は微笑ましく見ながら言った。

「高倉刑事は甘党ですね」

高倉は少し恥ずかしそうに笑う。

「あ、バレました?」 

「蒼汰の買ってきたお土産も、即開封で食されていたので」


蒼汰のスマホが鳴った。

「あ、エリカからメッセージだ。あ……」

「どうかしたか?」

零は調書から顔も上げずに聞いた。

「零、絵梨香がお前の車に忘れ物をしたってさ」


零は時計を見た。

「蒼汰、お前の荷物は車に積んだままだったな?」

「ああ」

「お前も明日会社だろうから、もう帰れ。それで、お前の荷物を取るついでに相澤の忘れ物も車から取って、届けてやればいい」

「うん、そうだな」

零は車のキーを蒼汰に投げた。


「お前もそのまま帰っていいぞ」

「は? 何言ってんだ、零? お前、車乗れなきゃ今日帰れなくなるじゃねえか。俺が鍵持ってんだぞ」

「あ……そうだな」

「あれ? なんか、お前変だな。全然、零らしくない」


波瑠が笑って言った。

「零だって一応人間なんだから、疲れてるんじゃないか?」

「一応……?」

「そうかもな! じゃあさ、オレ先に車から荷物取って、鍵だけ返しに来るわ」


波瑠が挟んだ。

「蒼汰、お前、明日もここに来るのか?」

「ああ、そのつもりだよ。明日は割りと早く会社、上がれるからならな」

「そっか、なら零の言うようにそのまま帰れ」

「え? でも、そしたら零が……」

「零はうちに泊めるよ」

「え?」

零本人も驚いて波瑠の顔を見た。


「自分で思ってる以上に疲れてるはずだ。こんなまま運転させて帰らせるのは俺も心配だから、今日は本人がなんと言おうと俺んちに泊める。いいな! 零!」

「あ……はい、ありがとうございます」


「じゃあオレ、荷物とって絵梨香ん家に寄って帰るわ」

「ああまた明日な」

「江藤君、ゆっくり休んで。お土産ありがとうね」

高倉はにこやかに手を振った。


蒼汰は軽快に階段を駆け上った。

それをじっと見届けて、零は少しほっとしたようなため息をついた。


高倉が言った。

「零くん、君も本当は疲れてるんだろ? 運転も全部、君がしてたんだろうし、物理的にも疲労はあるだろうけどさ、疲れてるのは体より精神的じゃないかと思うよ。江藤くんと相澤さんを連れて行ってるっていう責任感も、君は感じそうだし」


「お心遣いありがとうございます。大丈夫です、今日は波瑠さんが泊めてくれるみたいですし、高倉さんの時間が許すなら、もう一通り詰めてからお開きにしましょう」

「了解! 全く……君という人は」

波瑠と高倉が目を合わせた。


蒼汰は、零から預かった鍵を使って車を開けた。

自分の荷物の横に、小さな紙袋を見つけた。

「そっか、オレが荷物とって絵梨香に渡したからだ。この紙袋の存在に気付かなかったんだな……悪いことしちまったな」

そう1人呟いて、その紙袋を持ち上げた。


何気なしに中を覗くと、飲みかけのミネラルウォーターと新品のミネラルウォーター、弓枝が持たせてくれたチョコレートの箱が入っていた。

そしてその隙間にはハンカチが。


「このハンカチは……どこかで見たな」

それは明らかに、男物のハンカチだった。

蒼汰も同じブランドのデザイン違いを持っている。

「あ、あの時……」

ふと思い出した。

「そうだ、静代さんと話した後、夜のテラスに出た時に、確か絵梨香がポケットから 落としたのがこのハンカチ……」

間違いない。

その時、拾ってやろうとしたら絵梨香はさっと手を出して、隠すように拾った。

そんな印象があった。


とにかく、その袋を下げて絵梨香のマンションに行った。

由夏にも、上がっていくかと誘われたが、明日は月曜日で、さすがに連続で夜更かしすると、体も心も辛いと思ったので断った。

荷物を渡すついでに『想命館』に行く予定があることを伝え、一緒に行く意思があるかを絵梨香に聞いた。

絵梨香は躊躇なく「行く」と答えた。


相澤家を後にして、マンションから桜川沿いに南下しながら駅へ歩く。

気がかりだったのはハンカチだけではなかった。

あのミネラルウォーターだ。

ご当地ラベルのミネラルウォーターは現地でしか手に入らない。

屋敷からは出ていないから、買いに出たわけでもない。

夕食後の時点で、自分たちはあのミネラルウォーターを手にすることはなかった。

飲みかけのミネラルウォーターが、朝の時点で冷蔵庫にあるということは、夜中に何らかの理由で階下に降りて、それを入手したことになる。


それについて絵梨香は何も言わなかったし、その疑問を零に投げかけても、彼はそこに興味を示さなかった。


どうも腑に落ちないことがいくつかある。

解決しないまま駅に到着し、蒼汰は帰路に着いた。



第57話 『本格会議『RUDE BAR』始動②』ー終ー

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