第56話 『本格会議『RUDE BAR』始動』

西園寺家から『RUDE BAR』に直行した零と蒼汰は、店の奥に設置されたスペースで、捜査会議の準備をした。

10分ほどで高倉警部補がパーティションから顔を出した。

蒼汰が渡したお土産を、高倉は嬉しそうに受け取る。


「零くん、早速会議始めるかい?」

「あ……ええ」

「ははは、“一緒にお土産食べよう”って、そう言うと思っただろ? いや、実際はそう思ってるんだけどさ、君だったら“早速会議始めよう”って言いそうだから、ちょっと言ってみた」

そう言うと、高倉は爽やかに笑った。


「高倉さん、なんか面白いですね」

蒼汰も笑った。

「オレ、飲み物もらってきます」

蒼汰がカウンターに向かうのを朗らかな表情で見送りながら、高倉が言った。


「零くん、君にとっては……西園寺家に行くことは、辛くはなかったのか?」

「ええ、むしろ行って良かったです」

「それならよかった」

「お気遣いありがとうございます」


蒼汰がグラスを並べた。

「よし、じゃあ始めるぞ」


「すみません高倉さん、その前に少し、いいですか」

「どうしたんだ? 改まって」

「電話でも話しましたが、今回、西園寺家に行って最大の収穫は、当初目的としていた殺人事件の内容ではなく、西園寺章蔵の本当の遺言書を見つけたことです。どちらかと言うと暗号解きがメインになって、殺人事件の概要というよりは、西園寺章蔵本人の意思がどうであるかということに、突出した捜査になってしまったので……すみません」


「ん? それで零くん、なんで謝るんだ?」

「それは……この期間、俺は殺人事件の戦力になりませんでした。そちらの件では何も持ち帰ることができなかったんです」

一瞬、蒼汰も高倉も驚いた顔をした。


「君は……たまに面白いこと言うね」

高倉が朗らかな笑みを見せる。


「君、本当は今回、西園寺家に行って得た収穫が、ゆくゆくは殺人事件の手がかりに結びつくことが解ってるんだろ?」

零はパッと顔を上げた。


「どうした? 君らしくない。まさか回り道したことをタイムロスだなんて思ったりしてないだろうね? さっき俺が君に “西園寺家に行って大丈夫だったか ”って聞いたのはさ、君が普段は避けている “情緒的思想” が自然と溢れ出てしまう場所なんだろうなと思ったからだよ。俺はむしろ、その方がいいと思ってる。江藤君や相澤さんが一緒っていうのも、実にいいと思った。だけど同時に懸念もしていたんだ。もしも君がその情緒に流されることに強く抵抗した時、今まで以上に無機質を演出してしまうんじゃないかってね。その無機質ってやつは、他人から本性を隠す隠れみのだけに留まらず、やがて自分自身がそう思い込んでしまう危険性がある。警察官がよくおちいる現象でもあるんだ。そのやまいかかって、警察官としては再起不能になる部下も何人も見てきたよ。君がそうなったら、どうしようって思ってさ」


高倉の暖かみのある声を、零は俯き加減で静かに聞いている。


「でも君からこまめに連絡もらって、そうした状況と称して江藤君や相澤さんと進めている謎の話を聞くと、“意義” を感じると言うか、君に合致した謎解きになったと思う。おそらく章蔵さんが君宛に用意したものだったんだろう? だったらそれを解明する為に費やした時間のことについて、俺に謝罪することなんてないんだよ。君しか出来ないことを君がやってのけて、そしてゆくゆくは、そこに事件の鍵を求めて俺が君を頼る日が来るんだろうなって。君と組んで捜査するようになって数年だけど、俺も君のことが大分、解ってきたと思うんだけどなぁ」


「高倉さん……」

「俺もなかなか手強くなっただろう? 多くの事件を共に解決してきた仲だ、伊達だてじゃない。な、そうだろ?」

零は頷いた。

蒼汰も満足そうな笑みを浮かべて、零と高倉を交互に見ていた。

「高倉さん、ありがとうございます」

零の言葉に、高倉は笑顔で首を振った。


零の携帯電話が鳴った。

伯父の西園寺泰蔵からだった。

「ちょっと電話をしてきます」

そう言って零は2人を置いて会議室を出ると、スマホを耳に当て、大きなストライドで階段をかけ上がった。


ドアを開けると、夜にもかかわらず、終焉間際の蝉の悲声とともに、また喉が灼けるような熱い空気が体の中に入ってきた。

「伯父さん。日程は決まりましたか?」



電話を終えた零は、スマホを持った手をぶらんと下げたまま、しばらくそこにたたずんでいた。


『RUDE BAR』の「OPEN」の看板のかかったドアを見つめ、店の中の華やかな喧騒を想像すると、ここ数週間の出来事すべてが、嘘だったような錯覚に陥る。

いつもなら、どんな難解な事件に関わっても、その謎の解明を追求することで、それまでに受けた“ちょっとした心のささくれ”は癒えていた。

しかし今回は……いつになく、色々な感情に振り回された日々だった。


それを恐れてか、人の優しさに触れることさえ、気持ちを揺さぶられる要因として、背を向けたくなるような……

ここ数年はこんな経験がなかった。

それもそのはずだ。

またもや、“身内の事件”なのだから。

「俺はいつまで、もつんだ?」

そんな弱気な思いが湧いてくる。


大きく息を吐くと、ドアチャイムを鳴らしながら再び涼しい空間に身を預ける。

2人がフランクに雑談しているであろう捜査会議室へ向かって、階段をかけ降りた。


「お待たせしました」

「いや、大丈夫なのか?」

「ええ。近々、西園寺家の親族が集まって、遺言書開示と共に今後の方針を話し合うことになります」

「そうか……その件について、なにか警察に知らせるべき事項はあるのか?」

「出てくると思います。立ち会われますか?」

そばで聞いていた蒼汰が驚いた顔をした。


「いや。零くん、君に一任するよ。報告を待ってる」

「わかりました。ありがとうございます」

「なんだ? “謝罪”の次は“謝辞”か?」

「高倉さん……」


「いやいや零くん、君の倫理観はいつも素晴らしいと思ってるが……もう少し楽にしてくれよ。君より大人のはずの俺達警察は、君に頼りきってるんだから。立つ瀬がない」

高倉の柔らかい表情を、零はじっと見つめた。

「……はい」

「俺も、君のいなかったこの2日間の報告をしないとな。幾つか分かってきた事がある。司法解剖の結果も上がってきたしね。でもまず……ここに貼られている多くの情報の説明もお願いしないとな」

零は頷いて、西園寺家の壁面からホワイトボートに加えられた事項について、話し始めた。


「まず、話を聞いた人物は、

 被害者の息子で長男の『西園寺泰蔵』氏、

 その運転手の『平岩勇司』氏、

 家政婦の『橋口弓枝』さん、

 公認会計士の『石本孝弘』氏、

 主治医の『緒方裕之』先生、

 友人で相澤の祖母の『相澤静代』さん、

 その甥の弁護士『佐久間洋平』氏、

 西園寺グループ顧問弁護士の『瀧本充』氏

です。

調書にまとめてありますが、今からこのホワイトボードに付け足していきましょう」


零は、名前を上げた人物とのやり取りを蒼汰と共に確認しながら、西園寺家から持ち帰った多量の付箋を駆使して説明した。


その中には、章蔵の部屋で見つけた螺鈿ノートの内容と、"蔵"で見つけたタマムシノートに書かれた11文の“アクロスティック”について、そしてそこから貸金庫を開いた経緯までも含まれていた。


ホワイトボートいっぱいのその事項を、高倉は絵画でも眺めるかのような表情で、ただ感心して見ていた。


「しかし君は……抜かりがないな」

「これらを解明するのには、蒼汰と相澤の協力もありました」

「そうか。いいチームだな。江藤くん、これからもよろしく頼むよ」

「あ……はい、もちろんです」


「よし、出揃ったところで、まずは生前の被害者と接触している人物をおさらいしよう」


3人は改めてホワイトボードの前に立った。

蒼汰がナレーションを買って出る。


「章蔵氏は、生前葬前日から『想命館』に宿泊し、当日の朝はラウンジで7時頃に朝食。


その後、自室に上がって、8時過ぎから、長男の『西園寺泰蔵』氏と電話で約20分間話し、控え室に下りる。


衣装のタキシードを渡すために、『想命館マネージャー小田原佳乃28歳』と、『司会の三浦利枝子52歳』が控え室を訪れ、衣装の着付けをしながら、進行の打ち合わせをおこなった。


そこへ『看護師で婚約者の絹川美保子34歳』がやって来て、血糖値上昇予防の食前に飲む薬を手渡し、雑談。


ほんの数分で退室。


その薬は、タキシードの胸ポケットに入れられ、死後もそのまま残っていた」


「次に、死亡推定時間内で 被害者の控え室に近づいた人物から。


『絹川美保子』

『ブライダルアテンダント熊倉圭織34歳』

『想命館のスタッフ、田中紀洋47歳』

『小田原佳乃』

『会場整備の御倉健太24歳』


『小田原佳乃』の証言によると、章蔵氏の控え室のドアを開けると本人の姿が見えないので中に入ったところ、棺の中から「ここにいる」という声が聞こえてきた、とのこと。


同席していた『御倉健太』からも同じ証言が取れており、確かに被害者の声らしき音声が棺の中から聞こえてきて、『小田原佳乃』が会話をしたと証言。


この同時刻に『絹川美保子』は新婦控え室から出ていないとアテンドの『熊倉圭織』が証言。


生前葬の約10分前に、『熊倉圭織」と『絹川美保子』が一緒に新郎控え室を訪れ、棺の中の被害者に声をかける。


部屋に入ったのは『絹川美保子』だけ。


『熊倉圭織』はドアを開けたまま入口付近に立ち、『絹川美保子』が棺の中と会話をしていた様子。


『絹川美保子』が「そろそろ会場に行くそうよ」と声をかけ、離れていたため、内容はわからないが、中から僅かに被害者の声らしき音声のような音は聞こえたと『熊倉圭織』が証言。


生前葬の約5分前、会場に棺を運ぶ係の『田中紀洋』と『御倉健太』が控え室にやって来て、同じく棺の中の被害者と『絹川美保子』が会話しているのを目撃」


零が言葉をはさんだ。


「ここで重要なのは、会場係の『田中紀洋』『御倉健太』の2人が、被害者の声自体を聞いていないと証言していることです。


その時に、新婦の『絹川美保子』から「もしも新郎が、登場の時に寝てしまっていてなかなか出てこなかったら、棺を叩いて起こしてあげてくださいね」と伝えられたそうです。


『御倉健太』は棺の中に「わかりましたよ、ちゃんと起こしますから」と声をかけ、そのまま運んだそうですが、その際の返答はなかったと言っています」


蒼汰が腕を組んだまま言った。

「不明瞭な点が多いですね」


「ああ確かに」


「控え室からどうやって棺を運んで来たのかを、その男性2名にもう一度詳しく聞く必要がありますね」


「わかった、捜査員を行かせて調べさせるよ」


高倉はそう言って、携帯電話を取り出すと、おそらく佐川刑事であろう部下に連絡を取り、その場でしばらく話をした。


電話を切ってから、高倉は切り出した。


「どうだろう? 君たち『想命館』に聞き込みに行く気はないか?」


第56話 『本格会議『RUDE BAR』始動』ー終ー

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