第52話 『The Time Capsule』

螺鈿ノートの裏表紙から出てきた、“貸金庫のカード” と “佐久間の連絡先”。

あともう少しで真相に近づけるというところに来て、肝心の“鍵”が見つかっていなかった。

テラスで観覧していた懐かしい子供の頃のノートから、インスピレーションを得た零。

アクロスティックの謎を解くために、3人は再び、零の部屋に向かった。



「あくまでも俺の推察だが、このアクロスティックも、全くの無意味ではないように思える」

そう言いながら、零はテーブルにメモを並べ始めた。


『朽果てようとも、信の我が人生は』

『螺鈿の如し追懐ついかいの中で不死と化す』

『能知あふるる 有らざる嗣子ししの子』

『宝なる ひいでた才を 具したらむ』

『叶わぬ我がおもい 託すとて』

『楽水の如し 智者不惑ちしゃふわくすべにて』

『万障繰り合わせて 我がことわりを充たす』

『心に慟哭どうこくなかれと こいねがわくは』

にごりなき 仁愛持ちながらにして 堅忍不抜けんにんふばつ

 四角(礼)』

兼言かねごと交わさずにして推知すいち後顧こうがんの憂いあれど』

『義の心 追随ついずいを貫き 我が終の棲ついのすみか 繁栄を祈らざるを得ず』


「く.ら.の.た.か.ら.ば.こ.に.か.ぎ……蔵の……宝箱に、鍵!」

絵梨香と蒼汰が同時に零を仰ぐ。

「ああ……間違いないだろう」

「零、心当たりは?」

「ある」

3人はお互い視線を合わせた。

「行くか!」

「ああ」

「絵梨香は?」

「大丈夫、私も行くわ」


さっきよりもずっと早足で“蔵”へ向かった。

“秘密の入口”から入ると、零ははりに手をやって、それをくぐるように中に入った。


迷いもなく作業台とは逆サイドに向かうと、零は壁沿いにある骨董品とも言えるような和箪笥の一番右の小引き出しを開けた。

その中には古めかしい“アルミ缶”が入っていた。


つい昨夜、自分がここから取り出して、そして彼女の気配を感じた時に慌てて仕舞しまった。

中身は、半分ほどしか確認していなかった。


「それは、あなたの……?」

「ああ、宝箱だ」

「……宝箱」


作業台に移動して、それを持つ零を囲んで、2人が息を潜めてその手元に注目した。

「まるでタイムカプセルだな。16年ぶりか?」

蒼汰のその質問に零は首を振った。

「いや。昨日、一度開けた」

絵梨香は驚いて顔を上げる。

思わず「いつ?」と聞いてしまいそうになって、慌てて口をつぐんだ。


「じゃあ、中身は確認済みなのか?」

「いや、途中で……雨が降ってきたから、全部見ないまま帰ったんだ」


彼はウソをついた。

絵梨香はこわばった表情を隠すために、少し下を向いた。


「え? 零が途中で? らしくないな。またここに仕舞い直したってことか?」

「……ああ、ざっと見てなにもなさそうだったからな。たが、見落としがあったらしい」


蒼汰が少し納得のいかないような顔をした。

彼が見落としなんてする筈がないことは、蒼汰が一番よく知ってるのだろう。

絵梨香はまた俯いた。

昨夜、零はこの宝箱の存在を明かさなかった。

昨夜、共に目にした数々の16年前の思い出のものが多くあるこの場所であっても、この宝箱だけは共有するものではなく、彼だけの固守こしゅするべき物であったと言うことか。

彼が意図的に秘めたタイムカプセルの蓋を取るその時、絵梨香の胸の中でも何かが開くような、不思議な音がした。


中身に被さるように、四つに折った画用紙があった。

昨夜開けたときにはもっと下部にあった。

蔵戸の前で物音がしたので慌てて閉めて箱を仕舞った際に、一番上になったのだ。

もちろん、そこに何がかかれているかは概知がいちのことだった。


零は、その画用紙をそのままひょいっと つまんで、絵梨香に渡した。

「え? これは……」

零は作業の手を休めず、返事もしないで箱を覗いているが、その表情は穏やかだった。

普段まとっている憂いが取り払われていくような、そしてあの頃のお兄ちゃんの面影が、その表情に宿っているかのようだった。


「絵梨香、その紙は?」

蒼汰が言った。

「ああ……」

画用紙をそっと開いてみる。

「これは。さっきのスケッチブックにあった 絵と同じだな」

「そうね」


確か、上手にかけた方をお兄ちゃんに渡したはずだったが、先ほどスケッチブックにあった絵とさほど変わりはなかった。

さっきのスケッチブックと違うところがあるとすれば、男の子の横に拙い字で “レイ”、そしてその女の子の横には“エリ”と書かれてあることだった。


頭の中で当時の2人が会話が聞こえた気がした。

レイは“来年もまた絶対会おう”と言い、そして幼いエリは、彼に向かって“大好き”と言った。


その缶には、当時のノスタルジックなおもちゃや、お菓子のおまけなど細かい物が入っていた。

その中の物を幾つか作業台に取り出しながら、零は小さな鍵を取り上げて、自分の目の高さまで持ち上げた。


「それが貸金庫のカギか? 零! また真相に一歩近づいたな!」

零の肩に手を置いて、彼と一緒にその鍵を見上げるように、蒼汰が言った。

零の表情は、手応えを噛み締めているように見えた。


缶の一番下に、封筒が入っているのが見えた。

「これは?」

そう聞くと、それまで自信に満ち溢れていた彼の表情から、何かが失速していくような印象を受けた。


「ああ……悪いが、これは俺だけが見てもいいか」

驚いた。

彼が一番言わなさそうな言葉だった。

しかし昨日、おそらく私が蔵に辿り着いた気配を悟った時に、慌ててこの宝箱を仕舞い込んだのは、この封筒が原因だったのだと瞬時に思った。

彼らしくなく、最後まで確認することも怠るほど、そこには彼の“何か”があったのだと。


「いいに決まってんだろ? 零のタイムカプセルのわけだし」

蒼汰は戸惑いながらもそう言った。


零は封筒を取り出してから、他の中身を 缶の中に戻した。

絵梨香が手にしてる画用紙も、封筒を持ったままの長い指で挟んで、スッと指で抜き取るようにして缶に入れると、封筒を持ち直して蓋をしようとした。


「ん……」

零がそう言って、持ち上げた缶をまた作業台の上に置き直して、おもむろに封筒を開け始めた。

「おい、零。ここで開けたらダメなんだろう?」

蒼汰がそう言いかけた時、零が言った。


「やられた……」

「え? どうした?」

零は開け放ったままの封筒を、缶の上に放り投げる。

そしてそのまま、くうを仰いで笑い出した。

「どうしたんだ、お前! おかしくなったのか?」

蒼汰が驚いた表情で、零の肩に手を置く。 絵梨香はその封筒に目をやった。

そして少し目を見開いて、そっと手に取る。

「見て、蒼汰」

神妙な顔をしながら、封筒の中に入ったままの小さなカードを、 蒼汰の方に向けた。

「なんだよ絵梨香まで……ん? 何々、“お宝はもらった 怪盗 SS”?」

零は、今度は下を向いて笑っている。

「あーあ、じいさんにすっかりやられた」

「おい……零、大丈夫か?」

「ああ、上等だ。これでよくわかった。じいさんは俺と追いかけっこをしたかったらしい」

「どういう意味だ?」

「まあ最初から分かっていたことではあるが、じいさんは、この謎解きを俺にさせたいんだ。他の誰でもない。俺だよ。それが確信できた」

零はすっかり落ち着いて、そしてその目の中には輝きを感じた。


「分かったよじいさん。受けて立つ。じいさんが伝えたかったことは、全部俺が解明する」

独り言のように、そう言った。


零はそのカードの入った封筒の宝箱の中に入れ、そして元にあった和箪笥の引き出しの中にしまった。


零は、蔵の中を一通りゆっくりと時間をかけて見回した。

まるで目の奥に焼き付けるかのように、いくつかの点で止まっては凝視し、そしてまた視線を配り始める。                  その様子を、絵梨香と蒼汰は黙って見ていた。

零がが蔵の出口に近づくと、蒼汰がが言った。

「これから行くのか?」

「ああ、大きく進展するだろう」


外に出ると、零はすぐ電話を始める。

まずは佐久間弁護士。

今から再度落ち合って、貸金庫のある銀行に同行してもらうようだった。


それから泰三に電話をして、手短に話をし、今から会う手筈とともに、顧問弁護士からも連絡をもらえるように要請した。


次に高倉警部補に電話して、西園寺家サイドで大きな変化があったと伝えた。

今日の『RUDE BAR』での会合時間が大幅に遅れることも伝えた。


高倉との電話を切った後に入電があり、顧問弁護士と約束の場所が決められた。


話を一通り終えたところで、零は2人に向き直した。

「行ってくる」

そう一言だけ言って、車の方に向かって 歩いて行った。


零が小さくなって車に乗り込むまで、2人は見守っていた。

エンジン音とともに赤い車が走り去った時、蒼汰が言った。

 

「絵梨香、今どんな気持ち?」

その質問に驚いて蒼汰を仰ぐ。

「そうね。なんか心がバラバラと言うか……定まらない、よくわからない感じ」

「オレも同じだ。アイツのそばにいて、いつもアイツを手助けしようと思ってるんだけどさ、アイツのスピードについていけない……オレがたったひとつのことを理解しようとしている間に、アイツは100も200も、あの頭の中で処理してやがる。そんな自分がアイツの横に居ていいのかって……そう思う時もあるんだ。ワトソン失格だなって」

その表情は自嘲にとんでいた。

そしてその口元の歪んだ笑みと、寂しそうな目が、蒼汰の戸惑いを表していた。


絵梨香は蒼汰を正面から見つめて言った。

「そんなこと、絶対ないと思う。彼がやってのけてしまうことと、全く同じことを蒼汰に求めるなんて、意味ないもの。来栖零が2人存在する必要なんてない。彼が欲しいのは、むしろ彼が持っていないものなのよ。蒼汰は今までもそれを彼に与えて、彼の足らない部分を埋めてる。2人の空気感はそばで見ている私にはよくわかるの。彼は蒼汰を本当に頼りにしてるわ。彼はきっと、蒼汰といることで平常心を保ってると思う」

「絵梨香……」

「だから、投げ出さないであげて。彼は、多分1人じゃ……ダメになってしまうんだと思う。『想命館』での彼を、思い出して……あの時彼は、無表情のままおじいちゃんの遺体に向き合ってた……どんなに苦しかったことか……こんなに辛くて……そしてこんなにも大きな事件に、もしも1人で立ち向かったりしたら……きっと……彼は……」

絵梨香はだんだん息が苦しくなって、その場に座り込んだ。

「わかった、絵梨香! 落ち着いて。ゆっくり呼吸するんだ」

蒼汰は絵梨香を木陰に導いた。


「大丈夫か?」

「うん、だいぶんましになってきた」

「ごめんな、つまんないこと言って。オレさ、零に嫉妬してたんだ。でも絵梨香に言われてわかったよ。アイツがその才能と引き換えに、どれ程のものを背負わされてるのかって、改めて考える事が出来た。もうつまんないこと、考えんのはやめるわ」

絵梨香は頷きながら微笑んだ。

ゆっくり前を向く絵梨香の横顔を見ながら、蒼汰は彼女の中に居る零を感じた。

胸にクッと掴まれたような感覚が走った。


第52話 『The Time Capsule』ー終ー

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