第46話 『謎を紐解くとき』

朝食を終え、零の部屋に集まった彼らは、いつのまにか確立されたそれぞれの定位置に座り、テーブルを囲んで会議スタートとなった。


蒼汰がそのメモの束を見て、大きな溜め息をついた。

「オレ国語はわりと得意な方だけどさ、古文はホントにダメだったから、全然意味わかんないぞ、これ、零は解るのか?」

「古い形式に見えても現代人のじいさんが書いたものだ、しかも、何らかのメッセージ然りだろうから、推測の域を出ない解釈ではあるが……ある程度は解明出来そうだ」

「そうかなぁ」

「ただ……」

「なんだ?」

「全部で11の文が書かれているが、この9番目の最後の文字が埋まっていない。何を意味するのか……」

「ん……これは、カタカナのでも漢字のくちでもなさそうだな。明らかに他の字よりも大きいから四角形の“空欄”を意味しているのか……」

「俺もそう思うが、意図がわからない。“推察”を期待しているのか、“未定”で文字を入れられないか、空白にすることによって“意味が発生する何か”を表しているのか……」

「難しいわね……」

「ん……まずは、文章の意味をある程度まで絞らないとなぁ」

絵梨香も蒼汰も心許こころもとない顔をしている。


「ああ。ぼんやりとしかわからないが。ただ……なんとなく違和感を感じる」

「違和感? どういうことだ?」

「じいさんはわりと文才に長けてるはずだ。なのに、何と言うか……これらの文章はバラバラのような気がする」

「文章がバラバラ?」

「ああ。編集者のお前なら分かるだろう。むしろ並び変えれば、もう少し美しい文章になるかなと。そう思う箇所がいくつもあるんだ」

「バラバラか……どれどれ?」


それは絵梨香が、昨日も“蔵”で零から聞いた言葉だった。


零の顔をじっと見上げる絵梨香に向かって、蒼汰が言った。

「よし! じゃあ、読み上げるぞ」

蒼汰は時折、読み方に詰まっては、零に訂正されながら、一枚一枚読み上げる。


『朽果てようとも、信の我が人生は』

『螺鈿の如し追懐ついかいの中で不死と化す』

『能知あふるる 有らざる嗣子ししの子』

『宝なる ひいでた才を 具したらむ』

『叶わぬ我がおもい 託すとて』

『楽水の如し 智者不惑ちしゃふわくすべにて』

『万障繰り合わせて 我がことわりを充たす』

『心に慟哭どうこくなかれと こいねがわくは』

にごりなき 仁愛持ちながらにして 堅忍不抜けんにんふばつ

 ロ』

兼言かねごと交わさずにして推知すいち後顧こうがんの憂いあれど』

『義の心 追随ついずいを貫き 我が終の棲ついのすみか 繁栄を祈らざるを得ず』


「ん……確かに、よく解らない文章だな。とにかく一行ずつ見てみよう」


「まず、①『朽果てようとも 信の我が人生は』、これも“我が人生が朽ち果てようとも”の方がスムーズだ、わざわざ逆にするという事は、意味があるのか……」

「“信の”って言う言葉はどう解釈すればいいのかしら……“誠の”とか? 今までが嘘でここでは“本当の”を指しているとか?」 

蒼汰はソファーに背中を押し当てて、グーンと腕をあげた。

「あーあ、最初からこんな調子で解明出来るのか? やっぱ全然解んないぞ」


投げ出しそうになる蒼汰を絵梨香がなだめる。

「ほら、次は何となくわかるよ! ②の『螺鈿の如し追懐の中で不死と化す』って、人々の思い出の中で永遠に生き続けるって事じゃない? おじいちゃんの大好きな“タマムシみたいに輝いて”っていう意味で」

「確かに、そんな感じかな。絵梨香、じいさんはタマムシが好きなのか? 螺鈿細工じゃなくて?」

そう言われて絵梨香は返答に困った。

「え? ああ……何となくそんな気がしたから」

蒼汰に気付かれないように、そっとタマムシノートに目をやった。 


「おい零、こんな大雑把な解釈で、ホントに大丈夫なのか?」

「まあ、解らないなりにも寄せていくのがいいだろうな。全体から見えることもあるだろうし」

「わかったよ。じゃあ次な」


「嗣子の子ってなぁに?」

「③『能知溢るる 有らざる嗣子の子』嗣子とは“直系の息子”という意味だ。じいさんから見れば泰蔵伯父さんのことだろうな」

「零、泰蔵伯父さんには子供がいないんじゃなかったか?」

「ああ。存在しない=有らざる、という意味か」

「じゃあ、才能が溢れているのはその“存在しない子供”?」

「そうとも取れるが」

「いや、変だろ? じゃあ、才能溢れてるのは一体誰なんだよ? いない子供の話をしてもしょうがないじゃないか」

「そうよね……」


「あー、閃いた!」

蒼汰がそう言う時は、大概ろくでもない回答が返ってくる時だった。

「……なぁに? 蒼汰」

蒼汰は得意気に話し始めた。


「絵梨香、今朝の話覚えてる? オレ中学の時に、女の子の孫が来てたって聞いて、愛人の子供かって思ったって言ってたじゃん? それがあながちハズレじゃなかったんだよ! 嗣子の子は存在した! 泰蔵さんには実は……」

絵梨香が蒼汰の発言を止めた。

「ちょっと……失礼よ蒼汰、そんなこと言ったら……」

チラリと零を見る。

すると彼はおもむろに携帯電話を耳に当てた。


「朝早くからすみません。ちょっとお伺いしたいことがあるのですが、伯父さんの今日のご予定は? あー電話でできる話ではないので。そちらに伺います。ここから車で10分程度ですよね? はい、では1時間後に。失礼します」


蒼汰も絵梨香も、唖然としていた。

「零! マジか……」

「ほら、蒼汰が余計な事言うから!」

「いや、余計なことでもない」

零がつかつかと近付いて来て言った。

「見つかった文章も、伯父には見せた方がいいと思ってたんだ。そこから何か手掛かりが掴めるかもしれないと、頭の片隅にはあったしな」

「でもお前のことだから、直球で “愛人” の話とか、聞くんだろ? まさか “隠し子はいますか?” とか?! お前、マジで恐ろしいなぁ」

焦る蒼汰とは対象的に、零はすずしい顔をしている。

「報告のついでに聞いてみてもいいかもな? まあ、その場合、幸子おばさんが 居ない事を祈るけどな」

「……オニだな」

 

「さあ、続きをやろう」

「④『宝なる秀でた才を具したらむ』は、宝のような特別な才能を持っている、かしら?」

「そのまんまだな。あ、次の⑤『叶わぬ我がおもいを託すとて』もこのままでいいか?」

「いいだろう」


「次の⑥『楽水の如し 智者不惑ちしゃふわくすべにて』は……わかんねぇ」

「“楽水の如し”はいとも簡単に、“知者不惑”は、賢者は道理をわきまえているので 迷わない、という意味だ」


「⑦『万障繰り合わせて 我がことわりを充たされんことを』だけど、この“万障繰り合わせ”って、イベントにお誘いする時の結びに使ったりするわよ。ここではどういう意味?」

「まあそのままだな。“是非ともいらしてください”みたいな意味だ。ことわりとは、これは中国哲学の概念で、“道理”とか“筋道”とかそういう意味だな。それを満たしてほしい、ということか」


「⑧『心に慟哭どうこくなかれと希は』、これ、何て読むんだっけ?」

「慟哭、“心が張り裂けるほど泣き叫ぶ”とかそういう意味だな、希は“こいねがわくは”とよむ。"なかれ" と組み合わせて "そうならないことを願う" ということだ」


「⑨『濁りなき仁愛持ちながらにして堅忍不抜けんにんふばつのロ』、問題はこれか?」

「ああ。まず、他の部分は “迷いのない人徳を持って、どんなことがあっても耐え忍んで心を動かさない” ってことか。四角の空欄は……意味がわからない。何かが入るのか……」


「⑩『兼言かねごと交わさずにして推知すいち後顧こうがんの憂いあれど』、これはまた、解りにくいぞ」

「兼言は“約束の言葉”だ。それを交わさずに。推知は、そうだな、まあ“手がかりがある上で予想、予知する”みたいな意味か。後願とは、まあその字の通り、後から出す“後出し”だな、それを心配しているが、ということか」


「ラストだ! ⑪『義の心 追随を貫き 我が終の棲ついのすみか 繁栄を祈らざるを得ず』、零、これは?」

「“正しい心、正義を貫き通して”、終の棲は“自分が死を迎えるまで過ごす場所”という意味だから、じいさんからすれば西園寺家のことだな。その繁栄を祈らずとはいられない」


みんなは息をついた。

しかし、それぞれの表情には困惑が見え隠れしている。

「なあ、終わったけど、これでなにかが見えたか? オレにはさっぱり……」

「そうね、それぞれの文の意味は解ったけどね。まあ、大雑把にいえば“自分が居なくなっても西園寺家繁栄を祈る”と言うことなんでしょうけど」

「そのわりには、途中で色々難解な箇所もあるぞ」

「うん、気になるわね……まず、嗣子の子って誰なのか。叶わぬ我が念いって何なのか。我がことわりって何なのか。なぜ慟哭を心配するのか。仁愛を持っていて堅忍不抜けんにんふばつは誰なのか。兼言かねどととは何の事だったのか。うん……やっぱり解らないことだらけよね?」

腕組みをして、メモを見入っている2人に、零は言った。

「もう一度じいさんの部屋を探索する」

「え?」

「何か……何かが足りない、そして何かが見つかるような……そんな予感がする」

零は独り言のようにそう言うと、螺鈿のノートと、更に自分達の解釈を書き出したメモを持って、サッと部屋を出る。

2人は慌ててその後に続き、章蔵の部屋に向かった。


第46話 『謎を紐解くとき』ー終ー

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