第28話 『零の秘密』
『RUDE BAR』のカウンターで、まるで泥酔状態のように意識
零がパソコンの所に戻って行こうとしたので、波瑠が後ろから声をかける。
「零、お前は……本当に大丈夫なのか?」
「はい」
零はそう短く答えただけだった。
蒼汰がまたカウンターに座った。
「アイツは今、捜査でかなり気を張っているから、今は何も感じてないようなそぶりをしているけど、きっといつか心がどうにかなっちまうじゃないかって、オレはいつも心配してるよ」
蒼汰はそう言って、波瑠に『想命館』でのやり取りを話した。
「人って、渦中にいるとダメージを受けてること気がつかない事って、あるからな。特に零みたいなタイプは、要注意なのかもしれないな」
波瑠は深く頷いている蒼汰の背後に目をやった。
「そしてほら、ダイレクトに悲鳴を上げている状態が絵梨香ちゃんだ。あんな調子で普通に生活できているのか? 本当に心配だよ」
「確かに。あんな絵梨香、今まで見たことないしね」
「痛っ……」
絵梨香の寝てる側の方から声がして、蒼汰が慌てて見に行った。
「どうした? 絵梨香。起きたのか?」
「ん……頭が痛くて……ごめん蒼汰、カバンから頭痛薬とってくれない?」
「わかった」
蒼汰が絵梨香のバッグを覗く。
「頭痛薬ってどれ?」
「ああ、緑色の錠剤の……」
「あ、これか。ほら」
絵梨香に手渡した。
零が波瑠から受け取った水のグラスを、絵梨香に渡す。
「あれ……? あなたも居たんだ?」
「へ? 絵梨香、店に入って来るときに零が居ることに気が付かなかったのか?」
「うん。なんか目が霞んじゃってて……階段降りるので精一杯だったからかな? 変よね」
そう言って蒼汰から受け取った薬を飲んだ。
「私、だいぶ寝てたの?」
「いや、そんなことないけど。でも急だったから、意識を失ったのかと思ってびっくりしたぞ」
「そう……私、最近結構ぼーっとしてるんだよね……カウンターで眠っちゃったのか。全然覚えてない」
「絵梨香、あの日から全然眠れてないってことはない?」
「うん……ぐっすりって訳じゃないけど、常に眠いから寝てるはずなんだけど」
「大丈夫か? あんな足取りでフラフラ歩いてたら車に
「あ、俺も帰る」
波瑠は依然、心配そうな面持ちで絵梨香を見ていた。
「そうだな、二人して絵梨香ちゃんを頼んだぞ。零、明日も来るな?」
「はい」
「じゃあ気を付けてな」
絵梨香は少しフラつきながら階段を上り、外に出ると、まるで寝起きのように、ちょっとのびをして、大きく息を吸っていた。
「大丈夫か?」
「うん、頭痛も治まってきてるし、薬が効いてきたかな」
歩いているうちに、さっきよりはだいぶん正気になってきたように見えた。
しかし、普通の状態に近づいてはいるものの、マンションに前についてもなんとなく危なっかしい。
「絵梨香、今日も由夏姉ちゃん居ないって言ってたよな?」
「うん。しばらく帰ってこれないって。何か寂しくて……あ、そうだ! 上がっていかない? コーヒー淹れるから」
絵梨香は蒼汰の同意を取りつつ、零の方にも視線を送った。
「いや、俺は遠慮しておく。この後高倉さんと連絡をとることになっているし」
そう言って、エントランスで別れた。
エレベータに2人乗り込む。
蒼汰は、事件の夜に再会した零の兄の来栖駿が夜中に部屋にやって来て、さんざんいじられた話をした。
イタズラ好きで柔和な駿の行動から見える、零への兄弟愛を感じて、気持ちがほっこりする。
そして、そんな話をしながら、絵梨香をの気持ちをほぐそうとしてくれている、蒼汰の気持ちも、手に取るように伝わってきた。
「どうぞ、あがって」
「いやぁ、女子の部屋に入るのなんて、いつぶりだろうなぁ」
「なに言ってんの? 私相手に」
「そりゃお前だって、一応女子じゃん」
「まあ、そうだけど……」
「お邪魔しまーす!」
部屋に一人じゃないのっていいな、と思った。
蒼汰のお陰で部屋が明るくなったようにも感じる。
「コーヒー淹れるから、待っててね」
蒼汰をソファに座らせた。
「絵梨香、『RUDE BAR』が捜査会議室になるって話、聞いてた?」
「え? どういうこと?」
蒼汰は『RUDE BAR』で波瑠が提案してくれた経緯を話した。
「すごいね、あそこが捜査会議場か! 刑事さんたちも来るのね……捜査がすすむといいな。あ、でも気軽にお店行きにくくなるのかな?」
「そんなことないよ。ちゃんとパーテーション引いて、通常営業はしてるわけだから。逆にさ……」
蒼汰が少し俯く。
「なに?」
「多分、絵梨香に聞きたいことも多いと思うんだ。あの日の話って、出来るのか? 色々思い出したり、何か聞かれたりして、絵梨香は精神的に不安定になったりしないのかな……ってさ」
絵梨香は息を一つ吐いて、自分の手元を見ながら話す。
「うん、大丈夫だよ、蒼汰。私ね、何でもお手伝いするって決めたの。だって……絶対許せないもん。今、みんなも同じ気持ちで、辛い状態でしょ? ちょっとでも早く解決したい……私もそうなの。だから、その為なら、何でもできる自信があるわ」
蒼汰は驚いた。
絵梨香の強い意志を感じる。
何かに似てると思ったとき、ふっと零の炎のような眼差しを思い出した。
「はいどうぞ。蒼汰?」
絵梨香にそう言われ、差し出されたコーヒーカップを慌てて受け取った。
「あ、ああ。サンキュー」
「ねぇ蒼汰、聞いてもいいかな」
「ん?」
「……あなたの親友の話」
蒼汰は伏し目がちに息をつく。
「ああ。そうだな、西園寺のじいさんの事もあったしな。話しといた方がいいな、今後のために……」
「今後のために?」
蒼汰はカップをテーブルに置いて、真正面から絵梨香を見た。
「ああ。これから多分、じいさんの捜査で、零もオレも警察と手を組んで本格的に捜査に協力することになると思う。こうなった以上、秘密裏とはいっても、零が中心になって捜査を進める事は間違いないだろう」
「そう。前々からずっと疑問だったのよね。来栖零はどうして捜査員と混じってるのか? って。まさか警視総監の息子だったなんて」
「誤解するなよ。親の七光りで捜査に加わっているんじゃないんだ」
「うん。『想命館』の会議室の片付けをしている時に、捜査官の人が話しているのを聞いたわ。公にはされてないけど彼は“フィクサー”って言われてるのね? どうしてなの?」
蒼汰は小さく溜め息を付く。
「警察内部ではそんな言われ方してるのか? まあ、確かに“フィクサー”っていうのも、あながち間違ってはないかもな。絵梨香には話したことがないかもしれないけど、これまでに国内で起こった数々の難事件の解決の裏には、実は零の存在があるんだ」
「どういうこと?」
「警察官ではない零が、司令官となって捜査官を動かすことを、暗黙の了解で許可されてるってことさ。一切
「波留さんも、それを知ってるのね」
「うん。零が学生の時からね」
「そんなに前から? じゃあ彼も警察を目指してるんじゃ?」
「いや全然。むしろ警察官になりたくなくて、それで別の方向の勉強を極めてったって感じかな。ま、あいつの成績だったら科学者にでも何でもなれたよ」
「そんなに優秀なの。だけど、どうしてなのかな? いつも物憂げな雰囲気で……」
「それも……本当は違う」
「まだ裏があるの?」
「そうじゃない。でも学生の頃のあいつはとにかく意欲的で、欲しいものは何でも手に入れたし、手にするためならどんな努力でもするヤツでさ、会社も立ち上げて、何もかも思い通りに行って……本当に輝いてたんだ。今みたいなクールな感じじゃなかった。熱いヤツだったんだ」
「波瑠さんもそんなこと言ってたけど……信じられないわ」
「だろうな。アイツが変わったのは……うん。一つの事件があって……」
「事件?」
蒼汰が顔をしかめた。
「ああ。それがあいつから笑顔を奪った」
「それは……」
「今俺から話すのは……ちょっとな」
「そうよね。少しだけど、彼の事は前よりはわかってきたような気がする」
「そうか。良かったよ。駿さんが深夜にオレの部屋に来たって話しただろ? 駿さんはさ、散々オレの事をいじった後で言ったんだ。「零を頼む」って。「アイツの心が闇から抜け出せなくならないように、自分の代わりに見ててやってくれ」って。オレ、心底感動したわ。兄弟っていいもんだなって思った。それを駿さんに言ったら、羽交い締めにされてさ、「なに言ってんだ! お前もオレの可愛い弟だろうが」って、言ってくれたんだ。泣けるだろう?」
心が温もっていくのを感じた。
「本当にハートのある人なのね」
蒼汰は頷いて、再びカップを取った。
蒼汰の携帯電話が鳴った。
どうも零からのようだ。
「ああ零、なんだよ電話なんて? なに! それどういうことだ!……わかった、すぐに一緒に下りるよ」
「どうしたのよ蒼汰。なんて言ってたの?」
「絵梨香、エントランスに下りるぞ」
「え? どうして?」
「……もうすぐ警察も来るだろう」
「警察? なによ、どういうこと?」
蒼汰は声をおとして、零から聞いた内容を絵梨香に伝えた。
絵梨香は愕然とする。
第28話 『零の秘密』ー終ー
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