第26話 『翌日報道~Re:Start』

事件の翌朝、前日深夜までの捜査会議だったにもかかわらず、捜査員達は予定の時間よりも一時間早く、会議室に集められた。

駿の懸念通り、朝早くから『想命館』の前には、多くの報道陣が押しかけ、周辺は騒然となっていた。


「全く! どこから漏れたんだ?」

捜査員たちが会議室のモニターを囲み、忌々しそうにぼやいていた。

朝のワイドショーでは情報が薄いながらも、確実に内部の来賓者からのタレコミと思われるような現場の状況や、スマホで撮った写真などが映し出されていた。

西園寺財閥のこれまでのあゆみから、親族のモザイク入りのオフショットまでもが公開された。

かろうじて、それぞれの氏名や経歴にまでは触れていなかった。

それはきっと警察側の圧力然りだろう。


とはいえこの場で、来栖駿、来栖零の兄弟、及び西園寺家の親族がマスコミに写真を撮られるわけにはいかないので、急遽、『想命館』を出ることになった。


会場の捜査会議室に早々に現れた来栖駿が、挨拶に立つ。

「マスコミが押しかけることは想定内ではありましたが、思いの外、早くに嗅ぎ付かれてしまい、我々親族はこの後すぐに一足先に退去することになりました。大変申し訳ありませんが捜査会議を署の本部に移して、今後も引き続き捜査を続けることになります。我々がその場にいなくても、捜査にはなんら支障はないと思っています。予定通り聞き込みを中心とした捜査、そして鑑識からの結果に基づいた時系列を追いながら、我々も遠隔で捜査に携わりたいと 思っていますので、よろしくお願いします」

来栖駿と零は、二人肩を並べて頭を下げた。


また昨夜のように二人で廊下に出る。

首の後ろで手を組みながら駿が言った。

「お前とも長く時間は過ごせなかったな。まあ、いつものことか」

「兄さん」

「零、しばらくは目立たないように冷静に行動しろよ。違うな、冷静なフリでいい。これからはますます本部が手を出しにくくなるし、お前自身が表に出るのもマズい。でも、大いに頭脳を発揮してフィクサーに徹しろ。高倉警部補も居るんだ。お前なら出来る。……あと、心をないがしろにするなよ。その辺は昨夜、江藤蒼汰に話はつけといたから」

零は呆れたように駿を見た。

「過保護すぎだ」

「だな?」

駿は笑った。

そして零にグッと肩を組んで、エレベーターホールに促す。

「オレ、これから親族対面なんだぞ。苦手なんだよなぁ……あの楓叔母さんとか特に。零、マイクロバスの中で色々話さなきゃならないんだから、ちゃんとオレをフォローしてくれよ! 寝たりしたらぶっ殺すからな!」

零はため息をつきながら、近くにあるその顔の方を向いた。

バチっとウインクをして、にっこり笑いかけてくる兄の腕をサッとほどく。

「全く、さっきの威厳ある警視はどこに行ったのやら……こんなところを見られたら別のスクープになるぞ」

「へへっ」

駿の顔は、子供の頃に零に投げ掛けてくれていた笑顔そのものだった。



西園寺家の親族一同は、カーテンのついた『想命館』のマイクロバスに乗って、地下駐車場から脱出した。

絵梨香と蒼汰は、捜査会議室の書類整理や片付けを手伝いながら、捜査官と共に、ワイドショーのライブ映像としてその光景を見ていた。

「しばらくは零くんも表立って動けないな」

腕を組んで高倉警部補が溜め息をついた。

「大きな声では言えないが、若干行き詰まってんだよな」

高倉が意味ありげに蒼汰の方を向いた。

「分かりました高倉さん。俺が零との間をつなぎますよ」

「そう言ってもらえると助かるな!」

「とか言って、またオレを誘導したでしょ?」

高倉はちょっと笑った。

「零君と落ち合う約束をしてる?」

「ええ、一応。でも嗅ぎ付かれそうで……マスコミが落ち着かなきゃマズいんですけどね」

「だよなぁ。この後、タクシーを手配して地下駐車場に回してさ、そこで来賓者を乗せて帰宅させる予定なんだが……難しいのが、事情聴取がまだ必要な来賓者が正しく選別できているかってとこなんだな……そこはやっぱり関係性を把握している親族も零君も居ないのはキツいな」

「そうですね。ちょっと調書を整理する必要があると思うんですが……高倉さん、零が言ってたんですが、ヤツは正式な警察官ではないので、会議場が署の本部に移ると そこには常駐できないんじゃないですか?」

「そうだな……まあ、何とかするよ。江藤くんはまず、ここの情報を持って、零くんと落ち合ってくれ。新しい報告も、幾つかはじきに入るだろうから」

「了解しました」



蒼汰が『RUDE BAR』に入ると、波瑠が手を挙げた。

階段を降りながら、波瑠の指差す方向を見ると、零が奥の席でメガネをかけてパソコンに向かっていた。


マイクロバスで『想命館』を出た零は、ここ『RUDE BAR』で蒼汰と落ち合うことになっていた。

蒼汰はひとまず、カウンターの波瑠の前に座る。


「なあ蒼汰、西園寺って……まさか零の?」

開口一番、波瑠が聞いた。

「ああ、そうだよ」

「やっぱりそうか、今朝ニュースで見たんだが……」

「え? 波瑠さん、零からちゃんと話し聞いてないの?」

「ああ。早く開けてほしいと連絡が入ったから、店の鍵渡して先に来させたんだけどな、俺が到着してもずっとあそこでパソコンとにらめっこさ。何してるんだって聞いたら、調書の整理だって。俺も最初は何の事か分からなかったんだけど、ニュースで西園寺家の会長の話を見てさ、零の名前は出なかったけど……そういや零のじいさんって確か財閥の……って、思い出したんだよ。まあ相当大変だろうからと思って、したいようにさせてるけどさ、ずっとあの調子だ」

蒼汰はおもむろに席を立ち、零の元につかつかと歩いて行った。

「零、お前、あれから何してたんだ? 捜査の方はあまり進んでないのか?」

「今のところ、沢山の情報整理に手こずってる」

パソコン画面を見つめたままで、淡々と話す口調に、蒼汰が声を荒げた。

「お前さ、自分一人で背負い込むなよ! 波瑠さんにもちゃんと話してないそうじゃないか。水臭いんだよ!」

零は指を止めた。

「お前のさ、肝心な時でもそういう感じってのは、どうかと思う。じいちゃんの事だって、悲しいはずだろ? だったらちゃんと悲しめよ! オレや波瑠さんにぐらいは、自分の本音を見せたっていいじゃないか!」


「まあまあ蒼汰」

波瑠が割って入る。

「ほら零、おかわり持ってきた」

零は画面から顔を上げた。

「すみません」

そう言ってショットのグラスをグッとあおった。

「零、お前……酒、飲んでるのか?」

「ああ、しばらく飲んでなかったからな……」

「どういうつもりだ! お前なぁ……」

波瑠は蒼太の肩をポンポンと叩いてカウンター席に促す。

波瑠が振り返って言った。

「零、落ち着いたら話してくれよ。それまでは毎日ここで好きにしろ」

「ありがとうございます」


蒼汰は釈然としない顔のまま、カウンターに座る。

「ほらほら蒼汰も、ちょっと零に素っ気なくされたくらいで、拗ねるんじゃない」

「拗ねてないし!」

「そうか? 顔に寂しかったって書いてるぞ!」

「波瑠さん、からかわないでくれよ!」


蒼汰は『想命館』でのマスコミの事件報道について、波瑠から詳しくヒアリングをした。

「零、こっち来て座れよ」

蒼汰にそう言われて、零は蒼汰の隣に座り、自らこれまでの経緯を波瑠に話した。


「零……そんな辛いことが……大変だったな。それでもお前は警察側の人間として、指揮を取っていたんだな。これからどうするんだ?」

「わかってきた事実一つ一つに基づいて、証言や証拠をまとめています。本来は連日、会議をするべきなんですが、今回は俺の親族が被害者で、そして容疑者にもなりうる立場だっていうのもあって……マスコミにもうろつかれているので表立って警察署内に入りにくいんです。なので、パソコンのメールでやり取りしながら、捜査状況把握してるんです」

「そうか、それでお前はずっとあそこでパソコンいじってたわけだな」

「そうです」

「もっと早く相談してくれればよかったのに」

零が頭を下げるように俯いた。

「零、無理ばかりしてると心が悲鳴をあげるぞ。蒼汰が心配して怒るのも無理もないだろ。少しは気持ちを休める努力もしろよ」


深く頷いている蒼汰と神妙な顔をして座っている零の前に、波瑠はカウンターから乗り出して話し始めた。

「なぁ、要するに、捜査会議をする場所が警察署の外であればいいんだろ?」

「まあ……そういうことなんですけど」

「じゃあ、ここを使ったらどうだ?」

蒼汰が首をかしげた。

「波瑠さん、どういうこと?」

「あの奥のコーナーを仕切って使うのはどうだ? この前来たあの刑事だろ? 零と親しいのは」

「ええ、高倉警部補には今回もかなり世話になっています」

「パソコンでやり取りするより、ここでディスカッションした方がいいんじゃないか?」

「なるほど! そうだよ零『RUDE BAR』が捜査会議室か、いいな。高倉さんともコンタクトが取りやすいしな」

盛り上がる蒼汰とは裏腹に、零は慎重な顔を崩さない。

「しかし……いくら何でもご迷惑では?」

蒼汰もトーンを落とした。

「そっか、まあ……確かに営業妨害になんないか心配だな」

しかし波瑠は首を振る。

「いわ構わない。しばらくお前達が来てなくて退屈してたとこだ。大丈夫さ。蒼汰がよく寝てるコーナーを使うだけだからな」

「それを言われるとなぁ……」

「あそこにパーテーションを立てよう。ホワイトボードも入れてやる」

「なんか波瑠さん、やけに乗り気じゃない?」

「まあそんな軽いことも言ってられないけどな。零が大変な時なんだ、何かしてやりたいだろ」

零は噛み締めるように言った。

「波瑠さん、ありがとうございます」

「じゃあ決まりだな!」

零はしっかり頭を下げてから、高倉刑事に報告するために携帯電話をもって、店の階段をかけ上った。

「じゃあ蒼汰、明日買い物に付き合ってくれ。スタートだ!」


第26話 『翌日報道~Re:Start』ー終ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る