第25話 『Brothers bond』

零と駿がエレベータで向かうのは、午前中から会議室に設定している、庭園のある上階の宴会場だった。

「しかし……ここは本当に葬儀社なのか?まるで結婚式場だな」

駿はぐるっと周りを見渡した。

「今はその言葉、皮肉に聞こえるな」

「全くだ。冗談になりもしない」

駿は両手を大袈裟にあげる。


「兄さん、今日は……」

駿はピタリと足を止めて、零の方に振り返る。

「零」

駿は食い入るように零の目を見つめた。

「父さんはこの件に関して、オレに一任した。でもそれは公にではない。零、その意味が解るか?」

「ああ」

「オレは長くは居られない。この先実際はお前が舵をとることになるだろう。お前にとっては辛い局面もあるだろうが……」

「わかってるよ兄さん」


駿はしばらく黙って零の顔をじっとみる。

そしてバンと肩に手を置いた。

「お前は昔から無駄に聞き分けが良いからな。いじめ甲斐のないヤツだったよ」

零はフッと笑う。

「久しぶりに兄さんの皮肉を聞いたな」

「なんだ? 大人っぽい口ぶりで。兄の前なんだからちょっとくらい弟感も出していいんだぞ!」

「そういうところ、変わらないな、兄さんは。それでよく警視がつとまるな」

「オレは公私混同はしない。それだけだ。お前だってそうだろ? メリハリだよ。普段から色々な究極を突きつけられている立場だ。せめて弟との再会くらいは、温かく迎えられたいだろ?」

「ここには他にも親族が来てるぞ。母さんには会わないのか?」

「お前こそ、なにげに皮肉っぽいな。しばらく会わない間に兄弟愛が薄れて来てるんじゃねぇか? ああ、母さんな……オレをよこすと父さんから連絡は入っているだろうよ。明日でも、伯父さんらも含めて会う」

駿はめんどくさそうに溜め息をついた。


駿と零が部屋にはいると、全員が一斉に立ち上がり、会議室に緊張が走った。

「警視庁刑事部捜査一課、来栖警視です」

高倉警部補からそう紹介されると、一同敬礼する。

駿は一歩前に出た。

「ご苦労様です。今回は皆さんも上層部からの通達で周知のことと思いますが、異例の事態です。私ももちろん警察の人間として来てはいるのですが、捜査一課の警視という立場で来たわけではありません。被害者の親族という側面から、公に捜査に加わる事は出来ないので、捜査の主導権はあくまでも皆さんの方で取って頂き、事件の早期解決に向けて、知見を借りたいと思います。まずは概要報告をよろしくお願いします」

来栖駿は頭を下げた。


捜査会議が再開され、これまでの事態が整理され、なぞるように一から報告された。

数時間に渡っての会議が終わり、明日のそれぞれの段取りを確認してから、解散となった。


もはや深夜の会議室、まだ捜査員が居る中、駿は早々に立ち上がる。

「では明朝、よろしくお願いします」

そう言ってドアに向かう。

「零、お前も来いよ」

「ああ……」


誰もいない廊下に出る。

駿が両手を頭の後ろで組みながら言った。

「こういう時はさ、上の者はいち早く退室しなきゃいけないわけよ」

「そんなもんか?」

「ああ。でなきゃみんなが帰れないだろ?ホント、指揮官って孤独なんだよ」


廊下を歩きながら窓に目をやる。

「零、ちょっと外に出ようぜ」

「ああ……」

突き当たりの扉に目をやる。

微かに耳に残る、昼下がりの彼女の泣き声に、グッと目をつぶった。

「おお、意外と涼しいな」

駿はぐーんと伸びをしながら、窓の近くのベンチに腰を下ろした。

昼間は生命力に溢れ、蝉の声に同調するように揺れていた木々も、今は虫の音と共に、静かに影をひそめていた。


「高倉刑事だっけ? お前、ずいぶん世話になってるんだろ? 一度会って礼が言いたいと思ってたから、話が出来て良かったよ」

「ああ、俺のわがままにもしっかり応えてくれる人だ」

「お前、相変わらず推理が冴えてんだってな。つくづく警察向きなのに、どうしてlTビジネスなんてやってるんだ? こっちに来たらいいのに。自慢の弟と仕事がしたいよ。孤独な兄ちゃんを、慰めてくれよ」

そう言って駿は、零ににじり寄る。

「兄さん、いつまで経っても兄さんにとって俺は子供なのか?」

「まあ、それは仕方がないだろ、可愛くてしょうがないんだから」

零はあきれたように首をすくめた。

「俺の方がでかいのに?」

「ほんの3センチだ。それもなんだか嬉しいぞ」

「……全く。親があれだけドライなのに。どういったわけで兄貴がこうなるんだか」

「まあまあ、しばらく辛抱してくれ。どうせまた何年も会えなくなるんだ」

駿が零の肩に腕を回す。

「なんだよ?」

「……辛かっただろ?」

零は少し息を整えた。

「お前、学生の頃は毎年じいさんのところに行ってたもんな。お前にとっては親より親らしい存在だったんだろうに。オレはあんまり知らない分、章蔵氏は西園寺財閥の立派な会長っていうイメージしかなかったからな。だから子供の頃はさ、法事とかでじいさんに会っても、なんか萎縮しちまって。方やお前ときたら子犬みたいにじいさんにまとわりついてさ……優しい顔で可愛がられてるのを見てて、羨ましかったなぁ」

零が驚いて駿の顔を見た。

「羨ましい? そんな感情が兄さんにあったのか?」

「おいおい、人をサイボーグみたいに言うなよ」

「違うよ、何でも出来て何でも持ってる兄さんが、人を羨むようなことがあるのかって、疑問に思っただけだ」

「その点に関しては零はまだまだだな。人の気持ちに底はない。また上限も然りだ。だから何かを目標にして生きたり、逆に理解のできないような犯罪も起こるんだ。人間である限り、キーポイントはほぼほぼ“感情”さ。なあ零、IQ高いんだから、もう少し人の心も解るようになれよ。それこそ、これからAIの時代だろ? お前のビジネスにも“心”が必要になってくるぞ」

「……兄さんには、かなわないな」

零がぼそっと言った。

「おっと! 尊敬したか? かわいい弟よ! 明日また遊んでやるからな!」

駿は立ち上がった。


振り向き様の笑顔を見て、零は思い出した。

兄が昔もこうやって茶化して、不器用な自分の心をほぐしてくれていたことを。

「兄さん」

「ん?」

「ありがとう。来てくれて」

駿が立ち止まって振り返った。

「なんだ? 抱き締められたいか?」

「いや、そんなわけないだろ」

「解ってるって」

駿は零に向かい合って、その肩に手を置いた。

「零、お前のその悲しみも辛さも怒りも、……力にできるな? お前はどんなことがあっても惑わされたりしない。高倉警部補にももちろん頼んでおいたが、遠くにいてもオレがお前を支持する。だから……一刻も早く解決して、心安らかになってくれ」

零は力強く頷いた。


第25話『Brothers bond』ー終ー

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