第24話 『新しい訪問者』

捜査は、被害者の検証から、徐々に関係者への聞き込みがメインとなっていた。

もともと生前葬当日はここに宿泊し、翌日に帰宅予定の来賓者がほとんどだったので、夕食前後は各捜査員が手分けして関係者のもとを訪れ、証言及びアリバイを集めていた。


捜査会議が始まるまでの間に、蒼汰と二人でとった上階の宴会場での食事を終え、しばらく部屋に戻らせてもらっていた絵梨香だったが、事件のせいで本日宿泊の来賓者の大半が夕食をルームサービスにした為、『想命館』のスタッフだけでは仕事が回らず『ファビラス』のスタッフも駆り出されて配膳の手伝いをすることとなった。


一通り仕事を終え、絵梨香はロビーラウンジで小田原佳乃と二人、遅い夕食をとることにした。

ツーブロック向こうに警察関係者と零と蒼汰が同じく食事をとっている。

トレーを持った絵梨香らが腰を下ろそうとしたのに気付いた蒼汰が、こちらにやって来た。


佳乃に軽く頭を下げ、絵梨香の横に座る。

「今からメシか? 忙しかったみたいだな」

蒼汰から見ても、絵梨香は昼間よりはずいぶん回復しているように思えた。

小田原佳乃の手前だからだろうか、少しドライに返してくる。

「ええ。そっちも」

「ああ、零にこと関しては、もはや神ががってるよ。捜査員をアイツが動かしてる」

零に目をやると、男達に囲まれながら、いつになく饒舌に話していたが、いつもよりも更に冷たい目をしているようにも見えた。

ほとんど食事も口にしていない。

絵梨香の目に、ふと昼間の眩しい光景が浮かんだ。


燃えるような陽と風と蝉の声に掻き消されそうな中で、確かに聞こえた「ありがとう」という言葉。

自分の分も泣いてくれと言った彼は、一体どんな表情をしていたのだろう。

今あそこにいる彼とは、全く違ったはずだ。

ポケットに手をあてて、彼が手渡してくれたハンカチの存在を感じる。


その時、勢いよくエントランスの ドアが開いた。

外部の人間は立ち入り禁止になっているはずだ。

ホールに緊張が走る。


捜査員が数人立ち上がって、そちらに近付いて行った。

細身で長身の男性が見える。

しきりに周りを見回して、何かを探しているかのようだった。

「おい! ここは立ち入り禁止だ! 君は一体……」

そう注意を受けても気にもせず、大きなストライドで奥まで足を踏み入れてきた男性がこちらを見る。

やがて彼の視線が止まった。

そして獲物でも見つけたかのように不適に笑うと、ずんずん進んで来る。


ロビーラウンジに差し掛かったとき、捜査員が男性を引き留めようとかけた手を、男性はさっとかわした。

次にかかっていった捜査員も、男性に触れることも出来ずにかわされた。


男性が零のいるテーブルのそばに辿り着いたとき、そこにいた捜査員が全員立ち上がり、見上げるほど長身の男性を威嚇した。

緊張感が走るなか、男性は一つ溜め息をつくと、柔らかい声で言った。

「相変わらず、警察の真似事かよ?」

男達の集団の中から、もうひとつ、頭が現れる。

「兄さん……どうして?」

その言葉に、捜査員達の間でどよめきが走った。


「零、久しぶりだな。なのに、ずいぶん愛想のないお出迎えだ」

首を降りながら自嘲的に笑う。

「警視が自ら単独で?」

零の言葉に、大きく息を吐いて答えた。

「そう。どうしてって? そりゃ来栖家の非常事態だからね」


蒼汰が小声で絵梨香に言った。

「来栖駿、零の兄貴だ。東大法学部卒のエリート、あの若さで警視なんだ」


薄いグレーのスーツに、きれいに磨かれた飴茶色の靴を履きこなす、その細身のスタイルは、確かに零にそっくりだった。

縁のない洒落たメガネを外せば、零よりも、更に母の来栖葵に似ているだろう。


二人の兄弟の間が花道のようになり、来栖駿は零の隣の席に促された。

捜査員が退席する代わりに、上層部の警察関係者が次々と、彼のもとにに挨拶に来る。


「被害者と容疑者がどちらとも親族だったなんて、冗談にもならない。そうだろ、零?」

「ああ」

「なのに、お前は自分一人で解決するつもりだったか? そりゃ他でもない西園寺のじいさんの事だからな、お前が前後不覚になるのもわかるけど」

「兄さん……」

「西園寺財閥の会長が変死って事が世に出るだけでも、すごい騒ぎになるぞ。マスコミが嗅ぎ付けるのも時間の問題さ。親族ってだけで痛くもない腹も探られるって訳だ。そして、これはオレと父さんの進退に関わる重大問題だ。この国の警察のトップを揺さぶるなんて、犯人もいい度胸だな」

駿はバンと椅子の背にもたれて、長い足を組み、振る舞われたコーヒーカップを口にした。

そして辺りを見回し、こちらに視線を止めた。


「おや? アイツは……」

そう言って慌ててカップを置くと、こちらに足早にやって来た。

その勢いに押されて、蒼汰が少し体を引きながらも言った。

「ご、ご無沙汰してます。江…」

「待った! 覚えてるぞ……え……えとう、江藤だ! 江藤……そ……わかった! 江藤そうただろ?!」

「はい!」

その言葉に駿は、ふわっと満面の笑みを浮かべた。

「でっかくなったな! あのちびっこだった、そうた! だな?」

首にぐいっと腕を回し、頭をホールドすると、蒼汰の頬をしきりに突っついた。

「あ、あの……駿さん、オレ……もう26なんすけど……」

「あ、そうかそうか、あまりに可愛かったからな。すまん! もうカノジョも出来る年だもんな?」

駿はちらりと絵梨香の方を見た。

「いや……コイツは……」

その時、背後から零の声がした。

「兄さん、会議に向かう」

「ああわかった。じゃあな、そうた! また遊んでやるからな!」

駿は大きな目でバチッとウィンクをして、蒼汰の肩を強く叩いた。

そして、足早に零のもとに行った。


「痛ってぇ……駿さん、全然変わってねぇわ」

「随分会ってなかったんじゃ……?」

「ああ、駿さんが東大行く前だったから、10年……いや12年か?」

「あんな高校生だったってことですか?」

絵梨香の隣にいた佳乃が思わず口を挟んだ。

「まさか! さすがに外見は全然違うけどさ、中身って言うか、ノリが全然変わってなくて……」

「ほっぺを突っつかれてましたよね?」

佳乃の言葉に絵梨香がフワッと笑った。

「ホント! いつまで子供扱いするつもりなんだか……まあ確かに、オレはチビだったから、よく駿さんに抱き上げられて、からかわれてたけどな」

佳乃が豪快に笑うと、絵梨香も笑った顔を見せた。


蒼汰は少し、ホッとした。

「エリート警視になったって聞いたから、どんな風になったのかなって思ってたんだけど……なんか安心したな。あんな感じで駿さんが零のそばに居てくれたら、零も肩肘張らずに過ごせるのにって、思うよ」


絵梨香も頷いていた。

少し前なら、来栖零のことは1ミリも理解できなかったと、絵梨香も思う。

でも今は、奇しくも悲しみを共有してしまったことで、彼という人間が少し見えてきたように思えた。


第24話 『新しい訪問者』ー終ー

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