第21話 『フィクサー』捜査会議

『想命館』では急遽、上階の別フロアの宴会場を借りて捜査会議が開かれることとなった。

本来は県警の会議室を使うのが定石で、現場で会議をすることは異例のことだったが、多くの来賓者から事情聴取し識別していく作業も人員と時間を要し、その上来賓者全員が宿泊予定だったこともあり、仮の捜査本部を設立することに許可が下りた。


仕切り役は、上からのお達しで、高倉警部補が舵を取ることになった。


「まずは概要から。亡くなったのは西園寺章蔵氏87歳、本日こちら『想命館』で10時より生前葬を執り行い、その約30分後結婚式に切り替え、棺から登場する予定であったが、一向に反応がないため棺を開けたところ、10時46分に死亡が確認された。遺体のそばに居た人物は、棺を運んできた『想命館』の社員、田中さん御倉さんの男性2名で棺の蓋を開けたのもこの二人。

蓋を開く前に声をかけていた、同じく『想命館』の小田原佳乃さん、それから被害者の脈を確認した来栖零君です。その後親族が近づいています。

遺体に接触したのは、西園寺章蔵氏の長男の西園寺泰蔵氏と、彼、来栖零くんです。彼のことを知っている捜査員も何人かはいると思いますが、その説明はさておき、ここからは少し彼の話を聞きます」


零が前に立つと、会場は予想通り、ざわめき始める。

「発見当初の被害者の状況ですが、唇、指先、皮膚の一部分が青紫色に変化していることから、この中枢性チアノーゼの原因は血液中の酸素が著しく不足したと考えられます。被害者に呼吸機能の障害や生まれつきの心臓病は、自分の知る限りではなかったと思います。ああ、申し遅れましたが、自分は被害者の孫です」

あたりは一瞬にしてどよめきに包まれる。

「なんであんな若造が前で話してるんだ? しかも遺族だって?」

後ろの方からは、そういった声も聞こえてきた。

すかさず高倉が口を挟む。

「ああ……質問は後ほど私が……」

その時、一番前に座っていたこの地域管轄の課長、藤野勲が立ち上がった。

「高倉さん、来栖さん、すみません。うちの者には私の方からちゃんと分からせておくんで……本当に申し訳ない」

そう言って頭を下げた。

周りは騒然となる。

「分かりました。それでは話を続けましょう。来栖くん、話の続きを」


零は話を続ける。

「まだ当然、解剖の結果も医療記録もない状態なので、あくまでも初期段階の検分をお話しします。体表損傷もなし、圧迫痕もなし、考えられる死因は多数あります。まず、何らかの病死。高齢者ですから、加齢による脳梗塞や脳溢血、心不全や動脈瘤など、いくつも考えられる死因はあります。持病があるかどうか、病歴を今調べています。しかし不可解なのは、何らの疾患が 棺の中で起こった時に、人はどういう行動するか……皆さんなら容易に想像できると思います。しかしこの遺体にはもがき苦しんだような、または暴れたような痕跡はありませんでした。防御創もありません。中枢性チアノーゼの状態から酸素欠乏が考えられますが、絞殺の痕跡もない。今の段階ではなんの特定もできませんが、もしも他殺だとしたら、例えば窒息に至る毒殺、薬殺が考えられるでしょう。ただし、これも単純ではなく、毒自体が死因なのか、毒によってもたらされた状況が死につながったのか。血液成分を詳しく調べないとわかりませんが、例えば睡眠薬等で意識を奪った上で、顔にビニールをかぶせれば、このようなチアノーゼが出るでしょう。それに関しては解剖や血液の状態を見てみる必要があります。遺体の細かい状態がわかる写真が上がってきたら、記録メモと照らし合わせて更に分析を進めます」

零は頭を下げて座った。


高倉が、聞き込みの供述を順に捜査員に話すように指示した。

「まず、親族の供述から行こう」

捜査員が手帳片手に話し出す。


「西園寺家の親族は、被害者の長男、西園寺泰蔵氏を筆頭に、長女の来栖葵さん、次女の中条楓さん、そして長男の妻、次女の夫、そして…ここにおられる来栖零さんの合計6人ですが、この6人のうち5人は、今日この会場に来るまで結婚の事実は知らなかったようです。あくまでも生前葬という、いたずらなセレモニーに付き合わされたという見解で。当初は出席すら渋ってはいたそうですが、来賓者がそうそうたる面々なので、やむを得ず顔を出したというような状況だそうです。長男の西園寺泰蔵さんのみ午前8時に被害者から電話を受け、移動中の車内にて結婚式の話を 聞いたと話しています」

捜査員はちらっと零の顔を伺う。

「よって長男の西園寺泰蔵さんが電話ではありますが、血縁者の中では一番最後に被害者と接触した人物となります。その時の様子から身体的不具合は感じられなかったと証言しています。泰蔵さんを除いた他の親族は、少なくとも2年は被害者と直接的接触はしていないそうです。仕事の話で電話をしたことはあるとのことでした」


「では次、婚約者の女性について」

「本日結婚式を上げる予定だった新婦、絹川美保子さん34歳。だいぶん歳の差がありますが…ええっと、元々被害者の看護師をされていた女性です。この絹川美保子さんのことを親族は認識していなかったこともあり、親族との間で、生前葬の2時間ほど前に少しもめたそうですが、その後の話し合いで、多くの来賓者の手前もあり、本日のところはこのままで…という形で折り合いをつけたそうです。その後、絹川美保子さんは生前葬が始まる10分前まで、自身の控え室にいたとのことです。これは控え室前のソファに来栖さん他2名が座っていたという証言と、一旦親族が彼女の控え室に入り、話し合いを終え、親族が退室した後は、今度は『ファビラス』のスタッフ相澤絵梨香さんが控え室に入り、そして相澤さんと入れ替えにブライダルアテンダントの熊倉圭織さんが入ったという証言と合致しています。そして生前葬10分前、アテンダー熊倉さんと新婦絹川さんと二人で被害者の部屋を訪れた、とのことです。そこで絹川さんは、被害者の部屋の中に入り、会場に入る寸前の被害者と、棺越しに会話をしたと、熊倉さん、そして、そこに棺を運び出す為にやって来た『想命館』の田中さん、御倉さん、小田原佳乃さん3人が証言しています。会話の内容は誰も聞いていないということです」

「ということは、その時に本当に会話しているかどうかは、分からないということですか?」

「まあそういうことになりますね。あくまでも絹川さんの証言のみということになりますが」

「わかりました。これらの証言をもとに、もう一度関係者を洗ってください」


別の捜査員からは、調書の取れた人達から順に一旦宿泊予定の部屋に案内し本来会場で食べるはずだった食事をロビーラウンジに移動させて食事を摂ってもらったこと、来賓者は原則建物の外へ出ることを禁止し外から館内への立ち入りも禁止にしていることが報告された。


「それでは、一旦休憩とします。まだ昼食をとっていない人がほとんどだと思いますので、各自ロビーラウンジにて食事してください」


高倉警部補の言葉で、捜査員たちが次々に部屋から出ていった。

残ったのは高倉と部下の佐川と零だけになった。

廊下から、何やら罵倒が聞こえる。

「お前ら、来栖と聞いて分からなかったのか!?」

「課長、何のことですか?」

「ばか野郎! 警察官やってて、勘も働かないのか! まあちゃんと言わない俺も悪いかもしれんが……来栖といえば来栖謙吾氏だろうが!」

一人の刑事が声を上げた。

「ああっ!」

「静かにしろ!」

「警視総監の……あ! 確か長男が警視で……」

「そう、それが来栖駿だ。警視総監にはもう一人息子がいる」

「え……それがさっきのモデルみたいな……?」

「そうだ、来栖零。しかも大きな事件の解決に警察のフィクサーがいつも関わってるって、そんな噂を聞いたことないのか?」

「もちろんそれはありますよ。でも都市伝説みたいなもんだろうって……」

「バカ! それが……」

「え?! それがあの?」

「そうだ! 来栖警視総監の次男だ」

「えー、フィクサーって実在するんですか!」

「しっ! 大きな声出すな! いいか? これは警察の中でも極秘情報だ。いや……お前達も知ってしまったが……。とにかく、口外したらどんな目に遭うか……わかるよな?」

「……はい!」

「なら、慎重に捜査しろよ。ガイシャの親族は警視総監様なんだからよ!」

「わかりました!」

高倉がやれやれと言ったように溜め息をつく。

「丸聞こえだって……」

部下の佐川が立ち上がった。

「ちょっと話してきますね」

そう言って彼が廊下に出ると、ほどなくバタバタと靴音が散って行った。

首をすくめる高倉とは対照的に、零は何も聞こえていないかのように、依然として来賓者のリストに目を通しながら、ホワイトボードの時系列を見て、更に気付いた点をボードに書き込んでいた。


第21話 『フィクサー』捜査会議 ー終ー

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