第20話 『The beginning of the fight』
章蔵との静かで最後の対面を果たした零は、その扉を開け放った。
もはや、何にも阻まれることもなく、何に怖じ気づくこともなく、前を向いて進むしかない。
その姿は、もはやFighterと化していた。
会場の外はごった返している。
エントランスからは更に事情聴取にのために増員された捜査員が到着し、ロビーラウンジでは『想命館』と『ファビュラス』のスタッフが集められ、順に聴取を受けている。
階上の各控え室にはそれぞれ来賓が入り、各部屋ごとに捜査員が配置され、事情聴取が行われていた。
零を会場に残した高倉刑事と蒼汰の二人もエレベータに乗り、3フロア上の親族控え室に向かっていた。
二人とも黙ったまま、零がほんの少しでも心安らかになることを切に祈りながら、その思いを胸に歩いていた。
たどり着いたフロアの廊下の突き当たりは絹川美保子がいた新婦の控え室だったが、扉は解放され、捜査員が慌ただしく出入りしていた。
それを横目で見ながら、エレベータホールから程近い、一際大きな部屋の前まで来た。
『西園寺家ご親族 控え室』と書かれた柱の前で、蒼汰は高倉に、式が始まる前に親族と新婦の間にいざこざがあった事を話した。
その時、エレベーターが開き、彼らの後ろから零がやって来た。
「零!」
「零くん」
二人の視線の意味を噛み締めながら、零はしっかり頷いた。
「入りましょう」
そう言って零がノックして扉を開けた。
窓の方向に2つの大きなソファがあり、そこに「西園寺章蔵」の長男の「西園寺泰蔵」とその妻の「西園寺幸子」、次女の「中条楓」とその夫の「中条正人」、それぞれ夫妻が座っていて、そして右のシングルソファに長女で零の母の「来栖葵」が座っていた。
生前葬が始まる前と同じ配置だった。
左のシングルソファには、新婦である「絹川美保子」が座っている。
式の前に床に転がっていた食器は片付けられており、目を真っ赤にした絵梨香が、皆にお茶を配付しながら三人を見た。
西園寺泰蔵は、零の顔を見るなり立ち上がり、声を震わせながら聞いた。
「零くん……改めて聞くが、会長はもう……亡くなってしまったのか?」
「はい」
零のその言葉に、ガタンとソファーに座り込んだ泰蔵は、力なく下を向く。
その泰蔵の肩に、妻がそっと手を置いた。
零が続ける。
「こちらは僕がお世話になっている高倉警部補です。僕が警察に捜査協力をしていることは、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、今回の事件も捜査に加わり、早期解決に導くつもりです」
「零くんがそんなことしてたなんて……私は知らなかったけどね。お姉様、駿君だけじゃなくて零くんも警視庁に入れるつもり?」
来栖葵はなにも答えなかった。
「今、祖父の遺体の検案を終わらせてきました。遺体を運び出してこれから司法解剖となることと思います」
「ねぇ、一体死因は何なの? 本当に、訳が分からないわ!」
中条楓がヒステリックに言った。
「それはこれから調べていくので、現時点では正確なことは何も言えません。しかし、ただの病死ではない可能性も出てきてはいます」
「何それ? お父様、殺されたってことなの!」
「まだ分かりません」
「零」
来栖葵が言った。
「私達はどうすれば?」
「これから捜査員によって取り調べが始まります。今日ここ『想命館』に来てからこれまでの行動を、事細かく聞かれることになるでしょう。よく思い出して答えてください。あと、今夜はそのまま予定通りこの 『想命館』に宿泊してもらいます」
「え? 帰宅しちゃだめなの?」
「全ての取り調べが終わらないと無理でしょう。特に関係者となると、簡単に帰すわけにはいかないんです」
高倉警部補が頭を下げた。
「申し訳ありません」
「いえ、今回は色々ご配慮いただいているのでしょう。ご面倒おかけしますが、よろしくお願いします」
来栖葵は静かにそう言った。
零が絵梨香の方に目をやる。
絵梨香は俯き加減で、お盆を持ったまま脇に突っ立っていた。
零が蒼汰に目配せをする。
蒼汰がスッと絵梨香の元に行って、彼女を椅子に座らせた。
西園寺泰蔵がまた零に尋ねる。
「実際のところ、どうなんだ? 父さんの 死因は判明するのに時間はかかるのか?」
「詳しいことは、やはりしっかり調べてみないと分かりませんが、僕の見解としては 他殺だと思っています」
「零くん……」
その言葉にさすがに高倉も驚いたようだった。
「他殺ですって! いったい誰……」
中条楓は見回すこともなく、真っ直ぐ一点を凝視した。
「あなたじゃないの? 絹川さん!」
「……どうして私が?」
「どうしてって、簡単なことでしょう? 遺産目当てに決まってるわ!」
泰蔵が割って入った。
「でもあなたはまだ結婚していないわけでしょ? それなら遺産は関係ないじゃないか。まさか婚姻届を役所に提出したりしていないだろうね?」
絹川美保子は落ち着いて話した。
「章蔵さんと一緒に記入はしましたけど、章蔵さんが持っているはずです。出しに行ったりしてませんし」
「信用できないわ! 一刻も早く調べた方がいいんじゃない?」
中条楓は、絹川美保子を一瞥してから言った。
高倉刑事が、皆の視線を集めるように言った。
「申し訳ありませんがこれから捜査員がここに入って、皆様に事情を聞きます。聴取が終わったら、宿泊予定のお部屋の方に上がっていただいて構いません。まだ捜査上何もはっきりと断定したことが言えませんので、SNSなどを含めて、他言無用にお願いします」
「何いってるの、当たり前じゃない? 身内の恥を晒す馬鹿がどこにいるのよ?」
「楓、静かになさい」
来栖葵がたしなめる。
高倉が続けた。
「そして、外へは一歩もお出にならないようにお願いいたします。我々はこれから情報を集め、捜査会議に入りますので、何か 思い出した事や、気になる事がありましたら、江藤君を通じて私たちにお知らせいただけますか」
「わかりました」
来栖葵だけが返事をした。
絵梨香と蒼汰を残して、零と高倉は控え室を出た。
そして入れ替わりに、控え室に多くの捜査員が、事情聴取に入った。
「相澤さん?」
来栖葵が声をかけた。
「あ、はい」
「父には会いましたか?」
「今日はお会いしていません。でも、数日前の打ち合わせで、私も十数年ぶりの再会を果たしたので……たくさんお話ししました」
「お父様と? そうなの?」
中条楓もこちらを向く。
「はい」
「伺っても良いかしら? この依頼に来た時の父の様子を」
「はい、もちろんです」
「父は幸せそうでした?」
「はい、とっても」
「そう……。これからここで長い時間過ごすことになるのでしょうから、どうせならお父様のお話、聞かせていただきましょうよ」
来栖葵の提案に、皆が顔を見合わせながらも賛同した。
「絹川さん、あなたからのお話も聞かせていただける?」
「あ……はい」
蒼汰と絵梨香も椅子を持ってきて、8人で ローテーブルを囲んだ。
第20話 『The beginning
of the fight』ー終ー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます