第18話 『The 3rd Case』in the Ceremony

ー 容疑者は西園寺の親族 ーと、零の口からそう聞いた蒼汰は、驚愕した。

「なんで! なんでお前の親や親戚が容疑者になるんだ? そもそも他殺なのかもわからないんだろ?」

「ああ、確かに今はわからない。ただ、可能性があるってことだ。とにかく、他殺だった場合、一般的な捜査ならまずは怨恨を洗うだろうが、今日みたいに身近に直系親族が居た場合、一番に疑ってかかるのが定石だ。動機があると見なされれば容疑者という事になるかもしれない」

「そんな……お前、よくもそんな普通の顔をして……あ……すまん、お前は『来栖零』だからな。わかったよ、オレはどうすれば?」

「とにかく、親族を控え室に閉じ込めといてくれ。あの婚約者も一緒がいい」

「そこに絵梨香も入れておけと?」

「ああ。あの様子じゃ、他の仕事はできないだろうからな」

「わかった、その後は?」

「すぐに戻って来てくれ。今日ここに来ている来賓の中に、信頼出来る医者はいないんだ。とりあえず警察が来るまでは、俺がここで現場保存しなきゃならない。物的証拠も探すつもりだ」

「わかった」

蒼汰が人をかき分け、絵梨香のもとに駆けつける。

声をかけられ、覆った手を外して蒼汰を見上げた絵梨香の顔は、涙で濡れて悲壮感に満ちていた。

「蒼汰……」

口がそう動いた。

立ち尽くす絵梨香を、蒼汰がバッと抱き締めた。

体を震わせて泣いている絵梨香の背中をたたく蒼汰、そんな2人の姿を、零はしばらく見ていた。

「あの……」

小田原佳乃に声をかけられて我に返った。

「スタッフを集めました。どのようにすればよろしいでしょうか?」

零は、芳名帳や席次を使って、館内にいる関係者をすべて把握できるようにしてほしいと指示した。


佳乃の誘導により、会場前方に居るのは零だけになった。

すぐ手の届くところに、祖父は居る。

しかし、その目が開くことも、あの頃のように零を見て目を細めて笑いかけることも、もう永遠にない。

そう考えると動悸が早くなるのを感じた。

大きく二回呼吸して、心をフラットに騙しながら、遺体には触れないように、改めて隅々まで目視した。


「零!」

蒼汰が戻ってきた。

「叔母さん達は控え室に入ってもらったぞ。婚約者も。絵梨香が見てるから、何かあったら連絡してくるはずだ」

「いろいろ悪いな」

「何言ってんだ! オレに気を遣うな。お前……こんな大変なことになって……」

「大丈夫だ」

「大丈夫なわけないだろ! 零、お前のじいさんが死んだんだぞ! くそっ、無理しやがって! オレだってめちゃくちゃ悲しいよ。あの章蔵じいさんだぞ……絵梨香だって立ってられないくらい号泣だ。だけどさ、お前……お前の大好きなじいさんなのに……こんな時も、捜査員みたいな顔しやがって!」

蒼汰が鼻を真っ赤にして、零の胸を一発たたいた。

「そうだな。すまん、蒼汰」

「くそっ! どうしてこんなことになるんだよ!」


会場の扉が勢いよく開いて、何人もの警察官捜査員が入ってきた。

「零くん!」

高倉刑事が走り込んで来た。

「わざわざお越しくださってありがとうございます」

高倉は、隣にいる蒼汰の方を見た。

鼻をすすりながら、蒼汰が頭を下げて挨拶をした。

「いや、あの後すぐに上からの要請もあったんだ。本部にも情報が行ったらしい。それより零くん、何と言っていいか……こんなことになって……親しかったんだろ? おじいさんと。だったら無理しなくても……」

零はその言葉を遮って言った。

「高倉さん、お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。俺も捜査に集中したいんで」

高倉が蒼汰に目で会話をした。

蒼汰は顔をしかめて小さく首を横に振る。

高倉は大きく息を吐いた。

「わかった、じゃあ、始めようか」


鑑識が写真を撮り、こと細かく現場の状況を記録している。

「現場保存は君が?」

刑事の顔に戻った高倉が聞いた。

「はい、ここから離れていません」

高倉と零は状況確認を始めた。

「遺体のそばに居た人物は?」

「棺を運んできた男性2名、彼らはその後、棺の蓋を開けています。同じく蓋を開く前から、中に声をかけていた女性スタッフ1名 、この3人は『想命館』のスタッフです。脈を確認した俺と、それから 婚約者の女性です」

「婚約者?」

「はい、後ほど詳しくお話ししますが……今日は俺も生前葬と聞いていたので、それで他の来賓も喪服で参列しわけなんですが、本人の企画で生前葬の後に結婚披露パーティーをする予定だったらしくて」

「結婚?……そうか……」

「俺も驚いていたんですが……高倉さん、まずは控え室からどうやって棺を運んで来たのかを、その男性2名に聞く必要がありますね」

「わかった、捜査員を行かせて調べさせるよ。で、零くん……」

高倉は神妙な顔をした。

「はい。何か?」

「遺体の検案……君も、するのか?」

零は頷いた。

「高倉さん、遺族でも構わないと、警察側が信用して下さるのなら、いつも通りに臨場させてください」

高倉は蒼汰と目を合わせて、うつむく。

そして、ひとつ大きく息を吐いて、顔を上げた。

「わかったよ。零くん、君の見解を聞かせてくれ」

「はい」

零は自分のスーツのボタンをかけ直して、棺に向かって体を乗り出した。


「唇、指先、皮膚のこの部分が青紫色に変化していることから、このチアノーゼは血液中の酸素が著しく不足したと考えられます。しかし、体表損傷もなし、圧迫痕もなし、もがき苦しんだような、または暴れたような痕跡、及び防御創もないことから、考えられる死因はいくつかあります」

まるで、いつもの捜査の時の零だと、高倉は思った。

「まず、何らかの病死。高齢者ですから、加齢による脳梗塞や脳溢血、心不全や動脈瘤など、いくつも考えられる死因はあります。持病があるかどうか病歴を調べる必要がありますね。そして……他殺だとしたら、今の段階ではなんの特定もできませんが、例えば窒息に至る毒物、薬物の投与。ただし、これも単純ではなく、毒自体が死因なのか、毒によってもたらされた状況が死につながったのかはわかりません」

「毒によってもたらされた状況?」

「はい。死斑や血液成分を詳しく調べないとわかりませんが。例えば睡眠薬等で意識を奪った上で、顔にビニールをかぶせれば、このようなチアノーゼが出るでしょう。まあ、解剖してみないことには正確にはわかりませんが。ただ、全くもってもがき苦しんだ痕跡がないのは、やはり不自然かと思われます」

高倉は、まるで安らかに眠っているかのような、きれいな遺体を、改めて眺めた。

「つまり……君としては?」

「遺体の表情を見ると前者にも思えますが、しかし……体表損傷も苦しんだ跡もない状況下の著しい酸素欠乏という点において、俺の直感としては、故意にもたらされた状況なのではないかと……つまり、他殺です」

高倉と蒼汰が大きく息をついた。

「零くん。それは……」

「わかっています。それはつまり、うちの親族も容疑者に加える事を意味すると。詳細は聞いていませんが、祖父の結婚に反対して、親族で一悶着ありましたしね。話を聞きに行きますか?」 

「零くん……」

「高倉さん、お気遣いはご無用です。他の来賓や、会場スタッフにも事情聴取が必要ですよね」

「ああ、既に各控え室に捜査員を聞き込みに行かせてるよ。なんせ人が多いから、無関係な人間から順に帰宅させる予定ではあるが……。これから親族の部屋に話を聞きに行って……犯人の特定は、スタッフも含めて全員から話を聞いてからだな」

「はい」


検視官が3人のもとにやって来た。

「我々の初見もほぼ来栖さんと同じです。一旦、行政解剖という形でお引き受けします。司法解剖に切り替わる可能性もありますが……」

別の鑑識官が声をかけた。

「ご遺体を運び出しますが……」

零が顔を上げて返事をする。

「はい、わかりました。では高倉さん、親族の控え室に行きましょう」

歩き出そうとする零の腕を蒼汰が掴んだ。

「待てよ! 零。じいさんにちゃんと挨拶しろよ!」

「いや、また遺体が戻ったら葬儀で……」

蒼汰が声を荒げた。

「いい加減にしろ! お前ぐらいは、ちゃんとじいさんと話してやれよ!」

高倉が蒼汰の肩を持って、言った。

「そうだな、零くん。先に江藤くんと聞き込みに行ってくるから、君はしばらくここに居て」

そう言って高倉は、零をその場に残し、すべての警察官と共に退室した。


第18話 『The 3rd Case』         in the Ceremony ー終ー

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