第17話 『まぶしい光~その先の闇』

「ただいまより、西園寺章蔵様、生前葬を執り行います!」

司会者の高らかな声に、来場者の姿勢が正された。

手の込んだ彫刻が施された豪華な棺が、ゴロゴロとキャスターに乗せられて会場に入ってきた。

キャスター部分には、紫の光沢のある布が施されていて、まるでマジックショーでも始まるかのような華やかさだった。


 なんか、すごい!

 やることが派手なんだから。

 もう少ししたらあそこから満面の笑みで

 おじいちゃんが出てくるのね。


ワクワクしていたはずの絵梨香も、お坊さんの読経が始まると、途端に退屈になってきた。

私もまだまだ大人になりきれてないなあと反省しながら、フッと零を見る。

全くもって無機質な表情だけれど内心はどう思っているのか。

おじいちゃんの演出を、彼は受け入れてあげられるのだろうか?

それに引き換え、章蔵の状況は想像するや、笑みがこぼれるものだった。


 おじいちゃん、今はじっと息を潜めて

 あの暗い棺中で我慢してるのよね、

 ホント、微笑ましい!

 ワクワクしてるのかな?

 ドキドキしてるのかも?


 私も今、ドキドキしてる。

 今日のセレモニーが終わったら

 彼に言おう。

 私が、あの時のエリだよって。

 お兄ちゃん、あれからずっと

 会いたかったって……

 ん……、それだとさすがに恥ずかしい

 かも。

 あの時はありがとう……かな?

 本当にそんなふうに言えるかな  

 言えるといいな。

 ちょっと自信はないけど……


読経が終わると、弔辞という名目で来賓からの言葉や、弔電の紹介があった。

さすがに本葬ではないだけに、リラックスしたものではあったが、西園寺家の人達は誰一人笑っていなかった。

なので、親族からの言葉のコーナーもあったはずだが、すっかり割愛されていた。

きっと、それなりのディスカッションがあったのだろう。

想像するだけで肩がすくむ。

参列者の焼香はカットされ、いよいよ本人の登場の場面となった。


「それではご本人に登場していただきましょう! 西園寺章蔵さま、生前葬、改め、結婚披露パーティーを開催します!」

奥から大きなタワーケーキが現れ、一瞬にして花祭壇が、カラフルなフラワーアレンジメントにセットチェンジされた。


すべてのセットがピタッと止まり、セットチェンジが完了すると、会場から大きな歓声が上がった。

会場内の全員が、棺に注目して、息を飲むように、皆が西園寺章蔵の登場を待っていた。

笑いをこらえている参列者もちらほら居て、和やかなムードだった。


「それでは改めまして、西園寺章蔵さま、ご登場お願いいたします!」

いっそう声高らかに司会者が言うと、会場は静まり返ってその瞬間を待った。

拍手の準備をしていた来賓は、その静寂にやがてざわつき始めた。

一向に棺が開かない。

蓋が重いのではないか?

眠ってしまったとか?

そういった予測が会場のあちらこちらで囁かれている。

すかさず小田原佳乃が駆け寄って、棺をノックしだした。

何度も名前を呼ぶ。

しかし中からは何の反応もない。

絵梨香も人が溢れる会場の波をかき分けて、そのそばに辿り着いていた。

先ほど棺を運んできた『想命館』の男性スタッフが脇から駆けつけてきて、その棺の蓋に手をかけた。

スライドするように蓋を開ける。

そこには章蔵が静かに横たわっている。

「西園寺様、西園寺様、どうされましたか?」

佳乃が声をかけるその横に、ウェディング姿の美保子も走り寄ってきた。

詳しい事情を知らなかった会場の来賓は、彼女のその若さがあまりにも予想外で、更にざわついた。

「章蔵さん、起きてよ! どうしたのよ」

美保子がタキシード姿の章蔵の体を、強引に揺さぶった。

そして、ハッとした顔をして周りを見回し、小さな声で言った。

「息を……してないわ」


会場が凍りついたように静まり返ったのは、ほんの一瞬だった。

美保子の大きな悲鳴が響き渡り、辺りは騒然となった。

章蔵の長男の西園寺泰蔵が駆け寄ってきて、生気の抜けたような美保子を押し退けて棺の元に立った。

よろける美保子を佳乃が抱き止める。

「父さん、嘘だろ? さっき話したじゃないか。なあ! 父さん。もう悪戯はよしてくれよ。なあ、いい加減に……」

「兄さん、落ち着いて!」

泰蔵はそう言う中条楓の手を振り払い、章蔵の体を激しく揺さぶる。

その手を、零が掴んで動きを止めた。

「伯父さん、……もう」

零は章蔵の頸動脈に手を当てて、そう言うと、おもむろに携帯電話を耳に当てていた。

「高倉さん、俺です。今葬儀場なんですが……はい。前に話していた祖父の生前葬なんですが……その祖父が棺内で亡くなっていて……。はい。外傷はありません、チアノーゼが確認できます。毒物のにおいは……いえ、感じられません。正確ではありませんが2時間ほど前には生存していたと推測されます。今のところはこれくらいで。鑑識を連れてきてもらえますか。はい、すみません。いえ、お気遣いは……。では」

西園寺泰蔵は、今度は零の肩を掴んだ。

「なんだ? 警察に電話したのか? 零くん! どういうことなんだ?! わからない……何もかもだ。今日は一体どうなってる? なあ零くん!」

零はその手をそっとほどいた。

「章蔵氏は、祖父は……もう亡くなっているんです」

「嘘だ! 父さん!」

泰蔵を姉妹が制する。

零と目を合わせた葵が小さく頷いて、棺から泰蔵を引き離した。

来賓は皆立ち上がり、行き場のない状態で、棺の周りも人でごった返していた。

蒼汰が零の側に辿り着いた。

「零! じいさんは?」

零の瞳を食い入るように見る。

「もう……駄目なのか……?」

「ああ。こと切れてる……」

蒼汰は章蔵の顔を覗き込んで、俯いた。

「じいさん……。くそっ、なんでなんだ!零……」

蒼汰が零の肩をグッと掴むように、手を置いた。

零は黙ったまま頷いた。

そして少し息を吸って、会場全体に響き渡るような大きな声で、来賓に向けて言い放つ。

「もうすぐ警察が来ます。この会場から勝手に出ないようにしてください。今から順次、スタッフが皆さんの名前を聞きます。名前を確認された方から、もと居た控え室に戻ってもらっても構いません」

そう言って、近くに居た小田原佳乃を呼んだ。

「そういう訳なんで、スタッフを集めてもらえますか」

佳乃は慌てて身を立て直した。

「承知しました」と言って、美保子を連れてその場を離れた。

「蒼汰」

「ああ、俺も手伝うよ」

「いや、その前に……」

零はごった返している会場の真ん中を指差した。

「アイツを何とかしろ」

零の指す方向を見ると、人の波に押されて俯いたまま絵梨香がいた。

「絵梨香……? さっきまでこの辺にいたのに」

手で顔を覆っている絵梨香は、立っているのがやっとという様子で、人にぶつかられてはよろめいて、どんどん後方に追いやられている。

蒼汰が行こうとすると、零が止めた。

「相澤絵梨香に、西園寺の直系の親族を見張らせてくれ」

「え? 見張るってどういうことだ?」

「じいさんの死因が病死ではなかった場合は……」

蒼汰が声をひそめる。

「病死じゃないって……まさか……他殺ってことか?」

「可能性はある。もしもそうなったら、容疑者は……西園寺の親族だ」

「なんだって!」


第17話 『まぶしい光~その先の闇』ー終ー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る