第16話 『判明した過去の事実』

『西園寺章蔵 生前葬』の会場は、葬儀仕様になってはいるものの、ビュッフェやお酒も用意されており、華やかな雰囲気になっていた。

壮大なキャパのフロアの突き当たりに置かれた花祭壇には、大きな遺影が掲げられ、白い菊ではなく洋花をふんだんに取り入れ、赤やピンクなどカラフルな花々が、端から端までウェーブのように波打って敷き詰められ、ディスプレイされていて、まるで大物芸能人の葬儀かと見まごうほどだった。


美保子の部屋を後にして、会場に入って来た絵梨香は、その豪華絢爛な祭壇に置かれた、巨大な遺影を見て目を細めた。

「おじいちゃんたら、ちょっと若い時の写真よね。あんな大きな写真、今後どこに置くのやら。心配になっちゃうわ……」

思わず微笑む。

西園寺のおじいちゃんの顔は、絵梨香が遊びに行っていた頃よりはちょっぴり年は取ったけれど、その優しく温かい微笑みはちっとも変わっていなかった。


席に着いて会場をキョロキョロと見回していた蒼汰が、絵梨香のそんな姿に気づいた。

「絵梨香も大変だな。今日はイベントの仕切り以外で、既にずいぶん気を遣っただろうな」

零も彼女に目をやった。

「蒼汰、相澤絵梨香は子供の頃、そんな頻繁にじいさんに会ってたのか?」

「そうだな……小学校低学年ぐらいからは毎年、ばあちゃんの家には泊まりに行ってたと思う。オレは絵梨香とは由夏姉ちゃんを介して小さい時からよく遊んだけど、夏休みは殆ど遊んだ記憶がないから、ずっとあっちに居たんだじゃないかな? まあ、どれくらいの頻度で西園寺家に行っていたのかは知らないけど……でもあの口ぶりだと、かなり親しそうだよな?」

零は少し俯いて、何かを辿るように目を泳がせた。

その顔が少しこわばったのを、蒼汰は見逃さなかった。


もうすぐ生前葬がスタートする。

絵梨香は他のスタッフと共に、後方に控えていた。

客席に零と蒼汰が並んで座っているのが見える。

黒いきちっとしたスーツ姿。

よく似合っていた。

長い脚がつっかえてちょっと窮屈そうに座っているのが、少し微笑ましかった。


その時絵梨香のとなりに、スッと小田原佳乃がやって来て、コツっと肩を当ててきた。

「どうなることかと思いましたね!」

ヒソヒソ声で言う。

絵梨香が微笑むと、佳乃も花のように笑った。

かわいい人……

そう思いながら、何気なく客席に目を向けると、零がこっちを見ていた。

いつもは合わないはずの、その目と視線の照準が重なって、戸惑いながらも外せない。

暫くして零はサッと前を向いた。

ものすごく長い時間、見つめ合っていたような気がするが、実は1秒もなかったのも知れない。

ひょっとしたら、たまたまこっちを見ていただけで、実際には目も合ってなかったんじゃないか、とも思う。

いや、もしかしたら、自分のとなりに居る佳乃の事を……彼女を、見ていたのかもしれない。

そう思うと、クッと胸がつかえるような感覚にまた襲われる。


 また……なんだろう?

 ちょっと疲れてるのかな…

 すでに色々あったしね。


蒼汰がこっちを見た。

ニコッと笑って頑張れと言わんばかりに、握った手を見せた。

やっぱりホッとする。

小さく頷いて、微笑み返す。

佳乃が、またヒソヒソ声で話してきた。

「相澤さんはいいな。ステキな男子に囲まれてて」

「そんな……ただの幼馴染ですよ」

「本当にそれだけ?」

「ええ」

そう笑って言って、彼らに再び目をやった。


 他人から見たらそう見えるのかも

 しれない。

 蒼汰はいつも気にかけてくれて、

 何かと私の側にいてくれるけれど、

 なんせ子供の時から一緒に遊んでいる

 仲だから、男子として意識した事が

 果たしてあったかどうか……

 兄妹という感じでも……

 あるような、ないような。

 どっちかって言うと女子友……

 それはさすがに蒼汰も怒るかなぁ……


その蒼汰とは対照的に、隣に座っている零は依然として憂いをまとっていて、どこか上の空に見えた。


 最近よく会うようになったけれど、

 依然、つかみ所のない人……

 今までの知り合いの中にはいなかった

 タイプの人。

 なかなか仲良くはなれないし、

 友人とも言い難い……

 

 まあでも本人が「蒼汰の友人」って

 いうワードを使っていたわけだから……

 友人と認識してもらってるのかな……


「何か考え事でも?」

「いえ……」

「それにしても、相澤さんのあの背の高いお友達、なんだか大変そう。親族だから複雑な思いもあるんでしょうね。素直に祝福とまでは、いかないのかも。あ、そろそろ……じゃあ!」

そう言って、佳乃は小さく手を振って会場を出て行った。

おそらく美保子のもとに行ったのだろう。


 そうか、彼は孫なんだもんね。

 あのおじいちゃんと過ごした時間も

 思い出もあるのよね。

 私みたいに、遊んでもらったりしたの

 かな?

 えっと……蒼汰がお屋敷に行ったのは

 当然中学生になってからの筈よね。

 私は幼稚園だか一年生だか、

 それくらいから毎年……


絵梨香はおもむろに顔を上げて、再び零を見た。

その無表情な横顔。

何かが重なって、耳の奥に鈴の音のような蝉の鳴き声がよみがえってきた。


  汗を拭きながら、その背中を見つめ、

  懸命について行った、子供の頃の

  あの夏……

 毎日が光り輝いていた夏の日……

 「ほらエリ、行くぞ」

  頼もしくそう言って差し出された手を

 小さな手で握って……

  あれは確か……


思わず息を吸い込みすぎて、むせそうになる。


 まさか……彼は……

 もしかして! あの時の男の子って……

 来栖零なの?!


すごい事実に気がついたような気がした。

絵梨香は顔を上げて彼の横顔を見た。

その時再び、彼がふっとこっちを見て、絵梨香と目が合った。

あの小さな男の子と彼がそっと重なるような気がした。


  私たち、あの夏に出会っていたんだ……


しばらく視線が絡んだ。

お互いを確認したような気がした。

彼がゆっくり前を向きなおしても、胸のドキドキが治まらなかった。

目を閉じると、あの夏の様々な出来事が次々に浮かんでくる。

おじいちゃんの優しい笑顔の傍らにあった、もうひとつの笑顔。

いつも真っ直ぐに私を見て、私に働きかけ、そしていつも同じ方向を目指しながら、同じ思いを感じ合った、あの幼い夏の日々。

ずっと胸の奥にしまっていた、輝かしい思い出が扉を放ち、絵梨香を優しく包み始める。


  おじいちゃんが、私達を再会させて

  くれたのだ。


この式が終わったらきっと、前よりずっと思い出話に花が咲くだろう。

そしてそこには、彼がいる。

心の隅々まで、温かいもので満たされていくような……

そんな思いが絵梨香を幸せな気持ちにした。


第16話 『判明した過去の事実』ー終ー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る